<本文>
1.はじめに
米国では
TMI事故 の教訓から1985年から開始された
DOE /
EPRI の改良型軽水炉(ALWR)開発計画にしたがって、ウェスチングハウス(W)社が軍事用に開発検討していた小型炉概念をベースとした静的安全性炉を提案したのが始まりである。1986年からDOEの資金援助を受けてW社が中心となり内外の原子力関連機関が協力して開発したのがAP600である。AP600(Advanced Passive 600MWe Reactor)は電気出力600MWの改良型加圧水型
原子炉 で、事故時の安全系全てに静的安全(Passive Safety、受動的安全ともいう)系を採用している点に特徴がある。静的安全系は停電や故障の問題が少ないため信頼性の向上が期待できる反面、駆動力が弱いため計画通りの注水ができない場合が懸念された。そのため、ROSA−AP600計画では、世界最大級の原子炉事故模擬実験装置である大型非定常実験装置(LSTF:Large Scale Test Facility)にAP600の静的安全機器を付加し、様々な種類の事故に対する静的安全機能の確証試験が行われた。
2.AP600安全系の主な特徴
表1 にAP600と標準2ループ
PWR の主要設計仕様の比較を示す。一次冷却系ループでは低温側配管(コールドレグ)が標準2ループPWRの2本に対しAP600では4本で、
一次冷却材ポンプ と
蒸気発生器 に間にクロスオーバーレグはない(
図1 参照)。AP600では一次冷却材ポンプは密封性の高いキャンドモータポンプ4基を採用し蒸気発生器出口プレナムに納めて漏洩の起こらない構造としている。また高慣性フライホールをつけているので電源停止時のポンプコーストダウン流量が長く続く。
加圧器 の容量も30%大きくなっている(
図2 参照)。原子炉容器では(
図3 参照)、ステンレス鋼の径方向反射体の採用により原子炉容器材への中性子照射量が低減され原子炉寿命60年を達成している。また炉内計装を上部挿入方式とした。
安全系全体に圧縮ガス、重力、
自然循環 力などの静的安全機能を採用している。静的非常用炉心冷却系(Passive Core Cooling System、
図4 参照)では、安全注入系(SafetyInjection,
図5 参照)の水源としては炉心補給水タンク(CMT:Core Makeup Tank、
高圧注入系 、ボロン水、小破断
LOCA 対策、一次系と同圧力、重力駆動)、蓄圧注入系タンク(Accum:Accumulator、中圧注入系、大破断LOCA対策、圧縮ガス駆動)、および格納容器内燃料取替用水タンク(IRWST:In-containment Refuelling Water Storage Tank、低圧注入系、長期注水可能、重力駆動)があり、直接炉心に注水される。格納容器内燃料取替用水タンクは約10時間注入の容量があり、自動減圧系(ADS)により制御され一次系圧力を4段階(4stages)で減圧していく。
静的余熱除去系(PRHR:Passive Residual Heat Removal、
図6 参照)は給水喪失、給水管破断、および蒸気管破断対策である。静的余熱除去系熱交換器(PRHR Heat Exchanger)により冷却された一次冷却水は、低温側配管(コールドレグ)、原子炉容器、高温側配管(ホットレグ)、静的余熱除去系熱交換器の間で自然循環する。格納容器内燃料取替用水タンクの水は沸騰前まで約2時間冷却できる容量があり、発生した蒸気は原子炉格納容器内ステンレス鋼格納容器内で凝縮され水になって燃料取替用水タンクに戻る。
静的格納容器冷却系(PCCS:Passive Containment Cooling System、
図7 参照)では、事故時の放出された蒸気は原子炉格納容器内ステンレス鋼格納容器内の自然循環で蒸気は凝縮され、またステンレス鋼格納容器外表面はPCCS重力ドレン水タンクからの散水と大気の自然循環により冷却される。
3.ROSA-AP600計画実施のため実験装置(
図8 参照)
ROSA-AP600計画実施に使用した大型非定常実験装置LSTFは本来はPWRを模擬した電気加熱式模擬炉心の熱水力総合実験装置である。ROSA-AP600計画実施のため改造され、AP600特有の静的安全系である炉心補給水タンク(CMT)、静的余熱除去系(PRHR)、自動減圧系(ADS:Automatic Depressurization System)、および格納容器内燃料取替用水タンク(IRWST)がLSTFに付加されたほか、
