<本文>
1.再処理の安全性の特徴
再処理とは、
図1に示すように原子炉で所定のエネルギー生産を行った後炉心から取り出された使用済燃料に、化学的或いは冶金的な処理を施して、使用済燃料の中に残っているウラン、プルトニウム等の核燃料物質を分裂生成物等から分離し、回収することである。回収された核燃料物質は燃料体に加工され原子炉に再利用(リサイクル)されるが、核分裂生成物等は高レベル放射性廃棄物として処理される。
発電用原子炉には、低濃縮ウランを利用する軽水炉、天然ウラン燃料を利用する黒鉛減速ガス炉、カナダ型重水炉(CANDU炉)等があるが、現在のところ再処理の対象となっているのは、軽水炉と黒鉛減速ガス炉の使用済燃料である。現在、商業的に実施されている唯一の方法は湿式再処理の一種であるピューレックス法(PUREX法)であり、その主要工程は、燃料を硝酸で溶解し、この溶解液を燐酸トリブチル(
TBP)とドデカン(希釈剤;飽和炭化水素)を混合した有機溶媒で処理して、ウラン、プルトニウム等の核燃料物質と核分裂生成物を分離するプロセスである。
図2にPUREX法による再処理工程の例を示す。
再処理では原子炉のように核燃料を核分裂させることはしないが、核分裂の可能性のある物質や強い放射線を出す物質を非密封の状態(被覆管等による密封手段を外した状態、すなわち分散する恐れがある状態)で取り扱う。したがって、安全上の配慮の第一は、公衆及び作業従事者からそれらの物質を隔離し閉じ込めておくことであり、第二はそれらの物質を環境に放出する場合には放射能を安全なレベルまで低減することである。第三は事故や誤操作の発生を抑えて第一、第二の要件を維持し、万一、事故が発生してもその影響を緩和する方策を設けておくことである。
湿式再処理の工程では可燃性の有機溶媒を使用するが、特に高温・高圧の操作条件はなく、穏やかな化学反応または物理反応が利用されているだけである。すなわち、本質的な危険が内在するようなプロセスではない。
安全確保の技術が充分に成熟していなかった開発時代、特に軍事用プルトニウムの生産に重点が置かれていた時期及びその影響が払拭されていなかった施設では、核分裂性物質の取扱いに絡んで予期せぬ臨界状態の発生、過大な放射性物質の環境への放出、従亊者の過大な被ばく等の例があった。それらの事例の解析等も含めて安全確保の方法論の確立や技術開発が進み、再処理を含めた核燃料サイクル施設の安全性は、今日極めて安定した優れたものとなっている。
しかし、近年、わが国の核燃料サイクル施設において注目すべき2件の事故例があったので、6.項に付記する。
2.安全確保の基本的考え方
再処理施設における安全対策の基本は、一般公衆はもとより従業員に対しても、放射線防護施設と放射性物質の多量閉じ込め機能により、安全を確保することである。
再処理施設の安全審査にあたっては、安全の確保のため「
多重防護の考え方」が適用され、施設の設計の基本方針に多重防護の考え方が適切に採用されているかが確認される。ここで「多重防護の考え方」とは、
図3に示すように、(1)先ず、異常の発生が防止されること、(2)仮に、異常が発生したとしてもその波及、拡大が抑制されること、(3)更に、異常が拡大すると仮定してもその影響が緩和されることをいう。
図4に放射性物質の多重閉じ込め性能を示す。
加えて、
安全審査指針に定められている
設計基準事象を施設のデータを用いて評価検討し、安全設備の妥当性を証明することが求められる。
再処理施設安全審査指針には設計基準事象として評価すべき事例が次のように示されている。
(1)運転時の異常な過渡変化、(2)被覆材等の金属微粒子、有機溶媒等による火災・爆発、(3)核燃料物質による臨界、(4)各種機器、配管等の破損、故障等による漏洩及び機能喪失、(5)使用済燃料集合体等の取扱いに伴う破損等、(6)短時間の全動力電源の喪失、(7)その他必要と認められる事象、ただし、類似の事象が2つ以上ある場合には、最も厳しい事象で代表させることができる。
3.再処理の安全規制
原子力の利用に当たって、わが国ではその重要性に鑑み原子力基本法を制定して対処している。基本法の第二条には「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」と基本方針が示されている。
原子力行政の運営を図るため、内閣府に原子力委員会及び原子力安全委員会が置かれ、原子力安全委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関して、安全の確保に関する事項について企画し、審議し、及び決定することになっている。(注:原子力安全委員会は原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
