<本文>
1.はじめに
世界の燃料別需要予測では、石油が従来同様主要エネルギー源として、2020年まで年平均1.9%の伸びで着実に増加する見通しである(参考文献1)。随伴ガス(LPG:Liquefied Petroleum Gas)を含む石油製品の需要は、中国、インドの需要増大により、2010〜2020年頃、供給を上回り、石油価格高騰、石油供給不安が予測されている(参考文献2)。今後、上記需給逆転に備えると同時に
地球温暖化や大気環境汚染対策の観点から、石油より埋蔵量の多い天然ガス、バイオマス、石炭で低環境負荷の液体燃料を合成、利用していく技術構築が大切になる。
日本では、2003年10月「エネルギー基本計画」における石油、ガス体および石炭に関する技術重点施策に対応して、天然ガス、石炭からの合成液体燃料技術開発を、また、2002年12月「バイオマス・ニッポン総合戦略」のエネルギー高効率転換技術重点施策に対応して、バイオマスからの合成液体燃料技術開発を推進しつつある。しかし、燃料製造コストの高さ、インフラ面での実証不足、燃料規格の未整備などの課題が残っている。燃料多様化に向けた取り組みは、燃料間の互換性・代替性を高め、エネルギー供給の地政学的リスクへの対応力を向上させるので、一次エネルギー供給源を多様化し、環境負荷を低減する視点から非常に大切である。
以下に、石油代替の合成液体燃料として有望な5つの燃料(1)ジメチルエーテル(DME、DiMethyl Ether)、(2)合成灯軽油(GTL:Gas To Liquid燃料)、(3)メタノール、(4)バイオエタノール、(5)バイオディーゼル(BDF:Bio-Diesel Fuel)の開発状況について述べる(参考文献3)。
2.特徴と開発現状
これらの液体燃料が、天然ガスやバイオマス、石炭からどのようにして合成されるかを
図1に概念的に示す。
表1には、上記燃料の長所、短所、操作性を、
表2には、利用用途をまとめた。以下に、これらの特徴(製造技術、供給安定性、経済性、環境性)と開発現状を記す。
2.1 ジメチルエーテル
ジメチルエーテルは、天然ガス、バイオマス、石炭など多様な資源を原料として製造されるクリーンな燃料で、常温で気体であるが、容易に液化する。硫黄を含まず、着火・燃焼特性も良く、人体への影響もないが、
熱量、潤滑性が軽油に比べて低い。製造技術には、間接合成法と直接合成法のふたつがある(注1)。現在、日本では噴射剤等として1万トン/年使用しており、世界では、15万トン程度使用されている。今後の供給量見通しは、日本企業を主体にした天然ガスからのジメチルエーテル生産プロジェクト(
表3参照)合計で約470〜640万トン/年である。ただし、日本のLPG消費量が約1900万トン/年(熱量換算でジメチルエーテル約3000万トン分、2002年)であることを考えると、当面のジメチルエーテル予想供給量はLPG消費量の約2割で、LPGをすぐ代替できるわけではない(参考文献4)。中長期的には、世界、特にアジア地域全体で発電用燃料に対する需要が急増した場合、ジメチルエーテルのニーズが高まる可能性がある。
ジメチルエーテルの経済性については、事業用発電用途輸入価格の目標値が、約1.5〜2.0円/千kcalで、軽油、LPGよりも安価、
液化天然ガス(LNG:Liquefied Natural Gas)(約2.0円/千kcal、過去3年間の実績値平均)と同等レベルである。一方、工業用LPG代替用途価格は、LPGと比較して受入基地およびユーザー設備改造のコスト、さらにジメチルエーテル低熱量に起因して増える物流・貯蔵コストなどを加味すると、ジメチルエーテルのコストはLPGを上回ることも考えられる。ジメチルエーテル製造コストの低減化が課題となっている。
環境性については、製造時の熱量あたり二酸化炭素(CO
2)排出量が、LPG、LNGに比べて大きく、利用時の排出量は同程度と見込まれる(注2)。ただし、利用時の効率性を考慮すると、発電用では、石油火力より優位で、ディーゼル自動車などでは、軽油、LPGより優位となる。軽油に比べて粒子状物質(PM:Particulate Matter)を排出せず、自動車排ガス対策としても意味をもつ。
2.2 合成灯軽油燃料
合成灯軽油燃料は、天然ガス、石炭等を原料として軽油・灯油・ナフサ等を連産品として製造される合成炭化水素で、硫黄分や芳香族分を含まない着火性のよい液体燃料である。中でも合成軽油は既存の軽油供給インフラが使用可能なためディーゼル自動車用燃料(軽油代替)として期待されている。合成灯軽油製造技術は、大きく合成ガス製造、
