<本文>
1.ウラン
放射化 生成物の分析
ウランを中性子で照射した場合に生ずる放射化生成物の分析は、フェルミ達の実験以降、ベルリンのハーン(Otto Hahn、独、1879〜1968)、マイトナー(Lise Meitner、オーストリア、1878〜1968)、シュトラスマン(Fritz Strassmann、独、1902〜)のチームによって遂行された。ベルリンのチームは、
半減期 23分でベータ
壊変 するウランの
同位体 (現在、ウラン239として知られており、半減期23.47分で
超ウラン元素 のネプツニウム239に壊変する)を発見したほか、ベータ壊変して次々に他の元素に移っていくいくつかの放射性
核 種の壊変系列を見い出した。最初これらは、超ウラン元素に属するのではないかと考えられた。
1938年の夏、パリで同様な研究を続けていたイレーヌ・キュリーとサビッチが、3.5時間の半減期を持ちランタンに似た放射性核種を、ウランの放射化生成物の中に見い出した。これに疑問を感じたベルリンのチームは、これを確かめようとして、ウランの放射化生成物の中で互いに異なる半減期を持つ3種類の
ラジウム の同位体と考えられる放射性核種を、
担体 として添加したバリウムと一緒に分離した。
この頃、ベルリンのチームの一員であるマイトナーは、ヒットラーがオーストリアを併合したために、ユダヤ系であるということで迫害を受ける立場となり、スウェーデンに亡命した。
2.核分裂生成物バリウムの発見
1938年の暮れになって、マイトナーの抜けたベルリンのチームは、予想外の事実を発見した。ウランの放射化によって生じた「3種類のラジウム同位体」は、バリウムから分離することができなかったのである。ハーンとシュトラスマンは、3つの方法によって入念にこのことを確認した。
1)ラジウム228を加えてラジウムとバリウムの分溜を行ったところ、「3種のラジウム同位体」はラジウム228から離れて、バリウムと行動を共にした。
2)「3種のラジウム同位体」の壊変生成物にアクチニウム228を加えてランタンとアクチニウムの分離操作を行ったところ、壊変生成物もまたアクチニウム228から離れて、ランタンと行動を共にした。
3)多くの異なったバリウム化合物の結晶を生成させたが、「3種のラジウム同位体」がバリウムから離れることはなかった。
以上の結果から、「3種のラジウム同位体」はバリウムそのものであることがわかった。すなわち、ウランを中性子で照射すると少なくとも3種類のバリウムの同位体ができ、これらは壊変してランタンになることが判明した。ハーンとシュトラスマンは、研究チームの一員であったマイトナーに12月19日付の手紙でこの結果を知らせ、12月23日に論文を投稿した。
3.マイトナーによる核分裂現象の説明
手紙を受け取ったマイトナーは、ウランを中性子で照射するとバリウムを生じるという現象を、どのように理解すべきかについて考えていた。都合の良いことに、年末を共に過ごすために甥のフリッシュ(Otto R. Frish、オーストリア、1904〜1979)が訪ねてきた。フリッシュは、当時コペンハーゲンのボーアの研究所で物理学を研究していた。マイトナーはフリッシュに議論の相手になってもらい、ハーン達が発見した現象について考察し、次のように現象を説明した。
1)これまでに発見された
核反応 では、核から大きな電荷が一挙に失われることはなかった。これは、
クーロン障壁 が核から大きな電荷を持った粒子の放出を阻んでいるためと説明される。
2)核内では粒子同士が核力によって結び付こうとしており、これによって核の表面には表面張力が生じている。重い核では核内の電荷によって生じる核子同士の反発力のため、上記の表面張力は弱められ、原子番号が100程度にまで増加すれば0となって、核子同士が1つの核にまとまることはできなくなる。
3)ウランのような重い核では、外から中性子が入ってきたために核内にエネルギーが持ち込まれ、核内での核子の集団運動が生じて核が変形し、変形がある限度を越せば、クーロン力による反発が核力によってまとまろうとする力を上回り、液適が分裂するのと似た形で、核が2つに分裂することが起こり得る。
図1 にこれを図解する。
4)もしウランが上記の過程によって分裂すれば、分裂片はクーロン反発力によって互いに加速され、概算すると2つの分裂片の合計で約 200
MeV の運動エネルギーを得る。このようにして解放される約 200MeVのエネルギーは、ウラン、中性子、核分裂片の質量を用い、アインシュタインの式E=mc
2 から計算された値とも一致する。
マイトナーの説明によれば、ウランの中性子核分裂によって莫大なエネルギーが放出されることが予想された(1gのウランが核分裂すると石油2トン分のエネルギーが発生する)。
4.フリッシュによるエネルギー発生の実証
1939年1月コペンハーゲンのボーアのもとに帰ったフリッシュは、ボーアと相談してマイトナーの説明を実証するための実験を行った。電離箱内でウランと
トリウム に中性子を照射したところ、核分裂で発生した2つの分裂片の
電離作用 によって生じる巨大な電気的パルスが観察された。
<図/表>
図1 核分裂過程の説明
<関連タイトル>
原子核物理の基礎(4)核分裂反応 (03-06-03-04)
原子炉物理の基礎(1)原子炉の構造と核分裂連鎖反応 (03-06-04-01)
原子力・放射線にかかわるノーベル賞受賞者 (16-03-03-13)
<参考文献>
(1)エミリオ・セグレ著、久保亮五、矢崎裕二訳、X線からクオークまで、みすず書房、1982、272-277頁
(2)シャルロッテ・ケルナー著、平野卿子訳、核分裂を発見した人、晶文社、1990、135-157頁
(3)山崎和夫訳、オットー・ハーン自伝、みすず書房、1977年、169-180、186-194、281-304頁
(4)伏見康治、時代の証言、同文書院、1989年、150-160頁
(5)H. A. Boorse and L. Motz, The World of the Atom, Basic Books, Inc.(1966)1637-1651
(6)Hahn,Strassmann,Naturwissenschaften 27(1939)11
(7)Meitner, Frisch, Nature 143(1939)276
(8)Frisch, Nature 143(1939)276
(9)S. Glasstone and M. C. Edlund, The Elements of Nuclear Reactor Theory, D. Van Nostrand Co., Inc.(1952)72