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<概要>
 中性子導管は、原子炉加速器で発生した中性子線を、遠方に設置された実験装置へ強度を落とすことなく輸送するための機器であり、中性子線が光と同様に波としての性質があり、微小な反射角度では全反射する原理を応用している。中性子線導管の設置によって、従来原子炉等の周囲だけに設置が可能であった高中性子束による中性子ビーム実験研究用の装置を、遠く離れた場所に多数設置することが可能となった。(独)日本原子力研究開発機構のJRR-3M、京都大学原子炉実験所のKURなどでは、中性子線導管を設置し中性子回折散乱による物性研究や、中性子ラジオグラフィによる非破壊試験研究、即発γ線放射化分析による極微量化学分析など様々な実験・研究に利用される装置を原子炉から離れた場所に設置している。
<更新年月>
2010年02月   

<本文>
1.中性子導管の原理
 中性子導管は中性子が光と同様に微小な入射角度では全反射する原理を応用したものである。中性子導管は、表面を研磨し高い平滑度を持ったガラス上に、ニッケルなど中性子に対して干渉性散乱断面積が大きく、吸収の小さい金属膜を約2000Å(オングストローム)の厚さに形成させた鏡面を反射面として利用する。反射面を内側にした角型の筒状にしたものを接続し、10〜50mの長い導管を形成している。JRR-3Mに設置されている中性子導管の外観を図1に、中性子導管の仕様を表1に示す。この中性子導管には、直線状に中性子を取り出す配置の直導管と曲率をつけて配置する曲導管がある。直導管は、比較的高速の中性子が輸送できる反面、原子炉等を直接視するため実験のバックグラウンドとなるガンマ線高速中性子の混入率が高くなる。一方、曲導管では、高速の中性子のように曲率に対応しないエネルギー領域の中性子は導管を突き抜けてしまうため、実験に必要な速度領域の中性子のみを輸送することが可能となる。
2.我が国の中性子導管の現状と将来
 我が国最初の中性子導管として、1973年に京都大学原子炉実験所の研究用原子炉KUR(5MW)にニッケル導管が設置された。(独)日本原子力研究開発機構のJRR-3M(JRR-3の改造炉、1990年3月臨界達成、1991年6月共同利用運転開始)では、我が国で最初の本格的な冷中性子源とともに全長約50mにおよぶ中性子導管5列とその利用施設が設置されている。図2にJRR-3Mの中性子導管群(T1、T2:熱中性子導管、C1、C2、C3:冷中性子導管)と設置されている実験装置名を示す。近年、中性子導管の高度化を目的として、人工多層膜を応用したスーパーミラー導管の開発が我が国を始め欧米各国で進められている。スーパーミラー導管は既設のニッケル導管と異なり、ニッケルとチタンを交互に積層させたNi/Ti多層膜スーパーミラー(図3)とし、さらに、0.2mm間隔で50層に重ね合わせて反射率を90%にしたものを両面に有する多層膜スーパーミラーを開発している。このミラーを用いた中性子導管集合体により小型冷中性子ビーム分岐装置の出口強度が1.1x106個(cm2os)から理論通り1.6x107個(cm2os)と10倍以上向上した結果が得られている。スーパーミラー導管の採用によって、各種実験における実験精度の向上および新たな中性子ビーム実験の展開が可能となった。
3.熱中性子導管の応用
 中性子は、電荷を持たず電気的に中性であること、X線や電子線などと相補的に物質に特異な相互作用を有すること、磁気モーメントを有することなどの特徴を持つことから、物理研究、化学分析および非破壊試験のプローブとして、幅広い分野で重要な役割を果たしている。
 このプローブとなる中性子を大量に供給する、つまり高中性子束が得られる設備としては研究炉があり、研究炉から中性子を効率良く実験設備(例えば、中性子散乱実験用の機器、中性子ラジオグラフィの設備等)へ導くために中性子導管が使用される。原子炉を使ったこれまでの実験設備は、原子炉本体に近い場所に設置し、原子炉の実験孔から直接中性子を取り出して使用していた。しかし、中性子導管を本格的に導入したJRR-3Mでは二つの実験孔を対象に各々2列(直導管)および3列(曲導管)の中性子導管を設置し、約20台の実験装置に中性子を提供できることになった。各々の実験装置では、中性子回折、中性子ラジオグラフィおよび放射化分析の実験が行われており、中性子導管を活用しなければ、JRR-3Mの実験装置の数はおよそ1/3に減少していたことになる。特に冷中性子源装置のある水平実験孔には、3列の中性子導管が取りつけられており、炉室外に設けた実験利用専用の建家に冷中性子を導き、大型の計測装置を必要とする小角散乱実験を可能にしている。さらに冷中性子源設備は、水素を液化するための低温装置と、入熱を防ぐ断熱装置としての高真空を持つ大型設備であることもあり、多数の冷中性子源設備を設置することはできないことから、複数の中性子導管を設置することによって多数の実験者に冷中性子を提供することが可能となった意義は大きい。冷中性子ビームは、「水の分布」の測定が重要な植物(農業)の研究に使用が増えることが期待できるとともに、非破壊の化学分析ができることから、食品に含まれる重金属などの元素分析のための利用が増えることが期待できる。さらに、冷中性子ビーム分岐装置の技術は、茨城県東海村のJ-PARCの中性子ビームラインなどにも適応可能であり、今後の中性子研究を推進する様々な利用が期待されている。
 中性子導管を利用する例としては、上記のように多くの設備に中性子を供給するばかりではなく、中性子源から実験設備まで中性子を搬送する間の中性子のエネルギー(波長)に注目し、中性子ビームの全反射角度となるように中性子導管に特定の曲率をもたせて設置する曲導管の場合には、特定のエネルギーを持つ中性子を選択的に取り出すことができる。また実験装置と直接的に結ばれない曲導管は、γ線の混入割合の低い中性子束を得ることができる等、中性子を選択的に取り出すフィルターとしての利用の方法もある。γ線混入割合の低い中性子束が得られることによって、医療照射や生物の照射実験、中性子ラジオグラフィの利用等には極めて有効となる。
 この他、中性子がなめらかなガラスの表面で反射する性質を利用し、特殊なグラスファイバーを束ねたマルチキャピラリーファイバー(多重毛細管)の中を通して中性子を集束させる中性子集束レンズの開発が行われている(図4参照)。これも中性子導管の技術を応用した例であり、エネルギーの低い強力な冷中性子束が得られることになる。
 以上のように中性子導管の利用は、これまでに用いられた単に中性子を効率よく外部に導き出すことのみならず、中性子エネルギーの選別やγ線の混入率を下げるフィルターとしての活用や、中性子を集束させるレンズのような働きを持つものの開発が行われる等、その応用範囲がますます拡大されている。
(前回更新:1998年12月)
<図/表>
表1 JRR-3Mに設置されている中性子導管の特性
表1  JRR-3Mに設置されている中性子導管の特性
図1 Ni/Ti多層膜スーパーミラー中性子導管の外観
図1  Ni/Ti多層膜スーパーミラー中性子導管の外観
図2 JRR-3M中性子ビームホールおよび実験装置
図2  JRR-3M中性子ビームホールおよび実験装置
図3 中性子反射鏡の原理
図3  中性子反射鏡の原理
図4 マルチキャピラリーファイバー中性子集束レンズ
図4  マルチキャピラリーファイバー中性子集束レンズ

