<本文>
世界の再処理施設において起った過去の火災・爆発事故のうち、原因別に代表的な事故例について概要を記す。事故例の一覧表を
表1 に示す。
1.ウインズケール再処理施設
抽出工程 の溶媒発火事故
英国ウインズケール(現セラフィールド)再処理工場の酸化物燃料前処理施設で、1973年9月26日に、セル内の発火で発生したセシウム、ルテニウム等の
放射性エアロゾル (空気に漂う極微小粒子)が、セル壁の隙間を通って操作室側に流出し、35名の運転員らが
被ばく した。被ばく量(肺に対する
線量 等量預託)は、10シーベルトが1名、1.4〜0.3シーベルトが10名、0.3〜0.15シーベルトが15名、それ以外の者は0.15シーベルト以下であった。
この事故は、抽出塔からの抽出溶媒を逆抽出塔に供給する有機溶媒供給器の底に、不溶解残渣(ジルコニウム粉末、不溶解の核分裂性物質)が溜まっており、工程休止中放射性ルテニウムの
崩壊熱 でかなりの高温になっていたところに、抽出塔から有機溶媒が流れ込んで発火した。これにより供給器の圧力が上がり、完全な気密構造ではなかったために
放射性物質 が漏れた。施設の改善として、不溶解残渣の除去工程(清澄工程)と不溶解残渣の蓄積の検知のための計装の設置等が勧告された。
2.サバンナリバー再処理施設の蒸発缶及び脱硝器爆発事故
米国軍事用のサバンナリバー再処理施設で、1953年1月12日に、硝酸ウラニル溶液の蒸発濃縮中に蒸発缶が爆発した。建屋の屋根と壁が一部損傷し、運転員2名が負傷した。原因は、回分式蒸発缶の供給液に有機溶媒(TBP、ケロシン)が多量(約80ポンド)に混入されていたことに加えて、過濃縮により溶液の温度が高温になり、TBP−硝酸
ウラン 錯体の急激な熱分解反応が起こったものとされた。
事故調査後、防止対策として、蒸発缶のような装置には多量のTBP等の混入を避けること、蒸発缶液の温度を125℃以下(その後の研究結果でTBP等の錯体の急激な熱分解反応を防止する温度は135℃以下とされている)で運転すること等が勧告された。
1975年2月12日に、同じサバンナリバー再処理施設でおきた事故は、濃縮された硝酸ウラニル溶液を加熱脱硝(約500℃)し酸化ウランを製造する脱硝器にウランとTBPの錯体が誤って混入し、激しく分解した可燃性ガスが脱硝器室に充満し、引火して爆発した。この事故で2人の運転員が軽傷を負い、建屋のかなりの部分の隔壁が損傷した。
事故後の調査で、多量の有機溶媒が蒸発缶に混入した後、TBP−硝酸ウランの錯体の状態で脱硝器に供給されたことがわかった。防止策として、TBP等の有機溶媒の除去を繰り返して行い、発缶等への蓄積を防止すること、脱硝器に混入するTBP等を少なく制限すること、脱硝器に混入されるTBP等を少なく制限すること、脱硝器の昇温速度を急激なガスの放出がないように低くする等の改良がなされた。
3.トムスク再処理施設の抽出工程調整貯槽の爆発事故
ロシアのトムスク軍事用再処理施設で、1993年4月6日に、抽出工程の調整タンク(約34m
3 )が破裂し、さらに爆発が起こって建屋が破壊された。この事故による死者及び負傷者はなかったが、敷地外に放出された
放射能 量はプルトニウム3.7×10
10 ベクレル程度、ベーター・ガンマ放射性核種が1.5×10
12 ベクレル程度であったと推定されている。
事故前のタンクは、抽出工程で抽出されずに残ったウラン溶液が多量の有機溶媒を含んで6ヶ月以上にわたって貯蔵された状態で、蒸発缶からのウラン濃縮液が高温のまま入れられ、さらに硝酸濃度の調整のための濃硝酸を注入されてから約2時間半後に事故が起こったものである。事故は、有機物の希釈剤に含まれる芳香族炭化水素やTBPの劣化生成物(硝酸ブチル等)が濃硝酸と化学反応を起こし、貯槽の排気能低下による圧力の上昇により貯槽内の温度を上昇させたことがきっかけとなり、主要な有機物であるTBP等の錯体が急激な熱分解反応を起こしてタンク内の温度と圧力が急上昇してタンクが破裂し、さらに発生した可燃性ガスの爆発が起こったものと推定されている。事故の要因としては、タンク内にTBP等を含む多量の有機物が混入した(推定150〜500リットル)、濃硝酸と反応しやすい芳香族炭化水素を含む希釈剤が用いられていた、濃硝酸と有機物が高温の状態で接触した等が重なり合って生じた、ものと考えられている。
最近の再処理施設では、TBP等の除去、芳香族炭化水素がほとんど含まれないTBPの希釈剤(ドデカン)の使用、蒸発缶濃縮液の冷却等の安全対策を講じている。
4.キシュテム再処理施設の高レベル廃液貯槽爆発事故
