<本文>
1. 中国原子力開発の歴史的変遷
中国の原子力開発・利用の歴史は(1)軍事利用を目的とした黎明期(1949年〜)、(2)民生利用を目的とした原子力発電の導入・確立期(1972年〜)及び(3)原子力利用の拡張期(1998年〜)に分けられる。
表1にその概略の歴史を示す。
1.1 原子力利用の黎明期(1949年〜)
1949年、新中国が成立すると、政府は中国科学院を設立し、下部組織として現在の中国原子能科学研究院の前身である近代物理研究所を設置した。1955年4月には中ソ原子力協力協定が締結され、1958年にソ連の援助で熱出力7MWtの重水型研究炉が設置された。しかし、中ソの政治路線の食い違いから、1959年にソ連は協定を一方的に破棄、中国はその後軍事利用を中心に原子力の自主開発を進めることになった。
1962年に湖南省衡陽でウランの生産を開始、1963年に甘肅省蘭州でガス拡散法により濃縮ウランを製造。1964年10月16日には中国初の核実験が行われ、1968年12月27日には3メガトン級の水爆実験が行われた。1965年には文化大革命が始まったが、原子力は基礎研究と軍事利用の範囲にとどまったままであった。
1.2 原子力発電開発の導入・確立期(1972年〜)
1972年当時、周恩来首相は原子力発電の開発を行うため、上海核工程研究設計院の設立を指示。1973年には中国初の発電用原子炉として秦山原子力発電所の設計を開始した。1980年には第1回中国核学会が開催され、原子力発電推進方策が発表された。1982年の第5回全国人民代表大会において、中国のエネルギー長期戦略として原子力発電計画が公表され、2000年までに1,000万kWを建設することが提示された。
また、1988年の政府機構改革で電力部門を管轄する能源部、軍事利用を扱う国防科学技術工業委員会と、原子力平和利用部門として中国核工業総公司(CNNC:China National Nuclear Corporation)が設置された。CNNCの守備範囲は原子力関連の科学、技術、工業生産から製品の輸出まで含み、技術分野では、ウラン探査、採鉱、製錬、濃縮、燃料加工、原子炉設計、発電所の建設、運転までをカバーし、200以上の研究機関、事業体を傘下に擁した。また、1994年1月には原子力の対外政府機関として中国国家原子能機構(CAEA)が設置された。
1.3 原子力発電開発の拡張期(1998年〜)
1998年3月の政府機構改革方針に基づき、公平な市場メカニズムの育成、市場経済業務システムの構築、企業効率改善による赤字脱却と企業の近代化などを目指して中国核工業総公司(CNNC)の民営化と企業化が検討された。1999年7月には、中国核工業集団公司(新CNNC)と中国核工業建設集団公司(CNEC)に分割・改組。新CNNCは「発電部門」、「燃料部門」、「貿易部門」、「ウラン採鉱部門」などを引き継ぎ、CNECは「建設部門」と「原子力以外の部門」を引き継いだ。新CNNCは「発電炉」、「熱供給炉」、「研究炉」、「
放射線発生装置」等を引き継ぎ、原子力の研究開発も推進することになった。なお、新CNNCは子会社の国有資産持ち株会社となって、強力な集団原子力企業体を保持した。
また、旧CNNCの管理機能は、国防科学技術工業委員会(COSTIND)に移管された。下部組織である中国国家原子能機構(CAEA)は、国際協力など、対外的に国を代表する組織となったほか、科学技術委員会にあった核安全局を環境保護総局(NEPA)傘下の国家核安全局(NNSA)に組織を変更し、原子力の規制と推進を完全分離・独立した。2010年1月には電力需要の急伸に対応して、国家エネルギー戦略を策定する国家エネルギー委員会を設立。
また、2014年5月には、福島第一原発事故を踏まえ、国防科学技術工業局と(軍)総参謀作戦部の共同指揮下に緊急時対応組織を設置することが発表されている。
2. 中国の原子力開発体制
中国では日本の内閣に相当する国務院が最高国家権力の執行機関であり、行政機関である。国務院は全国人民代表大会(全人代。閉会中は全人代常務委員会)に対して責任を負う。国務院を構成する部・委員会は日本の省にあたる。部の中の司は行政権限をもち、日本の官庁の局に相当し、総公司(事業団)や公司(会社。ただし、国家核電技術公司というように中国全土での運営に責任をもつ大企業もある)を監督・指導する立場にある。