フィッシャー・トロプシュ反応(注3)、水素化分解の3つで構成される。合成灯軽油製造に取り組む企業は、主として海外の石油開発メジャーズ(注4)で、技術レベルは、研究開発レベルのものから商業化目前のものまで様々である。日本では、JOGMEC(独立行政法人
石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が千代田化工建設(株)や新日本製鉄(株)の技術を用いて、2003年9月に合成灯軽油の製造(7
バレル/日のパイロットプラント)に成功したが、その後の計画が具体化していない。
現在、世界の生産量合計は約147千バレル/日(Shell、Sasol等)で、早ければ数年後には、中東を中心とした他の計画中プロジェクトが実現し本格的な供給が開始される見込みである。原料費が安い中東地域での計画であることから、短期的には、必ずしも中東依存度の低減につながらないとの見方があるが、長期的には、東南アジアの中小規模ガス田からも供給される可能性もある。
経済性については、安価な中東産天然ガスを原料とする合成灯軽油燃料を輸入する場合、石油系軽油に比べて10円/リットル程度、供給価格が高くなるとの試算があるが、製造プランントの大規模化によってコスト低減の見通しもある。
環境性については、利用時のCO
2排出量は石油系軽油に比べてやや減少するが、製造時の排出量が増加するため、全体でもやや増加すると見込まれる。二酸化窒素(NO
x)やPM排出量は減少するため、自動車排ガス低減の可能性がある。
2.3 メタノール
メタノールは、原料をガス化後、メタノール合成によって製造される。化学用品の原料としての需要は確立している。燃焼によって硫黄酸化物(SO
x)や煤塵は発生しないが、発熱量が低いことや毒性があることから液体燃料としての利用は日本ではあまり進んでいない。世界では、年間70万トンのメタノールがガソリンに添加され利用されている。主な地域は、ブラジル、米国、EUである。日本では、メタノール専用車が関東地区を中心に200台余り走っている。政府が推進した低公害車燃料普及、エコ2000計画(2000年までにメタノール燃料供給スタンド2000か所設置構想)は達成されていない。
メタノールは価格的に競争力が低く法制面における制約ともあいまって、自動車用燃料として今後著しく導入が進展すると見るのは難しい。ただ、改質が容易であるというメリットを生かして、小型情報機器や二輪車の燃料電池用燃料としての利用が検討されている(参考文献5)。また、携帯機器向けにメタノールを燃料とするダイレクト・メタノール型燃料電池の研究開発も進んでいる。
2.4 バイオエタノール
バイオエタノールは、サトウキビ、トウモロコシ等のバイオマス燃料を生物化学的に変換して製造される。大気中のCO
2を増加させないカーボンニュートラルという特徴を有する
再生可能エネルギーの一つであるが、金属、ゴムなどの腐食、劣化、また水吸収による燃料性状劣化という課題もある。日本では、2003年8月にガソリンへのエタノール混合上限3%が規格化された。まだ、普及が進まないが、3%をエタノールで置き換える(以下E3)場合、約180万キロリットル/年が必要になる。全量を輸入する場合、輸出供給余力があるブラジル1国になる可能性が高い。国内では、原料となる糖やでんぷん供給が、食用との競合もあり非常に難しい。燃料価格については、現状、ガソリン(蔵出しで約27円/l)にくらべ、エタノール(日本到着時価格40〜50円/リットル)は割高で、原料不作や原料市況の影響も受ける。以上より、全ガソリンのE3化に必要なエタノールの価格・供給安定化を図るには、輸入国との長期契約等の対応が必要である。
ライフサイクルアセスメント(LCA:Life Cycle Assessment)で評価したエタノールのCO
2排出量は、バイオマス燃焼時のCO
2排出量を計上しないことから、
図2に示すように、ガソリンのCO
2排出量の13〜45%程度の排出となり、ガソリンより優位である(参考文献4)。しかし、エタノール等の酸素含有化合物がガソリンに混合されると、排ガス中の一酸化炭素、ハイドロカーボンは減少するが、NO
x、アルデヒド、燃料蒸発ガスは悪化する傾向にある。このため、現在日本では、3%の上限が課されている。
