<本文>
1.はじめに
慣性核融合の研究は、1960年のレーザーの発明の直後に着想され、大出力のパルスレーザー技術の進展に支えられて、1960年代の後半に研究が始まり、1970年代から1980年代にかけて急速に進み、現在では核融合炉に必要な点火・燃焼の実証が見通せるところまできた。
慣性核融合では、重水素及び三重水素から成る核融合燃料を小さなペレット容器に封入し、そのペレットを巨大な(テラワット=1兆ワット、さらにペタワット=1000兆ワット)尖頭出力をもつパルスレーザーその他のエネルギー・ドライバーで照射し、瞬時のうちに超高温・高密度の燃料
プラズマを作り、それが高温で膨張し、周辺に散逸する前に核融合反応を点火させてしまおうとする方式で、
図1に慣性核融合炉の原理を示す。エネルギー・ドライバーでペレットを照射すると、ペレットを加熱するだけではなく、ペレットの表面部分の層が超高圧力になって外側に吹き出すが、その反作用でペレット中心部分のDT燃料を圧縮してその密度を高くする(爆縮)。これにより密度が普通の個体の粒子密度の数百〜数千倍にもなると燃料の燃焼率が上がり、核融合点火に至る。密度の圧縮率が高いほど必要なエネルギー・ドライバーのパワーは少なくてすむ。この爆縮と加熱を効果的に行わせるため、エネルギー・ドライバー、燃料ペレットには特別の工夫を施こす必要がある。また、ペレットを均一に加熱しないと流体の変形(レーリーテーラー不安定性)のため圧縮できないので、多数のレーザー光を直径1〜2mmのペレットの決まった場所に当てるという超精密な照準が必要である。さらに、爆縮中の様子を精密に計測するための多くの新しい計測法の開発も行われ、並行して進められた大型超高速計算機による解析手法の開発とあいまって、慣性核融合の研究は急速な進歩を遂げた。ただし、核融合炉とするためには爆縮を1秒間に数十回という高速で繰り返す必要があるが、高速繰り返しに関する研究開発は今後の課題である。以下では慣性核融合の装置技術、爆縮加熱過程の物理等の研究の経過を追って述べる。
慣性核融合については、1960年代後半における大出力パルスレーザーの出現によって本格的な研究が可能になり、その後も1970年代から1980年代にわたって大出力パルスレーザーの技術が驚異的な進歩を遂げ、その技術に支えられて慣性核融合の研究も長足の進歩を示した。今日ではパルスレーザー以外にもパルス型の大出力電子ビーム、軽イオンビーム、重イオンビームなど荷電粒子ビームも有力なエネルギー・ドライバーとして登場し、一層多彩な研究が進んでいる。
慣性核融合の重要な研究課題を挙げると:
(1)エネルギー・ドライバーの開発
(2)燃料ペレットの開発
(3)ペレットの爆縮、エネルギー吸収などの物理過程の解明
(4)高繰り返し爆縮技術の開発
(5)慣性核融合炉の炉工学技術の研究開発
に分類できる。もちろんこれらの問題が独立にあるわけではなく、相互に密接な関係をもっている。したがって研究開発も相互に緊密な協力の下で進める必要がある。これら課題の研究現状を述べる前に慣性核融合の基礎的事柄について簡単に触れる。
2.エネルギー・ドライバーの開発
慣性核融合も磁気核融合の場合と同様に臨界条件を達成するためには
ローソン条件を満たす必要がある。この条件は、高温プラズマの温度(T)とプラズマ粒子の密度(n)及びプラズマが閉じ込め容器から散逸して失われるまでの時間(t)で表わされる。これを式で示すと、
T=1億度
nとtの積(n×t)=100兆個・秒/cm
3が臨界条件の目安となる。この条件を慣性核融合の場合に便利なように式を書き換えると、それは温度(T)、燃料の比重(M)及び球状ペレットの半径(R)で表わされ、
T=1億度
MとRの積(M×R)=1グラム/cm
2
が臨界条件の目安となる。さて、ペレットにおける照射エネルギーの吸収効率は、燃料ペレットにおける燃料の比重が大きい程よくなる。したがって、燃料ペレットの照射に際して、燃料が高温による前に充分に圧縮し、比重の大きい燃料にしておくことが重要である。試算によると、燃料を固体の1000倍程度に圧縮できれば、慣性核融合が達成できるものと考えられている。
