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<概要>
 運輸用に消費されるエネルギーは、日本では最終エネルギーの約1/4を占め、その98%は石油によって賄われている。一方、日本で同じく最終エネルギーの約1/4を占めている電力は、原子力が30%以上を供給し、脱化石燃料・脱石油によるエネルギー安定供給・温暖化抑制の方向に進みつつある。
 発電の場合と同様に、運輸用エネルギーを原子力から供給すれば、エネルギー自給、地球環境保全への効果は大きい。
 運輸用エネルギー消費の87%を占めている自動車のガソリンなどに代わるエネルギー・キャリアー(媒体)としては、水素、電気、合成燃料が有望視されている。そこで、水素、電気、合成燃料について、運輸用利用の効果、原子力からの供給方法とその技術現状、実用化の見通しについて述べる。
<更新年月>
2007年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.運輸用エネルギー供給と原子力
 自動車など運輸用に消費されるエネルギーは、日本では最終エネルギーの約1/4を占めており、その98%は石油によって賄われている。一方、日本で同じく最終エネルギーの約1/4を占めている電力は、原子力32%、石炭25%、天然ガス24%、石油10%、水力8%の発電電力量構成(2005年)になっており、脱化石燃料・脱石油によるエネルギー安定供給・温暖化抑制の方向に進みつつある。
 発電の場合と同様に、運輸部門が必要とするエネルギーを原子力から供給できれば、地球環境保全、エネルギー自給への効果は大きい。運輸用エネルギー消費の中では自動車用は87%と大部分を占めているので、自動車のエネルギー消費構造・消費量の改善は最も効果的である(文献1)。
 自動車を駆動するエネルギーキャリアー(媒体)としては、現在はガソリン、軽油などの炭化水素燃料が使用されているが、これに代わるものとして、水素、電気、合成燃料(天然ガスや石炭などから製造されるDME、メタノール、FT油など)、バイオ燃料バイオマスから製造されるエタノール、ETBEなど)が有望視されている。原子力を運輸用のエネルギーとして使用するには、原子力の熱エネルギーをこれらの運輸利用に適したエネルギーキャリアーに転換する必要がある(表1)。
 表1で、原子力から電気や水素への転換は一次エネルギーとして原子力のみを使用して可能であるが、原子力から合成燃料への転換は、化石燃料やバイオマスとの協働的プロセスになり、エネルギー転換の化学プロセスに原子力熱を供給することによりエネルギー的な貢献をすることになる(文献2)(文献3)。
 自動車の場合について、パワートレイン(エンジン・モーターなどからタイヤまでの駆動系)で分類した実用段階・開発段階の各種自動車へのエネルギーの流れを図1に示す。
 現在主流を占めているガソリン、軽油を燃料とする内燃機関(エンジン)自動車およびそれを高効率化したハイブリッド自動車は、ガソリン、軽油などの炭化水素燃料を使用するので、その元の一次エネルギーは化石燃料の石油である。エンジン車に合成燃料やバイオ燃料を使用すれば石油依存度、さらに化石燃料依存度を下げることが出来る。これに対して、電気自動車や燃料電池車により電気や水素を使用するようになれば、図1に示すように、自動車用の一次エネルギーとして化石燃料に加えて原子力と再生可能エネルギーの利用が可能になる。とくに最近、ハイブリッド車の技術を発展させたプラグインハイブリッド車への期待が高まっている。プラグインハイブリッド車とは、ハイブリッド車の電池容量を大きくし充電するための差し込み(プラグ)を備えた車である。技術開発やインフラ整備などの障害が燃料電池車に比べて小さいため早期の導入が可能と考えられている。プラグインハイブリッド車は電気自動車や燃料電池車と同様に、エネルギー利用効率の向上と一次エネルギーの多様化により、石油消費節減、エネルギーのクリーン化・安定供給に資する。
2.水素の運輸利用と原子力による供給
2.1 水素の運輸利用