旧ソ連のキシュテム軍事用再処理施設で、1957年9月29日に、高レベル放射性廃液の入った液体廃棄物貯蔵貯槽が爆発を起こし、7.4×10
17 ベクレル(2000万キュリー)のうち約1割の放射性核分裂生成物(主な放射性物質はストロンチウム90であった)が環境中に放出され、チェリャビンスク等の河の下流の町を幅30〜50km、長さ300kmにわたり3.7〜74ギガベクレル/キロ平方メートル汚染し(線量は高いところで6ミリグレイ/時)、3万4千人が被ばくした。このため、23ヵ村約1万人が避難した。事故の原因は、貯槽溶液と冷却水の温度センサーの故障と相まって冷却系が故障したために、崩壊熱により自然発熱し、320-350℃にまで達した。これにより溶液が蒸発して、廃液に含まれていた硝酸ソーダと酢酸ソーダ(現在の再処理施設では使用していない)の乾燥塩ができ、これが爆発を起こしたものとされている。爆発後、すべての換気系が故障したので、工場サイト等の除染作業とともに独立した換気系と信頼性の高い測定計器を設置した。
5.ハンフォードプルトニウム回収施設の試薬貯槽爆発事故
米国ハンフォード軍事用再処理サイトのプルトニウム転換プラントに付属するプルトニウム回収施設で、1997年5月14日に、試薬の貯槽で爆発が起こった。この爆発により、貯槽の蓋を吹き飛ばし、ドアと屋根の一部を損傷させた。負傷者はなく、放射性物質の環境への放出もなかった。この貯槽(約1.5m
3 )には、プルトニウム還元剤としての硝酸ヒドロキシルアミン(通称HANとも言う)/希硝酸が貯留されていた。
事故原因の調査の結果、施設の運転のために試薬を調整した後、施設の長期停止になり、約4年間試薬が貯留された状態のままになり、貯槽の換気により試薬の水が蒸発し続けて、濃縮されてしまったことと鉄等の不純物の触媒効果により、自然に化学反応が促進され、急激にガスを放出し、貯槽を爆発させたものと推定している。この事故を誘発させた原因は、調整された試薬を4年近くも貯蔵したまま放置した管理上の問題があったこと、同様な事故がサバナリバーサイト等で起こり、その報告書がエネルギー省を通して配布されたにもかかわらず、それを安全運転資料に盛り込まなかったこと等があげられている。
6.ラアーグ再処理工場の電源火災
仏国ラアーグ再処理工場で、1980年4月15日に、外部電力の主受電設備の変電所の90/15kV変圧器の2次側で短絡があり、火災が発生した。この火がケーブルを伝わって階上の
制御盤 に延焼、受電制御系、非常用発電機制御系、15kV所内配電制御系が全滅した。非常用発電機自体は火災の影響を受けなかったが、機能は果たせなかった。工場内は全停電となったが、移動式発電機で高レベル廃液貯槽の冷却、攪拌を行うなど、必要度の高いところから逐次応急措置を講じ、換気系も80m高さの換気筒のドラフト効果(自然排気)である程度排気機能が維持され重大な汚染は無かった。
影響が拡大した原因は、給電ケーブルが常用、非常用を含めて同一ダクトにまとめられていたこと等であろう。最近の工場では、電源系統について機能の多重化や電源ケーブルの難燃化の徹底、適度の集中を避け適宜分散すること、
非常用電源 の信頼性向上、通常保守、予防保全の励行等の対策が講じられている。
7.ユーロビチウムプラントにおける
アスファルト固化 施設火災事故
ベルギー、モルのユーロケミック再処理工場(施設は1974年閉鎖され、廃棄物処理中であった)のユーロビチウムプラントにおいて、1981年12月15日に、中レベルの放射性廃液をアスファルト固化する際、アスファルトの混合物をドラム缶に注入してから8時間後に3本が2時間の間隔で順次自然発火した。火災はそれぞれ数分以内に水スプレー等によって消し止められた。この事故での負傷者、
内部被ばく 者はなく、事故時のフィルターの交換作業で2名が0.6ミリシーベルトを全身被ばくした。環境へ放出された放射能は、フィルターの放射能とスタックの空気量からβ・γで2.85×10
6 ベクレルと推定された。
事故原因の調査は、廃液の熱分析等を主体として行われ、その結果、濃縮廃液の
スラリー が熱分析で250℃以下で発熱を示すことが確認されたことから、このスラリーに含まれる除染試薬、TBPあるいはTBP劣化物を含む残渣、
イオン交換樹脂 とそのニトロ化物等が発熱物質と確認されたが、特定されていない。
火災は、アスファルトの混合物に混入された有機物が発熱分解を起こして、誘導期間を経て、アスファルトと硝酸ソーダの急激な酸化反応が起こり、可燃性ガスの放出により発火に至ったものと推定された。廃液の熱分析を事前に実施していれば防止できたとしている。
