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<概要>
 高温ガス炉は、炉心の構成材料および冷却材の特性に基づく固有の安全性が高く、異常時の過渡挙動も極めて緩慢である。この固有の安全特性の多くは、日本初の高温ガス炉である高温工学試験研究炉(HTTR)や独国の高温ガス実験炉AVRの過渡実験でも確認されている。高温ガス炉のもつ優れた安全特性を活用し、固有の安全性を可能な限り高めようとしたのが、日本、南アフリカ、米国、中国、フランス、韓国等で設計研究が進められている燃料領域が環状に配置された炉心(環状炉心)の設計概念である。環状炉心では、冷却材による強制冷却ができないような事故においても、炉心中心部の温度上昇を抑え原子炉圧力容器外への自然放熱により炉心残留熱を除去できる設計としており、発生頻度が10−8/炉年以上の異常事象においても著しい炉心損傷や燃料破損が生じないシビアアクシデントフリー炉を実現している。
<更新年月>
2006年09月   

<本文>
1.高温ガス炉一般の安全特性
 高温ガス炉が固有の安全性に優れているのは、燃料に被覆粒子燃料、減速材と炉心構成材料に黒鉛、原子炉冷却材にヘリウムガスを用いていることによる。具体的には、
(1)炉心の熱容量が大きく出力密度が小さいため、反応度の異常な上昇や冷却能力の異常な低下などが生じても、炉心温度の変化が極めて緩慢である。
 高温ガス炉の出力密度は2〜6MW/m3と軽水炉の数10分の1であり、熱容量は、軽水炉では運転温度から炉心損傷温度まで(原子炉冷却材の蒸発潜熱も含める)に対し、高温ガス炉では運転温度から被覆燃料粒子の健全性が損なわれず有意なFP放出の可能性のない1600℃までとしても、高温ガス炉は軽水炉の約5倍の熱容量を有している。
 これを配管破断による冷却材喪失事故を例にとると、冷却材喪失から炉心損傷が起こらないような冷却を回復させるまでの時間的余裕が、軽水炉では1分程度であるのに対して、高温ガス炉では炉心損傷に至らないような設計が可能である。
(2)中性子寿命が長く、燃料および減速材による反応度の温度係数が負であるため、大きな反応度が印加された場合でも出力は急上昇しにくく、かつ上昇幅は小さく抑えられる。
(3)炉心が高温になっても燃料被覆や炉心構成物は溶融することなく、炉心溶融の心配がない。
 高温ガス炉の場合、炉心の大部分が黒鉛で構成されている。黒鉛は溶融することなく、かつ高温になっても強度が低下することはない。また、燃料の被覆層の一つを形成する炭化ケイ素は約2400℃まで熱分解することはない。
(4)原子炉冷却材のヘリウムガスは化学的に不活性であり、燃料や構造材との化学的相互作用が少なく、またヘリウムガス、黒鉛とも放射化されにくいので、従事者の被ばく線量が低く、放射性廃棄物の発生量が少ない。
 これらの値については、米国およびドイツの高温ガス炉の運転実績より、それぞれの国の軽水炉の場合と比較して1桁程度低いと報告されている。また、HTTRにおいても従事者の被ばく線量が低く、放射性廃棄物の発生量が少ないことが確認されている。
 上記の固有の安全性については、HTTRの過渡実験(安全性実証試験)で実際に確認されている。
制御棒引抜き実験(図1参照)
 出力60%において7.4セントの反応度をランプ状に9.1秒で印加した結果、図1に示すように、燃料および減速材の温度のわずかな上昇による負のフィードバック効果により、原子炉出力の上昇は抑制され、原子炉出力は数%上昇したレベルで落ち着いている。
一次冷却材流量低下実験(図2参照)
 出力60%において冷却材を循環させている3台の循環機のうち2台を停止させ、冷却材流量を定格流量の30%に低下させた結果、燃料温度のわずかな上昇による負のフィードバック効果により、原子炉出力は低下し、約28%のレベルで落ち着いている。
 チェルノブイリ炉において、最終的には黒鉛火災が発生したが、チェルノブイリ炉と高温ガス炉を比較すると次のようになる。
