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<概要>
 ロシアは、世界に先駆けて実用発電炉を開発した国でもあるように、歴史的にも早くから原子力利用に熱心な国柄である。世界的にも原子力研究開発主導国であり、自力で原子炉開発が可能である。多種多様な研究炉、材料試験炉、および実験炉を建設して、科学研究の推進、発電用原子炉および原子力船用原子炉の開発、ラジオアイソトープの生産などに貢献している。代表的なものとして、研究炉ではSM−3(100MWt、タンク型)、MIR−M1(100MWt、チャンネル型/プール型)、IVV−M(15MWt、プール型)、BIGR(最高出力70GWt、バーストパルス型)、および高速実験炉ではBOR−60(60MWt,10MWe、ループ型)が建設され、現在でも運転中である。IAEAの研究炉データベースには、運転中57基、閉鎖中30基、解体中11基、および建設中1基の研究炉が登録されている。
<更新年月>
2003年09月   

<本文>
1. 研究炉の目的と炉型
 研究用原子炉(研究炉)は、熱エネルギーを利用する発電用原子炉(発電炉)とは異なり、利用目的に応じた中性子を作り出す原子炉である。物理学、化学、生物学、医学と医療、考古学などの研究のための中性子ビームが提供できる実験孔設備をもつ原子炉を狭義の意味で研究炉と呼んでいる。これらには簡単な試料照射ができる設備、放射性同位元素を生産できる設備、原子力技術者・研究者の教育・訓練ができる設備などを有していることも多い。研究炉の多くは定常出力で運転するよう設計されているが、繰り返しパルス出力運転、単発パルス(バーストパルスburst pulse)運転ができるパルス炉もある。広義の意味では、原子炉燃料、原子炉構造材料などの高中性子束照射ができる炉心貫通ループをもつ高出力の材料試験炉、新型原子炉開発のため基礎的な原子炉物理特性が研究できる臨界実験装置および工学的試験ができる実験炉も含まれる。
 ロシアの原子力関係主要研究所で開発し建設された研究炉を表1に示す。以下表中の炉型について述べる。研究炉分野(実験炉を除く)でプール型と呼ぶときは、いわゆるスイミングプール型を指す。熱出力が高くなる材料試験炉では炉容器内の圧力を高めたタンク型(圧力容器型)を採用していることが多い。また燃料集合体をチャンネル(圧力管)に内装した炉型はチャンネル型(圧力管型,減速材は黒鉛)とよぶが(発電炉では黒鉛炉のRBMK、重水炉のCANDUがその代表)、研究炉では多くはない。またこのチャンネル型炉心がスイミングプール中に設置されているチャンネル型/プール型(減速材は軽水)の炉型があり、ソ連独特の炉型である。表1中のMIR−M1炉がこの炉型である。
 高速実験炉の場合は、1次循環系ポンプと中間熱交換器を炉容器内に収納して1次循環系配管を削除した炉型をタンク型と呼び(研究炉分野のときの定義と混乱されないよう)、炉容器、1次循環系ポンプおよび中間熱交換器を1次循環系配管で連絡した炉型をループ型と呼んでいる。ロシアではいずれの炉型の炉も、開発・建設・運転している。
 なお、IAEAの研究炉データベースに運転中57基、閉鎖中30基、解体中11基、および建設中1基の研究炉が登録されている。
2. 研究炉開発の歴史
2.1 ソ連最初の原子炉F−1(物理炉−1)(参考文献1,2,3,4,5)
 このF−1炉(炉心については図1、建物については図2参照)はウラン黒鉛炉で、アカデミー会員I.V.クルチャトフの指導のもとに、モスクワの第2研究室(現在のロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)にソ連最初の原子炉F−1として建設され、1946年12月25日の夕方、初臨界に達成した。この原子炉の略号F−1(Ф−1)は、ロシア語の「物理」の最初の文字Фの英語表記である。なお、このF−1は欧州大陸で最初に建設された原子炉である。クルチャトフはこの原子炉を利用して、次の建設目的である発電用原子炉(兵器用プルトニウムの生産も可能な黒鉛型炉)およびオブニンスク市に建設する電気出力5000kWの発電炉の物理研究を実施した。F−1は臨界達成後56年たった2003年現在も初期炉心のまま運転している。
2.2 ソ連最初の重水炉(デイトン物理炉)(参考文献1,5)
 この研究用重水炉(図3参照)は、アカデミー会員F.I.アリハーノフの指導のもとに、モスクワの第3研究室(現在の「理論実験物理研究所:ITEP」)に建設され、1949年4月に運転を開始した。アリハーノフは、第3研究室の科学者とともに、この新しい重水炉(後にTVRと呼ばれた。チャンネル型)でプルトニウム、トリチウムおよびウラン233を生産するため、多数の物理特性を研究した。その後、彼は低エネルギー中性子による物理研究および固体物理研究、ならびに放射性同位元素の生産を組織化した。なおこの重水炉は1987年に閉鎖された。
