<本文>
1.はじめに
1979年3月28日に発生した米国スリーマイルアイランド原子力発電所2号機の原子炉
冷却材喪失事故(TMI事故)及び1986年4月26日の旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所4号機の出力暴走による爆発事故の教訓から、原子炉事故がシビアアクシデント(Severe Accident、苛酷事故)に拡大するのを防止するための手段として、アクシデントマネジメント(AM:Accident Management)が安全性の一層の向上を図る上で重要であると認識されるようになった。
日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構、以下原子力機構)では、TMI事故の現象解明等を目的としたROSA-IV計画(1980年〜1992年)に引き続き、
軽水炉の安全性の一層の向上に役立つ成果を得るためにROSA-V計画を実施した。(注:ROSAは”Rig of Safety Assessment”の略称)ROSA-V計画では、PWRにおけるAM策の有効性や静的(受動的)安全炉の安全性などについて、大型非定常試験装置LSTF(Large Scale Test Facility)等による実験的検証と評価手法(熱水力解析コード)の改良・整備を行った。特に、(1)大型非定常試験装置LSTF(
図1参照)を用いたシステム効果実験によってPWRのAM策の有効性を確認し、(2)定常二相流実験装置TPTF(Two-Phase Flow Test Facility)等を用いた個別効果実験を行い(3)実験から得られた情報を基に熱水力安全評価手法(解析コード)を整備・開発した。
2.ROSA-V計画の概要
ROSA-V計画の概要を
図2に示す。本計画の主要施設であるLSTF(
図1)は、PWRを同じ高さ、1/48の体積で模擬し、一次冷却系配管の小破断による冷却材喪失事故(LOCA:Loss of Coolant Accident)や異常な過渡変化を、実炉と同じ圧力・温度・時間経過で模擬できる世界最大規模の熱水力実験装置である。
このLSTFを用いて、破断口の位置や大きさを実験パラメータとし、安全系の多重故障を想定した
LOCAの模擬実験を行った結果、事故がシビアアクシデントに拡大することを防止するためのAM策や静的安全設備の有効性を確認できた。また、シビアアクシデント時の
原子炉格納容器防護に関する実験も行った。LSTF実験によって摘出された安全評価上の重要な現象については、さらにTPTFによって詳細な個別効果実験が実施された。これらの実験結果は、AM策の立案や有効性評価、現行炉や次世代型軽水炉の安全評価のための解析コードの検証・改良に役立てられている。
3.アクシデントマネジメント(AM)の有効性評価
本研究は主に、(1)事故後の長期冷却機能の喪失、(2)
高圧注入系(HPIS:High Pressure Injection System)機能の喪失、(3)漏洩箇所の隔離機能の喪失、(4)二次系からの除熱機能喪失、及び(5)原子炉格納容器の除熱機能喪失、を対象としている。
(1)LSTFによるPWRのAM総合実験
LSTFによるAM総合実験(
表1参照)の例として、HPISの不作動を伴う小破断LOCA時において、
蒸気発生器(SG)二次系の強制減圧(蒸気放出による減圧・減温)の炉心冷却への有効性を調べた実験(SB-CL-33)について示す。
小破断LOCA時には、一次系が高圧のまま冷却材を喪失するため、HPISの作動を失敗すると蓄圧注入系(ACC:Accumulator)による注水が遅れて炉心損傷に至る可能性がある。このような事態を防止するためのAM策として、運転員がSGの
主蒸気逃し弁を開放し、二次系の減圧によって除熱を促進させ、一次系の圧力を低下させる手法が提案されている。この結果、ACCと低圧注入系(LPIS:Low Pressure Injection System)が作動し、炉心の冷却が回復する。ところが、蓄圧注入系の作動後、蓄圧注入系の隔離に失敗した場合には、蓄圧注入系の窒素ガスが一次系に流入し蒸気発生器伝熱管内に貯まり一次系の減圧を妨げる場合があるため、窒素ガスが一次系の減圧に与える影響も把握することが重要である。
この実験では、低温側配管における0.5%破断(内径2.5cmの破断に相当)LOCAにおいて全ての高圧注入系が作動しなかったことを仮定し、破断から10分後に2基のSGで二次側減圧を行った。さらに蓄圧注入系の隔離操作ができないとして蓄圧注入系から窒素ガスを一次系に流入させた。窒素ガスの一次系への流入開始後のSG二次側の減圧能力の変化を調べるため、1基の蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を全開にする減圧操作を行った。
