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<概要>
 冷却材喪失事故(LOCA)が起こっても、燃料集合体が冷却可能な形状を維持できれば、ECCS(非常用炉心冷却系)の働きにより事故を終息できる。燃料集合体の冷却可能な形状を維持することを保証するための条件を明らかにするため、ECCSの炉心冷却水注入時の急冷による燃料崩落や燃料被覆管の膨れによる冷却水流入不全等に関する研究が各国でおこなわれた。これらの研究結果から燃料集合体の冷却可能な形状を維持するための条件が明らかになったので、日本では「ECCS性能評価指針」を定めている。この指針では、軽水炉燃料ジルカロイ被覆の燃料に対しては、燃料被覆管温度が1200℃を超えないことと、酸化量が被覆管肉厚の15%以下であることを要求している。
<更新年月>
2004年07月   

<本文>
 冷却材喪失事故(LOCA: Loss of Coolant Accident)とは、原子炉冷却系の配管が破断して原子炉冷却材が喪失する事故である。原子炉の主要な配管が破断するような事故では燃料温度が上昇する可能性がある。しかし、燃料集合体が冷却可能な形状を維持できるならば、非常用炉心冷却系(ECCS: Emergency Core Cooling System)の働きにより、やがて事故は終息する。したがって、非常用炉心冷却系が必要な性能を有するか否かの安全評価は、事故が起こっても燃料集合体の冷却可能な形状を維持できるか否かによって左右される。
 原子炉冷却材喪失事故時において、燃料集合体の冷却可能な形状を維持するためには、下記の2条件が満たされなければならない。
(a)ジルカロイ被覆管が水蒸気で酸化し脆化するが、LOCA中に燃料集合体にかかる応力によっても被覆管が破砕しない程度に被覆管の酸化が抑えられること、
(b)原子炉冷却材の圧力低下のために被覆管が膨れ、破裂する可能性があるが、これによって、冷却不能になるほど、ECCSによって注入された冷却材の通路が狭くならないこと。
1.ジルカロイ被覆管の酸化量に対する評価
 まず、ジルカロイの水蒸気酸化については、LOCAを模擬した条件下で、多くの研究者によって試験された。代表的な測定例を図1に示す。米国原子力規制委員会(USNRC)は、多くの研究者が行った試験結果を、酸化温度とBaker−Just(以下、B−Jという)の提案したジルカロイの酸化速度式を用いて計算した酸化量の関数として整理し、ある程度の延性が残っている条件を求めた。この結果、被覆管温度が約2200F(1204℃)以下で酸化量が17%以下ならばある程度の延性が残っているので、被覆管の破砕は起こらず、冷却可能な燃料集合体の形状を維持できる。
 上述の結果を基に、米国では、被覆管温度が2200F(1204℃)以下でBaker−Justの式で計算した酸化量が17%以下ならば、燃料集合体の冷却可能な形状を維持でき、LOCAは安全に終息できるとした。日本の「ECCS性能評価指針」は、燃料棒の被覆管温度が1200℃以下で酸化量が15%以下としている。2%少ない理由は、酸化した被覆管の脆化に及ぼす冷却速度の影響を考慮したためである。
 その後、ジルカロイ被覆管と水蒸気との反応で被覆管が脆化する原因については、酸化のみならず水素吸収も寄与することが、日本原子力研究所における研究で指摘され、米国の追試験でも確認された。日本では、ECCSによる炉心冷却時における燃料集合体にかかる応力を模擬した条件で、水素吸収の影響を取り込んだ試験を行い、水素吸収による被覆管の脆化があっても、被覆管温度が1200℃以下、被覆管肉厚の減少が15%以下であれば、被覆管の破砕はなく、燃料集合体の冷却可能な形状は維持できることを確かめ、それまでの指針は変更の必要がないことが確認された。
 水素吸収による被覆管脆化を示す実験例を図2に、また水素も吸収した被覆管の破損限界に関する確認試験の結果を図3に示す。図2の試験結果から分るように、破裂開口部から水蒸気が侵入して被覆管内面も酸化されるが、矢印で示した開口部からある程度離れた位置では、発生した水素は雰囲気に留まり、水素濃度がある値を超えると水素を吸収して、被覆管が非常に脆くなる。図3は、酸化と水素吸収を起こした被覆管が、グリッドで被覆管の軸方向の収縮が完全に拘束されるという非常に保守的な条件で、ECCSによって急冷されることを想定した場合の破損限界を調べたものである。この図から、現行の指針の範囲ならば、破損は起こらないことがわかる。
2.炉心冷却水流路の確保に対する評価