2.3 AI炉(参考文献1,6)
 AI炉(図4参照)はウラル地方の「生産合同マヤーク」にある軽水冷却のチャンネル型ウラン黒鉛(減速)炉である。原子炉熱出力は100MWtで、発電用原子炉燃料の照射および核兵器用トリチウム(三重水素)生産をするために建設され、1951年12月に運転を開始した。この炉を利用してロシアで初めて三重水素の生産ができるようになった。また発電炉用燃料の照射試験も開始された。なおこのAI炉は1987年5月25日に閉鎖された。
2.4 ロシアの技術援助による研究炉(衛星国、海外の研究炉も含む)(参考文献1)
 アカデミー会員クルチャトフによると、1955年から1958年にかけて、ロシアのプロジェクトで決定された研究炉は21基である。エネルギー技術研究所(英語でRDIPE、ロシア語でNIKIET)のプロジェクトによって1959年から1967年にかけて、IRT型炉6基、VVR型炉(WWR型炉とも書く)6基が、グルジア、ウズベキスタン、ラトビア、ベラルーシ、カザフスタンに建設された。1957年から1983年にかけてロシアの技術援助により海外でも各種の研究炉が15基建設された。
2.5 高速実験炉(参考文献1)
 高速炉開発のために高速中性子の物理的特性を研究するため、オブニンスク市の物理エネルギー研究所(英語でIPPE、ロシア語でFEI)に高速臨界実験装置BR−1、BR−2、BFS−1およびBFS−2、高速実験炉BR−10(熱出力8MWt、改造前はBR−5、ナトリウム冷却、ループ型)が建設された。また、デミトロフグラード市の原子炉科学研究所(英語でRIAR、ロシア語でNIIAR)に高速実験炉BOR−60(熱出力60MWt、電気出力10MWe、ナトリウム冷却、ループ型)が建設された。1969年12月に運転を開始し2003年現在も運転している。
2.6 パルス炉(参考文献1)
 物理的プロセス、荷電成分、核科学の実証実験をするため、中性子線やガンマ線線源として、多くのパルス炉が全ロ実験物理研究所(英語でARIEPh、ロシア語でVNIIEF、旧アルザマス−16)および全ロ技術物理研究所(英語でARITPh、ロシア語でVNIITF、旧チェリャビンスク−70)に建設された。
3. 各種の研究炉
3.1 研究炉の建設(参考文献1)
 第2研究室(クルチャトフ研究所)ではF−1を建設したように早い時期から研究炉建設の主導的役割を果たしている。以下の研究炉も発電炉や研究炉の構成材料と燃料の照射試験、核物理研究、放射化分析、ラジオアイソトープ生産などのために建設され、性能向上のため出力増強も行われた。
1)原子炉熱出力10MWt(後に20MWt)のチャンネル型のRFT炉が1952年に初臨界。
2)原子炉熱出力300kW(後に3MWt)のタンク型のVVR炉が1954年に初臨界。
3)原子炉熱出力2MWt(後に8MWt)のプール型のIRT炉が1957年に初臨界。
 この後もロシアのいろいろな研究所において、表1に示すように、高速実験炉を含む多くの研究炉が建設された。
3.2 代表的な研究炉の概要
1) SM−2炉(図5)はデミトロフグラー市ドの原子炉科学研究所(RIAR)に建設された材料試験炉で、1961年10月に初臨界を達成した。当初の原子炉熱出力は50MWtであったが、熱交換器を改良し新しい燃料に取り替え、1974年には原子炉熱出力は100MWtに増強された。この原子炉はタンク型で冷却材と減速材に軽水を使用し反射材にベリリウムを使用している。燃料のU235濃縮度は90%で、最高中性子束は5.0E15/平方cm/secで、超ウラン元素を生産することができる。一次中性子源はカリホルニウム(Cf−252)である。この炉は高中性子束を利用して各種原子炉構造材の照射試験を行っている。1974年と1992〜1993年に改造してSM−2はSM−3と改称された。(参考文献7)
2) MR炉(図6)はクルチャトフ研究所に建設された材料試験炉で、1963年12月に初臨界を達成した。原子炉熱出力は50MWtで、タンク型である。新しい原子炉燃料の照射試験のため、炉心と試験用ループの間の高さ方向距離を変えることができ、反応度事故条件下での試験ができる。材料のクリープ、腐食、水素化、燃料と被覆管との相互作用、発電炉材料の水化学研究、原子力潜水艦や原子力砕氷船の原子炉燃料のフルスケール照射試験などに利用された。1992年1月に閉鎖された。(参考文献8,9,16)
3) MIR炉(図7)は原子炉科学研究所(RIAR)に建設された材料試験炉で、1966年12月に初臨界を達成した。この原子炉は熱出力は100MWtで、チャンネル型/プール型である。発電炉燃料の運転状態条件下での照射試験および発電炉構造材の照射試験のため、水ループ、蒸気・水の二相ループ、鉛・ビスマスループ(2本)、ナトリウムループなど合計10本のループをもっている。MIR炉は改良されてMIR−M1となり、プルトニウム燃料、原子炉構造材などの照射試験に利用されている。(参考文献10,11)
