<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は原子炉熱中性子とがん組織に取り込まれたホウ素化合物との核反応によって発生する粒子放射線(α線7Li粒子)によって、選択的にがん細胞を殺すという原理に基づくがん治療法である。
 がん組織に選択的に取り込まれるホウ素化合物の開発によってこの治療法の有効性が高まり、京都大学付属原子炉実験所および(独)日本原子力研究開発機構の原子炉を用いて悪性の脳腫瘍と皮膚がんについてこの治療法が行われ、良い成績が得られている。
<更新年月>
2009年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)の原理
 ガン組織に集まり易く、正常組織には集まりにくいホウ素化合物をあらかじめ患者に投与し、がん組織にホウ素化合物が蓄積した時点で、原子炉を用いて正常組織が障害を受けないような線量の熱中性子を照射する。がん組織の細胞に取り込まれたホウ素元素に中性子が当たると核反応(10B(n,α)7Li)によってアルファ粒子とリチウム(7Li)粒子が生じ、これらの粒子は細胞を殺す力が強く、かつ、飛ぶ距離(飛程)が細胞の大きさ程度(5〜10μm)であるので、ホウ素化合物を取り込んだがん細胞が選択的に殺されることになる(図1および図2参照)。
 この治療法の成功のポイントは、がん細胞に選択的に集まるホウ素化合物が得られるようになったことである。対象となるがんは、普通の治療では完治が困難とされている悪性脳腫瘍と悪性皮膚がん(黒色腫)である。
2.歴史と現状
 ホウ素中性子捕捉療法は、1936年に米国のG.L.Locherによりその可能性が提唱され、その後何人かの研究者によって動物実験でその効果が確かめられた。実際に患者についてこれが行われたのは1950年代に米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の医療用原子炉(BMRR)が完成してからのことであり、1950年代にこの原子炉を用いて脳腫瘍の治療が盛んに試みられた。しかし、用いられたホウ素化合物(硼砂、または5ホウ酸ナトリウム)が、がん組織に適切に選択的に蓄積されず、したがって目的とする腫瘍の選択的な照射ができなかったことが主な理由となって、期待した効果が得られないままに中止された。その後しばらく米国での照射例は報告されていなかったものの、1984年には国際中性子捕捉療法学会が設立され、1994年以降BMRRを用いての臨床試験が行われるとともに、マサチューセッツ工科大学(MIT)のMITR−IIによる皮膚がんの臨床試験も行われている。
 一方、日本においては畠中坦(はたなかひろし)教授によってこの方法の臨床研究が辛抱強く続けられ、1968年日本で最初の医療照射がHTR(日立炉)で行われた。その後、がん細胞への選択的蓄積という点でより優れたホウ素化合物(Na2B12H11SH)が開発されるとともに好結果が得られるようになり、近年、国内外でこの療法の有効性についての評価も次第に高くなってきている。
 日本におけるこの療法の推進者は脳腫瘍については、畠中坦教授(故人)、中川義信医師(香川小児病院)、村松明講師(筑波大学)等、皮膚の悪性黒色腫については三島豊教授(神戸大学)等であり、武蔵工大、京大、および旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究炉を用いて治療を行ったが、現在では京都大学原子炉実験所と(独)日本原子力研究開発機構のJRR-4だけである。
3.熱中性子源としての原子炉
 日本で今日までBNCTに使われてきた原子炉は主として武蔵工業大学のMITRR、京都大学のKURおよび旧日本原子力研究所のJRR-2である。表1にこれらの原子炉の特性を示した。MITRRは廃炉となり、また、1996年12月にはJRR-2の運転が永久停止され、1997年度より廃止措置に移行した。現在利用可能な原子炉は、京都大学のKURおよび低濃縮燃料炉心に改造され、1998年10月に運転再開されたJRR-4である。JRR-4に新たに設けられた医療照射設備を図3およびBNCT臨床研究の現状としてJRR-4におけるBNCT実施症例数の平成11年から18年までの推移を図4に示す。
 これらの炉はいずれも研究炉であって医療専用炉ではないので、医療に用いるにはいろいろと不便な点が多い。医療専用炉を設けたいとの強い希望が医療側から出されており、三菱重工業(株)などでその設計が進められている。
 なお、中性子捕捉治療は原子炉療法と呼ぶことがある。
(前回更新:2000年3月)
<図/表>
表1 日本で医療照射に使われた原子炉の特性
表1  日本で医療照射に使われた原子炉の特性
図1 ホウ素中性子捕捉療法の原理
図1  ホウ素中性子捕捉療法の原理
図2 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理と特徴
図2  ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理と特徴
図3 JRR−4の中性子ビーム設備
図3  JRR−4の中性子ビーム設備
図4 BNCT臨床研究の現状
図4  BNCT臨床研究の現状

<関連タイトル>
JRR-4 (03-04-02-03)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
重粒子線照射によるがんの治療 (08-02-02-01)
放射線によるがんの治療(手法と対象) (08-02-02-02)

<参考文献>
(1)原子力産業新聞:1991年 1602号
(2)舘野之男:放射線医学史、岩波書店(1973)
(3)畠中坦:Boron Neutron Capture Therapy for Tumours, 西村書店(1990)
(4)日本原子力研究所研究炉部・材料試験炉部:第1回研究炉・試験炉利用成果発表会報告集、JAERI-Conf、98-007(1998)
(5)松村 明ほか:中性子捕獲療法の現状と将来展望、Isot.News,No.520,p711(1997)
(6)日本原子力研究所研究炉部(編):研究炉利用ハンドブック 改訂第2版(1999年3月)
(7)渡利 一夫、稲葉 次郎(編):放射線と人体、研成社(1999年6月)
(8)(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構:評価委員会議事要旨、htt://www.nedo.go.jp/iinkai/gijutsu/hyouka/jisedaidos/gijiyoushi.pdf
(9)(独)日本原子力研究開発機構:地域病院との連携によるJRR-4を用いたがん治療研究への貢献
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