<本文>
1. 放射線治療の概要
がんの放射線治療は、放射線の透過力と電離作用等を利用し、がん細胞の壊死による根治が目的である。放射線治療は日本では約30%のシェアを占め、根治から緩和医療まで、年齢制限は殆ど無く、治療時間は短く、身体への負担が軽く、さらに対象器官の形態と機能を維持できることから、さらに利用の途が広がると予想される。
図1は、がんの放射線治療法の分類である。放射線治療は、放射線源を体外に置く外部放射線療法と、内部に置く内部放射線療法に大別できる。外部療法には光子線と様々な粒子線が利用されるが、ここでは陽子線治療について述べる。
2. 陽子線治療の特徴
2.1 原理と特徴
(1)陽子線の透過性とブラッグピーク
図2は各種放射線を体表面に照射したときの体内分布を示す。光子線(X線、γ線)は照射面近くでエネルギーを失い、人体内深くに入るに従い徐々に吸収され線量が低下する。そのため、がん細胞の前後にある正常細胞の光子線被ばくが起きるため、正確ながん照射のために様々な技術が開発され利用されている。一方、粒子線(陽子線、重粒子線)は、照射面近くでのエネルギー吸収は比較的小さいが、徐々に進行速度が下がるに連れて急激にエネルギーを失うようになり、その結果一定深さで全てのエネルギーが吸収されるブラッグピークを形成する。
(2)陽子線の集中性
図3は、陽子線の調整方法の例を示す。陽子線は荷電粒子線であるので、磁場を利用して細く絞れる。さらにファインディングレーダで陽子線のエネルギーをがんの位置に合わせて微調整できる。リッジフイルターは、がん厚さに合わせて拡大ブラッグピークを作る。このようにして、陽子線は的確にがんや腫瘍に合わせて照射できる。
(3)多門照射による陽子線の集中
図4は、体内のがんの2門照射(2本ビーム照射)による光子線治療と陽子線治療の模式図である。陽子線は、X線照射と比較してがんの前後にある身体組織の被ばくを小さくできる。
(4)陽子線の
DNAへの直接作用
図5は、陽子線が細胞のDNAに与える影響を示す。陽子線照射により、細胞内で二つの作用(直接作用と間接作用)が起きる。直接作用では、陽子線が細胞内の原子と衝突し、その結果発生する電離電子、反跳原子、核破砕片に加え、陽子線自体が、がん細胞のDNAを直接損壊する。間接作用では、陽子線と標的原子の衝突で発生した電離電子が水を分解してラジカル(OH
・)を生成する。このラジカルは間接的にがん細胞を損壊する。この損壊で、DNAの二重鎖構造が切断されるとがん細胞が死滅する。陽子線の場合、直接作用の割合は間接作用より大きい。
(5)光子線照射技術の利用
陽子線の生物学的効果(RBE:Relative Biological Effectiveness)は光子線の1.0に対して1.1なので差異は小さい。陽子線の酸素増感比(OER:Oxygen Enhancement Ratio)も、光子線の3.0にほぼ等しいので、陽子線照射の際の患者の状態が、光子線と同様にがんの吸収線量に影響し易いと言える。しかし、多くの光子線治療のデータと技術を陽子線治療に利用できることは大きな利点である。
(6)分割照射でがん細胞の死滅。
図6は、照射線量とがん細胞及び正常細胞の死滅割合の関連を示す。がん細胞は、正常細胞より増殖力は高いが放射線照射に弱い。また、がん細胞は、正常細胞よりDNAの回復力は低い。図の曲線[1]はがん細胞が正常細胞より低い照射線量で死滅することを示し、曲線[2]は正常細胞の死滅の様子を示す。曲線[1]と[2]の利害を示す曲線[3]から、適切な照射線量が分かる。また、がん細胞の回復力は正常細胞に劣ることから、照射線量と回復時間の適切な設定による分割照射によりがんを根治できる。
さらに、分割照射の間にがんが縮小して酸素が供給され易くなると、がんの放射線感受性が高くなる再酸素化が起きる。その結果、照射によるがん細胞の死滅が更に進み、正常細胞の回復がより進む。
3. 陽子線治療の状況
3.1 照射治療の対象
陽子線治療法は、1955年に米国ローレンス・バークレイ研究所が世界に先駆けて研究を開始し、日本では1979年に放射線医学総合研究所が、1983年には筑波大学が臨床研究を開始した。2001年に先進医療A(国が定める高度医療の制度)に認められ、2015年時点では
表1に示す10機関が臨床研究を実施している。
表2は、先進医療の対象を示す。陽子線治療の共通の適応条件は、[1]遠隔転移・リンパ節転移がない(原発性)、及び[2]何らかの理由で手術困難な腫瘍(がん)である。
3.2 照射治療施設
