<大項目> エネルギーと地球環境
<中項目> 日本の二次エネルギー
<小項目> 石油・石炭製品
<タイトル>
石油代替エネルギーの構成と推移 (01-04-02-03)

<概要>
 石油危機を契機に、日本は石油への過度な依存状態を改めるために、さまざまな対策を取ってきた。その中で、石油に代わるエネルギー源確保は重要な柱である。近年は地球温暖化等の地球環境問題に対処するため、石油代替エネルギー開発は一層重みを増している。1980年度以来進められてきた石油代替エネルギー対策推進体制の経緯と石油代替エネルギー対策の概要について述べる。
<更新年月>
2006年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.石油危機前のエネルギー政策
 1973年に石油危機が勃発する以前の戦後の日本のエネルギー政策を概観すると、大きく3つの時期に区分される。
第1の時期:占領時代(1945〜1951)
 石炭を軸とする傾斜生産方式により、終戦直後の荒廃から経済の復興を目指した時代である。この時代は、石炭と鉄鋼の増産に必要な労働力、資金、資材等を最優先させて確保する「傾斜生産方式」(1946年)により、官民一体の石炭増産体制の確立を目指した。
第2の時期:経済自立化時代(1952〜1961)
 朝鮮動乱終結後の石炭不況に対応して石炭産業の合理化を進めながら、炭主油従政策を維持した時代である。この時代は、米国の援助や特需に依存しない経済の自立を目指した。
第3の時期:高度成長時代(1962〜1972)
 低廉かつ安定的なエネルギーの供給を「総合エネルギー政策」の柱にして、エネルギー供給の中心を石炭から石油へ転換した時期である(「油主炭従政策」)。この時代は、1962年の石油業法の制定と原油輸入自由化に始まるが、この年は日本において、初めて石油が石炭を抜いてエネルギー供給の首位の座についていた年でもあり、この前後、いわゆる「エネルギー革命」が急速に進展した。具体的には、構造的不況に陥った石炭産業の合理化を推進する一方、石油製品の安定供給を確保するとの観点から、消費地精製主義の原則にたち、石油精製能力、石油生産計画等に関して政府の監督下に置くことにより石油産業の健全な発展を図った。
2.石油危機への対応と省エネルギー・代替エネルギー対策
(1)第1次石油危機と緊急時対策
 第4次中東戦争を契機に1973年に発生した第1次石油危機(原油価格の高騰と供給削減)は、国民生活および日本経済に対し大きな衝撃を与えるものであった。政府は、危機発生に対処するため、国民生活安定緊急対策本部を設けるとともに「石油緊急対策要綱」を閣議決定し、消費節約運動の展開、石油・電力の使用節減等の行政指導を行い、事態の収拾に努めた。これと並行して立法作業が進められ、同年12月には、いわゆる石油二法と呼ばれる「石油需給適正化法」と「国民生活安定緊急措置法」が制定されている。また、国際的には、1974年に米国の呼びかけにより日本を含む主要石油消費国の間で「エネルギー調整グループ」が結成され、同年、同グループにより「国際エネルギー計画」(IEP:International Energy Plan)協定が採択され、「国際エネルギー機関」(IEA:International Energy Agency)がOECD(Organization of Economic Cooperation and Development)の下部機関として設置された。この国際協定であるIEPは、緊急時自給力確立のため、前年の平均純輸入量の90日分の備蓄義務と、消費削減措置付きの緊急時石油融通制度を規定している。これを受けて通産省(現経済産業省)では、1975年に石油備蓄法の制定を行い、5年間の備蓄計画を策定し、1981年度末には、石油精製元売会社は90日分の備蓄目標を達成した。
(2)エネルギーの安定供給確保と省エネルギー対策・新エネルギー開発
 第1次石油危機によって石油供給断絶(油断)の脅威を経験した日本は、それまでのエネルギー政策を転換し、エネルギー、特に石油を重視する政策へ重点を移していった。総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)は、石油危機以降のエネルギー情勢の変化について検討を行い、1975年8月「昭和50年代のエネルギ安定化政策−安定供給のための選択−」を答申した。この答申は、豊富・低廉・安定というエネルギー政策の要請を等しく達成するのではなく、エネルギーの供給安定性を最優先政策課題とすべきであるとしている。この供給安定化施策は、
1) 石油依存度の低減と非石油エネルギーの多様化、
2) 石油の安定供給確保、
3) 省エネルギーの推進、
4) 新エネルギーの研究開発、