ループシール が短縮されている。改造後のLSTFはAP600を体積比約1/30、高さ比1/1で模擬している。
4.ROSA-AP600計画実験結果
ROSA-AP600計画では、設計基準事象に関する第1期実験が14回、設計基準を超える事象に関する第2期実験が10回実施された。実験結果の一例として、原子炉の一次冷却系配管に直径1インチ(2.5cm)の小破断 LOCA(Loss Of Coolant Accident:原子炉冷却水喪失事故)が発生した場合の模擬実験における一次冷却系圧力の変化を
図9 に示す。小破断LOCAが発生し加圧器の水位が低下すると、自動的に炉心補給水タンクからの重力注入と静的余熱除去系が作動する。炉心補給水タンクの水位が低下すると自動減圧系が作動し、一次冷却系圧力は一気に大気圧近くまで低下する。格納容器内燃料取替用水タンクからの重力注入によって炉心の冷却が維持できる。主な実験結果は以下の通りである。
4.1 全体挙動
AP600の小破断LOCA事故時の配管破断直後の事象推移は、安全注入の替わりに炉心補給水タンクと静的余熱除去系が作動することを除いて、標準2ループPWRにおける小破断LOCAの場合と同様である。しかし、破断面積が小さいにもかかわらず、比較的早期に一次系圧力が二次系圧力よりも低くなっている。これは、蒸気発生器による除熱が不能となった後も静的余熱除去系と炉心補給水タンクによって一次系が冷却されていることを示している。
4.2 静的余熱除去系PRHRの挙動
静的余熱除去系による除熱量は入口温度550Kの時炉心定格出力の約4%に相当する。静的余熱除去系による除熱量は、
図10 に示すように、原子炉スクラム後すぐに
崩壊熱 を上回る。この他に炉心補給水タンク及び破断流によるエネルギー減少があるため、一次系は連続的に冷却・減圧される。とくに、蒸気発生器を通る一次系自然循環が停止した後は、静的余熱除去出口の低温水がそのまま低温側配管及び原子炉容器に流入し、極端な温度成層を形成する。
図11 に示すように、炉心入口における流体温度の未飽和度は約200Kにも達する。自動減圧系作動後一次系が大気圧付近まで低下すると、蓄圧注入系タンクから窒素が一次系に放出される。この窒素が静的余熱除去系熱交換器の伝熱管内に充満し、静的余熱除去系が機能を抑制してしまう。しかし、自動減圧系作動後の静的余熱除去系の役割は重要ではなく、この窒素の効果は系全体の挙動に大きな影響を与えるものではない。
4.3 炉心補給水タンクCMTの挙動
炉心補給水タンク作動直後から、炉心補給水、原子炉容器注入ライン、
ダウンカマ 、低温側配管、および均圧ラインに液単相の自然循環ループが形成され、炉心補給水タンク内に蓄えられていた冷水が均圧ラインからの高温水に置き換わる。1インチ(2.5cm)又は0.5インチ(1.25cm)破断の場合、自然循環の継続時間(炉心補給水タンクに水位が形成されるまでの時間)が長いため厚い高温水層が形成され、炉心補給水タンクの排水期間中常に水面が飽和温度に保たれる。一方、2インチ(5cm)破断及び自動減圧系異常作動の場合には、一次系の減圧が速いため自然循環が短時間で停止し、炉心補給水タンクの排水期間に炉心補給水タンク壁面への熱伝達によって水面が未飽和になる。しかし、この場合には蓄圧注入系から一次系内に流入した窒素が炉心補給水タンク水面を覆い、蒸気と未飽和水との直接接触凝縮が抑制される。
4.4 自動減圧系ADS及び格納容器内燃料取替用水タンクIRWSTの挙動
第1段から第3段までの自動減圧系弁は、いずれも加圧器頂部に接続されており、炉心補給水タンクの水位低信号から一定の遅れ時間を経て自動的に開けられる。自動減圧系作動により、一次系圧力が急激に低下するとともに加圧器内水位が上昇する。このとき、上部プレナムの高温水が加圧器サージラインの方に移動する。同時に、低温側の水が
減圧沸騰 し、原子炉容器下部に滞っていた低温水が持上げられる。このため、一次系上部の蒸気が直接接触凝縮を生じ、炉心差圧に激しい振動が記録された。しかし、この振動の間、炉心内の水は常に未飽和に保たれており、炉心冷却に何ら問題はなかった。
格納容器内燃料取替用水タンクからの注水は第4段自動減圧系作動後に開始したが、最初は流量が振動的になった(
図12 )。この流量変動は、加圧器及び高温側配管水位、自動減圧系流量、原子炉容器内圧、および炉心内蒸気発生量と連成しており、加圧器水位が空になると安定する。
5.まとめ