図7は、陽子線治療装置・設備の例である。陽子線治療には、体内飛程:数mm〜30cm、照射野:20〜30cmφ、線量率:2〜5Gy/minが必要であり、これを満足する陽子線のエネルギーは数10〜240MeV(光速の約80%)、陽子線の電流は20〜100nAである。陽子線は、サイクロトロンやシンクロトロンなどの加速器で水素イオンを加速して得る。
3.3 国内外の状況
2015年時点では、陽子線治療ができる機関が日本には10ヶ所、世界には46ヶ所ある。世界的に陽子線治療患者数は年々増加しており、世界の患者数は9万5000人以上、国別では、米国4万4,500人、日本1万3,900人、フランス1万1,400人、スイス7,000人、ロシア6,700人などである。米、英、カナダ、オランダ、スイス、ベルギー及び韓国では保険が適用されている。
3.4 先進医療と陽子線治療
(1)概況
先進医療は、厚生労働大臣が定める医療施設で行われる高度な医療技術を用いた治療のことで、将来の健康保険適用が検討されている。2001年に先進医療Aの「陽子線(限局性固形がん)」に認められ、悪性腫瘍を主な対象に10機関が臨床研究を実施している。
(2)先進医療会議の評価(2015年8月)
2015年8月の先進医療会議において、日本放射線腫瘍学会は「粒子線治療」の成果の検討結果を報告した。
表3は各種がんの評価結果の概要を示す。報告の概要は以下のとおりである;多くの文献と治療データを基に、X線治療と陽子線治療(及び重粒子線)による効果を比較・検討した。小児腫瘍、骨・軟骨腫瘍、頭頸部がん、肝臓がん及び肺がんでは陽子線の優位が認められた。しかし、前立腺がん、一部の肝臓がん、肺がんについては症例数が少なく、また条件が異なっており陽子線の優位性は示せなかった。当面これ以上の評価は困難である。粒子線治療の効果が明らかながんや腫瘍には、保険適用が望ましい。
(前回更新:2005年2月)
<図/表>
<関連タイトル>
重粒子線照射によるがんの治療 (08-02-02-01)
放射線によるがんの治療(手法と対象) (08-02-02-02)
放射線によるがんの治療(特徴と利点) (08-02-02-03)
RI小線源によるがん治療 (08-02-02-04)
中性子を用いたがんの治療(中性子捕捉療法) (08-02-02-05)
放射線によるがん治療の現況 (08-02-02-19)
光子線・電子線によるがん治療 (08-02-02-20)
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)
線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)
放射線の種類と生物学的効果 (09-02-02-15)
<参考文献>
(1)早川和重:「がん放射線治療の基礎知識」、日本消化器学会教育集会、2010、
http://www.jsgs.or.jp/cgi-html/edudb/pdf/20100041.pdf
(2)武本充広ほか:「放射線療法」、岡山医学界雑誌、120(12)、313-320(2008)、ousar.lib.okayama-u.ac.jp/file/13973/120_313.pdf
(3)辻井博彦:「がん治療における重粒子線治療の現状と将来」、Vita,Vol.32,No.1/1・2・3,30-37(2015)、
http://ryushisen.com/pdf/msr1-tsujii.pdf
(4)(一財)南東北がん陽子線治療センター:放射線治療の中の陽子線治療、
http://www.southerntohoku-proton.com/proton/radio.html
(5)(県立)静岡がんセンター:陽子線治療のご案内、対象となる疾患と適応条件、各部位の疾患と適応条件
(6)静岡がんセンター:陽子線治療のご案内、陽子線治療に使用する装置
(7)厚生労働省:第33回先進医療会議、資料先-5、27.8.6、「粒子線治療」日本腫瘍学会、
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000093345.pdf
(8)高エネルギー加速器研究機構:切らずにがんを治す(1)
http://www2.kek.jp/ja/newskek/2003/julaug/photo/cancer12.jpg
(9)高エネルギー加速器研究機構:切らずにがんを治す(2)
http://www2.kek.jp/ja/newskek/2003/julaug/cancer2.html
(10)厚労省:先進医療を実施している医療機関の一覧、
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan02.html