慣性核融合の研究において使われているエネルギー・ドライバーは主として大出力のパルスレーザーであり、ネオジムガラス(Ndガラス)レーザー、炭酸ガス(CO2ガス)レーザー等が中心になっており、これらのレーザー光は各々赤外線、遠赤外線領域の光で、大出力パルスレーザーの短波長化の研究が進んでいる。基本波が紫外線領域にあるキセノンガス(Xeガス)レーザー、クリプトン(Kr)とフッ素(F)から成るKrFガスレーザーなども将来の慣性核融合用エネルギー・ドライバーの有力候補として期待されている。
現在、慣性核融合の世界的にも代表的な装置は、大阪大学レーザー核融合研究センターの「激光12号」、米国ローレンス・リバモア国立研究所で建設中のNIF、米国ロチェスター大学のOmega60がある。いずれもNdガラスレーザーを用いており、激光12号の12本のレーザービームの総出力は30kJ、これが10億分の1秒以下の極めて短時間に放出されるため、その瞬間的な最大出力は500億kWにも達する。NIFは192本のレーザービームで1.8MJの総出力をもつ。Omega60は30kJ、60ビームである。一方、炭酸ガスレーザーは、そのレーザー発振効率が約10%に達しており、ガラスレーザーその他に比べ約1桁近く高いため将来の慣性核融合炉の有力なエネルギー・ドライバー候補に挙げられている。
以上のほかに慣性核融合のエネルギー・ドライバーとして軽イオンビーム、重イオンビーム等が取り挙げられ、研究が進んでいる。荷電粒子ビームの場合、その生成効率、燃料照射における吸収効率が高い点が魅力となっているが、粒子のもつ電荷の反発力のため、太いビームを小さな範囲に収束することが難しい。
3.燃料ペレットの開発
慣性核融合では10億分の1秒程度という極めて短時間のうちに核融合反応が爆発的に点火されるが、その初期にペレットの表面が蒸発しプラズマ化する。このプラズマは熱膨張によって周囲に向かって噴射し、ペレット内部の燃料はこの噴射の反作用(ロケット効果)によって圧縮される。圧縮されて非常に高い密度に達した燃料球は効率よくレーザー光を吸収して超高温に達し、核融合反応が点火される。
図2にレーザーによる燃料ペレットの圧縮・加熱、さらに点火の過程を示す。
燃料ペレットは、爆縮が対称的に行われるために球形であり、その内部は上に述べた爆縮・加熱のプロセスを効果的に行わせるため幾つかの層に分れたいわゆる“多重層構造”になっている。
図3に最も簡単な三重層構造の燃料ペレットの例を示す。図中、ペレット最外殻のテフロン・アブレータ層はレーザー光の照射によって最初に蒸発して外側に向って噴射する部分で、その内側のガラス・プッシャー層はアブレータ層の蒸発噴射の反作用で内側に押され、その内側に封入されている重水素・三重水素燃料を圧縮する。
4.燃料ペレットの爆縮・加熱過程
燃料ペレットの爆縮・加熱過程で重要なことは、前に述べた対称性よく圧縮することのほかに、圧縮過程の間はできるだけペレット内部を熱しないようにすることが大切である。これは圧縮過程で内部の温度が高くなると、その膨張によって圧縮が効果的に達成できなくなるためである。阪大では、1991年に固体密度の600倍にペレットを圧縮することに成功したが、これは現在でも世界記録である。この成果は一時、慣性核融合を放棄しかけた米国が研究を継続する動機にもなった。現在、慣性核融合の爆縮実験に使われている燃料ペレットは大別すると二つの型に分類することができる。それは直接照射型と間接照射型と呼ばれ、直接照射型の場合は、エネルギー・ドライバーから発射されるレーザー光で直接ペレットを照射する方式であり、間接照射型は、レーザー光をペレットの外側に取り付けた外殻に当て、レーザー光を
X線に変換し、そのX線でペレットを照射する方式である。
最近は阪大ではじめた「高速点火」法が世界の中心となっている。これは爆縮で密度を高めたあとで超高強度のレーザーを入射することにより、コンパクトなレーザーで高利得が得られるものである。現在はペレットの一部に金のコーンを設置して爆縮後のペレットの中心部に第2段の超高強度レーザーが照射できるようにしている。
5.高繰り返し爆縮の技術開発
爆縮を1秒に数十回繰り返すために必要なものは、1)高効率の高繰り返し高出力レーザー、2)秒速数mで動くペレットへの超精密照準技術、3)高繰り返しの高パワーレーザー光で変形、損傷しないミラーなど光学系、4)数十分の1秒で爆縮後のガスなどを排気して再び精密照準が可能な真空に回復する技術、などである。どれも原理は難しくないが、技術レベルは極めて高く、今後相当の技術開発が必要である。たとえば、直径数十cmのレーザー光を直径1mm以下に集光するには超高技術でつくったミラーあるいはレンズが必要であるが、繰り返しの高パワーのレーザー光が当たって僅かでも反射面がひずむと集光はできなくなる。ミラーとプラズマの間には遮蔽を置けないので、超高精度が必要な反射面に核融合反応で生じる
