<本文>
1.はじめに
1934年フェルミ(Enrico Fermi、伊、1901〜1954)
X線 を指導者とするローマ大学のグループは、あらゆる元素を中性子で
照射し放射化させる一連の実験を行った。重い
核の多くは、中性子が核内へ入り
ガンマ線を放出して質量数が一つ大きな
同位体となり、さらにベータ
壊変して原子番号が一つ増加した。フェルミ達が最大の原子番号92を持つウランに中性子を照射すると、
半減期が15秒、40秒、13分、100分の4種類のベータ放射能が生じた。化学分析によって、新しく生じた放射性
核種は、原子番号82番の鉛から92番のウランまでいづれの元素にも属さないことが確認されたので、超ウラン元素(
表1−1 、
表1−2 および
表1−3 )が生成されたのではないかと推定された。
ベルリンのハーン(Otto Hahn、独、1879〜1968)、マイトナー(Lise Meitner、オーストリア、1878〜1968)、シュトラスマン( Fritz Strassmann、独、1902〜)の研究チームは、これらの放射能を更に詳しく分析し、半減期23分のウランの同位体のほか、多くのベータ放射能の存在を確認した。ウランが中性子を捕獲して質量数が一つ増え、ベータ壊変がくり返されて、原子番号93、94、95、96、97番の超ウラン元素が次々に生成されたと考えられた。
ところが、1938年の暮れになってベルリンのチームは予想外の事実を発見した。超ウラン元素だと考えられていたベータ放射性核種の一つが化学分析によってバリウムであることが確認されたのである。これまで超ウラン元素と思われていたベータ放射能の多くは、ウランの
核分裂によって生じたものであることが判明した。
しかし超ウラン元素の存在が否定されたわけではなかった。半減期23分のベータ放射能がウランの同位体によるものであることは既にハーン達によって確認されており、これがベータ壊変すれば原子番号93番の元素が生成されるにちがいないからである。
2.マクミランとアーベルリンによるネプツニウムの発見
当時、米国カリフォルニア大学のバークレー校には、ローレンス( Ernest Orbando Lawrence、米、1901〜1958)を指導者とするチームによって、60インチの大型
サイクロトロンが完成していた。チームの一員であったマクミラン( Edwin Mattison Mcmillan、米、1907〜)は、このサイクロトロンを使ってウランに中性子を照射し超ウラン元素を確認しようと考えていた。マクミランはウラン酸化物の薄い試料を作り、これをアルミ箔や薄い紙で包んで照射した。核分裂で生成された原子核は速度が大きいので、アルミ箔や薄紙に入り込んでしまい、重い超ウラン元素は試料に残されるはずである。試料からは半減期23分のウランの同位体のベータ放射能と、超ウラン元素によると思われる半減期2.3日のベータ放射能が検出された。
ローレンスのもとで研究していた大学院生のアベルソン(Philip Hauge Abelson、米、1913〜)は超ウラン元素をX線分析によって確認しようと試みた。しかし検出された放射能は、アンチモン(51番)からテルル(52番)からヨウ素(53番)のベータ壊変系列であった。1939年7月、この研究で学位を取得したアベルソンは、ローレンスのもとを離れた。 1940年に入ってから、アベルソンは半減期2.3日のベータ放射能についてのセグレ(Emilio Gino Segre、伊、1905〜;もとローマ大学のフェルミのグループの一員)による分析結果の報告を目にした。この論文を読んだことがきっかけになって、アベルソンには一つの着想が浮かんだ。”半減期2.3日のベータ放射能は、希土類に似た重い放射性核種から生じているにちがいない”。マクミランは、アベルソンの着想を聞き、共同でそれを確かめたいと申し出た。二人は次のことを確認した。
1)半減期2.3日のベータ放射能は、半減期23分のウラン同位体のベータ壊変の結果として生ずる。
2)この放射性物質は、化学的性質において、既知の全ての元素と異なる。
このようにして、93番元素ネプツニウム(Np)が確認された。
3.シーボーグのグループによるプルトニウムの発見
1940年の暮れ、マクミランはシーボーグ(シーボルグ、Glenn Theodore Seaborg、米、1912〜)、ケネディ(Joseph William Kennedy、米、1916〜1957)、ワール(Arthur Charles Wahl、米、1917〜)とグループを組み、バークレーのサイクロトロンで重水素核(
重陽子と呼ばれる)を加速して、ウラン(U)に照射した。次の反応が起こり、ネプツニウム238が生成された。すなわち、
238U(d、2n)
238Np;dは重陽子、nは中性子。
ネプツニウム238からは、半減期2.1分のベータ放射能が検出された。壊変して生ずる原子核(娘核という)は一つ原子番号が増え94番元素になるはずである。彼等はこれを確認しようと試みた。数週間たつと娘核は少しづつ蓄積され、アルファ放射能が検出された。1941年2月、このアルファ放射性核種は化学分離によって94番元素であることが確認された。これがプルトニウム(Pu)の発見である。この成果は1941年3月、論文にまとめられたが、当時、ヨーロッパでは既に第2次大戦が始まっており、この論文は戦後まで公開されなかった。ヒットラー側に情報が伝わるのを恐れたためである(公表は戦後1946年になって)。