8.東海再処理工場アスファルト固化施設の火災
動燃事業団東海再処理工場(現日本原子力研究開発機構核燃料サイクル工学研究所)のアスファルト固化施設で、1997年3月11日に、火災が発生し、その約10時間後に爆発が起こった。この事故での負傷者はなかったが、作業員37名が内部被ばくし、最大の者で0.4〜1.6ミリシーベルトの範囲と評価された。環境への放射性物質の放出は、セシウム137の放出量として1〜4ギガベクレルの範囲と評価された。火災爆発の原因については、廃液及びアスファルト固化体等の分析とこれに基づくアスファルト固化体の昇温要因として考えられる候補物質についての熱分析等を行って、その可能性が検討された結果、この火災爆発事故は、廃液中に含まれていたと思われる沈殿物等が原因で、アスファルト固化体内部で微弱な発熱を伴う遅い化学反応が進行し、蓄熱によりアスファルト固化体の温度が上昇して、アスファルトと硝酸塩等との反応が急速に進み火災に至ったこと、また消火が不十分であったため固化体内部での反応が継続し、発生した可燃性物質がセル内に蓄積され、これに何らかの原因で引火し、爆発が起こったものと想定されている。
この事故はベルギーの同種の施設で起きた事故と同様であったにもかかわらず、過去の教訓が活かされず残念な事故であった。
<図/表>
表1 世界における再処理施設の火災・爆発事故例
<関連タイトル>
再処理の安全と規制 (04-07-01-08)
再処理施設の安全設計 (04-07-03-01)
フランスの再処理施設 (04-07-03-08)
イギリスの再処理施設 (04-07-03-09)
中国の再処理施設 (04-07-03-12)
東海再処理工場における火災爆発事故 (04-10-02-01)
トムスク事故 (04-10-03-04)
旧ソ連における南ウラル核兵器工場の放射線事故(キシュテム事故など) (09-03-02-07)
<参考文献>
(1) Report by the Chief inspector of Nuclear Installations on the Incident in Building B204 at the Windscale 26 Sept.1973 Cmnd.5703 HMSO, London 1974
(2) T,J,Colven:Interim Technical Report-TNX Evaporation Incident January 12, 1953 Report DP-25,May 1953
(3) J.M.Mckibben:Explosion and Fire in the Uranium Trioxide Production Facilities at the Savannah River Plant on February 12,1975,DPSPU 76-11-1(1976)
(4) International Symposium on Recovery Operation in the Event of Nuclear Accident or Radiological,IAEA-SM-316/55,-55.2,-55.36-10 Nov.1989,IAEA,Vienna
(5) B.V.Nikipelov,et.al.:A Radiation Accident in the Southern Urals,Soviet Atomic Energy,Vol.67,p569(1989)
(6) L.P.Lyoyd:Accident Investigation Board Report on the May 14,1997,Chemical Explosion at the Plutonium Recamation Facility,Hanford Site,Richland,Washington,DOE-RL-97-59(1997)
(7) 西尾ほか:トムスク−7再処理施設で発生した反応性物質を含む溶媒と硝酸の熱分解 反応に関する反応速度と反応熱、JAERI-Tech 96-056(1996)
(8) M.Demonie,et.al.:The Fire Incident in the Eurobitium Plant on December 15,1981,ETR-314(1990)
(9) 科学技術庁:動力炉核燃料開発事業団東海再処理施設アスファルト固化施設における火災・爆発事故について、(平成9年12月15日)