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<概要>
 基礎・応用研究から産業・医療利用にわたる広範な分野での中性子利用が広がりつつあり、原子炉定常中性子源および加速器パルス中性子源の建設が特にアジア・オセアニア地域で相次いでいる。これらの状況を一覧表で紹介する。欧米では、放射光施設などの大型施設との連携による国の基盤設備としての国家戦略的整備が行われている。
<更新年月>
2007年09月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.中性子の役割
 1932年にチャドウィックによって発見された中性子が、電子線と同じように結晶によって回折現象を示すことはその後間もなく実証され、物質構造解析手法として利用できることが認識された。しかし、本格的な中性子回折実験は、研究用原子炉からの安定した高強度の中性子ビームが利用できるようになる1940年代後半まで待たなければならなかった。わが国における本格的実験は、当時の欧米先進国からさらに10〜15年程度遅れて1960年代初頭に始まった。同じように回折現象を示すX線や電子線と比較した中性子回折の特徴は、散乱による軽元素検出(特に水素)、同位元素識別(特に水素と重水素)、近接元素識別などの能力に優れていること、磁気散乱による磁性検出、電気的中性による物質透過能力が高いことである。さらに、凝縮系(結晶、ガラス、高分子、液体など)を構成する原子間距離と同程度の波長を持つ中性子(熱中性子)のエネルギーが、原子や分子の運動(振動、拡散)エネルギーと同程度であることから、非弾性散乱測定によりそのような運動状態を直接観測できる点にある。これらの特徴を活かした中性子磁気散乱、および中性子非弾性散乱実験手法の開発研究(発明)と、それらを用いた物性物理研究の発展に対して、1994年のノーベル物理学賞が、それぞれシャル(米国)、ブルックハウス(加)両博士に授与された。
 これらは中性子の波としての性質による回折・散乱現象を利用した「観測子(プローブ)」の役割によるものであるが、観測子としてはさらに表面すれすれに入射する中性子が全反射する性質を利用した全反射測定がある。これにより表面・界面の構造を知ることができが、これには散乱と同じように核と磁気による全反射があり、後者では表面や界面での磁気密度の情報を得ることができる。一方、中性子は特定の原子核核反応して、その元素特有のガンマ線を放出し、微量分析に応用することができる。すなわち、「分析子」としての機能を有する。中性子吸収後のガンマ線の放出過程に応じて、即発ガンマ線分析、あるいは放射化分析と呼ばれている。X線蛍光分析が重元素分析を得意とするのに対して、中性子による分析は軽元素に高い感度を有する。さらに中性子は特定の原子核と核変換反応を起こし、他の元素に変換する能力を有する。すなわち、レーザーやイオンビームが物を加工する能力を有するのに習い、中性子は「作用子」としての役割も果たすことができる。30Si(n,γ)31Si → 31P反応を利用して天然に約3%存在する30Siをリンに変換し、92%の28Siからなるシリコン中に不純物としてのリンを均一にドープしてn型半導体を製造するプロセスは、中性子ならではの手法である。
2.中性子源と施設
 このような広範な中性子の持つ能力を生かした研究は、1950〜1960年代は基礎的学術研究、しかも物理分野が主流であったが、次第に化学、生物に広がり、さらに1970年代になって波長の長い冷中性子が得られるようになると高分子分野に一気に広がった。その後、工学、農林などの応用研究が活発になるとともに、産業界が製品開発や評価のために中性子を利用し始めてきた。このような中性子の需要を反映して、中性子発生源である研究用原子炉は高中性子束化する一方、1970年頃から新しく登場した加速器による中性子発生技術により近年では核破砕反応を利用した中性子ビーム実験専用の大型パルス中性子施設の建設が相次いでいる。それらの様子は表1表2から見て取れるが、最近はアジア・オセアニア地域での中性子源新設が顕著である。
3.今後の中性子利用
 中性子利用は、学術的基礎研究、応用研究、産業・医療利用にこれまでになく拡大してきているとはいうものの、X線や放射光利用に比べれば、一般のユーザーには馴染みが薄い。これはX線が小規模の実験室線源からスタートしているため、学生実験ですでに経験があること、企業でも手元ですぐに利用できる設備を所有していることなどから、大型施設とはいえ放射光施設利用にギャップを感じない反面、中性子ははじめから原子炉や加速器という大型施設を必要とするので利用に高い敷居があるためと思われる。今後数十年の中性子の普及と利用計画を考えるとき、中性子源の小型化は重要であろう。放射光施設出現以前には、大型回転対陰極型X線発生装置を全国の数地区(主要大学)が設置して地域共同利用に供したように、加速器技術の発展による地域型中性子実験施設の配置が望まれる。このような方向を目指した開発研究はやっと緒に付いたところである。
 一方、原子炉(JRR-3)やJSNS/J-PARCパルス中性子施設は(表1参照)、わが国唯一の大型施設として全国共同利用、あるいは国際共同利用型施設として整備運用する必要があることは言うまでもない。このように定常原子炉中性子源と加速器パルス中性子源が同一地域に並立しているのは、わが国(原子力機構原科研、東海村)と米国オークリッジ国立研究所(HFIR原子炉とSNSパルス中性子源)のみであり、両線源を相補的に利用する研究が今後の最先端的になることは間違いない。オークリッジでは、これら二つの線源を一体的に運転・利用するために、副所長がDirectorを兼ねるNeutron Science Directorate(中性子科学研究部門)を2006年10月に設置したところであり、さらにエネルギー省の肝いりでCenter for Nanophase Materials Sciences(ナノ物質科学研究センター)を隣接して設置し、これら3大施設を横断的かつ有機的に結合した研究体制を整備中である。さらに、米国では中性子のみならず放射光、電子顕微鏡、NMRなどの施設に隣接してナノサイエンスセンターを設置しており、国家戦略的な取り組みを行っている。同様な取り組みは欧州で先行しており、グルノーブル(仏)では隣接する原子炉(ILL)と放射光(ESRF)を利用するEuropean Molecular Biology Laboratory(EMBL、欧州分子生物研究所)、Center for Innovation in Micro and Nano Technology(MINATEC、ナノテクセンター)、Facility for Materials Engineering(FaME38、工学材料施設)の3施設がすでに稼働中である。
 このように中性子施設に代表される大型研究施設は、他の中性子源あるいは放射光のような大型施設と連携して国家戦略的な利用計画の策定が主要国の潮流となっている。これは建設と運転に多額の費用を要する国の基盤設備である大型施設を計画的に整備するとともに、それらを相補的、効率的に利用してそのシナジー効果をあげて科学技術・学術研究の成果創出に寄与するためである。わが国では「量子ビームプラットフォーム」という構想により、大型施設の有効な運転・利用を図ろうとしている。
<図/表>
表1 世界の主要な原子炉中性子源(稼働中あるいは建設中、計画中)
表1  世界の主要な原子炉中性子源(稼働中あるいは建設中、計画中)
表2 世界の主要な加速器中性子源(稼働中あるいは建設中、計画中)
表2  世界の主要な加速器中性子源(稼働中あるいは建設中、計画中)

<関連タイトル>
中性子回折・散乱の原理と応用 (08-04-01-05)
中性子放射化分析−原理と応用 (08-04-01-27)
大強度中性子ビームの利用 (08-04-01-40)
海外における中性子ラジオグラフィの利用 (08-04-02-10)

<参考文献>
(1)新井正敏:海外における中性子利用の現状と展望、放射線と産業、No.107、40-44(2005)
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