4) IVV−2M(図8)はスベルドロフスク市にあるエネルギー技術研究所(RDIPE,ロシア語でNIKIET)支所に建設されたロシア独自の設計による材料試験炉で、1966年に初臨界に達した。熱出力は15MWtでプール型炉である。10本の水平実験孔、6本の垂直実験孔、高中性子束トラップ、ならびにRBMK型炉およびVVER型炉の燃料照射試験ができる設備をもっている。(参考文献12)
5) BR−10炉はオブニンスク市にある物理エネルギー研究所(IPPE)に建設された熱出力5MWtのループ型高速実験炉で、1958年に初臨界に達した。1973年に熱出力を8MWtと増強してBR−10(図9)となった。1995年には兵器級プルトニムを装荷した。2002年に閉鎖される予定である。(参考文献2,16)
6) BOR−60(図10)は原子炉科学研究所(RIAR)建設された、熱出力60MWt電気出力10MWeのループ型高速実験炉で、1969年に初臨界に達した。この炉は、BN−350、BN−600および将来の高速炉の燃料および炉構造材料の照射試験、ならびにナトリウム技術を試験するのに利用されている。(参考文献13,14)
7) BIGR(図11)はサロフにある全ロ実験物理研究所(ARIEPh、ロシア語でVNIIEF)に建設され、1977年に運転を開始した高速中性子パルス炉で、1パルス当たりのピーク熱出力は最大70GWt(300MJ)で,ピーク出力は世界トップレベルにある。、ウラン235濃縮度90%の酸化ウランを黒鉛(グラファイト)と混合させた均質型炉心の炉である。炉心中央に直径約10cmの照射孔をもっている。(参考文献14)
8) IBR−2(図12)はドブナ合同原子核研究所(JINR)に建設された非常にオリジナルな高速パルス炉である。IBR−2の主な特徴は、2個の可動反射体の回転でパルス反応度を得ることである。ひとつの可動反射体の回転数は毎分1500回で他の可動反射体の回転数は毎分300回である(参考文献2)。定常出力1.5MWt、パルス時ピーク出力は1.5GWtである。また固定反射体表面での中性子束は1.0E16/平方cm/secである。この炉の燃料には酸化プルトニウムを使用しており、1984年から運転に入った。1997年に起こした不具合により現在改造中であり、2003年には可動反射体を、2006年までには炉容器を、交換することになっている。(参考文献15,16)
 現在運転中のパルス炉を表2に示す。
4. 研究炉開発の組織(参考文献1)
 モスクワの第8研究所(現在のエネルギー技術研究所、英語でRDIPE、ロシア語でNIKIET)が、各種研究炉の熱中性子に関する主要部分の概念設計を行った。また高速実験炉の設計は、モスクワ南部のポドルスク市にあるギドロプレス(英語でHydropress、ロシア語でOKB)が行った。サンクトペテルブルグ市の機械製作中央設計局(英語でCDBMB、ロシア語でTSKBM)が研究炉の開発に少し関係した。中型機械工業省(現在の原子力省:MINATOM)はこの研究炉プロジェクトの調整者の役割をした。環境省、保健省、および原子力放射線安全監視国家委員会はこの研究炉プロジェクトを承認した。
5. 建設が予想される新規研究炉(参考文献1)
 幾つかの研究炉の寿命が終わるので、実験を継続するため多くの研究炉で技術改善が計画された。またサンクトペテルブルグ市の核物理研究所(NPI)で世界最大級の大型研究炉PIKが建設中である。熱出力は100MWt、タンク型炉で、原子炉冷却材と減速材は軽水で原子炉容器内圧力は5メガパスカルである。反射体は重水で反射体中の熱中性子束は1.2E15/平方cm/sec、直径約10cmの中央実験孔での中性子束は4.5E15/平方cm/secである。水平ビーム実験孔10本、傾斜ビーム実験孔6本、垂直照射孔を6本有している。1986年には約70%完成したが、同年4月に起きたチェルノブイル発電所事故により建設が中断された。原子力放射線安全監視国家委員会が要求した安全性向上の改造計画は1990年に承認されたが、経済的問題に直面して、運転開始の予定日はまだ決まっていない。ほかに新規の高速炉を開発する提案があるが、財源がないので建設開始の許可が下りていない。
<図/表>
表1 ロシアで運転中の研究炉の主要諸元
表1  ロシアで運転中の研究炉の主要諸元
表2 現在運転中のパルス炉の主要諸元
表2  現在運転中のパルス炉の主要諸元
