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<概要>
 原子力利用は、平成17年に約8兆8,500億円の経済規模に達し、生活に深く根を下ろしている。しかしながら、近年の経済の沈滞、放射線の負のイメージを背景に、ITやナノテク、バイオなどの分野と比較して原子力関連の魅力の低下等の理由から、当該分野への学生の進学と就職希望は減少傾向にあった。さらに、平成23年の福島第一原発事故により、この傾向は続くことが憂慮されている。一方、人材育成の基礎となる大学の教育・研究施設の多くが老朽化しているにも拘らず、大学内での予算配分は低下して効果的な修理や更新は困難になっている。このため、原子物理学、放射線科学、放射線安全学、核燃料サイクル工学、放射性同位元素や核燃料物質を利用する実験・研修等の原子力特有の人材育成課程の履修や研究開発は、様々な困難が指摘されている。ここでは、原子力利用の現状と、原子力課程の教育状況を改善するために進めている文部科学省と経済産業省の協力プログラム「原子力人材育成ネットワーク」及び原子力関連学科を有する国内23大学の教育・研究施設の概要を述べる。
<更新年月>
2014年01月   

<本文>
 原子力教育と学生の動向、教育課題と取組み及び主な研究・教育施設について以下に述べる。
1.原子力利用と学生
1.1 原子力利用の概要
 原子力利用は、核分裂によるエネルギー利用(電力)と、電離放射線で誘発される様々な反応を利用する放射線利用に大別され、その経済規模は、図1に示すように、2005年(平成17年)には総額8兆8,500億円である。そのうちエネルギー利用は4兆7,410億円で2000〜2010年には原子力発電が日本の電力供給の約30%を占めている。また、放射線利用は4兆1,117億円と評価されており、理学、工学、医療、農学等の様々な分野の学術の進歩、生活と医療の水準向上、産業・技術の振興等に貢献している。
1.2 原子力分野の学生
 原子力利用が社会生活に根を下ろしながら、近年の経済発展の沈滞、歴史を背景にした放射線に関する職業と技術に対する負のイメージ、及びITやナノテク、バイオ分野などと比較して研究・開発対象としての原子力関連の積極的魅力の低下等により、当該分野へ進学を希望する学生は減少傾向にあった。
 平成21〜22年度には原子力関係学科への志願者数と入学者数はともに回復の兆しがあったが、平成23年(2011年)の福島第一原発事故以降は再び減少に転じた(図2)。また、平成23年度の合同就職説明会では、原子力関係企業への参加者が著しく減少した(図3)。この傾向は、今後も暫く続くと予想され、憂慮されている。
2.原子力分野の人材育成と教育環境
2.1 人材育成の課題
 文部科学省は平成24年5月に「原子力の基礎・基盤的研究開発に関する現状と課題」を取りまとめた。その中で、すでに原子力エネルギーを利用している日本は、将来の原子力発電の割合の増減に関係なく、(1)福島第一原発事故について真摯な対応による国民の理解と信頼の再構築を念頭に置いた研究開発が必要であり、(2)バックエンドを含め原子力利用の安全性の確保を図るため、基礎・基盤研究と人材の育成・確保を図る取組みを強化し、原子力利用の社会的影響と人文・社会学を含めた多様な学術研究の推進に留意し、さらに、(3)諸外国と連携して国際社会の動向に注意を払い国際的な原子力安全の要請に応えることを理念とするよう提言した。
 また、人材育成の取組みについては、福島第一原発の廃止措置、復興等に関する様々な分野の人材とともに、過酷事故(シビアアクシデント)等の原子力安全に係る人材を育成し、さらに幅広い原子力研究と教育のすそ野を広げる取組みを強化するよう提言した。
2.2 基礎・基盤研究と人材育成の取組み概要
 上述のように、原子力分野の研究開発の必要性が指摘されながら、当該分野を学ぶ学生数は減少傾向にある。また研究開発の対象の変遷もあり、大学等の原子力学科は、関連学科と融合し又は名称を変更するなどして、原子力分野の負のイメージの払拭とともに、教育分野の拡大と質的向上及び研究開発の推進を図っている。
