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<概要>
 重粒子線(炭素線)を利用するがんや腫瘍の照射治療は、光子線や陽子線には抵抗性のある肉腫や腺がん等の根治が目的である。重粒子線治療の特徴は、重粒子線が身体細胞のDNAに与える高い直接作用と、それによる大きな生物学的効果(RBE)、小さな酸素増感比(OER)及び特有の身体透過特性とブラッグピーク等の利用である。
 重粒子線治療は臨床研究の段階であるが、世界で8施設、日本では4施設が研究開発を進めている。日本は、1994年放射線医学総合研究所が臨床研究を開始した。これまでの患者数は世界で約1万2,800人、日本では約1万1,100人であり、日本が当研究開発に主導的地位を占める。典型的な照射装置はライナックとシンクロトロンで構成され、炭素線エネルギーは130-400MeV、照射野は15cm×15cm、身体内飛程は最大25cmである。
 重粒子線治療は2003年以来「先進医療A‐重粒子線(限局性固形がん)」に認められ、臨床データを蓄積してきた。2015年8月に、日本放射線腫瘍学会は陽子線と重粒子線の評価結果を合わせて報告した:[1]重粒子線治療は、陽子線治療とともに骨・軟部腫瘍、頭頸部及び肝細胞がんで根治治療が可能である。また、[2]小細胞肺がんや治療の難しい頭頸部肉腫、体幹部肉腫で治療効果は優れている、しかし、[3]局所進行の非小細胞肺がん、前立腺がん等に対しては、既存療法との比較データは不足しているため判定は困難であり、さらなる評価には、目的と評価方法等を定めた長期の「前向き研究」が必要である。
<更新年月>
2015年11月   

<本文>
1. 重粒子線治療の概要
1.1 放射線治療と歴史
 図1は、がんの放射線治療法の分類を示す。放射線治療は、放射線の透過力、電離作用、核反応等を利用してがんの根治が可能である。治療方法は、放射線源を体外に置く外部放射線療法と内部に置く内部放射線療法に大別できる。
 放射線照射によるがんの治療は、1895年のレントゲンのX線発見から始まった。
 1896年 独で乳がん、仏で舌がんのX線治療の試み
 1955年 米、LBNL(ローレンス・バークレー国立研究所)が陽子線による臨床研究を開始
 1973年 英、ゴッドフリー・ハウンズフィールドがX線CTを開発
 1977年 米、LBNLがネオン線による重粒子線治療の臨床研究を開始 → 1990年終了(財政難)
 1979年 放射線医学総合研究所が陽子線照射による臨床研究を開始
 1994年 放射線医学総合研究所が重粒子線(炭素線)照射による臨床研究を開始
 2001年 陽子線治療が「先進医療A」の認定を取得、2003年には重粒子線治療が認定を取得
 2015年 先進医療会議で日本放射線腫瘍学会が陽子線・重粒子線治療の評価結果を報告(8月)
1.2 重粒子線治療に期待される長所
(1)重粒子線(炭素線)は放射線に強いがんにも有効
 放射線のRBE(生物学的効果比)とOER(酸素増感比)から治療効果を比較して、重粒子線治療は、従来法に抵抗性の有る肉腫や腺がん、局所進行がんへの効果が期待できる。
(2)重粒子線による照射治療は短時間、周辺組織への影響は小
 重粒子線は比較的高いRBEであることから、治療時間を短縮し治療回数を減らせる。初期の肺がんや肝がんには1〜2回、比較的治療回数の多い前立腺がんや骨・軟部腫瘍でも光子線と比較して約半分の治療回数となる。
(3)日常生活の質を維持
 重粒子線治療は、光子線治療や陽子線治療と同様に手術を要しないので、年齢や体力にほとんど関係なく適用できる。また、患部の形態変化、機能の喪失等は低く、生活の質を維持・向上できる。
1.3 重粒子線治療法の原理・特徴
 上記の重粒子線治療の長所は、以下のような原理による。
(1)重粒子線の直接作用によるDNAの損壊
 図2は重粒子線が身体細胞のDNAに与える影響を示す。重粒子線照射により細胞内で二つの作用(直接作用と間接作用)が起きる。直接作用は、入射した粒子線自体、反跳原子及び核破砕生成物による多くの電離電子によるDNAの損傷である。間接作用は、電離電子と細胞内の水の反応で生じた有害なラジカル(OH)によるDNAの損傷である。この損傷が二重鎖切断に至ると細胞は死滅する。直接作用の割合は間接作用より大きい。
(2)重粒子線の大きな生物学的効果(RBE)と小さな酸素増感比(OER)
 図3は、各種放射線のRBE(Relative Biological Effectiveness)とOER(Oxygen Enhancement Ratio)を示す。RBEは、光子線(X線、ガンマ線)を基準にして放射線が身体細胞に与える影響を示す。放射線治療には大きいRBEが望ましい。日本で利用開発を進めている重粒子線(炭素線)のRBEは光子線の約2.5倍以上である。