中性子束、粒子束が当たることが避けられない。これを克服したあとに、秒速数mで動くペレット上の決まった場所に精度よく照準することは10年前のスターウォーズ計画(戦略防衛構想、SDI)の技術に匹敵する超高度技術である。これらの技術が開発されれば、他の分野への応用も広いと考えられる。
6.慣性核融合炉の炉工学技術の研究開発
慣性核融合では、磁場を発生するためのコイルや超高真空が必要ないという大きな利点(磁場核融合にくらべて)がある。慣性核融合に付随する難しさとして、壁の損傷が話題になっている。これは核融合の出力エネルギーを運動エネルギーの形で持って出てくる中性子と
アルファ粒子の両方が減速を受けずに直接壁に当たるからである。磁場核融合の場合には、アルファ粒子は磁場に捉えられてプラズマを加熱してエネルギーを失ってから壁(ダイバータ部)にあたるのでアルファ粒子による損傷はそれほど大きくない。中性子のほうは磁場核融合も同じだが、壁のような物質との相互作用が少ないので壁の奥深くまで侵入し、壁の表面に発熱が集中することがないので、アルファ粒子がもろに当たるときほどの大きな表面集中発熱はない。幸い、高真空が必要ないという利点があるので、中性子やアルファ粒子のエネルギーを取りだす
ブランケットには液体リチウムを流す液体ブランケットなどが使用できる可能性があり、その場合にはブランケットの損傷などの問題が少ない。慣性核融合炉では数百本のレーザービームが球形の炉心の壁を貫いてペレットを照射するが、光学の原理で小さな範囲に光を集光するには一定のF数(集光用ミラーの焦点距離をミラーの直径で割った値)が必要で、ペレットから見た立体角の相当の割合にはミラーが設置されて、そこには核融合の出力エネルギーを取りだすブランケットを設置できない。現在はF4〜5程度のミラーを使っているが、その場合、200本のビームで全球面の約半分が埋められてしまう計算になる。ミラーの後ろ側にブランケットを配置する設計が必要であるかもしれない。最近研究が進んでいる高速点火法ではビームの本数を減らせる可能性があるが、いまの実験に使っている金のコーンを炉で使えるかは未知である。多数のレーザービームのために液体ブランケットの流路も制約を受けるので、流体ブランケットが使えるかも今後の研究課題である。
ITERの設計で進展したトカマク型核融合炉に比べると慣性核融合炉の設計は今後さらに検討を進めて技術的成立性を確立する必要があり、それにより開発すべき工学技術の課題およびその優先順位も明らかとなるだろう。
このように慣性核融合の研究開発には幅広い挑戦が多々あり、それらの成果はいままでもそうであったように学術的のみならず産業的にも多くの他の分野に役立つ。わが国の慣性核融合の研究開発は、平和目的で進めている世界唯一の研究開発であるとともに、特に最近の高速点火で代表されるようにわが国は世界の研究開発の主導権を握り、世界的な成果を出している。
<図/表>
<関連タイトル>
核融合反応と熱エネルギー (07-05-01-01)
核融合炉の概念 (07-05-01-02)
核融合研究開発の経過 (07-05-01-03)
核融合反応装置の形式と作動原理 (07-05-01-05)
トカマク型核融合装置の研究開発 (07-05-01-06)
ヘリカル型核融合装置の研究開発 (07-05-01-08)
ミラー型核融合装置の研究開発 (07-05-01-09)
<参考文献>
(1)田中裕二:原子力の基礎講座−「核融合」、日本原子力文化振興財団(1996年3月)
(2)大阪大学 レーザー核融合研究センター:
http://www.ile.osaka-u.ac.jp/index-jp.html(2001年12月21日)
(3)山科俊郎、日野友明:「誰にもわかる核融合の話」、日経サイエンス社、(1990年)
(4)中井貞雄(著)、大阪大学創立70周年記念出版実行委員会(編):「レーザー核融合−21世紀エネルギーへの挑戦」、大阪大学新世紀セミナー、大阪大学出版会、(2001年5月)
(5)狐崎晶雄、吉川庄一:新。核融合への挑戦、講談社ブルーバックス(2003年)
(6)J・ヴァイス、本多力訳:核融合エネルギー入門 白水社クセジュ文庫(2004年)