 チェルノブイリ炉(図3)は、黒鉛減速軽水冷却圧力管型で、ジルカロイ被覆に納められた二酸化ウラン燃料が圧力管内に装荷され、軽水により冷却される。チェルノブイリ炉では、通常の運転出力でない低出力の領域で炉心の反応度出力係数が正となるため、このときの試験では出力が急速増大し、かつ制御棒の挿入を一時的に中断したこともあって炉心の一部の燃料が溶融破損して大量の蒸気が生じ、その際の圧力によって多数の圧力管が破断した。続いて、燃料を含む炉心の物質が吹き上げられ、原子炉建家は破壊され、また、被覆材等と冷却水の急激な反応による大量の水素の発生により爆発が生じた。これにより黒鉛と水蒸気の化学反応が起こり、さらに、原子炉建家が破壊されたことにより原子炉の内外に大気の自然対流流路が形成されたために空気(酸素)の供給が続き、長時間の黒鉛火災となったものである。黒鉛はもともと自燃性に乏しい物質であるが、これが燃焼したのは、事故における原子炉建家の崩壊が起こったという条件下で発火したためである。
 一方、高温ガス炉は黒鉛減速ヘリウムガス冷却型で、炉心が大きな負の反応度フィードバック特性を有することにより、急激な出力の上昇に対して出力抑制効果を持っているので、万一、反応度事故が発生しても原子炉出力の上昇が抑制され、燃料および炉心構造材が高い耐熱性を有することと相まって炉心損傷に至るようなことはない。また、炉心部には金属および水を使用していないので、これらの反応による水素の発生も起らない。したがって、チェルノブイリ事故のような事故に伴って原子炉建家が破壊されることはない。さらに、原子炉冷却材バウンダリの多重破断を想定しない限り大量の空気が炉心内に浸入することはあり得ない。したがって、チェルノブイリ事故のような黒鉛火災は高温ガス炉では起こり難いと言える。
2.環状炉心構成の高温ガス炉の安全性
 高温ガス炉固有の安全上の優れた特性を活用し、その安全性を可能な限り高めることを目指した高温ガス炉の炉心構成として、燃料領域を環状に配置させる炉心の概念がある。その設計の考え方と安全特性を、現在日本において設計研究が進められているGTHTR300(図4)を例に説明する。
(1)自然放熱による崩壊熱除去
 GTHTR300では、異常・事故時の崩壊熱は、原子炉圧力容器の外側、原子炉圧力容器を取囲む1次遮へい体等の表面に設けられた冷却パネル(炉容器冷却設備)によって除去される。炉心の崩壊熱は、熱伝導、熱放射によって炉心から側部黒鉛反射体、原子炉圧力容器を通して炉容器冷却設備に伝えられる。このような除熱方式によっても燃料最高温度が制限温度1600℃を超えないように炉心寸法および出力密度が定められており、GTHTR300では、環状炉心の内径を3.6m、外径5.5m、出力密度を5.8MW/m3と定めている。
 炉心諸元をこのように定めることにより、仮に一次冷却設備ならびに炉容器冷却設備全ての冷却系の機能喪失を想定した場合でも、原子炉からの自然放熱だけで、燃料最高温度は1600℃以下に維持できる。
(2)固有のフィードバック特性による炉停止
 一次冷却材圧力バウンダリ破断事故(高温ガス炉では一次系が減圧する減圧事故、軽水炉では冷却材喪失事故につながる)または一次冷却系機能喪失により一次冷却材による炉心からの除熱が不能となった場合、燃料温度の上昇により負の反応度温度フィードバックがかかり、制御棒などによる原子炉スクラムを行わなくとも原子炉は未臨界になる。そのまま放置すると10数時間で、蓄積したゼノンが崩壊し原子炉は再び臨界になり、炉心の温度上昇による負の反応度とつり合った微小出力で安定する。このような自然の炉停止特性はAVRの冷却流量喪失実験で実証されており(図5)、日本のHTTRにおいても同様な実験の計画が進められている。
(3)FPの閉じ込め
 (1)、(2)の特性により、事故時に原子炉を放置しても、燃料最高温度は1600℃を上回ることはなく、FPは被覆燃料粒子内に確実に閉じ込められる。したがって、耐圧気密の原子炉格納容器は必要としない。