 冷却可能な燃料集合体の形状を保証するためのもう1つの条件は、燃料被覆管の膨れによる原子炉冷却材通路の減少があっても、炉心冷却が確保されることである。このため、下記の2つの疑問について各国で解明のための研究がなされた。
(1)被覆管の膨れで、集合体中の冷却材流路はどの程度減少するか?
(2)冷却材流路がどの程度まで減少すれば、冷却に影響が出るか?
 燃料集合体中の冷却材流路減少については、日本を含む世界各国で試験が行われた。多くは燃料棒単体で試験されたが、燃料棒相互の影響を調べるため集合体の試験も数研究機関で行われた。被覆管の膨れが大きく、流路が狭くなる条件での主な試験結果を表1に示す。LOCA条件下で、被覆管が膨れやすい条件での試験を行っても、原子炉冷却材の流路減少率は90%を超えないことが確かめられている。一方、燃料集合体を用いた冷却試験は、原研(大型再冠水効果実証試験)およびドイツのカールスルーエ研究センター(FEBA実験)で行われ、冷却材流路が90%減少した試験体でも、炉心冷却を阻害しないという試験結果が得られている。90%流路減少でも充分炉心冷却可能であるとの実験例を図4に示す。膨れと冷却の試験結果を総合すると、原子炉冷却材の流路減少は「燃料集合体の冷却可能な形状の維持」の評価では考慮しなくてもよいという結論に達した。
 上記の研究は、いずれもLOCAに及ぼす燃料の燃焼の影響は少ないとの考えを基に研究計画が立案され、1980年代に主な研究は終了したが、90年代に入って”燃焼度増加の影響を確認しておくべきである”との考えが起こり、米国、フランス、日本などで、LOCAに及ぼす燃焼の進んだ燃料の研究が行われている。燃焼の影響では、被覆管外面の酸化とこれに伴う水素吸収がもっとも大きな影響を与えると考えられるので、照射済み燃料棒の試験と共に予め水素を吸収させた被覆管のLOCA条件の試験も行われている。また、現在、日本の指針の基礎となった”LOCAで内圧破裂し、水蒸気中で酸化された被覆管が再冠水で冷却収縮するときグリッドと溶融−固着した条件下でも破損しないこと”との考え方は安全側であることは確かであるが、あまりにも保守的過ぎるのではないかとの意見が出され、想定されるグリッドと燃料棒間の摩擦力(拘束力)下で破損しない限界も調べられている。
 図5は、あらかじめ被覆管に水素を吸収させた模擬燃料棒とPWRの使用済み燃料棒を短尺に加工したものをLOCA条件下で加熱後、想定されるグリッドと燃料棒管の摩擦力を大きめに推定した拘束力下で水冷した結果を示したものである。被覆管の水素吸収により、破損限界は低下することと、燃焼の影響はおもに被覆管の酸化に伴う水素吸収であることが認められる。また燃焼が進んだ燃料でも、溶融−固着という極端な場合を想定しなければ、現行の指針は正当であると結論できる。
<図/表>
表1 代表的な集合体破裂実験結果の比較
表1  代表的な集合体破裂実験結果の比較
図1 ジルカロイ−水蒸気反応速度定数
図1  ジルカロイ−水蒸気反応速度定数
図2 破裂後に内面も酸化したジルカロイ被覆管の脆化位置と水素吸収の関係
図2  破裂後に内面も酸化したジルカロイ被覆管の脆化位置と水素吸収の関係
図3 LOCA時再冠水を模擬した燃料棒の破損限界確認試験結果
図3  LOCA時再冠水を模擬した燃料棒の破損限界確認試験結果
図4 流路閉塞による冷却挙動を調べたFZKにおけるFEBA実験例
図4  流路閉塞による冷却挙動を調べたFZKにおけるFEBA実験例
図5 摩擦力下での水冷による燃料被覆管の破損/非破損に及ぼす酸化と水素吸収量の影響
図5  摩擦力下での水冷による燃料被覆管の破損/非破損に及ぼす酸化と水素吸収量の影響

<関連タイトル>
高速増殖炉の事故時燃料挙動に関する研究 (06-01-02-02)
軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針 (11-03-01-14)

<参考文献>
(1)科学技術庁原子力局安全調査室(監修):改訂9版原子力安全委員会安全審査指針集、大成出版 (1998)
(2)三島 良績ほか:軽水炉燃料のふるまい、原子力安全研究協会(1990)
(3)大久保 忠恒ほか(編):軽水炉燃料のふるまい、原子力安全研究協会(1998)
(4)日本原子力研究所:原研における原子力安全性研究、(1992年10月)
(5)Nagase,F., Fuketa,T.:Proc. 2003 Nucl. Safety Research Conf., Marriott Metro Center,Washington D.C., Oct. 20−22, 2003{NUREG/CP−0185(2004)}
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