に重点を置くものであった。この答申を受けて、総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)基本問題懇談会は、「省エネルギー促進法(仮称)の制定等により、各部門における省エネルギーの目標を明らかにする」という提言を取りまとめた。この提言は、1979年10月の「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(いわゆる「省エネ法」)の制定につながるものである。また、中長期的課題である新エネルギーの研究開発については、1974年に、2000年をめどとして、数十年後における日本のエネルギー需要の相当部分をまかなう新しいクリーンエネルギーを供給し得る技術の開発を目指した「サンシャイン計画」が発足した。
(3)第2次石油危機と石油代替エネルギーの導入対策
 1979年の第2次石油危機の発生は、石油代替エネルギーの導入の促進に、エネルギー政策の重点が置かれる契機となった。この施策の重点のシフトは、原油価格が大幅に高騰したため、石油代替エネルギー、新エネルギーの導入が急がれるとともにこれらエネルギーに大きな経済性が生まれたことも一因となっている。このような状況を背景に、石油代替エネルギーヘの転換と新エネルギー開発を加速させるため、1980年に「石油代替エネルギーの開発および導入の促進に関する法律」(いわゆる「代エネ法」)が制定された。これに基づき政府は、同年総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)需給部会の作成した「石油代替工ネルギーの供給目標」を閣議決定した(表1)。また、大型の石油代替エネルギー技術開発を総合的に推進するために、1980年10月に新エネルギー総合開発機構(現、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構、NEDO:New Energy and Industrial Technology Development Organization)を発足させるとともに、安定的かつ計画的な財源措置を講じるため、特別会計制度の整備を行った。すなわち、石炭および石油対策特別会計を「石炭並びに石油および石油代替エネルギー対策特別会計」へ改め、「電源開発促進対策特別会計」に「電源多様化勘定」を新設した。
 それ以来、情勢の変化に対応して、「石油代替エネルギーの供給目標」は改定されて今日に至っている。(表1に2001年度までの経緯を示す。)
3.近年のエネルギー政策−新たな課題への対応−
(1)石油危機後の比較的平穏な石油市場
 日本は、2度の石油危機を経験することにより、1)石油の安定供給の確保、2)石油代替エネルギーの開発導入の促進、3)省エネルギーの推進、を3つの柱とする総合エネルギー政策の体系を確立してきた。しかし1983年に、石油輸出国機構(OPEC:Organization of Petroleum Exporting Countries)が、公式販売価格を1バーレル当たり5ドルの値下げを行った後は、原油価格は国際的に低水準にて推移した。
 エネルギー低成長と原油価格の低下という新しい事態の到来に対応して、総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)は、1983年に政策の見直しを行い、エネルギー供給の「セキュリティとコストの最適バランスの確保」という新しい課題に取り組むこととなった。
(2)ゆとりと豊かさのもとでのエネルギー需要の増大
 近年の国民のゆとりと豊かさの追求により、民生部門および運輸部門においてエネルギー消費が大きく伸びてきている。すなわち、民生部門においては、冷暖房需要の増加、大型家電機器の普及、社会活動の24時間化、OA(Office Automation)化等の情報化の一層の進展により、また、運輸部門においては、自動車保有台数の増加、物流量の増加等によりエネルギー消費は定常的に増大している。このような最近のエネルギー需要の増大は、エネルギーの安定供給確保の重要性を再認識させるものである。
(3)地球環境問題への対応
 近年、エネルギー政策の新たな課題として、エネルギー消費に伴う二酸化炭素の排出等に起因する地球温暖化問題をはじめとする地球環境問題への対応の必要性が生じてきた。1992年6月には、地球サミットがリオデジャネイロで開催されるなど地球環境問題意識が高まりを見せる中で、エネルギー環境問題を議論する場として、産業構造審議会、総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)、産業技術審議会の3つの部会は合同会議を開催し、総合的な視点からエネルギー環境問題について検討を行った。同会議では、同年11月に環境保全と経済成長の両立を達成するため、環境保全、経済成長、エネルギー需給安定の三位一体の考え方の下、環境調和型経済社会構造の構築等を目指した「今後のエネルギー環境対策のあり方について」と題する報告書を取りまとめた。
