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1.放射線
物質はさまざまな原子・分子から構成されている。原子・分子は原子核と電子から成る。原子核の研究が進展し、高エネルギーの放射線が利用されるようになった結果、素粒子の領域も明るみに出てきた。放射線とはどのようなもので、どこから現れるのであろうか。
放射線には粒子線(粒子の流れ)と電磁波とがある。素粒子のなかで、測定器により検出が可能とされるものに、電子(電子と
陽電子)やν粒子(ミューオン)のようなレプトンと
陽子や中性子のようなハドロンがある。原子核の構成粒子である陽子と中性子は、核子とも呼ばれている。
原子核とは、複数の核子が核力で集合したものであり、原子とは、原子核に固有の正電荷(原子数)が、電子と電磁力で釣り合って安定化した状態である。分子はいろいろな原子どうしが、化学的な結合力(電子の集合のさまざまな状態から生ずる電磁的な相互作用)で集合した状態である。
一般に「放射線」(
図1参照)とは、物質中で原子・分子から結合力が最も緩い電子を
自由電子として引き離し、原子や分子のイオンを生成するために十分なエネルギーを持っている電離放射線を意味する。電離放射線のエネルギーには上限がない。
粒子線は荷電粒子線と非荷電粒子線に分類される。粒子線には多くの種類がある。例えば、
ラドンの崩壊で生ずるヘリウムの原子核から成るアルファ線、重水素の原子核から成る
重陽子線、放射性同位元素の崩壊で発生するベータ線(陽電子線を含む)、重い元素がイオン化した
重イオンなどである。高エネルギー加速器の建設によって、π中間子やミューオンのようなレプトンの利用も可能になった。陽子は原子量がほぼ1である水素(軽水素)の原子核である。電荷を持っていない非荷電粒子線に中性子線がある。中性子は電磁力による反撥を受けずに原子核に接近できる。遅い中性子は荷電粒子線に比べて原子核反応(原子核どうしが衝突して起こる反応)の確率が高い。
電磁波のなかで、原子に由来するものをエックス線、原子核に由来するものをガンマ線と区別している。分野によっては、エックス線を更に軟エックス線と硬エックス線に区別している。これらはいずれも、紫外線よりも高いエネルギーの電磁波である。最近では単に、波長、波数のような電磁波の性質によって現すことが多くなっている(
図2参照)。
2.放射能
放射線を放出する能力を、放射能があるとか、あるいは放射性であるという。放射能を有する物質のことを放射性物質といい、放射能を有する元素は放射性同位元素(放射性核種を意味したり、放射性同位体ということもある)と呼ばれている。
原子数(原子番号)は元素に固有であり、同じ元素の原子核どうしは陽子数が等しい。同じ元素であっても原子量が異なるものを同位元素(同位体)という。異種の同位元素の原子核には、同数の陽子があるが中性子数は異なっている。
一般に、元素は複数の同位元素混合物から成るものが多い。元素が異なれば化学的な性質が異なる。たとえば、水素という元素は、安定な同位元素である軽水素(陽子数1、存在比99.9885%)と同じく安定な重水素(陽子数1、中性子数1、存在比0.0115%)から成る。不安定で、一定の寿命で崩壊する同位元素が放射性同位元素(放射性核種ともいう)である。三重水素(トリチウムともいう)は水素の放射性同位元素である。軽水素、重水素、三重水素の化学的性質は、質量の相違に比べれば、ほとんど変わらないといって良い。
原子核の安定性には、核内の陽子数と中性子数のバランスが関係し、原子数が20以下のような軽い原子を別にすれば、一般に核内の中性子数は陽子数に比べて多い(
図3参照)。一般に、安定な同位元素の数は、元素に応じて単数のばあいもあれば、複数のばあいもある。放射性同位元素の多くは、陽子数と中性子数の割合が、安定なものと比べてアンバランスになればなるほど、寿命が短くなる傾向がある。
原子数が1〜83の間にあっても、原子数43のテクネチウム(Tc)のように安定な同位元素が一つも存在しない元素もある。原子数が大きくなって原子数83の蒼鉛(Bi)を超えると、安定同位元素は全く存在しなくなる。原子数が
ウラン(U)のように大きいと、自然に原子核が壊れて、より安定な状態である中間の原子数である一対の元素群と複数の中性子といった多数の原子核に分裂する現象が現れる。これを
自発核分裂という。
3.放射線の成因
放射線の成因(
図4)は放射性同位元素の原子核の崩壊、原子核反応(入射放射線による原子核の反応、
核分裂反応、
核融合反応や核破砕反応なども含まれる)によるものと
