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軍用原子力施設は、原子力開発の初期に設置あるいは建造されたものが多く、老朽化してきている。また、1993年に米国・ロシアが第二次戦略兵器削減条約(START−2)を調印したことにより、軍用施設の
解体が重大な関心事となってきた。軍用原子炉としてはプルトニウム(Pu)生産炉、トリチウム生産炉、原子力船用原子炉がある。軍事目的という性格のため、公開されている情報はあまり多くはないが、Pu生産炉と原子力船用原子炉の概要を以下に述べる。
1.プルトニウム生産炉
原子爆弾および核弾頭の材料にはPuを必要とするが天然にPuは存在せず、
ウランを原子炉で
照射して生産する。このような兵器用Puの生産のための炉をPu生産炉と呼んでいる。一方、発電用原子炉から取り出される
使用済燃料から抽出されるPuも、
燃焼度が低ければ核兵器用に使うことができる。英国、フランスおよび旧ソ連の
ガス冷却炉ならびにインドの
重水炉では、発電用を兼ねてPuを生産してきた例がある。このような原子炉は、一般にはPu生産炉というよりも発電用原子炉として取り扱われる場合が多い。廃止措置を行う場合についても、一般の発電用原子炉の場合と同様と考えてよい。これに対して、発電設備を付加せずにPuを生産することのみを目的としたPu生産炉は、主として第二次大戦を契機に開発されたものであり、
天然ウランを燃料とし、
黒鉛または重水を
減速材に用いたものが多い。
(1)米国
米国ハンフォード地区(ワシントン州)では、1940年代からPuの生産を目的に9基の原子炉が建設・運転された(
表1)。9番目の原子炉であるN原子炉は、1964年にPu生産を行ない、1966年から1970年代に80万kWの発電を行った原子炉であるが、1986年にチェルノブイル原子炉(沸騰水冷却・黒鉛減速炉)の事故を契機に停止した。ハンフォードのPu生産炉は、いずれも黒鉛減速・水冷却の型である。
B原子炉は、米国最初のPu生産炉の記念博物館として管理されているが、その他の原子炉については、75年間の安全貯蔵(包み込み)後に一括撤去し、9,000〜11,000トンの原子炉本体を輸送車で5〜14マイル離れたハンフォード地区内に運び、埋設処分する計画である。なお、75年間の安全貯蔵を短縮する案も検討されている。
米国ではこのほか、サバンナリバー地区(サウスカロライナ州)にも1953年〜1988年に5基(R,P,L,K,C)のPu生産炉を建設・運転してきたが、K原子炉を除く4基が永久運転停止の状態にあり、その廃止措置が検討されている。
(2)英国
米国以外の例としては、英国が1946年および1950年に建設したウインズケール(現セラフィールド,西カンブリア)のパイル1号炉およびパイル2号炉も軍事利用を目的としたPu生産炉である。1号炉は1950年に運転開始されたが、1957年に炉心が加熱し黒鉛火災に至る事故となった。これにより、1号炉、2号炉ともに永久運転停止となった。現在、長期に安全貯蔵を維持することができるように、炉心に残っている燃料の除去のほか、施設の改造等の対策を進めている。
2.軍用原子力船
原子炉を搭載し船舶の推進力に利用した軍用原子力船は、世界の軍事主要国では多数建造され利用されてきた。世界最初の原子力船は米国の潜水艦ノーチラス号である。この潜水艦は1955年9月に完成し、翌年の1月に初めて就航した。さらに、世界最初の海上原子力船としては原子力ミサイル巡洋艦ロングビーチが1961年9月に完成、その2か月後には原子力航空母艦エンタープライズが完成しており、現在、米国では9隻の原子力航空母艦が就航中とのことである。また、旧ソ連における最初の原子力潜水艦は、1957年頃といわれている。
軍用原子力船としては、巡洋艦および航空母艦のように海上運行用のものもあるが、世界でこれまでに就航した隻数のほとんどは原子力潜水艦である。
表2には世界の原子力潜水艦の隻数を示す。米国および西側諸国の原子力潜水艦は原子炉1基、旧ソ連の弾道ミサイル潜水艦は2基の原子炉を搭載しているのが普通であるので、この隻数は原子炉の基数でいえば約700基になるといわれている。米国・ロシアの戦略兵器削減条約以降に、これら軍用原子力船の廃止措置の話題が大きくクローズアップされてきた。
原子力船用の原子炉型式としては、旧ソ連および米国で液体金属冷却型原子炉を利用した原子力船もあるが、船舶の前進、後進、方向転換などに急速にかつ円滑に対応することが必要とされるため、ほとんどの原子力船ではこうした負荷変動に対して本質的な炉心内流動安定性が高い加圧水型原子炉(PWR)を搭載している(