図1に中国の原子力発電開発体制を、また、以下に各組織の概略を示す。
2.1 行政組織体制
(1)中国国家原子能機構(CAEA:China Atomic Energy Authority)
原子力エネルギーの平和利用分野を管轄し、原子力事業の行政、原子力発電開発及び国際エネルギー分野での協力などの総合調整機関で、その主な業務は(a)原子力平和利用の政策立案と法規の研究制定、(b)平和利用のための開発企画、実施計画及び工業規格(基準)の策定、(c)主な研究・開発計画の審査評価、監督、実施調整、(d)
核物質の管理監督、原子力輸出審査と管理、(e)各国原子力機関との提携、国際機関との連携、
IAEA活動など国際協力活動への参加交流、(f)国家原子力事故協調委員会の筆頭組織として国家原子力事故時応急処置計画の研究制定などの原子力事故への対応などである。
図2に組織体制を示す。
(2)環境保護部 核安全管理司(輻射安全管理司):国家核安全局(NNSA:National Nuclear Safety Administration)
原子力安全規制・監督機関として1984年に設立。1998年に国務院の行政改革で国家科学技術委員会から環境保護総局に移管し、核安全管理司となった。現在は環境保護部に昇格し、放射線及び原子力安全の担当組織として、
原子力施設、
核燃料施設、放射線源使用施設、
放射性廃棄物管理施設、電離放射線施設、ウラン鉱山開発利用の許認可や安全規制、放射線安全、環境放射線の管理、原子力事故時の応急措置、国際機関との安全関連協定の実行を担当する。
表2に国家核安全局の業務概略を、
図3に組織体制を示す。
なお、環境保護部には国家核安全局のほかに環境放射線を監視している環境影響評価課や公害の監視などを行っている環境監視課等があるほか、旧体制時に設置された「原子力・放射線安全センター(NSC:Nuclear Safety Center)」や中国全土の環境放射線観測ネットワークを整備する「放射線環境観測技術センター(RMTC:Radiation Monitoring Technical Center)」もそのまま引継いで運営している。ただし、原子力事故あるいは放射線事故等の緊急時においては国家核安全局の「放射線観測・緊急時対応課」が対応するとしている。
原子力安全計画の目標として、第12次5ヵ年計画(2011〜2015年)では安全レベルの向上、放射線環境安全リスクの低減が挙げられ、具体的目標として(a)原子力発電所の安全向上(2級事故の発生防止、3級以上事故のゼロ化と新規原子力発電:
第3世代原子炉の規準適用(炉心損傷確率(CDF)<10
-6/炉年、大規模初期
放射性物質放出確率(LERF)<10
-7/炉年))、(b)事故防御(運転中と建設中の原子力施設等の安全改造完成と所内外事故防御、過酷事故予防と緩和能力向上)、(c)汚染管理(原発建設と
核燃料工業発展レベルの適合化、先進高効率放射性汚染管理と中低レベル放射性廃棄物処分場の建設を完了)、(d)緊急対応(各級政府と関連組織の応急指揮(
図4参照)、応急対応、応急モニタリング、応急技術支援能力建設の強化と統一配備の原子力事故緊急救助能力を形成、緊急物資及び装備の配置を充実)、(e)安全監督(国家原子力・放射線安全監督技術研究開発基地の建設完成、監督技術支援プラットホーム創設、独立・整備された安全分析評価、核計算と実験検証能力の確保、全国放射線環境モニタリング連絡網の建設完了、国家、省級の放射線環境モニタリング能力建設完全達成)とした。また、第13次以降の計画(2016年〜)では、(a)新設原発の放射性物質大量放出ゼロ化、(b)
HLW処理処分の最終設計完成、地下実験室建設完了、(c)2020年までに、原子力発電安全を国際先進レベルに向上し、放射性汚染防止レベルと放射線環境品質の向上などが挙げられている。
2.2 原子力企業(
図5参照)
(1)中国核工業集団公司(新CNNC:China National Nuclear Corporation)
