<本文>
1.歴史的背景
発電に利用している莫大な核分裂エネルギー(原子力)は、1939年にマイトナー、ハーン達により発見された。1941年、米国のシーボーグ達は中性子とウランの核反応で生成する新元素プルトニウムを発見した。さらに、1942年にフェルミが、シカゴ大学の実験炉CP-1で世界初の核分裂の連鎖反応に成功し、同年に米国は原爆開発の「
マンハッタン計画」を開始した。1945年7月、米国は人類史上初の原爆実験に成功し、同年8月に原爆を広島(ウラン爆弾)と長崎(プルトニウム爆弾)に投下した。終戦後すぐに、米国では原子力の平和利用が話題になり、1951年に世界初の原子力発電が米国の高速増殖実験炉EBR-I(150kWe)から始まった。
原爆の開発・利用の歴史から、核爆弾の不拡散には次のような技術項目に対する拡散防止策が必要である。
(1)核物質:濃縮ウラン及びプルトニウム239の移転と製造技術、
(2)核実験:原爆の製造技術とその爆発実験、
(3)輸送:ミサイル開発等の輸送手段の開発又はテロ特有の隠密な輸送手段、
その他、夫々の過程に必要な
(4)科学・技術者等の移転等、にも注意が必要である。
ここでは、核爆弾の不拡散について(1)核物質に関しIAEAの「保障措置(SG)」、(2)核実験に関し「包括的核実験禁止条約(CTBT)」、(3)輸送に関し「拡散安全保障イニシアティブ(PSI)」と「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうための国際行動規範(ICOC)」、及び(4)科学・技術者と情報の外部への移転(国外流出)、に関し「国際科学技術センター(ISTC)」について次章に述べる。
2.国際原子力機関(IAEA)と保障措置(SG:Safeguards)
1953年の国連での米国アイゼンハワー大統領の演説「原子力平和利用(Atoms for Peace)を契機に、1957年にIAEAが発足した。その活動は、核分裂反応、放射線、放射性同位元素等の利用を含む「原子力平和利用」、原子力施設、放射性物質、核物質防護等に関する「安全対策」、及び核物質の利用が平和目的に限る「保障措置(検認活動)」に関連している(
表1)。
表2にIAEAの保障措置制度の概要を示す。
2.1 三者間保障措置協定による核物資等の保障措置(
表2の1参照)
三者間保障措置協定は、二国間協定やIAEAから貸与された核物質や原子力資機材に対する保障措置に関するもので、IAEAの秤量検査、視察管理等による検認から成り、比較的緩やかであった。現在はNPT未加盟国だけが締結する。
2.2 包括的保障措置協定(CSA:Comprehensive Safeguards Agreement)(
表2の2参照)
1960年代には、東西冷戦、民族紛争、宗教紛争等による原爆の拡散が憂慮された。1968年に国連が採択した核不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)は、1970年に発効した。NPTは、締約した非核兵器国に対し全ての核物質を対象にIAEAと「包括的保障措置協定(CSA)」の締結を義務付け、IAEAの保障措置を強化した(
表3)。2012年には、NPT締約国は日本を含め190ヵ国であるが、包括的保障措置協定の締結国は171ヵ国である(
表4)。
NPTの特徴は、安保常任理事国の原爆保有を許し、非核兵器国は原子力利用に際し核物質を核兵器製造等に使用しない事を証明するためIAEAの保障措置を受け入れる事である(
表2の5参照)。インド、パキスタン及びイスラエルは締結していない(
表4)。
2.3 追加議定書(AP:Additional Protocol)(
表2の3参照)
1991-1993年、イラクと北朝鮮の「包括的保障措置協定(CSA)」への違反を契機に、IAEAは保障措置制度を強化・効率化する方策を2年間で検討する「93+2計画」に着手した。1997年、IAEAは現行のCSAの範囲内では不可能な諸方策を実施するため、新たな権限をIAEAに付与する「追加議定書(AP)」を採択した。AP批准国は、IAEAに包括的保障措置協定(CSA)よりも広範で強化された保障措置を行う権限を与えた。2012年6月までに日本を含め138ヵ国が「追加議定書(AP)」に署名し116ヵ国が締結した。
2.4 統合保障措置(IS:Integrated Safeguards)(
表2の4参照)
保障措置の強化は、IAEAの業務の強化につながる事から合理的・効率的方策が検討され、保障措置の実績と信頼を基本とした「統合保障措置(IS)」が新たに導入された。ISは、包括的保障措置協定(CSA)と追加議定書(AP)を組合せた方法であり、一定期間の強化した査察による「保障措置実施報告書」を根拠に核物質の転用が無いという合理的な「拡大結論」を得て、IAEAの検認能力を維持したまま査察回数等の業務の削減を図っている。2008年には51ヵ国がISの拡大結論を得ている。
