<本文>
はじめに.
ロシア連邦による海洋への放射性廃棄物の海洋投棄の実態を調べるため、ロシア連邦政府大統領の諮問委員会である放射性廃棄物海洋投棄問題政府委員会(A.V.ヤブロコフ委員長以下13名、作業グループ25名、専門家グループ6名で構成)が1992年10月に設置された。本委員会は環境・天然資源保護省、国防省、外務省、保健省、原子力省など政府省庁の代表で構成されている。 調査データがまとめられ、1993年2月にロシア連邦大統領に報告された。大統領府で解説の追加など若干の修正がなされ、同年4月に政府白書として公表された。この白書は、ロシア連邦領土に隣接する海域への放射性廃棄物の海洋投棄のデータを収集し、客観的にまとめたものである。ただし核爆発実験に関連するデータは含まれていない。
全体の構成は概略次のようになっている。
第1章 放射性廃棄物の海洋投棄問題の国際的な側面
第2章 ロシア連邦領土に隣接する海域への放射性廃棄物の投棄
第3章 北方海域および極東海域における
放射能の状況
第4章 海軍関係およびムルマンスク船舶公社において生じている放射性廃棄物の処理問題の解決方法
委員会メンバーリスト
参考資料
ここでは、主として、第2章に示されているロシア連邦領土に隣接する海域への放射性廃棄物の投棄の実態について述べる。なお、本文中放射性廃棄物の放射能レベルについて記述してあるときは、次のレベル区分にしたがっている。
低レベル廃棄物:1リッター当たり100kBq(2.6μ Ci)未満
中レベル廃棄物:1リッター当たり100kBq(2.6μCi)以上15GBq未満
高レベル廃棄物:1リッター当たり15GBq(0.4Ci)以上
1.ロシア連邦における放射性廃棄物の海洋投棄にかかわる法律的背景
ロシア連邦では海洋投棄規制に関する「
ロンドン条約」(*1)が1976年に批准・発効していて、さらに国内でも「放射性廃棄物の海洋投棄規則」を制定し1983年から施行している。しかしながら、海洋投棄の大半はロンドン条約発効前の1959年から1976年の期間に行なっている。さらに発効後もこの国際規約に必ずしも従っていない。一方1989年にはロシア連邦は海洋投棄は過去も現在もしておらず、将来もする計画もないと公式表明していた。その後、ロシア連邦は「自然環境保護法」(1991年12月発効)によって海洋にも宇宙空間にも投棄を禁止している(
図1 参照)。
2.北方海域に投棄された放射性廃棄物
北方海域における放射性廃棄物の投棄場所を
図2 に示す。北洋艦隊やムルマンスク船舶公社による放射性廃棄物の海洋投棄は、北方海域のバルト海、白海、バレンツ海、カラ海などで行なわれている。1959年から1992年にかけて、液体廃棄物で879TBq(23.8kCi),固体廃棄物で574TBq(15.5kCi)が投棄されている。海別の液体廃棄物投棄は、バルト海:0.007TBq(0.2Ci)、白海:3.7TBq(100Ci)、バレンツ海:450TBq(12.2kCi)、カラ海:315TBq(8.5kCi)などとなっている。このデータには沿岸貯蔵施設からの漏洩および原子力潜水艦事故の結果放出された液体廃棄物は含まれていない(
表1 参照)。
放射性廃棄物の海洋投棄の年度毎の推移を
図3 に示す。液体廃棄物の海洋投棄は非常にバラツキがあり、放射能の最大であったのは、1965年にバレンツ海北東部に37TBq(1kCi);1975年にバレンツ海中央部に29.6TBq(3.8kCi)以上、およびカラ海に315TBq(8.5kCi)(原子力砕氷船レーニン号から投棄)、1988年にバレンツ海北東部に196TBq(5.3kCi);1989年にアラ・グバに74TBq(2kCi)(原子力潜水艦の事故の結果)を投棄している。ムルマンスク船舶公社による液体廃棄物の海洋投棄は1984年に中止されているが、海軍による投棄は減少したとはいえ最近まで続いていた。
投棄された固体廃棄物の大部分は原子力艦艇および原子力砕氷船から発生した廃棄物、ならびに船舶修理工場、造船所で発生した低レベルおよび中レベルの廃棄物である。
3.極東海域に投棄された放射性廃棄物
極東海域における放射性廃棄物の投棄場所を
図4 に示す。液体廃棄物は1966年から1992年までに投棄されたが、最大量投棄されたのはカムチャッカ半島南東沖(海域No.7)であり、総放射能量では日本海(海域No.9)である。極東海域全体で456TBq(12.3kCi)以上の液体廃棄物が投棄されている(