 一方、文部科学省と経済産業省等は協力し,原子力の安全を確保する上で基盤となる原子力分野の人材を育成するため、大学や高等専門学校の原子力教育を支援する「原子力人材育成ネットワーク」プログラムを進めている(図4)。このプログラムは平成22年度から産学官の協力で原子力界の優れた人材の育成を目的に開始され、平成25年度には67機関が参加し6事業を進めている(図5)。原子力に関する知識、技術・技能を習得する高等専門学校への期待は高いにも拘らず、原子力の授業・実習を行っている高等専門学校は少ないのが現状である。
 図5に示す「国際原子力人材育成イニシアティブ」は、平成22年度に開始され、産学官は連携し、効果的・効率的・戦略的に人材育成を行う機関横断的な取組みを支援する。平成25年度は、福島第一原発事故を念頭に、原子力安全や危機管理に関する人材育成を引き続き重点的に進めている。
 「原子力基礎・基盤戦略研究イニシアティブ」は、平成20年度に開始され、基礎的・基盤的研究の充実・強化を図るため、政策上の必要性を明確にした戦略的なプログラムを設定し、競争的環境の下に大学等における研究開発を進めている。
 「原子力システム研究開発事業(国家課題対応型研究開発推進事業)」は、エネルギーの長期的な安定供給の確保や地球環境問題への貢献を目指した「革新的原子力システム」の実現のため、平成17年度に開始された。
3.大学の主な教育・研究施設
3.1 試験研究炉
 図6に、日本の試験研究炉と臨界実験装置の所在地と現況を示す。民間と大学を合わせ22基の施設があったが、8基(×印))廃止措置中である。大学の研究用原子炉のうち、東京大学原子炉「弥生」は平成23年末に運転を停止し廃止措置中であり、現在稼働中の施設は、大阪府熊取町の京都大学炉(KUR)と同臨界実験装置(KUCA)及び東大阪市の近畿大学炉(UTR-KINKI)の3基である。
3.2 放射性同位元素、放射線発生装置及び密封線源を利用する施設
 表1に、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(放射線障害防止法)」に基づく放射線関連施設の統計から、教育機関と研究機関の放射性同位元素、放射線発生装置及び密封線源を使用する事業所数を、平成19年度と平成24年度で比較して示した。教育機関の事業所総数は、平成19年度の415事業所から平成24年度には364事業所に減少している。研究機関でも、418から322になっている。全体に装置・機器の老朽化による利用停止と教育・研究分野の転換がうかがえる。
 表中の「許可」は、放射線障害防止法の告示で定められた「下限数量」の千倍を超える密封線源や「下限数量」以上の非密封線源及び放射線発生装置(加速器)の使用に必要であり、原子力規制庁に申請し許可を取得する。また、「届出」は、「下限数量」の千倍以下の密封線源を使用する下記の装置の利用に必要な原子力規制庁への届出である:EC型ガスクロマトグラフ、放射性同位元素を利用する非破壊検査装置、放射線測定器の校正用線源、液体シンチレーション計測器用線源などがある。
 表2に、教育機関等のガンマ線数と放射線発生装置数を、平成19年度と平成24年度で比較して示す。表から、ガンマ線源数は教育・研究機関とも減少している。一方、放射線発生装置(加速器)の数は、総数は変わらないが、施設の更新等でサイクロトロン、線型加速器(リニアック)等の数は増えており、教育・研究進路の新たな展開がうかがえる。
3.3 大学の原子力関連学科と主な施設
 大学内の実験・研修設備の多くは、設置後40年を経過し老朽化していながら、大学内の予算配分は低下しており修理や更新は困難な状況になっている。このため、放射性同位元素や核燃料物質を利用する実験・研修、原子炉物理、放射線科学、放射線安全学、核燃料サイクル工学等の原子力特有の人材育成課程の履修や研究開発の推進に不都合と困難が指摘されており、大学には上述の「原子力人材育成プログラム」への参加や研究機関等との協力が望まれている。