図3にこの実験の二次系強制減圧操作とその効果を示す。
図4には一次系と二次系の圧力挙動を示す。一次系圧力は二次系圧力ととともに低下し、約9,700秒後には低圧注入系の作動圧力までに低下したが、約10,000秒後には一次系と二次系の間に圧力差が出できている。これは蒸気発生器伝熱管内に蓄積した窒素ガスが蒸気凝縮を阻害したためである。この結果から、低温側配管の小破断LOCA時に蓄圧注入系の隔離に失敗すると、窒素ガスの影響を受けるが蒸気発生器1基でも低圧注入系の作動圧力まで減圧できる可能性が示された。さらに、類似のLSTF実験を行い、AM策の有効性確認において重要なパラメータは、破断面積、二次系減圧を行うSGの数や減圧速度、減圧開始時間などであることを明らかにした。
(2)RELAP5/MOD3コードによるアクシデントマネジメント(AM)解析
事故の途中で詳しい事故の状況と以降の推移を正確にかつ迅速に把握・予測することは難しい。このため、運転員が知りうる情報のみに基づいて二次側減圧操作の判断ができるようなチャートを準備しておくとよい。このため、LSTF実験と一次元LOCA解析コードRELAP5/MOD3を用いた解析によって燃料棒被覆管最高温度(PCT:Peak Cladding Temperature)に及ぼすパラメータの影響を体系的に調べた結果、燃料棒被覆管最高温度をある温度以下に抑えるために必要な二次系減圧速度と減圧開始時間のみ組み合わせが一意的に決まることが明らかとなった。
図5に小破断LOCA時の二次側減圧操作用チャートを示す。この図から、例えば、事故発生25分後に二次側の減圧(減温)を開始して燃料棒被覆管最高温度を1400K以下に抑えるためには、二次側の減温率200K/h以上の減圧速度が必要であり、また主蒸気逃し弁を全開にしても、運転員は遅くとも約30分以内に減圧操作を行う必要があることなどが分かる。
4.新たな事故状態検出手法の研究
TMI事故の教訓から、米国では1980年代に全てのPWRに原子炉保有水量を検知する原子炉水位計の設置が義務付けられ、ウェスティングハウス(WH)社の原子炉水位計(RVLIS:Reactor Vessel Level Indication System)やコンバッションエンジニアリング(CE)社の加熱熱電対式(HJTC:Heated Junction Thermo-Couple)水位計等が開発・設置された。さらにわが国をはじめOECD諸国の多くでは、炉心出口温度計(CET:Core Exit Thermocouple)の指示値をPWRでのAMの重要指標としている。
これに対し原子力機構では、ROSA-V計画における研究課題のひとつとして事故同定手法の開発・高度化に取り組んでおり、既存の原子炉水位計を補う新たな一次循環ループ水位計の開発等を行ってきた。
図6は、既設の加圧器水位計、WH社の原子炉水位計、原子力機構による一次循環ループ水位計を装備したPWRの概念図である。事故時の冷却材の減少は、まず加圧器水位計(a)により検出し、次に原子炉水位計で高温側配管より上の上部プレナム(b)と下方の領域(d)、及び炉心(e)を検出する。一次循環ループ水位計(c)は、蒸気発生器(SG)の出口プレナムから下流の垂直配管中の水位を全ループで測定し、低温側配管下端より上の領域の水位変化を検出する。この領域には一次系の全冷却材容積の約3割が集中するため水位変化は比較的緩やかで、炉心露出の前兆過程での保有水量変化が検出できる。
原子炉容器底部計装管の破断と高圧注入系(HPIS)の全故障を仮定したLSTF小破断LOCA模擬実験を例として、これら3種類の水位計の計測範囲と一次系冷却材の変動結果を
図7に示す。実験ではSG二次系の減圧によって炉心冷却を図ったが、蓄圧注入系(ACC)から窒素ガスが流入すると減圧による冷却が不充分となり、低圧注入系(LPCS)の作動が遅れて炉心が露出・過熱した。その際、原子炉水位計は(b)と(d)の間での高温側配管付近に、保有水量の低下を充分に検出できない不感帯を生じたが、一次循環ループ水位計(c)は原子炉水位計の不感帯をよく補っている。このように、個々の水位計は限られた範囲の変化しか検出できないが、3種類を組み合わせることで、炉心露出に至る過程の約8割の変化をカバーするとともに、炉心過熱過程でも保有水量の検出に役立つことが示された。同様の特性は、高温側配管や低温側配管の破断による小破断LOCA模擬実験でも確認され、3種類を組み合わせた水位計に汎用性があることを明らかにした。