図1に日本の保障措置の実施体制を示す。日本は、2004年9月から「拡大結論」を得て統合保障措置の適用が始まり、対象施設に対する通常査察の回数が減少している。
3.国連と包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)
国際保障措置を強化するため、1996年に国連で「包括的核実験禁止条約(CTBT)」が採択され、1997年には国際原子力機関(IAEA)でCTBTのモデル議定書が採択された。
同条約の目的は、あらゆる場所での核爆発実験の禁止である。ウィーンに置かれたCTBT準備委員会は、条約の署名、批准促進とともにCTBTの「国際検証制度(IMS:International Monitoring System)」の構築を進めている。IMSは、核爆発を監視する89ヵ国337施設を包含する地球的規模のネットワーク、データ処理・分析を行う国際データ・センター及び地上で証拠を収集する現地査察で構成される。核爆発の監視は、4種類の監視観測所(地震学的監視観測所、放射性核種監視観測所、水中音波監視観測所及び微気圧振動監視観測所)で行われ、2014年2月時点で278施設が完成している。
2013年12月には、署名国は183ヵ国、批准国は161ヵ国である。条約の発効には核技術を持つ44ヵ国の批准が必要であるが、そのうち8ヵ国が未批准国である。内訳は、署名済・未批准国は5ヵ国(米国、中国、エジプト、イラン、イスラエル)、そして未署名・未批准国は3ヵ国(北朝鮮、インド、パキスタン)である。発効促進のため、1999年から2013年9月までに8回の発効促進会議が開かれている。日本は発効促進のため、途上国への技術協力、二国間会談等による署名・批准の働きかけとともに、国内の監視体制を整備している(
表5)。
一方、米国、ロシア等は、核爆発を伴わない
未臨界核実験(臨界前核実験:Subcritical experiment)による核実験を継続している。この技術は、現有の核弾頭の信頼性を維持するためと説明されているが、新兵器の開発につながるとの批判がある。
4.弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範(HCOC:Hague Code of Conduct against Ballistic Missile Proliferation)
2002年11月、オランダのハーグで弾道ミサイル技術の不拡散のため、「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範(HCOC)」が採択された。同規範は拘束力を持たないが、宇宙ロケット開発計画を進める国は、計画の公表、実験・成果の報告、国際オブザーバの招待、宇宙ロケット発射実験の事前報告等により計画全体の透明性を示しその成果を弾道ミサイルに利用しないための信頼を醸成する(
表6)。
参加国は、定期的に会合を開催し、実質上や手続面の全ての決定を行うとともに、会合で規範の運用を明確にし、レビューして行動規範の発展を図っている。
2013年8月には136ヵ国が参加している。中国、インド、パキスタン、北朝鮮等は参加していない。日本は、安全保障、地域や世界の平和と安全のために、HCOCの信頼醸成を進めるとともに、様々な場を通じて非参加国にHCOC参加を働きかけている。
5.拡散安全保障イニシアティブ(PSI:Proliferation Security Initiative)
2003年、米国ブッシュ大統領は大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散を懸念し、「拡散安全保障イニシアティブ(PSI)」を提案した。PSIは、核爆弾などの大量破壊兵器や弾道ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法と国内法の範囲内で参加国が共同してその移転と輸送を阻止する手段を検討・実施する取組みである。それまでは、各国が独自に輸出管理等を実施してきたが、PSIの下では各国が、自国の領域内に限らず他国と連携し、大量破壊兵器等の拡散を物理的に阻止する。この考え方は、「阻止原則宣言」(Statement of Interdiction Principles)にまとめられ、PSIにおける活動の指針となっている(
表7)。
PSIの主な活動内容は、
(1)阻止訓練:陸上・海上・航空等、様々な形態の阻止訓練を世界各地域において実施、