表2 参照)。
放射性廃棄物の海洋投棄の年度毎の推移を
図5 に示す。1986年から1987年にかけて、放射能量で最大の液体廃棄物が投棄されており、固体廃棄物では1975年と1985年である。極東海域に投棄された放射性廃棄物の放射能量は、液体廃棄物が456TBq、中レベルおよび低レベルの固体廃棄物が252TBq(6.8kCi)。
4.原子力潜水艦の
原子炉の海洋投棄
米国、旧ソ連邦ともに事故で沈没した原子力潜水艦が数隻あるが、それはこの課題の対象外とする。人為的に原子炉を海洋投棄した場合について述べる。
一般に原子力潜水艦がその役割を果たして解役になると以下の手順で
解体をする。
1) 通常の作戦任務より離れる。
2) ミサイルなどの武器、装備を撤去する。
3)
使用済燃料を撤去する。
4) 艦体を切断して原子炉区画を分離密閉する。
a) 永久処分場へ輪送する。
b) 永久処分場が未定の場合は原子炉に隣接する区画を繋げたまま密閉して、浮遊状態にして一時貯蔵をする。
5) 艦首、艦尾部分より有用物資を回収する。
6) 使用済燃料を
再処理工場へ輸送して再処理をする。
しかし事故を起こした潜水艦はこのような通常の処理ができない場合がある。旧ソ連邦では潜水艦の原子炉を海に沈めて処理したことがある。その海域はノバヤゼムリヤ島の東側海域と極東である(
図2、
図4、
図6 および
表2、
表3 参照)。ノバヤゼムリヤ島の場合の水深は10m〜300mである。極東の場合の水深は2000〜3000mである。ノバヤゼムリヤ島の場合は使用済燃料を搭載したままのものと撤去したものがある。極東の場合は使用済燃料をすべて撤去してある。
旧ソ連邦が世界の海に投棄した原子力潜水艦の原子炉を含む放射性産棄物の総量を
表4 にまとめてある。旧ソ連邦で事故によって沈没した3隻の原子力潜水艦の放射能を650kCiと仮定して、米国で2隻事故沈没しているので事故沈没による原子力潜水艦の総放射能はほぼ1,100kCiとなる。一方、西欧諸国がヨーロッパで実施した海洋投棄による放射能は1,239kCiと発表されているので、旧ソ連邦が行った海洋投棄による放射能はこれらの合計とほぼ一致する(
表4参照)。
旧ソ連邦/ロシアによる放射性廃棄物の海洋投棄は以下の点でロンドン条約に違反している。
1) 使用済燃料のような
高レベル放射性廃棄物は海洋投棄が禁止されていた。
2) 大陸棚より離れ、水深4000m以上の深度と言う条件を満足していない。
3) 北緯50度以北は海洋投棄禁止区域である。
4) 液体は
固化し、容器に封入し、投棄に際して容易に破損しない様にすると言う条件を満たしていない。
5) 海洋投棄に際しては、事前に
IAEAおよびIMOに通告する義務を履行していない。
[用語解説]
(*1)ロンドン条約:海洋投棄規制条約とも呼ばれ、海洋環境の保全のために廃棄物の海洋投棄を国際的に規制するための条約である。1975年に発効し、1993年11月現在、日本を含む、米国、英国等46カ国が批准しており、ロシア連邦は1976年に批准した。1993年の改正により高レベル放射性廃棄物の海洋投棄禁止に加え、低レベルの放射性廃棄物およびその他の
放射性物質についても海洋投棄禁止となった。
<図/表>
<関連タイトル>
海洋投棄規制と実績 (05-01-03-10)
わが国の海洋投棄中止にいたる経緯 (05-01-03-11)
水産生物への微量元素の特異的濃縮 (09-01-03-06)
旧ソ連・ロシアの放射性廃棄物海洋投棄による水産物中の放射能調査 (09-01-03-07)
旧ソ連による放射性廃棄物の海洋投棄に関する我が国の対応 (11-02-05-04)
国際海事機関(IMO)の活動 (13-01-01-16)
廃棄物投棄に係わる海洋汚染防止条約(ロンドン条約) (13-04-01-03)
<参考文献>
(1) ロシア連邦大統領府:ロシア連邦領土に隣接する海洋への放射性廃棄物の投棄に関する事実と問題(仮訳)、モスクワ(1993年)
(2) 日本原子力産業会議(編):原子力ポケットブック 1998/99年版(1999年2月)、p.224-225
(3) 日本保健物理学会:シンポジウム「旧ソ連における放射性物質の海洋投棄と我が国の対応」平成5年11月22日(東京大学山上会館)、保健物理、29、123(1994)