 OERは、無酸素状態の身体細胞に放射線照射が与える影響を基準にして、酸素圧の増加に伴い影響が促進される性質を表す。OERが約3の光子線は、細胞内の酸素圧の影響を受け易く照射線量の過不足が生じ易い。OERが約2の重粒子線は、照射線量の過不足は比較的小さい。
(3)重粒子線の透過特性とブラッグピーク
 図4は各種放射線を体表面に照射した際の身体内線量の深さ方向分布を示す。光子線(X線、γ線)は照射面近くでエネルギーを失い、がん細胞の前後にある正常細胞が光子線に曝される。一方、粒子線(陽子線、重粒子線)は一定深さに到達するとブラッグピーク(Bragg Peak)と呼ばれる鋭いエネルギー吸収が特徴である。粒子線は照射面近くでのエネルギー吸収は比較的小さいが、徐々に進行速度が下がるに連れて急激にエネルギーを失うようになり、その結果一定深さで全てのエネルギーが吸収されるブラッグピークを形成する。粒子線とリッジフィルターを利用して得られる拡大ブラッグピーク(SOBP:Spread Out Bragg Peak)の利用は、照射対象の形状に合わせて放射線の吸収位置を調整することができ、正常細胞の被ばく低減に有効である(図5[1])。
(4)分割照射の有効性とがんの根治
 がん細胞は、正常細胞より増殖力は高いが放射線照射に弱い。また、正常細胞より回復力は低い。これらの性質と放射線(光子線、粒子線、重粒子線)の体内吸収分布の特徴を踏まえ、照射放射線の適切な選択・組み合わせ、適切な照射線量の分割照射(複数回に分けて照射すること)によりがんを根治できる。
2. 重粒子線治療の施設と利用
2.1 日本の重粒子線治療施設
 重粒子線治療では、装置の合理的な小型化は大きな課題の一つである。図6は、小型化した「普及型重粒子線がん治療装置」のイメージである。ライナック及びシンクロトロンで炭素線を130-400MeVに加速し、照射野は15cm×15cm、身体内飛程は最大25cmであり、水平照射(一門)、垂直照射(一門)及び水平・垂直照射(二門)の3治療室を備える。大きさは、放射線医学総合研究所HIMACの1/3になる。
 日本には、既に4施設がある:放射線医学総合研究所・重粒子医科学センター病院(千葉県)、兵庫県立粒子線医療センター、群馬大学医学部附属病院、及び九州国際重粒子線がん治療センター(佐賀県)。新しい神奈川県立がんセンターの重粒子線治療施設(i-ROCK)は、2015年2月に放射線障害防止法に基づく原子力規制庁の審査及び施設検査に合格し、装置の最大エネルギー炭素線430MeV発生の成功を経て臨床研究開始へ向けて調整を進めている。
2.2 世界の状況
 2014年時点で、世界には8施設(日本4、中国2、独1、伊1)の重粒子線治療施設がある。重粒子線治療を受けた患者数は世界で約1万2,800人、そのうち約1万1,100人は日本、約1,400人はドイツであり(表1)、日本は重粒子線治療研究で主導的な役割を果たしている。
2.3 新しい照射技術の開発
 放射線医学総合研究所では、正常細胞の被ばくを小さくする技術開発を進めている。
(1)3次元スキャニング照射法の開発
 図5[1]に示す従来の「拡大ビーム照射法」では、加速器からの細いビームを広げてコリメータにより腫瘍の断面形状に合わせ、照射深さはリッジフィルターやボーラスを用いて調整している。この技術を生かしながら、2010年に呼吸に伴い動く腫瘍を照射する「2次元呼吸同期照射法」の開発に成功した。さらに、加速器からのビームをそのまま腫瘍の形に合わせてスライスするように照射する「3次元スキャニング照射法」の開発を進めている(図5[2])。 
(2)呼吸同期3次元スキャニング照射法の開発
 上記の3次元スキャニング照射法に適合する呼吸同期照射法を開発するため、呼吸位相同期リペインティング法(PCR:Phase Controlled Repainting)を検討している(図7)。この方法では、呼吸に合わせ腫瘍の1つのスライスを重ね塗り(リペインティング)するように照射する。照射ビーム強度をスライス毎に制御するシステムを開発しており、各スライスを呼吸位相に合わせ何度も塗るように照射し均一な線量分布を得る。図7[1]と[2]はリペインティングの有無を比較するシミュレーション結果である。PCR法は、より均一な線量分布が得られる。
(3)重粒子線回転ガントリーの開発
 患者の負担軽減と治療精度の向上及び治療時間の短縮のため、患者の体位は変えないで任意の方向から照射できる重粒子線回転ガントリーの開発を進めている(図8)。この装置と上記3次元スキャニング照射法を組み合わせ、重粒子線の正確かつ効率的な強度変調放射線治療(IMRT:Intensity Modulated Radiation Therapy)が可能になる。
3. 重粒子線治療法の評価
3.1 先進医療の重粒子線治療