 水素の運輸用の用途としては、燃料電池自動車の燃料としての利用が最も期待されてきた。資源エネルギー庁の燃料電池実用化戦略研究会は「水素社会へ向けたシナリオ」(2004年)の中で、燃料電池自動車の導入期待台数として2010年5万台、2020年500万台、2030年1500万台の見込みを示している(文献4)。しかし、最近の国内外での実証試験・経験などから、燃料電池自動車の本格的な市場導入時期については、燃料電池のコストや耐久性、燃料配送のインフラ整備などの課題から、当所の目論見よりかなり遅れそうだという見方が出ている。
 水素の自動車以外の運輸用利用では、鉄道・船舶・航空の推進・電源のための燃料電池用燃料のほか、航空機のジェットエンジン用燃料がある。航空機の排出ガス(CO2、H2O、NOXなど)による温暖化影響は現在は全排出の3%程度であるが、航空輸送量は増大傾向にあり、その環境影響に対する懸念が出てきている。そのため、航空機のエネルギー効率の改善努力が進められる一方で、水素の航空燃料としての利用可能性が欧州共同体・エアバスインダストリーによってCryoplaneプロジェクト(98〜02年実施)として検討されている(文献5)。
 液体水素は航空燃料のケロシンに比べて重量当りの熱量が約2.8倍と大きく、離陸重量を減らし最大積載量を大きく出来る。しかし燃料搭載のスペースを設けたり、その他構造的には相当な変更が必要なためその実用化には早くても15〜20年かかるとしている。水素の燃焼で排出するH2Oも温暖化ガスだが、CO2に比べて滞留する時間が格段に短く、その他の効果も含めてケロシンから水素燃料に変えることによる環境上のメリットは大きい。
 水素の航空機燃料としての利用が実現すると、その目的がCO2排出削減にあるので水素の製造においても炭酸ガスを排出しない方法が好ましく、ハブ空港が要求するような大量の水素需要に対しては原子力はその特性から最も適した供給源になると考えられる。
2.2 原子力による水素の供給
 原子力による水素製造には、これまで多くのプロセスが研究されている(文献6)。その中で、水の熱化学分解法はCO2排出ゼロ、製造プロセスのスケールメリットなどの特長から、将来の本格的水素利用期の究極的・基幹的な方法と期待されている。この方法では、高温ガス炉利用のIS(Iodine-Sulfur)法が日、米、仏などで開発されており、その進展度で日本の日本原子力研究開発機構が世界をリードしている(文献7)。
 原子力加熱の天然ガス水蒸気改質法は、炭酸ガス排出ゼロではないが技術的な問題が少なく、低コストの水素を供給できるので、早い時期の需要に対して応じることが可能である。
 原子力による水素は供給規模が大きくベースロードの役割を担うことになるので、水素エネルギーの本格利用期にはパイプラインなどの配送網の整備は必須である。
3.電気の運輸利用と原子力による供給
3.1 電気の運輸利用
 最近、とくに米国において輸入石油依存からの脱却のために、プラグインハイブリッド車の早期導入への期待が高まっている。プラグインハイブリッド車は、ある距離までは充電電力のみで走行し電池容量を超える距離はガソリンで走行する。米国の電源構成は、石炭50%、原子力20%、石油は僅か2%なので、自動車が充電電力で走行することによる石油節減効果は大きい。
 現在は、既存ハイブリッド車の改造によるプラグイン化、メーカーによる試作車のテスト走行の段階だが、キーテクノロジーである高性能・低コストの電池開発が米国の「新エネルギー・イニシャティブ」に取り上げられ、日本でも経産省が電気自動車用電池のエネルギー密度7倍・コスト1/40を目指すアクションプランを提言・実施するなど、開発・導入に対する政策的な推進・支援が始まっている。
 プラグインハイブリッド車を日本に導入した場合、自家用乗用車ではその平均的走行パターンから35km(軽自動車)〜60km(小型・普通自動車)程度の電力走行が可能な電池を搭載すれば、約7割の距離を充電電力のみで走ることが出来る。電力走行はガソリン走行より、燃料源から総合したエネルギー効率が高く、ガソリンエンジン車に比較してCO2排出が6割減、走行コストが8割減と大幅に低くなる。電池の充電は、各家庭で商用電源から夜間駐車中に行うことになる(文献8)。
3.2 原子力による電力供給