(2)アウトリーチ活動:参加国・協力国の範囲を拡大し拡散阻止を図る活動、
(3)その他:PSIの法的問題の検討、
などである。
2010年に、98ヵ国がPSIの活動の基本原則や目的に対する支持を表明し、実質的にPSIの活動に参加・協力している。アジアのPSI参加国は、ブルネイ、カンボジア、日本、韓国、モンゴル、フィリピン、シンガポール、スリランカの8ヵ国である。日本は、国の安全保障の向上のためPSIの活動に積極的に参加し理解促進を図っている。
6.科学技術者と国際科学技術センター(ISTC:International Science & Technology Center)
1991年の旧ソ連の解体により、原爆などの大量破壊兵器開発に関与してきた多くの科学・技術者の国外流出を防止し新たな研究開発の機会を提供するため、1994年に日本、米国、欧州連合(EU)及びロシアにより、「国際科学技術センター(ISTC)」がモスクワに設立された。2012年までの対象分野は、基礎研究、核融合、エネルギー、原子力安全、医学、電気工学、材料、宇宙・航空等の多岐にわたる。プロジェクト数は計2,753件、研究費は延べ約8億6千万ドルとなっている。そのうち、日本政府は約6,400万ドルを支援している。
<図/表>
表1 IAEAの目的と権限
表2 IAEAの保障措置
表3 NPTの概要
表4 NPT締約国とIAEA保障措置協定締結国(2010年5月13日)
表5 国際監視制度(IMS)における日本の監視施設の概要
表6 弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範の一般的措置
表7 拡散安全保障イニシアティブ(PSI)の阻止原則宣言の概要
図1 保障措置実施体制(日本の例)
<関連タイトル>
IAEAの保障措置 (13-01-01-05)
核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢(〜1998年) (13-05-01-03)
原子力関連機器の輸出に関する規制 (13-05-01-04)
核兵器の不拡散等をめぐる国際情勢(1998年〜2004年) (13-05-01-05)
保障措置のあらまし (13-05-02-01)
保障措置の強化・効率化方策 (13-05-02-18)
包括的保障措置協定の追加議定書 (13-05-02-20)
統合保障措置 (13-05-02-21)
核物質管理センター (13-02-01-01)
旧ソ連・東欧諸国へのIAEAによる協力・支援 (13-03-01-01)
包括的核実験禁止条約(CTBT) (13-04-01-05)
<参考文献>
(1)外務省、軍縮・不拡散、IAEA保障措置(1)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/iaea/kyoutei.html
(2)外務省、軍縮・不拡散、IAEA保障措置(2)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/iaea/gitei.html
(3)外務省、軍縮・不拡散、IAEA保障措置(3)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/fuhenka.html
(4)外務省、軍縮・不拡散、IAEA保障措置(4)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fukaku/safeguards.html
(5)外務省、軍縮・不拡散、核兵器不拡散条約(NPT)、概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/gaiyo.html
(6)外務省、包括的核実験禁止条約(CTBT)、概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/ctbt/gaiyo.html
(7)外務省、軍縮・不拡散、拡散安全保障イニシアティブ(PSI)、阻止原則宣言(仮抄訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fukaku_j/psi/sengen.html
(8)外務省、軍縮・不拡散、弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/mtcr/hcoc_gai.html
(9)外務省、科学技術、国際科学技術センター(ISTC)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/technology/istc_1.html