制動放射のように放射線どうしの転換に分けられる。また、核分裂反応を利用する原子炉や加速器を用いる人工的な放射線源と地球や宇宙のような自然界の放射線源に分けることもある。
放射性同位元素の原子核は不安定であるから、放射線を放出してより安定な同位元素に変わる。これを放射性崩壊又は放射性
壊変という。単に崩壊又は壊変ということも多い。生成した同位元素の原子核が依然として未だ不安定である場合には、安定同位元素になるまでさらに崩壊を繰り返す。このさい放出される放射線は、主にベータ線(陽電子線は中性子数のバランスが少ないときに放出される)やガンマ線であるが、重い原子核あるいはその他数種の放射性同位元素からアルファ線も放出されることがある。
放射線は原子核反応によっても放出される。原子核反応が発見された当時、天然の放射性同位元素の崩壊で発生するアルファ線を利用して原子核反応が調べられた。その後、粒子加速器とその付属システムを利用するとか、核分裂連鎖反応を利用する原子炉によって、エネルギーを高めた様々な粒子線や電磁波が利用できるようになった。これらの放射線を物質に
照射すると、原子核反応により多種多様の放射線が放出され、さまざまな放射性同位元素が生成する。加速器を利用して加速する粒子には、陽子、
重陽子、アルファ線、その他の重荷電粒子(重イオン)や電子などがある。原子核反応の種類もさまざまで、原子核反応により放出される放射線の種類も、加速粒子のエネルギー領域によって変化する。高エネルギーの放射線を利用すると、原子核がばらばらに壊れる核破砕反応も起こる。300MeVを超える陽子線を物質に照射して中間子を放出させるとか、
ニュートリノの研究用として30GeV程度に加速した陽子線も用いられている。
エックス線やガンマ線のような電磁波は原子の束縛電子と相互作用(光電効果やコンプトン散乱)して、電子にそのエネルギーのすべてかもしくは一部を与える。また、1.02MeVよりも大きなエネルギーの電磁波が物質を通過すると電子と陽電子を生成(
電子対創生ともいう)して、その分だけ電磁波のエネルギーが失われる。これとは反対の現象であるが、荷電粒子が物質中を通過すると、原子核の電荷との静電相互作用により電磁波が放出される。これを制動放射と呼ぶ。
地表面には自然界の放射線が飛びかっている。主な発生源は
宇宙線および我々の生活環境中あるいは地表とその近傍に存在する放射性同位元素の崩壊である。それらの強度は、いずれも地域の状況や生活条件によって大きく異なっている。
宇宙には超新星爆発のような高エネルギー放射線の発生源と考えられているものがある。地球の大気圏に飛来する宇宙線(一次宇宙線という)の成分は、陽子(水素の原子核)が90%強を占め、その他の成分は、5%程度のヘリウム(He)と少量のリチウム(Li)から鉄(Fe)までの重イオンである。一次宇宙線は大気との原子核反応によって
二次宇宙線、さらには、陽子、中性子などに変換(
図5参照)し、大部分が大気中を通過する間に崩壊するか吸収される。π中間子の崩壊で生じるミューオンならびに原子核反応生成物であるトリチウム(
3H)とか放射性炭素(
14C)のような放射性同位元素が、地表で観測される宇宙由来の放射線と放射能(
表1参照)の例である。
地殻には地球の年齢相当かあるいはそれを上回る長寿命の放射性同位元素がいくつか存在する。それらのうちの主なものに、自発核分裂物質であるウランやトリウムがある。ウランやトリウムはいずれも放射性同位元素で、アルファー線やベータ線などを放出しながら次々に崩壊(
図6参照)する。それらの子孫核種にはラドンやトロンのように、ヒトにとって最も大きな自然放射線被ばくを及ぼす、放射性希ガスが含まれる。また、ヒトの生命維持に欠かせないカリウムにも、放射性カリウム(
40K)が含まれており、カリウムと同属のルビジウム(Rb)にも放射性同位元素が含まれている(
表2参照)。
<図/表>
<関連タイトル>
電離放射線 (08-01-01-01)
放射能 (08-01-01-03)
α壊変 (08-01-01-05)
β壊変 (08-01-01-06)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
<参考文献>
(1)飯尾、小林:アイソトープ・放射線の利用、原子力の基礎講座7、日本原子力文化振興財団(1984)
(2)日本アイソトープ協会(編):新ラジオアイソトープ 講義と実習
(3)日本原子力産業会議(編):放射線のはなし−改訂4版−1999年7月
(4)W.マーシャル(編)・加藤和明(監修):放射線とその応用ー上、筑摩書房(1987.7)
(5)戸塚洋二著:素粒子物理、岩波講座現代の物理学10、第2版(1996.8)