図1 ソ連最初の原子炉F−1(物理炉)の炉心(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図1  ソ連最初の原子炉F−1(物理炉)の炉心(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図2 ソ連最初の原子炉F−1(物理炉)の建物(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図2  ソ連最初の原子炉F−1(物理炉)の建物(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図3 ソ連最初の重水炉(デイトン物理炉)(理論実験物理研究所)
図3  ソ連最初の重水炉(デイトン物理炉)(理論実験物理研究所)
図4 ソ連最初のAI重水炉(「生産合同マヤーク」)
図4  ソ連最初のAI重水炉(「生産合同マヤーク」)
図5 SM−2材料試験炉(原子炉科学研究所)
図5  SM−2材料試験炉(原子炉科学研究所)
図6 MR材料試験炉(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図6  MR材料試験炉(ロシア研究センター「クルチャトフ研究所」)
図7 MIR材料試験炉(原子炉科学研究所)
図7  MIR材料試験炉(原子炉科学研究所)
図8 IVV−2M研究炉(エネルギー技術研究所スベルドロフスク支所)
図8  IVV−2M研究炉(エネルギー技術研究所スベルドロフスク支所)
図9 BR−10高速実験炉(物理エネルギー研究所)
図9  BR−10高速実験炉(物理エネルギー研究所)
図10 BOR−60高速実験炉(原子炉科学研究所)
図10  BOR−60高速実験炉(原子炉科学研究所)
図11 BIGR高速中性子パルス炉(全ロ実験物理研究所)
図11  BIGR高速中性子パルス炉(全ロ実験物理研究所)
図12 IBR−2高速パルス炉(合同原子核研究所)
図12  IBR−2高速パルス炉(合同原子核研究所)

<関連タイトル>
海外の主な研究炉 (03-04-09-01)
旧ソ連の原子力研究施設 (14-06-01-19)

<参考文献>
(1)G.V. Kiselev: Research reactor in Russia,2003年7月
(2)Memorials of Science and Technology 1999,MGF<<Enanie>>,p.20−23,76(F−1,HWR,BR−10)
(3)I.F. Zhezherun: Stroitel’stvo i pusk pervogo v covetskom coyuze atomnogo reaktora(ソ連邦最初の原子炉の建設と運転),1978年、Atomizdat、p.99,104(F−1)
(4)Atom sluzhit sochianlizmy(社会主義に奉仕する原子),1977,Atomizdat,P.36(F−1)
(5)Kruglov: KAK Sozdavalas’ atomnaya promyshlennost’v SSSR(ソ連の原子力産業はどのようにして形成されたか),1995,Cniitominform,p.74,221(F−1,HWR)
(6)Cozdano pod rukovodstvom H.A.Dollezhalya… O yadernykh reaktorakh i ikh tvortsakh(「原子炉とその創造者たち」N.A. ドレジャーリ生誕100年記念出版),1999,Izd−vo GUPNIKIET社,p.7(Ai)
(7)SM−2 High−flux Research Reactor(原子炉科学研究所のSM−2パンフレット)
(8)IAEA Directory of Nuclear Reactors Vol.VIII,p.31,34(MR)
(9)Order−of−Lenin I.V. Kurchatov Institute of Atomic Energy,p.27(MR)
(10)Atomnoi Energetike XX let(20周年記念),Atomizdat 1974,p.143(MIR)
(11)Directory of Nuclear Reactors Vol.X<1976,p.352(MIR)
(12)Atomnaya Nauka i Tekhnika SSSR(ソ連邦の原子科学と技術)p.158(IVV)
(13)IAEA Directory of Nuclear Reactors Vol.IX,p.213,216(BOR−60)
(14)MINATOM of RUSSIA 2000,p33(BOR−60)
(15)合同原子核研究所のホームページ
(16)物理電力工学研究所のホームページ
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