確証試験の結果、AP600の静的安全系が概ね計画通りに作動し、炉心冷却が維持されることを確認した。一方、静的余熱除去Rによる冷やしすぎの影響で低温側配管や原子炉容器内に極端な温度成層が生じること、凝縮による圧力振動が発生する可能性があること等の重要な現象を確認した。しかし、これらの現象は、炉心の冷却性に問題を及ぼすほどではないことを確認した。また、米国原子力規制委員会(USNRC:United States Nuclear Regulatory Commission)が実施した安全評価計算の妥当性を確かめることができた。なお、1999年12月23日にUSNRCからAP600に対し最終設計認証(FDA:Final Design Approval)が授与された。
<図/表>
表1 AP600と標準2ループPWRの主要設計仕様の比較
図1 AP600の一冷却系ループ
図2 AP600の加圧器
図3 AP600の原子炉容器
図4 AP600の静的非常用炉心冷却系
図5 AP600の静的非常用炉心冷却系−安全注入系
図6 AP600の静的非常用炉心冷却系−余熱除去系
図7 AP600の静的格納容器冷却系
図8 AP600模擬実験用に改造されたLSTF装置
図9 AP600の小破断LOCA事故時の圧力挙動
図10 AP600静的安全系による炉心からの除熱
図11 AP600炉心内流体の温度分布
図12 長期冷却時の加圧器水位とIRWSTからの注水流量の振動
<関連タイトル>
AP600及びAP1000 (02-08-03-04)
冷却材喪失事故(LOCA)に関する研究−熱水力挙動− (06-01-01-04)
シビアアクシデント防止に関する研究(ROSA-V計画) (06-01-01-28)
受動的安全炉の安全概念 (02-08-03-01)
<参考文献>
(1) 岡芳明ほか:次世代軽水炉の開発および研究状況と新要素技術、日本原子力学会誌Vol.37,No.9(1995)
(2) Yonomoto,T., and Kukita,Y.:Long-Term Oscillations of Pressurizer Water Level Observed during ROSA/AP600 Experiments,Proc. Int. Joint Power Generation Conf.(IJPGC '95),Minneapolis,MN,Oct.8-11(1995)、Vol.2, ASMENE-Vol.17,(ed.) R.T.Laudenat,pp.25-31
(3) Kukita,Y.,Yonomoto,T.,Asaka,H.,Kumamaru,H.,Anoda,Y.,Boucher,T.J.,Ortiz,M.G.,Shaw,R.A.,and Schultz,R.R.,:ROSA-AP600 Testing-Facility Modifications and Initial Test Results,J.Nucl.Sci.Technol.、33(3),259-265(1996)
(4) Yonomoto,T.,Kondo,M.,Kukita,Y.,Ghan,L.S.,and Schultz,R.R.:Core Makeup Tank Behavior Observed during the ROSA-AP600 Experiments,Nucl.Technol.,119(2),112-122 (1997)
(5) Yonomoto,T.,Kukita,Y. and Schultz R.R.:Heat transfer analysis of passive residual heat removal system in ROSA/AP600 experiments,Nucl.Technol.,124(1),18-30(1998)
(6) IAEA(編):Status of Advanced Light Water Cooled Reactor Designs 1966,IAEA-TECDOC-968
(7) Westinghouse社HP:AP600,(as of Mar.2001)
(8) USNRC:Notice of Issuance of Final Design Approval and Final Safety(April 7, 2000)-Evaluation Report,Suppliment 1 for AP600 Standared Plant Design Westinghouse Electric Company
(9) 有富正憲ほか:受動的安全設備を有する次世代軽水炉流動解析の現状と課題、原子力誌、41(7),738-757(1999)