<本文>
1.はじめに
「むつ」は、動力源として原子炉を搭載した船舶であるため、一般船舶とは、適用される法規も異なり、また船体施設にも原子炉施設にも設計上特別の配慮がなされている。安全性に関連して、出力上昇試験を行って「原子炉等規制法」に基づく使用前検査合格証を、海上試運転を行って「船舶安全法」に基づく船舶検査証書を平成3年2月14日に交付を受け、「むつ」の建造を完了した。以下では、特に、一般船舶および発電炉との相違点を中心に記述する。
2.「むつ」船体の安全性
一般船舶のボイラーに相当する原子炉は、船体動揺によって原子炉設備が受ける上下左右の加速度の影響が極力少なくなるように、ほぼ船体の中央部に配置されている。
「むつ」は、「SOLAS(海上における人命の安全のための国際条約)」や、原子力船特有の「原子力船特殊規則」などに従い、10水密区画および4防火区画に区分けされており、2区画可浸性(隣合った2区画が浸水しても沈没しない)の船体構造を有している(
図1参照)。また座礁および他船による衝突に対して原子炉
格納容器および原子炉補機室をまもるため、普通船より強固な耐座礁構造をもつ二重底および耐衝突構造になっている(
図2参照)。また、衝突予防警報装置、GPS(全地球測位システム)、インマルサット(国際海事通信衛星)など最新の航海設備を備えている。
3.「むつ」原子炉の安全性
(1)原子炉格納容器および制御棒
原子炉格納容器は内径・高さとも約10mのほぼ球形に近い円筒型である。舶用炉であることに配慮して、格納容器の側下部の2箇所に圧力平衡弁が設けられ、内外差圧2kg/cm
2で開閉し、沈船時に外圧による格納容器の破壊を防ぐ。格納容器内上部には格納容器スプレイ設備が設けられており、LOCA時には真水(発電炉では苛性ソーダ水)がスプレイされ、内圧上昇を抑え健全性を保持する。格納容器内部には、炉容器一次冷却水ポンプ(2基)、
加圧器、
蒸気発生器(2基)等が配置されている。炉容器内には、
燃料集合体(32本)、十字形制御棒(12体;Ag-In-Cd吸収体)、
中性子源(
252Cf;2体)等が配置されている。発電炉との違いでは、良好な負荷追従特性と沈船時の海水置換による反応度事故防止のため、反応度制御は制御棒のみで行いケミカルシムは採用していない。また、船体傾斜時に配慮して、原子炉スクラム時にはスプリング力で制御棒が炉心に挿入される。なお、主機タービントリップでもスクラムはしない設計となっている。
(2)原子炉遮蔽設備
原子炉遮蔽設備は(
図3参照)、原子炉停止一日後には格納容器に入れるように設計された一次遮蔽、および平常運転時において二次遮蔽の外では通常の立ち入りができるように設計された二次遮蔽とから成っている。遮蔽改修では特に中性子遮蔽に重きをおいた設計がなされた(
図4参照)。
(3)非常用冷却設備
非常用冷却設備について
図5に示す。非常用炉心冷却設備では、小口径配管の破断から大口径配管の両端破断に至るまでの一次冷却水喪失事故の際の炉心冷却のため、あるいは蒸気発生器伝熱管破損事故の際燃料の大きな損傷を防止するため、「非常用注水信号」(非常用炉心冷却設備作動信号)発信により炉心に冷却水(非常用水槽/予備タンク;下部一次遮蔽タンク)を注入する。高圧注水系(高圧注水ポンプ)と低圧注水系(非常用注水ポンプ)とが設備されている。タンク水の冷却水がなくなると再循環モードに移行し
格納容器サンプポンプ(1基)および原子炉ドレンポンプ(2基)のいずれか2基ポンプを使って再循環熱交換器で冷却後ふたたび炉心に注水される。格納容器スプレイ設備は、一次冷却水喪失事故あるいは主蒸気管破断事故の際に、格納容器内圧上昇を抑制するために設けられた。
(4)プロセスモニター設備
プロセスモニターの系統説明図を
図6に示す。放射線モニターでは、固定式エリアモニタ15チャネルのうち、
中性子モニタを含む5チャネルが2次遮蔽内側にあり、他は二次遮蔽外側にある。水モニターのうち、一次冷却設備水モニターは特に燃料の健全性監視の観点で、二次冷却設備水モニターは蒸気発生器伝熱管の健全性監視の観点で重要である。
(5)振動・動揺に対する設計
「むつ」は海上で運航されるので、発電炉の耐震設計に替わる環境条件、すなわち、船体振動(プロペラ軸の回転、タービンの振動など)、海象(波浪による上下左右の前後の動揺など)、気象(温度、湿度など)、操船による定傾斜・動揺・振動、衝突による衝撃などが原子炉設備の設計条件(
表1参照)として考慮されている。設計時および建造時には、これらの設計条件に対する試験・実験を行って、「むつ」の運航性能および安全性能が確保できることを確認している。また、振動・動揺・気象海象および操船が原子炉および船体に及ぼす影響について試験・実験するのは、「むつ」の原子動力実験船としての役目で、実験航海の主目的であった。
<図/表>
<関連タイトル>
原子力船「むつ」開発の概要 (07-04-01-01)
原子力船「むつ」の概要 (07-04-01-02)
原子力船「むつ」実験航海の成果 (07-04-02-02)
原子力船「むつ」の解役と後利用計画 (07-04-03-01)
原子力船の法体系 (11-02-02-04)
<参考文献>
(1) 日本原子力研究所原子力船部門(編):原子力船「むつ」の規制−研究開発の現状と今後の展開−、原子力工業、Vol.38,No.4(1992)
(2) 日本原子力研究所:原子力船「むつ」開発のあゆみ、平成4年2月
(3) 日本原子力研究所:原子力船「むつ」の成果、平成4年2月
(4) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1992、平成4年2月
(5) 日本原子力研究所:原子力船「むつ」の解役の概要と安全性、平成4年3月
(6) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1993、平成5年3月
(7) 日本原子力研究所:原子力船「むつ」の成果<補遺>、平成5年3月