<本文>
1.はじめに
軽水型発電用原子炉(
軽水炉)では、その圧力境界である主冷却系配管などが破損したり弁が開いたままになって冷却材が流出し続け、通常の給水系では原子炉内の冷却材の量を維持できない事態を冷却材喪失事故(LOCA:Loss-of-coolant Accident)と呼んでいる。LOCAが生じると原子炉は自動的に緊急停止(
スクラム)して
制御棒が炉心に挿入され、炉心出力は急速に低下する。ところが、
核燃料に蓄積された
核分裂生成物が運転時の数%以下の熱を出し続けるため、LOCAにおいては炉心の冷却を充分に維持し、炉心の過熱・破損を防ぐ必要がある。
万一のLOCAに備え、軽水炉には
工学的安全施設の一部として、ポンプや窒素ガスで加圧されたタンクなどで構成される非常用炉心冷却系(ECCS:Emergency Core Cooling System)が設けられており、LOCAが発生して原子炉の圧力や水位が下がると、自動的に低温の水を注入し始める。
軽水炉の新設や大きな改造を行うときは、
原子炉等規制法に基づいて原子力安全・保安院や原子力安全委員会による安全審査を受ける。このとき、安全審査を受ける軽水炉が充分に安全な設計となっていることを確認するため、原子力安全委員会が定めた「発電用軽水型原子炉施設の
安全評価に関する審査指針」や「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」などに従い、
設計基準事象(DBE:Design Basis Event)として運転時の異常な過渡変化や事故を様々に想定して冷却材の流れを計算機でシミュレーションし、例えばジルカロイ被覆
燃料棒では、被覆管の最高表面温度(PCT:Peak Cladding Temperature)が1200℃以下に止まる等を示すことが義務づけられている。これは、この様な異常な事態が生じても燃料棒が大きく破損して放射性物質が大量に系外に放出されないことを事前に確認するためである。この様な想定される外乱や故障、万一の事故に対して生じる原子炉の応答や事態を計算機シミュレーションで具体的に検討することを安全解析、安全解析の結果に基づいて放射性物質の障壁の健全性の度合いを調べ、一般公衆に対する影響を評価することを安全評価と呼んでいる。
2.大破断LOCA
LOCAはDBEの中で最も重要なものの一つである。このため、安全解析ではECCSの性能が十分であることを確認するため、工学的には発生の可能性が極めて低いものの大変厳しい条件、例えばPWRでは直径が70cmもある主冷却配管が瞬間的に完全破断する大破断LOCAと呼ばれる事故条件まで想定する。さらに、冷却材の流出流量が最も大きく、すなわち炉心の冷却にとって最も不利になる位置で配管の破断が生じることを想定すると共に、多重性を持たせたECCSの一部が単一故障すると仮定し、事故の経過が保守的に予測される様なシミュレーションモデル(解析コード)を用いる。
この様にして実施した安全解析の結果が「保守的」であることを確認し、ECCSの有効性や設計上の余裕を調べるため、原子炉を模擬した大型の装置により実験的な研究が行われている。例えば、日本原子力研究開発機構(旧日本原子力研究所、原研)では1970年からROSA計画を実施しており、その第2期(ROSA-II:1974〜77)ではPWRを、第3期(ROSA-III:1978〜83)ではBWRを対象に大破断LOCAの模擬実験を行った。産業界や国外でも、例えば米国アイダホ国立工学研究所(INEL)における小型のPWRを用いたLOFT(Loss of Fluid Test)実験をはじめ、様々な研究が行われている。これらの実験によれば、BWR、PWRのいずれの炉でも、万一、原子炉の主配管が完全破断すると、原子炉の冷却材のほとんどが非常に短時間のうちに
格納容器に流れ出してしまい、炉心はほとんど全体が一時的に空焚き状態になって燃料棒の温度が上昇し始める。一方、原子炉の圧力も速やかに低下するため、ECCSが大量の冷却材を炉心に一気に流し込み、炉心の冷却は短時間で回復する。炉心に冷却材が流れ込む冷却過程を再冠水過程と呼んでいるが、PWRについては旧原研が1979年に開始した大型再冠水効果実証試験で詳しく調べられ、燃料棒の表面温度は一旦上昇するものの、PCTは安全解析の結果と比べて十分低い値に止まり、基準値の1200℃に対して大きな安全余裕が有ることが判明している(
図1参照)。
3.小破断LOCA