図1)。
原子力潜水艦の原子炉は、
一次冷却系とともに高圧力に耐える原子炉格納容器内に非常にコンパクトに収められている。また、原子炉燃料の濃縮度は通常のPWRに比べて少なくとも5倍は高いといわれている。これらの廃止措置には技術的課題とともに膨大な費用を必要とする。また、原子力潜水艦は元来頑丈に出来ており、過酷な運航条件に耐えるが、廃止措置を行わずに長期にわたって港に係留しておくと環境問題を起こす可能性もあり、関係国では対策に苦慮している。
旧ソ連では、原子炉部分をそのままでの状態で投棄するか、あるいは潜水艦に穴を開けて沈ませるなどの
海洋投棄を行った。また、潜水艦から切り離した原子炉部分のみを海上に浮揚させるためのブイを付加して管理したり、原子炉から燃料を取り出した状態で港に係留して管理したりしている。1991年の旧ソ連崩壊後、米国、英国、フランス、ノルウェーなどが旧ソ連の退役原子力潜水艦の解体を支援している。一方、わが国でもロシア極東地域の非核化の一環として、2003年12月から同地域にある退役潜水艦解体の協力事業「希望の星」を進めており、これまでに2隻の退役潜水艦を解体した。2010年までには残りの4隻を解体することになっている。
米国では、分離した原子炉部を陸上に保管、燃料を取り出した原子力潜水艦を港に係留して海上保管が進められてきた。取り出された使用済燃料は列車で国立アイダホ原子力研究所に輸送している。これら燃料の取り出しおよび除染等の廃止措置が行われた原子炉部はハンフォード地区へ永久処分するために順次輸送されている。このようにして原子力潜水艦の最初の陸地処分が1986年に終了した。また、2007年9月までに117基の原子炉がハンフォード地区へ輸送されている。
図2には米国海軍ピュージェット(Puget)湾造船所(ワシントン州のシアトル付近)のドックで原子炉部を切り離した状況を、また、
図3にはハンフォード地区の処分場へ輸送されて埋設される状況を示す。
英国では、1963年からこれまでに27隻の原子力潜水艦が就航している。そのうち11隻については、すでに燃料が取出され、港に係留保管または陸上保管されている。30年から60年保管し、その後処分する計画である。フランスでは米国と同様に、原子炉部のみを切り離し、陸地処分するとしているが、原子力潜水艦の具体的な処分例は見あたらない。また、中国では廃止措置を進める段階になっていない。
<図/表>
<関連タイトル>
プルトニウム生産炉 (03-04-11-04)
研究炉の廃止措置 (05-02-04-01)
フランスG2/G3炉の遮へい隔離 (05-02-04-07)
ロシア連邦による隣接海への放射性廃棄物の海洋投棄 (14-06-01-16)
<参考文献>
(1)K.Susanne:Nuclear Submarine Decommissioning and Related Problems,Paper 12,Bonn International Center for Conversion(1997)
(2)DOE:Plutonium:The First 50 Years,DOE/DP−0137(1996)
(3)Bats,Owls,and Cocoons,Hanford’s F Reactor Interim Storage Project Complete,Radwaste Solutions March/April 2004
(4)UKAEA:The Windscale Pile Reactors,
(5)Brian Hooper:Project Isolus−The Interim Storage of Laid−Up Submarines,7th International Conference&Exhibition on Decommissioning Nuclear Facilities,30 Oct.−1 Nov.2000,London,UK
(6)ランカスター大学ホームページ:Interim Storage of Laid−Up Submarines,
(7)ブルッキングス研究所ホームページ(2008年11月)
(8)外務省:ロシア退役原潜解体協力事業「希望の星」、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/kyuso/star_of_hope.html