中国核工業集団公司は、1999年に中国核工業総公司の分割によって誕生した巨大な国有会社である。歴史的には、その前身の時代から核開発、発電炉開発などの経験を有し、中国の原子力工業の中心であり、原子力の研究開発、工学設計、ウラン探査・鉱山採鉱・製錬、UF
6転換(
ウラン転換)、
ウラン濃縮、燃料加工、
再処理及び放射性廃棄物処分を含む原子力と放射線利用分野の事業を統括する。その傘下には国内、自治領、地方自治体に120以上の関連会社と10万人の労働者を率いる。
中国核工業集団公司は原子力発電開発の国産開発と海外輸入国産化の両方を担っており、所属の核動力運行設計院では国産ライセンスのある第3世代原子炉ACP1000を開発した。
(2)中国広核集団有限公司(CGNPG:China Guangdong Nuclear Power Group)
国務院国有資産監督管理委員会下の原子力企業で、2013年5月に中国広東核電集団から改称した。原子力発電を中核事業として1994年9月に設立。2009年4月、広東核電と中国銀行や国家開発銀行等の金融機関とファンドを立上げ、国務院の承認を受けて国有企業化している。広核集団はフランスからの海外導入炉を基礎として改良した中国国産のCPR−1000を開発した。広東省の大亜湾(フランス製PWR(M310)、100万kW×2基)と嶺澳(フランス導入国産化CPR−1000、100万kW×4基)を始めに、国内のCPR−1000炉の建設に携わる。また、広核集団は第3世代+原子炉を建設する初の企業として、2007年2月、フランス・アレバ社の欧州加圧水型炉(
EPR−1750)を台山発電所に建設することで合意した。ウラン資源開発や太陽光や風力などの新エネルギー産業、水力発電などにも関与している。
(3)国家電力投資集団公司(SPIC:State Power Investment Corporation)
2015年7月に原子力発電所の運営資格を有する中国電力投資集団公司(CPIC)と原子力発電の研究開発分野を統括する国家核電技術公司(SNPTC)の合併により発足した組織で、火力発電、水力発電、原子力発電、新エネルギーを擁する中国唯一の総合エネルギー集団である。なお、中国電力投資集団公司は2002年の発送電分離改革によって旧国家電力公司の発電事業を継承した5大電力企業のひとつで、原子力分野を含む中国の発電設備の投資者・資産権者である。第3世代+原子炉である米国・ウェスチングハウス(WH)社の
AP1000の導入建設に携わる。
なお、上記原子力企業以外でも5大電力集団である大唐、華電、華能集団公司や、地方電力、開発投資会社などが原子力発電事業に投資のみの参入を果たしている。また、中国核工業建設集団公司(CNEC)も山東省威海近傍の石島湾で建設を進める高温ガス実証炉に投資参入しているほか、原子力国防施設、民生用原子力施設の建設を担当している。
2.3 原子力発電設備製作集団
原子力発電の設計、施工管理、運転技術支援を行う総合エンジニアリング会社としては下記の3社が該当する。
(a)核工業集団系の中国核電工程公司(元、北京核工程設計院:CP650からACP1000を開発)
(b)中国広東核電集団有限公司系の中広核工程有限会社(CPR1000からACPR1000を開発)
(c)国家核電技術公司(上海核工程研究設計院:AP1000からCAP1400を開発)
また、原子力発電メーカーも上海電気、東方電気、ハルビン電設の3大集団と、第一及び第二重型機械集団を主に、重電メーカーの工場集中整備が行われている。
図6に原子力発電設備製作集団の能力集約化状況を示す。
3. 原子力利用に係わる法令・基準体系、許認可プロセス
3.1 原子力利用に係わる法令・基準体系
中国の原子力利用に係わる法令・基準体系は、「放射線汚染防止法」を頂点として、ピラミッド構造で構築されている。第2のレベルとして国務院の条例(HAF)と国家核安全局の規定(HAF)があり、その下に国家核安全局の導則(ガイドラインHAD)等及び中国の国家規格がある(
図7参照)。しかし、全国人民代表大会において決定されるレベルの「原子力法」のような基本法はまだ制定されていない。また、国家核安全局のHADに代表される導則(ガイドライン)は法的強制力を持たず、推奨のレベルであるとされている。HADは国家核安全局が作成したガイドライン固有の識別子であり、他に国防科学技術工業委員会や衛生部等が制定したガイドラインが存在する。
