<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 原子力施設による健康影響
<小項目> 放射線事故
<タイトル>
米国ハンフォード再処理施設における241Am被ばく事故 (09-03-02-08)

<概要>
 1974年米国ハンフォード再処理施設で起きた241Amの大量人体摂取事故で、イオン交換樹脂のカラムの爆発事故で64才の作業者が約1ミリキュリーもの放射能を体内に取り込んでしまった。1年半に及ぶキレート剤の連続投与により急性効果の発現を免れ、回復し、事故後11年目に通常の病気で死亡した。遺体について精密な体内放射能放射化学分析が行われ、結果は公表された。
<更新年月>
1998年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.事故の経過
 1974年8月30日の未明に米国の核施設ハンフォードで起きた大量の241Amによる人体汚染事故が起きた。再処理工場でアメリシウムの回収のため、イオン交換樹脂に吸着させた高濃度の241Amのカラムを、規則で放置が禁止されていたにも関わらず、ストライキのためそのまま放置された。ストライキの終了後、抽出のため硝酸を注入した際、ニトロソ反応のため異常が起こり、監視していた作業員1名が異常に気づいてグローブボックスに近ずいて覗き込んだ時に爆発が起こり、鋼鉄製のグローブボックス窓のガラスの破片と共にアメリシウム強硝酸溶液を顔面に浴び、傷口などから大量の241Amを体内に取り込んてしまった。その量は約1ミリキュリー(37MBq)と推定され、当時の最大許容量の1万倍を超える史上最大の人身事故となった。患者は白人で64才という高齢であったが、直ちにハンフォードの緊急医療施設に収容された。
2.事故後の処置
 ハンフォードの緊急医療施設では、直ちに顔面などの除染が行われ、同時に行われたキレート剤の静脈注射が開始された。キレート剤としては、初期には、毎日 DTPA-Ca 1グラムが、後期にはDTPA−Zn 1グラムが投与された。除染とキレート剤の投与が1年半にわたって続けられ、外部放射線の身体計測や尿分析、血液検査などが続けられた。1年半に及ぶキレート剤の連続投与により、尿中に総量で約1ミリキュリー(37MBq)の241Amが排泄され、幸いにも急性効果の発現をまぬがれ、退院させることができた。事故後の処理は、バテル研究所を中心とするチームが協力して当たり、患者には精神科医も付けられたという。
3.事故者の遺体の解剖結果
 この患者は、事故後11年を経過して普通の病気で死亡した。そして遺体は、患者の生前の承認によりハンフォードの米国超ウラン元素国家登録(US Transuranium Registry)の病院で解剖され、USTUR Case 0246として臓器中のプルトニウムの精密な分析結果が公表されている。それによると、体のアメリシウム負荷としては、540kBqが残り、その90%は骨格に、5%が肝臓に、4%が筋肉及び脂肪に認められた。キレート治療が行われたにも関わらず、患者は数Gyの被ばくを受けた。障害としては、病理的変化として周辺柱型の繊維症と血液計数の変化だけが認められた。
4.事故の内容の報告
 この事故の経過、障害の状況、処理の全体についての多数の論文がまとめてHealth Physics誌に特集号として発表されている。爆発に至るまでの経過や原因、具体的な状況については米国エネエルギー省(DOE)の事故報告書に詳しい。事故後の処理の研究成果に関しては、Thompsonがまとめている。
 事故後の状況は、1983年に発表されたHealth Physics誌に発表された11の論文に詳細に報告されているが、その中で事故の様相を示すものとして次の二つのデータを示す。
 事故時の顔面の汚染状況に関しては、ガンマカメラ(*1)で取られた顔面の汚染は、 図1 に示すように、特に瞼の部分の汚染は、創傷との複合のため非常に除染しにくく、大量の体内侵入の原因となったとされている。毎日の除染の効果と尿中排泄の計測結果や、血液像の変化等が詳細に追跡調査されている。観察は退院後も続き事故後5年間に及んだ。241Amは、アルファ線と共に60keVのガンマ線を放出するので、体外計測が容易である。体幹部での放射能の分布を示すプロフィルスキャン(*2)の時間的経過を 図2 に示す。これによると大部分が肝臓の部分にあり、時間と共に減少していった。それと共に骨への分布も示されている。
5.事故の持つ意義
 本事故は、人体摂取量がアルファ放射体としては史上最大であり、当時の最大許容量の約1万倍という摂取量、かつ吸入と汚染創傷侵入が複合した最も複雑な事例でありながら、1年半にわたるキレート剤の長期投与により急性効果を完全に防止したものとして高く評価されている。被ばく者が64才という高齢であったため、急性効果の発現を抑えれば、発がんの危険性は殆ど無視できるという予測ができたのは、好運と言うべきであった。事故者の氏名や写真が公表されたのも初めてである。
 この事故の処理の報告を読んで考えさせられることは、心理学者の論文にもあるが、事故の治療的処理が成功した後も、被害者の近隣住民が被害者の自宅への帰宅を拒否したことである。このため、被害者はその後も除染施設の付近に設置したトレーラーハウスに妻と愛犬と共に住むことを余儀なくされ、徐々に段階的に近隣住民との接触をはかり、教会等への短期訪問や、友人のトレーラーハウスへの招待などを経て、かなりの時間の後、やっと自宅への帰宅が隣人たちに受け入れられたという事実がある。もう一つの問題点は、初期の除染後、患者の収容を予定していた隣接の大病院が、汚染患者によって検査サンプルが汚染されているという理由で、各種の医学検査も拒否するところとなったことである。このため、急遽、付近にあったバテル研究所のBiology Divisionのプルトニウムに関する犬の実験のための検査システムや検査要員が動員され、患者は緊急除染施設の中にベットや安楽椅子を持ち込み、そこで1年もの間、入院生活をさせざるを得なくなってしまったという。このことは、汚染患者に対して、通常の病院は役にたたないことを示すものとして考慮を払う必要があることを教えてくれる。
 この症例は1例ではあるが、アメリシウムの最大の身体負荷を持ち、また最長のキレート剤治療を受け、有効な効果を得たものとして価値があり、しかもチーム研究の形での広範な経過があらゆる角度から詳細に科学論文として今までに報告されており、かつ死後の身体のアメリシウムの分布量の正確な分析データまで公表されたものであることから、科学的価値が非常に高いデータとなった。この症例は、殆ど類似の体内挙動をもつプルトニウムの事故対策に対するモデルとしても価値が高いと考えられる。