原子力基本法の第14条に「原子炉、
核燃料施設等を建設しようとする者は、別に法律で定めるところにより政府の行う規制に従わなければならない」とあり、この法律が「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(以下、原子炉等規制法)であり、その下に「使用済燃料の再処理の亊業に関する規則」が総理府令(昭和46年交付、現在は経済産業省令となり平成21年3月31日に最終改正)として定められている。
原子力の利用に当たっての安全確保の重要性は世界的に充分認識されており、原子力の利用を図っている国は全て法律によって高度の規制を行っている。
図5に再処理事業の規制体系を示す。要点は安全審査に当たって行政庁(再処理は経済産業省(原子力安全・保安院))と原子力安全委員会の諮問機関である核燃料安全審査会によるダブルチェックがあること、「設計及び工事の方法」、「使用前検査」、「定期検査」等が直接政府機関によって実施されること等である。
また、再処理施設安全審査指針、各種技術基準等が定められ、設計、評価、審査、検査の円滑な遂行が図られている。
表1に「再処理施設安全審査指針について」(昭和61年2月20日原子力安全委員会決定、平成元年3月27日、平成13年3月29日、平成18年9月19日一部改訂)の目次を掲げる。
4.平常時の被ばく線量評価
再処理施設安全審査指針によれば、平常時の線量評価に際しては、平常時における再処理施設から環境への放射性物質の放出等に伴う一般公衆の線量が、法令に定める線量限度を超えないことはもとより、合理的に達成できる限り低いことを、設計及び運転の基本方針並びに立地条件との関連において評価することと記されている。これは、国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)勧告のALARA(As Low As Reasonably Achievable)の思想に基づいている。
施設の排気及び排水に含まれて放出される放射性物質の組成及びそれぞれの年間放出量並びに放射性廃棄物等の貯蔵量を適切に設定したうえで、線量評価の対象になる人及び被ばく経路、評価の対象(実効線量、皮膚及び眼の水晶体の組織の等価線量)、排気・排水中の放射性物質による線量の計算には適切な解析モデル及びパラメータの値の使用等に留意して評価が行われる。
5.立地評価事故時の安全性
再処理施設と一般公衆との離隔距離の妥当性を評価するために、設計基準事象よりはその発生の可能性は更に少ないが、設計基準事象の範囲を超える放射性物質の放出量を工学的観点から仮想し、これを立地評価事故としている。
この評価に当たっては、「核燃料施設の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」を適用するほか、「原子炉立地審査指針」及び「原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす」を参考にする。
適用するプルトニウムの「めやす線量」は、身体内におけるプルトニウムの分布及び各組織の放射線感受性を考慮に入れて、(1)骨の「めやす線量」は、骨表面近くの細胞の線量として2.4Sv、(2)肺は3Sv、(3)肝臓は5Svとする。
参考とする暫定的な「判断のめやす」は、敷地周辺の事象、施設の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故の発生を仮想しても、周辺公衆に著しい放射線障害を与えないような「ある距離の範囲」を判断するために、甲状腺(小児)に対して1.5Sv、全身に対して0.25Svとし、更に、重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(仮想事故)について、甲状腺(成人)に対して3Sv、全身に対して0.25Svとする。
施設敷地の人口密集地帯からの離隔の妥当性を判断するめやすとして、外国の例(例えば2万人Sv)を参考にする。
6.わが国の核燃料サイクル施設の事故例
6.1 東海再処理工場の
アスファルト固化技術開発施設の火災爆発事故
1997年3月11日に上記施設で火災爆発事故が発生した。本件に関しては、原子力百科事典ATOMICAのタイトル「東海再処理工場における火災爆発事故 <04-10-02-01>」を参照されたい。