 日本の自家用乗用車の全部がプラグインハイブリッド車(電力走行7割、夜間8時間充電)になった場合、夜間の電力需要は3000万kW程度増加するが、現在のピーク電力と夜間時間帯の電力需要の差は5000万kW以上あるので量的には新たな発電設備は必要なく、昼夜の負荷が平準化されて発電プラントの稼働率が向上する。
 ただ、原子力発電は昼夜を通して定格負荷で稼動しているので、夜間の新たな需要は火力発電の運転を増やすことになる。エネルギー自給、地球環境の観点からは、プラグインハイブリッド車の導入に伴って、原子力発電設備を増強して電源構成を原子力にシフトしていくことが望ましい。
4.合成燃料の運輸利用と原子力による供給
4.1 合成燃料の運輸利用
 炭素分を含む燃料、とくにガソリン、軽油のような液体燃料はエネルギー密度が高く、水素や電気よりも運搬・貯蔵が楽で運輸用としては扱い易いので、今後も有用なものである。液体燃料は、これまで主として石油を精製して製造されてきたが、石油の価格上昇、その資源・供給への懸念から、オイルサンドなどの超重質油の合成原油化、天然ガス・石炭などの液化・ガス化によるDME、FT油などの運輸用燃料の合成、またバイオマスからエタノールの製造などの代替策が進められている。
 このような液体燃料は、エンジンでの利用段階で成分の炭素の燃焼に伴ってCO2を排出する。一方、製造段階では、これまでのガソリン、軽油では主に軽質(C/H比が小)の原油からの蒸留精製で製造されるためにCO2排出は小さかったが、重質(C/H比が大)の原油や超重質油起源の合成原油から製造するガソリンや、石炭から製造する合成燃料では、水素添加、加熱に原料、エネルギーが必要なために製造段階におけるCO2排出が大きくなる。石炭起源のFT油では、製造段階でのCO2発生量が利用段階のエンジンからの排出量よりも多くなる。現在は、この水素の製造や加熱には天然ガスなどの化石燃料を使用しているが、走行距離当たりのCO2排出を減らすために、合成燃料製造プロセスで必要な水素や熱を原子力などの非化石エネルギー源から供給することにより、総合したCO2排出量を低減する方法が検討されている。このように、合成燃料は利用段階ではCO2排出を伴うが、製造段階でのCO2排出は原子力利用により削減することができる。また、原料として石油以外の一次エネルギーを使用することができるので、輸送用エネルギーキャリアーの電気、水素への移行と並行して今後利用されていくと考えられている。
4.2 原子力による合成燃料供給
 重質原油に水素添加してガソリン、軽油などを製造する場合、あるいはオイルサンドなどの超重質油に水素添加して合成原油にアップグレードする場合などに、現在の化石燃料起源の水素に代って原子力水素の利用がコスト次第で可能性が出てくる。また、石炭をガス化して生成するCOとH2から、フィシャー・トロプシュ(FT)合成でディーゼル用のFT油を生成する石炭液化プロセスにも、図2に示すように原子力による熱・水素の利用が検討されている(文献9)。
 合成燃料などの製造における原子力の役割は主に水素供給と熱供給であるが、最適なプロセスの選択が重要になる。このような化石燃料と原子力の協働的プロセスにおける原子力の寄与はエネルギー量としては補助的であるが、原子力からの熱供給により、化石燃料燃焼不要によるCO2排出量低減、両エネルギーの高効率利用による資源節約、相対的に安価な原子力熱による経済性、などの効果がある。バイオマス燃料の製造においても、原子力からの熱供給により同様の効果が期待できる。
5.水素・電気・合成燃料の原子力供給・利用の可能性
 水素、電気、合成燃料について、原子力からのエネルギー転換技術と自動車での利用技術の現状、これらを総合した実用化への見通しは表2のようになる。電池電力推進のプラグインハイブリッド自動車が最も早く導入可能で、次に合成燃料による内燃機関自動車、そして水素による燃料電池自動車の順となる。
 以上のように、水素、電気、合成燃料などのエネルギーキャリアーを経由して運輸部門への原子力のエネルギー供給が増大すると、これまでの電力のための原子力供給に匹敵するような大きな原子力需要が想定され、原子力の世界規模の供給可能性を燃料サイクル評価により確認しておくことが重要になっている。このため、ウラン235・プルトニウムなどの核分裂性物質の需給バランスを保持した軽水炉高速増殖炉の導入による持続的原子力エネルギー供給シナリオの構築が行われている(文献10)(文献11)。