<関連タイトル>
JRR-3(JRR-3M) (03-04-02-02)
中性子ラジオグラフィの原理と応用 (08-04-01-01)
中性子イメージングプレートとその応用 (08-04-01-02)
冷中性子の発生と応用 (08-04-01-04)
中性子回折・散乱の原理と応用 (08-04-01-05)
RIの物理的作用・効果を利用した製品 (08-04-03-05)

<参考文献>
(1)J. P. Barton(eds.): Neutron radiography(4), Proceedings of the Fourth World Conference Gordon and Breach Science Publishers(1992)
(2)J. C. Domanus(ed): Practical Neutron Radiography, Kluwer Academic Publishers(1992)
(3)放射線照射振興協会:特集 中性子ラジオグラフィ、放射線と産業、42、(1998)
(4)Allen, B.J., Bergqvist, l., Chrien, R.E., Gardner, D and Poenitz, W.P.(eds.):Neutron Radiative Capture pp187-213, Pergamon Press(1984)
(5)日本アイソトープ協会:中性子放射化分析、RADIOISOTOPE, 43(1),(1994)
(6)(独)日本原子力研究開発機構:プレス発表「JRR-3原子炉からの中性子ビーム強度を6倍にすることに成功 −中性子導管のスーパーミラー化−」、平成14年(2003年)7月3日
(7)(独)日本原子力研究開発機構:プレス発表「冷中性子ビーム分岐装置の小型実用化に成功 −中性子ビーム利用の機会増加へ−」、平成19年(2007年)9月27日、http://www.jaea.go.jp/02/press2007/p07092701/index.html
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