再処理施設の安全審査指針では指針15.に「火災爆発に対する考慮」が示されている。(1)不燃性、難燃性の材料の選択、(2)可燃性または熱的に不安定な物質の使用箇所には、着火源の排除、異常温度上昇の防止、可燃性物質の漏洩、混入防止、熱的・化学的制限値の設定、火災拡大の防止のための警報、消火設備の設置、閉じ込め機能の維持等の配慮が記されている。再処理本体施設では、有機溶媒やジルコニウム粉末等が可燃物として注目され設計対応が慎重に行われている。低放射性の廃液固化処理に採用したアスファルト固化施設ではアスファルトの化学的変性についての配慮が、長期の良好な運転実績にもかかわらず、あるいはその故に不足したとも考えられる。適切なプロセス選択、操業経験の蓄積、不断の探究心の必要性が示唆されている。今後、東海再処理工場では、アスファルト固化は行わない。
6.2 ウラン加工工場の臨界事故
1999年9月30日に東海村のウラン加工工場で臨界事故が発生した。本件に関しては、原子力百科事典ATOMICAのタイトル「JCOウラン加工工場臨界被ばく事故の概要 <04-10-02-03>」を参照されたい。
核燃料関連施設に関して原子炉等規制法では、使用、精錬、加工、再処理等に区分して適切な規制や技術基準を設けている。臨界安全に関しては加工分野でも安全審査指針「
ウラン加工施設安全審査指針」があるが、今回に事故に鑑み、2000年9月、「特定のウラン加工施設のための安全審査指針」が制定された。特定のウランとは濃縮度5%を越え20%未満のウランを指す。原子力百科事典ATOMICAのタイトル「特定ウラン加工施設のための安全審査指針 <11-03-03-05>」を参照されたい。
再処理の安全審査指針では指針10.「単一ユニットの臨界安全」、11.「複数ユニットの臨界安全」、12.「臨界事故に対する考慮」が臨界安全についての事項である。今回の臨界事故は、施設の指針対応、安全設計の問題ではなく、操業者が勝手に使用設備や手順を変更したものである。臨界現象の規模は原子数で2.5×10
18個であった。この程度のエネルギー放出では、溶液の温度が上昇するだけで装置の大きな破壊などは生じない。ただし、現場で大量の中性子を浴びることは致命的になる。再処理工場では、平常運転時には核分裂性物質を取扱う設備が隔離されているので、作業者の被ばくの可能性はほとんどない。環境影響も生じないよう対策が講じられている。過去の事故例は、非平常運転時、保守作業の際に多いので、そのような作業については専門家を含む慎重な計画、準備、実施が必要である。
(前回更新:2002年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
BWRの原子炉冷却系統 (02-03-03-02)
BWRの原子炉保護設備 (02-03-07-01)
再処理の概要 (04-07-01-01)
再処理施設の安全設計 (04-07-03-01)
JCOウラン加工工場臨界被ばく事故の概要 (04-10-02-03)
世界の核燃料施設における臨界事故 (04-10-03-02)
世界の再処理施設における火災・爆発事故 (04-10-03-03)
特定のウラン加工施設のための安全審査指針 (11-03-03-05)
<参考文献>
(1)科学技術庁原子力安全局(監修):原子力規制関係法令集(2000年版)、大成出版社(2000年6月)
(2)科学技術庁原子力安全局原子力安全調査室(監修):原子力安全委員会安全審査指針集(改訂10版)、大成出版(2000年11月)
(3)住谷寛ほか:再処理工場開発の現況−六ヶ所再処理工場施設の概要と安全性を探る−、原子力工業、38(10)、p.10-32(1992)
(4)原子力安全委員会:原子力安全白書(平成12年版)、財務省印刷局(2001年4月)p.26-42
(5)原子力安全委員会HP:原子力安全白書(平成12年版)
(6)日本原子力産業会議:原子力年鑑 2001/2002年版、(2001年11月)p.81-82
(7)日本原子力産業会議:原子力年鑑 2000/2001年版、(2000年10月)p.53-61
(8)文部科学省:パンフレット 再処理プロセスの安全性−放射性物質の閉じ込めプロセス安全性実証試験、(2001年3月)
(9)経済産業省 資源エネルギー庁(編):原子力2001、(財)日本原子力文化振興財団(2001年7月)p.51-
(10)原子力安全委員会:再処理施設安全審査指針