この様な大破断LOCAに対して、米国スリーマイル島発電所事故(TMI事故、1979年)以後重視される様になったのが、より小規模な破断口に起因する小破断LOCAである。TMI事故では加圧器頂部にある直径数cmの弁が開いたままになったが、ECCSが働いて事態を安全に収束できるはずであった。ところが、運転員が誤ってECCSによる注水を途中で止めたため、炉心が過熱・破損するに至った。したがって、この事故を教訓として、小破断LOCAでは、運転員による操作の影響や機器の故障の影響も含めて詳細な研究が行われている。
図2は再循環系配管を有するBWRに関して旧原研が行ったROSA-III計画の実験例で、
再循環ポンプの吸い込み側配管に生じた破断口の面積によってPCTがどの様に影響を受けるかを調べた結果である。PCTは破断口が比較的大きな中口径破断LOCAの場合に最も大きい直を示したが、制限値である1200℃に対して十分に低いことが実験的に示されている。
PWRの小破断LOCAについては、旧原研のROSA計画第4期(ROSA-IV:1980〜92)で、この種の装置としては世界最大のLOCA模擬実験装置LSTF(Large Scale Test Facility)による実験が1985年に開始された。LSTFは110万kW級PWRを同一高さ、体積比1/48で模擬し、PWRの運転条件とほぼ同一の高温高圧条件からLOCA実験を行うことができる。その結果、LOCAが発生して冷却材の主循環ポンプが自動的に止まっても、炉心で加熱された水と
蒸気発生器の伝熱管内で冷やされた水との密度差によって原子炉の一次系に
自然循環が発生し、炉心の冷却が維持されることが判明した。冷却材がさらに減少して圧力が低下し、炉心の水が沸騰し始めると、水と蒸気が混合した気液二相流として循環する状態となる。冷却材が半分程度にまで減少すると、蒸気発生器の伝熱管は蒸気で満たされて循環は止まるが、炉心は水の沸騰によって冷やされ続けると共に、炉心で発生した蒸気は蒸気発生器の伝熱管内面で冷却されて凝縮し、炉心に還流する。この状態を
図3に示す。小破断LOCAでは事態が大破断LOCAと比べてゆっくり推移するため、原子炉内の水と蒸気は重力によって分離して流れるようになる。さらに、スクラム後の時間経過も長いことから、炉心は水で覆われている限り冷却が維持される。冷却材がさらに減少して約1/3以下になると、炉心の上端部から蒸気中に露出して過熱し始めるが、ECCSを含む複数の機器が同時に多重故障する様な厳しい事態を想定しても、この様な状態に至るまでには長時間を要する。この間に運転員がアクシデントマネジメントをはじめとする適切な回復操作を行えば、ほとんどの場合、炉心が損傷することなく事故を収束できる。
4.おわりに
軽水炉のLOCAにおいて原子炉内に生じる冷却水の多様な振る舞いやECCSの有効性について、わが国では日本原子力研究開発機構(旧原研)で1970年から行われているROSA計画をはじめ、多くの実験を通じて検討され、事故が発生した際の充分な安全確保に必要な情報が得られてきた。これらの実験結果は、安全解析に用いられる解析コードが十分に「保守的」であることを確認するのに用いられた。同解析コードが満たすべき要件は、原子力安全委員会が定める「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」などに規定されているが、このような要件を改訂するときもこれらの実験結果が役立てられた。最近は特に、物理現象をより忠実に解析して、事故時の安全余裕を現実的精度で評価することを目指す最適評価コードの開発や改良に役立てられている。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
冷却材喪失事故(LOCA)に関する研究−燃料挙動− (06-01-01-05)
軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針 (11-03-01-14)
<参考文献>
(1)佐藤一男ほか:軽水炉の冷却材喪失事故に関する安全性研究の発展と展望、日本原子力学会誌、vol.28、887−907(1986)
(2)久木田豊:ROSA-IV計画−成果と今後の展開−、原子力工業、vol.38、8-16(1992)
(3)科学技術庁:炉心冷却の安全性−大型再冠水効果実証試験(1988年)
(4)内閣総理大臣官房原子力安全室(監修):改訂10版原子力安全委員会安全審査指針集、大成出版(2000)
(5)田坂完二ほか:ROSA-3 Experimental Program for BWR LOCA/ECCS Integral Simulation Tests、JAERI 1307、日本原子力研究所(1987)
(6)日本原子力研究所:原子力安全研究の現状(平成3年)