[用語解説]
*1 ガンマカメラ
 位置検出のための多数の放射線検出器の複合体からなる検出部門と計算回路との組み合わせでで体内のガンマ放射体の位置情報を検出する測定器

*2 プロフィルスキャン
 体軸の方向での放射性物質の分布を調べる計測法で、指向性のある検出器を体に沿って動かして放射能強度を記録して示す装置
<図/表>
図1 顔面の創傷汚染の状況
図2 アメリシウムの体軸方向分布の時間的経過

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<参考文献>
(1)松岡 理:放射性物質の人体摂取障害事故の記録−過去の過ちの歴史になにを学ぶか−、日刊工業新聞社(1995)、p.101-104
(2)Energy Research and Developement Administration:Report of Investigation of the Chemical Explosion of Anion Exchange Resin Colum and Resulting Americium Contamination of Personel in the 242-Z Bulding,August 30,1976,Richland Operation Office, Richland, Washington, Oct. 1976(DOE報告)
(3)R.C.Thompson(Guest Editor): 1976 Hanford Americium Exposure Incident,Overview and Perspective,Health Physics,45(4),837−845(1983)(事故処理の総括報告)
(4)H.E.Palmer,G.A.Rieksts and E.E.Icayan: 1976 Hanford Americium Exposure Incident,In vivo Measurements,Health Physics,45,893-916(1983)(体外計測の結果報告)
(5)USTUR: Annual Report of the United States Transuranium and Uranium Registries,April 1992 - September 1993,USTUR,Wahington University,Richland,Wahington(遺体の解剖分析結果)
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