 表3-1表3-2表3-3に、(独)日本原子力研究開発機構の国内原子力関係リンク集を参考に検索した23大学の原子力関連学科と教育・研究施設の現況及びURLを示す。ここには、医学部と附属病院の施設及び素粒子関連学科、通常の工学や物理・化学の教育機関は含まない。したがって、「許可」や「届出」による実験・実習のための施設・装置は含まれないので、表3の施設数は表1及び表2の施設の数値とは異なる。表中の「センター」は、教育・研究者グループとその所在施設、学内共同利用施設又は附置研究所を含めた表示である。
 大学等の放射線施設とその利用の安全を確保するため、「大学等放射線施設協議会」(http://shisetsu.ric.u-tokyo.ac.jp/)が在る。同協議会の会員は、全国の国公私立大学等の放射性同位元素や放射線を使用する施設(団体会員)と安全管理に関わる職員(個人会員)で構成され、放射線安全管理に関する情報交換、研修等により放射線管理のレベル向上を図っている。
(前回更新:2006年8月)
<図/表>
表1 放射性同位元素、放射線発生装置及び密封線源を使用する施設
表1  放射性同位元素、放射線発生装置及び密封線源を使用する施設
表2 教育機関等の照射装置及び放射線発生装置
表2  教育機関等の照射装置及び放射線発生装置
表3-1 原子力関連の学科と施設(1/3)
表3-1  原子力関連の学科と施設(1/3)
表3-2 原子力関連の学科と施設(2/3)
表3-2  原子力関連の学科と施設(2/3)
表3-3 原子力関連の学科と施設(3/3)
表3-3  原子力関連の学科と施設(3/3)
図1 放射線利用と原子力エネルギー利用の経済規模
図1  放射線利用と原子力エネルギー利用の経済規模
図2 原子力関係学科等の学生動向
図2  原子力関係学科等の学生動向
図3 原子力関係企業の合同就職説明会の参加者数の推移
図3  原子力関係企業の合同就職説明会の参加者数の推移
図4 原子力人材育成ネットワーク
図4  原子力人材育成ネットワーク
図5 平成25年度、原子力人材育成ネットワークの取組
図5  平成25年度、原子力人材育成ネットワークの取組
図6 試験研究炉と臨界実験装置
図6  試験研究炉と臨界実験装置

<関連タイトル>
研究炉の概要 (03-04-01-01)
近畿大炉(UTR-KINKI) (03-04-03-02)
京都大炉(KUR) (03-04-03-05)
加速器(高エネルギー放射線発生装置) (08-01-03-02)
放射線利用と照射施設 (08-01-03-14)
放射線利用に関する統計 (08-01-04-02)
アイソトープ等流通統計2012 (08-01-04-08)
文部科学省と原子力行政 (10-04-05-01)
京都大学原子炉実験所 (10-04-05-03)
広島大学原爆放射線医科学研究所 (10-04-05-04)

<参考文献>
(1)文部科学省、新大綱策定会議(20回)、資料2-2、原子力の基礎・基盤的研究開発に関する現状と課題、
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/sakutei/siryo/sakutei20/siryo2-2.pdf
(2)原子力委員会、平成24年、第47回、資料1-2、原子力人材育成の現状と文部科学省の取組について
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2012/siryo47/siryo1-2.pdf
(3)原子力委員会、平成25年、第22回、資料1-1、高度放射線利用技術について
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2013/siryo22/siryo1-1.pdf
(4)(公社)日本アイソトープ協会、放射線利用統計 2012
http://www.jrias.or.jp/report/pdf/the_use_of_radiation_2012.pdf
(5)(独)日本原子力研究開発機構、国内原子力関係リンク集、大学
http://www.jaea.go.jp/atomic_portal/link/internal.html
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