ウランには
235U(約0.7%)と
238U(微量の
234Uを除いた残り全部)が含まれ、
235Uの方は低速中性子を吸収すると一旦
236Uとなり、直ちに分裂する。
238Uの方は低速中性子を吸収すると
239Uになり、半減期23分でベータ壊変して
239Npとなる。ネプツニウム239も、ベータ壊変して94番元素のプルトニウム239になるはずである。この核種はアルファ壊変の半減期が約2万4千年と長いため、壊変の頻度が低く、その放射能の検出は容易にはできなかった。これを検出するには、これまでより大量のネプツニウム239を含んだ試料を作り、それを分離する必要があった。
硝酸ウラニル1.2kgを大きなパラフィンの塊の中に分布させ、これをベリリウムの塊の後方に置いて、ベリリウムにサイクロトロンからの重陽子を入射させた。重陽子はベリリウムから中性子を発生させる。中性子はパラフィン中に入ると水素原子核との散乱をくり返し、速度が遅くなる。速度の低くなった中性子はウランのような原子核に吸収されやすくなる。シーボーグ達は照射された硝酸ウラニルから約0.5マイクログラムの
239Npを抽出することに成功した。
このようにして得られたネプツニウムの試料は半減期2.3日でベータ壊変して、約0.5マイクログラムのプルトニウム239(
239Pu)となった。
239Puは、
235Uと似た性質を持ち、低速の中性子によって核分裂をきわめて起こしやすいことが予測されていた。1941年3月、シーボーグ達は、この0.5マイクログラムの試料に中性子を入射させ、これが高い反応確率で核分裂することを確認した。人類は初めて純粋の核分裂性物質を手にした。
4.
アクチノイドの発見と合成
シーボーグの指導で超ウラン元素が次々に製造されていった。1944年夏、サイクロトロンでヘリウムの原子核(アルファ粒子)を32MeVに加速し、プルトニウム239を衝撃することによって、96番元素のキュリウム(Cm)を作った。また、1944年末〜1945年にかけて、
239Puの
原子炉内での照射をつづけ、中性子を2個吸収させて
241Puを作った。これが半減期13.2年でベータ壊変して95番元素のアメリシウム(
241Am)となった。
シーボーグは一連の超ウラン元素の化学的性質を調べ、原子番号89番〜103番までの15元素と、原子番号57番〜71番までの15元素との類似性を発見した。後者には57番のランタンの名をとってランタノイドという名が付けられていたので、1944年シーボーグは前者を89番のアクチニウムの名をとってアクチノイドと呼ぶべきことを提案した。これにより重い元素の周期表における位置が明確になった。
97番バークリウム(Bk)と98番カリホルニウム(Cf)は、アルファ粒子でそれぞれ
241Am、
242Cmを衝撃し、それぞれ1949年、1950年に作られた。1952年の暮れ、水爆実験の生成物の中から99番元素と100番元素が発見された。99番はアインスタイニウム(Es)、100番はフェルミウム(Fm)と名付けられた。101番のメンデレビウム(Md)は、材料試験炉におけるPuの高中性子束照射で
253Esを製造し、これをサイクロトロンからのアルファ粒子で衝撃して作られた。原子炉とバークレイの60インチのサイクロトロンによって101番までの新元素が合成されている。
5.
重イオン衝撃による超重元素の合成
102番のノーベリウム(No)以降の超重元素の合成には重イオンを加速し重い核を衝撃する方法が用いられる。これらの超重元素合成の研究は、米国のバークレイ、旧ソ連のドブナ、ドイツのダルムシュタットの研究所で推進されている。最新の装置では合成された1個の新原子でも検出できる。
ダルムシュタットの重イオン研究所では、1981年に107番、1982年に109番、1984年に108番の元素合成に成功した。
元素名については、冷戦時代の米ソの先陣争いのため、両者が別の名前を付けるなど混乱もあったが、1992年に国際委員会が組織され統一が図られた。
超ウラン元素発見の歴史をまとめて
表1−1、
表1−2および
表1−3に示す。
<図/表>
<関連タイトル>
原子構造の解明 (16-02-02-01)
フェルミのグループによる中性子を用いた放射化実験 (16-03-03-10)
ハーン、シュトラスマン、マイトナー、フリッシュによる核分裂現象の発見 (16-03-03-11)
<参考文献>
(1) エミリオ・セグレ、久保亮五、矢崎裕二(訳):X線からクォークまで、みすず書房 (1982年)、p266-272、p278-279
(2) 内藤奎爾:原子炉化学 上、東京大学出版会 (1978年) 、p153-164
(3) J.ウィルソン、中村誠太郎、奥地幹雄(訳):われらの時代に起ったこと、岩波書店(1972年)、p30-46
(4) 吉原賢二:107,108,109番元素の命名について、化学と工業、第46巻、4号(1993年)、p649-651
(5) 吉田善行:超ウラン元素化学の魅力、基礎科学ノート、vol.1,No.1,1993年)、日本原子力研究所、p13-16
(6) 国立天文台(編):理科年表 平成10年、丸善(1997.11)