3.2 原子力分野における許認可プロセス
中国では、原子力安全条約による2001年の中国国別報告書に基づき、国家核安全局が許可証を発給することで、原子力安全を管理する。原子力発電所建設の許認可は、立地選定、建設、初期燃料装荷、運転、廃止措置の5段階で行われ、そのほかに核物質の所有、利用、生産、貯蔵、輸送及び処理などがある。また、環境保護部は、許認可の発給要件のひとつである原子力発電所の各段階における環境影響評価書の審査・承認に責任を有する。
発電所建設の際には、初期安全解析書を添えて建設許可を申請し、燃料装荷前には最終安全解析書を、運転開始前には最終安全解析書の修正版を出す必要がある。段階ごとに核安全局が発行する建設許可証、燃料装荷許可証、運転許可証が必要である。
図8に許認可プロセスの流れを示す。
(前回更新:2006年2月)
<図/表>
<関連タイトル>
中国原子能機構、中国核工業集団公司及び国家核安全局 (13-01-02-03)
中国のエネルギー資源、エネルギー需給、エネルギー政策 (14-02-03-01)
中国の電力事情と発電計画 (14-02-03-02)
中国の原子力発電開発 (14-02-03-03)
中国の核燃料サイクル (14-02-03-04)
中国の原子力国際協力 (14-02-03-05)
中国のエネルギー事情 (14-02-03-06)
<参考文献>
(1)日本原子力産業協会:原子力年鑑2015(2014年10月)、中国
(2)日本電気協会新聞部:原子力ポケットブック2014年版(2014年10月)、中国
(3)海外電力調査会:海外諸国の電気事業 第1編 (下巻)2014年(2014年1月)、中国
(4)日中科学技術交流協会:福島事故後の中国原子力開発 第27回原子力委員会資料第3号、2013年7月、
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2013/siryo27/siryo3.pdf
(5)日本原子力産業協会:中国の原子力発電開発:エネルギー逼迫による必要性、2014年1月、
http://www.jaif.or.jp/cms_admin/wp-content/uploads/2014/11/china_data1.pdf
(6)日本原子力産業協会:中国の原子力情勢−福島事故後の対応−、2012年9月、
https://www.jaif.or.jp/member/contents/cm_t-kaiin-forum02_china.pdf
(7)日本原子力研究開発機構 原子力緊急時支援・研修センター:平成22年度 原子力施設等 緊急時対策技術等(核物質防護を含めた原子力防災全般に係る海外動向調査)に関する報告書、平成23年2月、
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2011fy/E001816.pdf
(8)経済産業省データカタログサイト:平成26年度発電用原子炉等利用環境調査(新興国における原子力政策・産業動向及び核不拡散・核セキュリティに関する海外動向調査)報告書、平成27年3月
(9)富窪 高志:中国における原子力の安全性—原子力発電関連法規を中心に—、外国の立法244、2010年6月、
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/pdf/024409.pdf
(10)日本エネルギー経済研究所:中国における原子力発電開発の現状と中長期展望(IEEJ2003年7月)、p.2、
http://eneken.ieej.or.jp/data/pdf/701.pdf
(11)World Nuclear News(16 July 2015)Chinese nuclear giant officially launched、
http://www.world-nuclear-news.org/C-Chinese-nuclear-giant-officially-launched-1607155.html
(12)中華人民共和国環境保護部HP、
http://www.mep.gov.cn/