<図/表>
表1 原子力エネルギーの運輸利用
表1  原子力エネルギーの運輸利用
表2 水素・電気・合成燃料3経路の見通し
表2  水素・電気・合成燃料3経路の見通し
図1 各種パワートレインの自動車へのエネルギーの流れ
図1  各種パワートレインの自動車へのエネルギーの流れ
図2 石炭ガス化・FT合成による合成燃料製造への原子力熱/水素の供給
図2  石炭ガス化・FT合成による合成燃料製造への原子力熱/水素の供給

<関連タイトル>
電力各社の電源別構成比(平成19年度計画) (01-03-04-11)
石油代替エネルギーの構成と推移 (01-04-02-03)
電池電力貯蔵技術の研究開発 (01-05-02-08)
燃料電池発電技術の研究開発 (01-05-02-09)
高温ガス炉による水素生産 (01-05-02-19)
合成液体燃料開発の現状 (01-05-02-20)
合成液体燃料開発の世界動向 (01-05-02-21)

<参考文献>
(1)堀、松井、日野(編集):原子力による運輸用エネルギー(NSAコメンタリーNo.15)、原産協会・原子力システム研究懇話会(2007年)
(2)M.Hori,et.al.:“Synergy of Fossil Fuels and Nuclear Energy for the Energy Future”OECD/NEA Third Information Exchange Meeting on the Nuclear Production of Hydrogen,October 5,2005,Oarai,Japan
(3)堀雅夫:原子力と化石燃料による協働的エネルギー転換プロセス、日本原子力学会誌、49巻、5号、p.43-48(2007)
(4)燃料電池実用化戦略研究会:水素社会に向けたシナリオ(案)について、経済産業省・資源エネルギー庁(2004年)
(5)AirBus:”Liquid Hydrogen Fuelled Aircraft-System Analysis”Final Technical Report of the Project Funded by the European Community under the‘Competitive and Sustainable Growth’Program(Issued in September 2003)
(6)原子力水素研究会:原子力による水素エネルギー(NSAコメンタリーNo.10)、原産・原子力システム研究懇話会(2002)
(7)日野竜太郎:運輸用水素利用の将来と原子力による供給、(原子力による運輸用エネルギー(NSAコメンタリーNo.15))、原産協会・原子力システム研究懇話会(2007年)、p.33-44
(8)堀雅夫:プラグインハイブリッド車導入の環境・エネルギーへの効果、自動車技術会論文集、38巻、2号、p.265-269(2007)
(9)兼子、堀、林、小島、土江:合成燃料プロセスへの原子力供給、(原子力による運輸用エネルギー(NSAコメンタリーNo.15))、原産協会・原子力システム研究懇話会(2007年)、p.85-149
(10)M.Hori:”Role of Nuclear Energy in the Long-Term Global Energy Perspective” Proceedings of OECD/NEA First Information Exchange Meeting on Nuclear Production of Hydrogen,Paris,France,October 2-3,2000,p.25(2001)
(11)松井一秋、田下正宣:長期グローバル・エネルギー分析による原子力の効果(原子力による運輸用エネルギー(NSAコメンタリーNo.15))、原産協会・原子力システム研究懇話会(2007年)、p.20-32
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