 「先進医療」は厚生労働大臣が認める高度な医療技術を用いた治療制度であり、その成果により健康保険への適用が検討される。2015年11月には108(A:62、B:46)種類の医療技術が「先進医療」と認められ臨床研究中である。重粒子線治療は、先行するデータを基に2003年に先進医療A「重粒子線(限局性固形がん)」に認められ、4機関が臨床研究を続けている。
3.2 先進医療会議の評価(2015年8月)
 2015年8月の先進医療会議において、日本放射線腫瘍学会 粒子線治療委員会は陽子線治療及び重粒子線治療の評価結果を併せて報告した(表2)。重粒子線の評価報告の概要は以下の通りである。
 重粒子線治療は、骨・軟部腫瘍、頭頸部及びX線照射で治療が困難な肝細胞がんで根治治療が可能である。I期非小細胞肺がんや治療の難しい頭頸部肉腫、後腹膜・骨盤など体幹部肉腫で重粒子線治療は優れている。しかしながら、局所進行の非小細胞肺がん、前立腺がん等に対する重粒子線照射の治療効果は見られたが、X線治療等の既存の治療法との比較は症例数の不足、比較条件の差異等の理由で限界があった。この結果は、いわゆる、チェック&レビューの「後ろ向き研究」の限界である。さらなる評価には、10年以上の長期を要するが、目的と評価方法等を定めた「前向き研究」が必要である。また、重粒子線照射の骨・軟骨腫瘍、頭頸部がん、肝臓がん及び肺がんへの効果は明らかで治療施設もあり、それへの保険適用は妥当であろう。
(前回更新:2009年2月)
<図/表>
表1 粒子線治療の世界の患者数
表1  粒子線治療の世界の患者数
表2 重粒子線治療の検討結果、先進医療会議 2015.08.06
表2  重粒子線治療の検討結果、先進医療会議 2015.08.06
図1 がんの放射線治療法の分類
図1  がんの放射線治療法の分類
図2 重粒子線が細胞のDNAに与える損傷、直接作用と間接作用
図2  重粒子線が細胞のDNAに与える損傷、直接作用と間接作用
図3 放射線照射による身体の生物学的効果比(RBE)と酸素増感比(OER)
図3  放射線照射による身体の生物学的効果比(RBE)と酸素増感比(OER)
図4 身体内の各種放射線の線量分布
図4  身体内の各種放射線の線量分布
図5 がん照射技術の開発
図5  がん照射技術の開発
図6 普及型重粒子線がん治療施設の概要
図6  普及型重粒子線がん治療施設の概要
図7 呼吸同期3次元スキャニング照射法の開発
図7  呼吸同期3次元スキャニング照射法の開発
図8 強度変調型重粒子線治療法-重粒子線回転ガントリーの開発
図8  強度変調型重粒子線治療法-重粒子線回転ガントリーの開発

<関連タイトル>
放射線によるがんの治療(手法と対象) (08-02-02-02)
放射線によるがんの治療(特徴と利点) (08-02-02-03)
RI小線源によるがん治療 (08-02-02-04)
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高エネルギー加速器の医学での利用(陽子線によるがん治療) (08-02-02-06)
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)
線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)
放射線の種類と生物学的効果 (09-02-02-15)
放射線医学総合研究所 (10-04-05-02)

<参考文献>
(1)早川和重:「がん放射線治療の基礎知識」、日本消化器学会教育集会、2010、http://www.jsgs.or.jp/cgi-html/edudb/pdf/20100041.pdf
(2)武本充広ほか:「放射線療法」、岡山医学界雑誌、120(12)、313-320(2008)
(3)(独)放射線医学総合研究所、重粒子医科学センター:がん治療の決め手は放射線
(4)辻井博彦:「がん治療における重粒子線治療の現状と将来」、Vita,Vol.32,No.1/1?2?3,30-37(2015)、http://ryushisen.com/pdf/msr1-tsujii.pdf
(5)(公財)医用原子力技術研究振興財団:普及型重粒子線がん治療装置、http://www.antm.or.jp/05_treatment/0208.html
(6)(独)放射線医学総合研究所:新治療研究棟の紹介、研究内容・成果
(7)厚生労働省:第33回先進医療会議、資料 先-5、27.8.6、「粒子線治療」日本放射線腫瘍学会、http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000093345.pdf
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