(4)空気浸入による黒鉛酸化
 高温ガス炉において一次冷却材圧力バウンダリ破断事故(減圧事故)が発生すると、一次冷却設備内に空気が浸入し、被覆粒子燃料の被覆層および炉心構造材である黒鉛との酸化反応によりその健全性が低下し、著しい炉心損傷に至る恐れがある。
 GTHTR300において減圧事故が発生すると、事故後、原子炉圧力容器内と原子炉圧力容器外との間に自然循環流れが形成され、空気とヘリウムからなる混合気体が原子炉圧力容器内へ侵入する。炉心構造材である黒鉛および炉心燃料は、混合気体中の酸素により酸化腐食されるが、炉心構造材の構造健全性が問題となることはなく、被覆燃料粒子の追加破損の割合はわずかであり、被ばく評価の観点で問題となることはない。
(前回更新:1997年3月)
<図/表>
図1 HTTRにおける制御棒引抜き実験結果
図1  HTTRにおける制御棒引抜き実験結果
図2 HTTRにおける一次冷却材流量低下実験結果
図2  HTTRにおける一次冷却材流量低下実験結果
図3 チェルノブイル炉の仕組み
図3  チェルノブイル炉の仕組み
図4 GTHTR300の断面図
図4  GTHTR300の断面図
図5 AVRにおける冷却材流量喪失実験
図5  AVRにおける冷却材流量喪失実験

<関連タイトル>
チェルノブイリ原子力発電所事故の概要 (02-07-04-11)
高温ガス炉概念の特徴 (03-03-01-02)
高温ガス炉燃料の安全性 (03-03-03-01)
海外における高温ガス炉運転実績 (03-03-03-03)

<参考文献>
(1)斎藤伸三ほか:いま注目される高温ガス炉−現状と将来展望、原子力工業、36(4)、20−62(1990)
(2)IAEA:STI/DOC/10/312(1990)
(3)K.Kugeler et al.:Passive Heat Removal From the Core of Small and Medium Sized Pebble Bed Reactors,Energy,16(1/2),521−528(1991)
(4) K.C.Rogers:Key Questions Facing NRC on MHTGR,Energy,16(1/2),345−351(1991)
(5)橘幸男ほか:高温工学試験研究炉(HTTR)の安全性実証試験計画、JAERI−Tech 2002−059(2002)
(6)高田英治ほか:HTTR制御棒引抜き試験の動特性解析、JAERI−Tech 2004−048(2004)
(7)D.Tochio et al.:Numerical Simulation of Three−dimensional Thermal−hydraulic Behavior for High Temperature Engineering Test Reactor(HTTR),Proceedings of ICAPP ’05(2005)
(8)國富一彦ほか:高温ガス炉ガスタービン発電システム(GTHTR300)の設計研究、日本原子力学会和文論文誌、Vol.1、No.4、352−360(2002)
(9)中田哲夫ほか:高温ガス炉ガスタービン発電システム(GTHTR300)の核熱流動設計、日本原子力学会和文論文誌、Vol.2、No.4、478−489(2003)
(10)片西昌司ほか:高温ガス炉ガスタービン発電システム(GTHTR300)の受動的冷却設備の設計、日本原子力学会和文論文誌、Vol.3、No.3、257−267(2004)
(11)H.Gottaut,K.Kruger:Results of Experiments at AVR Reactor,Nucl. Eng. Desn.,121,143−153(1990)
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