5.横型
熱交換器を用いたBWR静的格納容器冷却系の研究
わが国の新型BWRの設計ではシビアアクシデント対策として、静的格納容器冷却系(PCCS:Passive Containment Cooling System、
図8参照)の設置が検討されている。静的格納容器冷却系はシビアアクシデント時に格納容器内に流出・発生した蒸気を自然対流や圧力差を利用して冷却・凝縮し、原子炉格納容器の過圧破損を防ぐ設備である。静的格納容器冷却系には当初、縦型の熱交換器の利用が検討されたが、原子力機構では静的格納容器冷却系に横型熱交換器を用いる研究を1999年度から電力会社との共同研究により実施した。
横型熱交換器は構造的に耐震性や保守性に優れているため、非凝縮性ガスが混入する条件での除熱性能や排水・排気性能に問題がなければ実用性が高い。まず、1本のU字伝熱管を用い、基礎伝熱試験を行い、伝熱管の口径、圧力、蒸気流量、ガス分圧等のパラメータを変えて、凝縮熱伝達、ガスによる伝熱劣化、圧力損失、排水・排気特性など、熱交換器の基本性能を調べた。この結果、除熱性能は大きく、かつ圧力損失は小さく、さらに凝縮水と非凝縮性ガスがともに円滑に排水・排気されることが明らかとなり、U字伝熱管を用いた横型熱交換器を静的格納容器冷却系に適用できることが確認できた。
シビアアクシデントでは、損傷した炉心でのジルコニア酸化反応で生じる水素、原子炉容器外に流出した溶融炉心と原子炉格納容器床コンクリートとの反応による炭酸ガスや一酸化炭素、水素等、多量のガスが発生する可能性がある。試験ではこの点を考慮し、非凝縮性ガスによる伝熱劣化が調べられた。
図9の基礎伝熱試験の結果のように、熱交換器入口のガス分圧が20%と高い条件でも凝縮伝熱は約10%の劣化に止まり、横型熱交換器は縦型熱交換器より伝熱劣化がはるかに小さいことが明らかとなった。
さらに、実機サイズの伝熱管約60本の管束による大型試験体をLSTFに設置して基礎伝熱試験と同様のパラメータ範囲で実験を行い、流動の安定性や二次側プール水位が低下したときなどでの冷却限界を調べた。その結果、伝熱管管束の二次側では冷却水の沸騰状況に分布が生じるが、伝熱管入口での流量分布はほぼ均一で流動も安定なこと、二次側のプール水位が伝熱管管束の中央付近まで低下しても除熱性能の劣化は生じないことなど、横型熱交換器はPCCSにふさわしい性能を有することが確認された。
6.安全評価手法の整備
PWRの小破断LOCAにおいて全ての高圧注入系の起動に失敗したとき、炉心冷却の維持には、AM策として蒸気発生器(SG)の二次側強制減圧が有効であった。しかし、同時に減圧するループ数によっては、蒸気発生器伝熱管内に凝縮水が蓄積し、その水頭圧で炉心水位が押し下げられる可能性がある。事実、LSTFによる模擬実験で1ループのみを減圧した場合には、炉心で発生した蒸気が減圧された蒸気発生器へ集中して流れ、蒸気発生器伝熱管内に気液対向流制限現象(用語解説*1参照、CCFL:Counter-Current Flow Limiting)による蓄水と、これによる炉心水位の低下を観測した。このCCFLの特徴は、蒸気凝縮により伝熱管入口から下流側に沿って蒸気流速が減少し、一方で降下凝縮水流量が増加するため、伝熱管内の比較的広い範囲において
フラッディング(用語解説*2参照)が生じ、蓄水量が多くなることである。
二次系強制減圧時の蒸気発生器伝熱管内の蓄水量(水頭圧)について、LSTF実験結果とRELAP5/MOD3コードによる解析結果とを
図10に比較して示す。伝熱管内の蓄水は、CCFLモデルを蒸気発生器伝熱管の入口のみならず伝熱管内部に適用することにより良好に予測されている。
7.NEA ROSAプロジェクト
ROSA-V計画では、熱水力安全に係る国際的な共通課題を効率的・効果的に解決することを目指して、現行軽水炉及び新型軽水炉の安全評価手法のより一層の精度向上を図るため、14カ国18機関が参加する国際共同研究「OECD/NEA ROSAプロジェクト」(第1期計画)を平成17年度から平成20年度までの4年間にわたり実施した。ROSAプロジェクトでは、LSTFを用いて6課題、12回の実験を行い、事故時や過渡時に生じる温度成層や流体混合といった多次元的流動など複雑な流動を詳細に計測し、安全評価手法の性能向上に必要なデータベースを得るとともに、得られたデータを基にした参加機関による解析結果を持ち寄り、わが国をはじめ参加各国での安全評価手法の改良や開発に役立てた。さらに、平成21年度から平成24年9月までの3年半にわたりROSA-2プロジェクト(第2期計画)を実施した。この研究では、参加国の要請に応え、中口径破断LOCA、蒸気発生器伝熱管破断事故等の3課題について7回のLSTF実験を行い、短中期的な規制課題や次世代軽水炉の安全性能評価に資する成果を得た。また、参加機関とともに実験前解析(Blind解析)を行い、熱水力最適評価(BE)コードの本体性能を検証した。