2.5 バイオディーゼル
バイオディーゼルは、パーム油、ナタネ油等バイオマス由来の油脂を熱化学的変換(メチルエステル化反応)した脂肪酸メチルエステルであり、原液のままあるいは軽油と混合してディーゼル車に利用される。国内では一部の自治体等で公用車に利用されている。
日本がバイオディーゼルを輸入する場合、原料生産国の輸出余力を考えると、東南アジアのパーム油が最も有力である。ただ日本着の試算コストは38〜91円/リットルで、軽油(蔵出しで約30円/リットル)と比べるとコスト高である。廃食油を原料とする国内産の場合でも、72〜87円/リットルとコスト高になる。
ライフサイクルアセスメント(LCA)で評価したバイオディーゼルのCO
2排出量は、バイオエタノールと同様にバイオマス燃焼時のCO
2排出量を計上しないことから、
図3に示すように、軽油排出量の28〜57%程度の排出となり、軽油より優位である。海外において生産された燃料を輸入する場合も、燃料製造時CO
2排出量は日本の排出とカウントされないメリットがある。バイオディーゼル混合軽油の自動車排ガスへの影響については、2002(平成14)年度環境省が試験した結果、軽油に比べ一酸化炭素(CO)、NO
xの増加が示されている。PMに関しては、すすが減少する一方、軽油潤滑油未燃成分が多く生成される。今後、燃料のもつ様々な性状が燃料タンク、エンジン等の車両機器や排ガスに与える影響を詳細に分析する必要がある(参考文献4)。
*注1 間接合成法では、合成ガスからメタノールを製造し、メタノールを脱水してジメチルエーテルをつくる。本技術は、成熟技術の組み合わせで、実用化段階である。一方、直接合成法では、合成ガスからメタノールを経由せずに直接ジメチルエーテルを製造する。日本独自の直接合成技術は、研究開発段階であり、JFEホールディングス(株)が中心となり、釧路で100トン/日のパイロットプラント実験を2003年12月より実施中である。
*注2 ジメチルエーテルは改質反応等に相当量の熱を必要とするため、Well-to-Tank(生産、輸送、製造)での熱量あたり理論的二酸化炭素排出量は、LNG、LPG、石油に比べて増加すると見込まれる。一方、ジメチルエーテルは酸素を含み、LPG、軽油に比べて炭素含率が小さいが、重量あたり発熱量もLPGの約6割と低いため、利用時における理論的排出量は、LPGと同程度と見込まれる。
*注3 触媒を用い、COとH
2の反応から液状の炭化水素を合成する。1923年、ドイツのF.フィッシャーとH.トロプシュが発見した。
*注4 Shell(英国・オランダ)、Sasol(南アフリカ共和国)、ChevronTexaco(U.S.A.)、ExxonMobil(U.S.A.)、ConocoPhillips(U.S.A.)、BP(英国)等。
<図/表>
<関連タイトル>
バイオマスエネルギー (01-05-01-06)
石炭の液化・ガス化 (01-05-02-02)
<参考文献>
(1)(財)日本エネルギー経済研究所:アジア/世界エネルギーアウトルック−急成長するアジア経済と変化するエネルギー需給構造−(2004年3月)
(2)大木良典:エネルギー及び地球温暖化問題の動向と当社の取り組み、三菱重工技報、vol.40、No.1(2003.1);電気新聞「21世紀のエネルギー技術論4」(2005年2月4日)、4面
(3)大平竜也:合成液体燃料開発の現状と今後の展開、科学技術動向、2005年5月号、p.11−21
(4)経済産業省:総合資源エネルギー調査会、石油分科会石油部会燃料政策小委員会、第二次中間報告骨子(案)
(5)環境&エネルギーのEEchance:
(6)(社)化学工学会:図解新エネルギーのすべて、SCE.Net編、工業調査会(2004年)、p.203
(7)経済産業省:総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会第14回燃料政策小委員会資料
(8)経済産業省:総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会第9回燃料政策小委員会資料4−2
(9)(財)日本エネルギー経済研究所:天然ガスからの液体燃料(GTL)の市場性について、(2001年11月)、
http://eneken.ieej.or.jp/data/old/pdf/0111_03.pdf