(4)1994年および1998年の長期需給見通し
 1994年6月総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)は「長期エネルギー見通し」の改定を行い、同年9月に「石油代替エネルギーの供給目標」の改定を閣議決定した。この長期エネルギー需給見通しは、従来の経済成長(Economic Growth)、エネルギーの安定供給確保(Energy Security)のための政策目標に加えて、地球温暖化防止等の環境保全(Environmental Protection)を目標とし、いわゆる3Eの達成を基本目標として掲げた点で、エネルギー政策の転換点になったものといえよう。また、1998年6月に「長期エネルギー需給見通し」の改定を行い、同年9月に「石油代替エネルギーの供給目標」の改定を閣議決定した。この見通しは、3Eの同時達成を基本目標として掲げ、環境保全への責務を果たすための経済活動、国民生活における取り組みを促すという役割を併せ持つもので、見通し実現の重要性について、エネルギー供給に携わる事業者だけでなく、国民一人一人の理解を得ることが極めて重要であるとしている。
4.エネルギー政策の総合的な検討とエネルギー需給像
 エネルギー資源の大部分を輸入に依存しているわが国は、2度の石油危機の経験を経て、安定供給の確保に努めてきた。その結果、エネルギー全体に占める石油の割合が低減する一方で、原子カ、天然ガスの割合が大きく増加する等エネルギー供給の多様化に大きな成果が得られているが、わが国にとって、安定供給の確保は引き続き極めて重要な課題である。
 環境保全の観点から見ると、特に地球温暖化問題について、温室効果ガス全体で1990年度比6%削減というCOP3の合意を踏まえ、エネルギー起源のCO2(二酸化炭素)について、2010年度において1990年度と同水準まで抑制することが求められている。ただし、エネルギー起源のCO2排出量は現状において既に1990年度比で8.9%増加しており、今後2010年度に向けて当該増加分を抑制し、1990年度と同水準に抑制するという困難な目標に挑むことが必要となっている。
 また、自由化等を通じた更なる効率化が始まっているが、さらに一層の効率の向上によるエネルギーコストの低減を図ることも求められている。
 上記に加え、エネルギーの消費主体や供給主体の多様化が進んでいること、主要電源である原子カ立地が長期化していること、アジア地域全体におけるエネルギー供給リスクが高まっていること等、エネルギーを取り巻く状況には様々な変化が生じている。
 これらの情勢の変化を踏まえた上で、上記の基本目標を実現するため、2001年4月より、総合資源エネルギー調査会において、目指すべきエネルギー需給像である新たな長期エネルギー需給見通しとそれを実現するための施策の在り方について総合的な検討が行われ、7月に経済産業大臣に対して答申された。2001年3月に「石油代替エネルギーの供給目標」の改定を閣議決定した。
 2005年3月に経済産業省総合エネルギー調査会(現総合資源エネルギー調査会)需給部会が提出した「2030年のエネルギー需給展望」中の一次エネルギー供給の見通しを表2に、2002年3月に改定された「石油代替エネルギーの供給目標」を、表3に示す。
<図/表>
表1 「石油代替エネルギーの供給目標」の経緯
表2 一次エネルギー供給の見通し
表3 石油代替エネルギー供給目標の推移

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
長期エネルギー需給見通し(1998年6月・総合エネルギー調査会需給部会) (01-09-09-05)

<参考文献>
(1) 資源エネルギー年鑑編集委員会(編):2005-2006 資源エネルギー年鑑、通産資料出版会(2005年4月)、p.21-57
(2) 資源エネルギー庁長官官房総合政策課(編):総合エネルギー統計 平成16年度版、(株)通商産業研究社(2006年1月)
(3) 資源エネルギー庁(編):新エネルギー便覧 平成15年版、経済産業調査会(2004年3月)
(4) 資源エネルギー庁(編):エネルギー2004、(株)エネルギーフォーラム(2004年1月)
(5) 資源エネルギー庁:石油代替エネルギーの供給目標について(平成14年3月22日)
(6) 経済産業省総合資源エネルギー調査会需給部会:2003年のエネルギー需給展望
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