(参考ホームページ:)
[用語解説]
(*1)気液対向流制限現象:CCFL。対向二相流制限または対向流限界ともいう。流路を気流が上向きに流れているとき、これに対向して落下する水の流量が減少ないし無くなる現象。
(*2)フラッディング:flooding。気液対向流または液液対向流において、一方の相の流速が過大となり他の相が円滑に流れなくなる、ないし停止や逆流を生じる現象。
(前回更新:2006年12月)
<図/表>
<関連タイトル>
BWRの工学的安全施設 (02-03-04-01)
米国スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の概要 (02-07-04-01)
チェルノブイリ原子力発電所事故の概要 (02-07-04-11)
冷却材喪失事故(LOCA)に関する研究−熱水力挙動− (06-01-01-04)
ROSA-AP600計画 (06-01-01-29)
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針 (11-03-01-05)
発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針 (11-03-01-10)
軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針 (11-03-01-14)
軽水炉におけるシビアアクシデントマネージメントについて(1992年) (11-03-01-24)
<参考文献>
(1)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成11年(1999年11月)
(2)Asaka,H.,Anoda,Y.,and Kukita,Y.:Experiments and Analyses on Secondary side Depressurization during PWR Small-Break LOCA:Symmetric and Asymmetric Depressurization Effects,Proc. of ICONE-5,Nice,May 26-29(1997)
(3)Asaka,H.,Anoda,Y.,Kukita,Y.,and Outsu,I.:Secondary-Side Depressurization during PWR Cold-Leg Small Break LOCAs Based on ROSA-V/LSTF Experiments and Analyses,J. Nucl. Sci. Technol.,35(12),905-915(1998)
(4)Nakamura,H.,Kondo,M.,Asaka,H.,Anoda,Y.Obata,H. and Tabata,H.:Single U-Tube Testing and RELAP5 Code Analysis of PCCS with Horizontal Heat Exchanger,2nd Japan-Korea Symposium on Nuclear Thermal-Hydraulics and Safety(NTHAS-2),Fukuoka(2000)
(5)有富正憲ほか:受動的安全設備を有する次世代軽水炉熱流動解析の現状と課題、原子力誌、41(7)、738-757(1999)
(6)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成12年(2000年11月)
(7)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状(1996年)
(8)鈴木光弘:新たなPWR事故時保有水量評価手法の開発−1次循環ループ水位計の組み込み効果−、日本機械学会誌、Vol.109、No.1056(2006年11月号)
(9)中村秀夫:ROSA計画大型非定常試験装置(LSTF)の今後の利用計画について、平成19年10月25日、第3回安全研究審議会
(10)中村秀夫:OECD/NEA ROSAプロジェクトの進捗と成果、平成21年3月17日、第6会安全研究審議会
(11)竹田武司:軽水炉の安全向上に向けた熱水力安全研究−ROSA/LSTF軽水炉システム実験を通じた熱水力解析手法の検証−、平成23年1月14日、平成22年度安全研究センター成果報告会