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高速実験炉「常陽」は、ウラン−プルトニウム混合酸化物燃料(MOX燃料)を用いた液体金属ナトリウム冷却、ループ型の日本で最初の高速増殖炉であり、昭和52年(1977年)4月に「増殖炉心」(MK-I炉心)での初臨界を達成した。「常陽」は昭和56年(1981年)12月までMK-I炉心で熱出力50MWおよび75MWの運転を行い、その後、炉心を「照射用炉心」(MK-II炉心;熱出力100MW)に改造し、昭和57年(1982年)11月にMK-II炉心としての初臨界を達成した後、高速炉用の燃料・材料開発等のための各種の照射試験を行い、平成12年(2000年)6月にMK-II炉心としての運転を終了した。
その後、MK-II炉心に比べて、高速中性子束を約1.3倍、照射スペースを2倍に増加させた「高性能照射用炉心」(MK-III炉心;熱出力140MW)のための改造工事に着手し、平成15年(2003年)7月には、MK-III炉心での初臨界を達成し、平成16年(2004年)5月より、MK-III炉心での本格運転を開始した。MK-III炉心では、FBRシステムの確立を目指した照射試験のみならず、国内外の幅広い研究分野に対しても、高性能化された高速中性子照射施設の利用の機会を提供していく。
MK-IからMK-III炉心までの「常陽」の運転履歴およびマイルストーンを
図1、
表1に示す。運転開始以来、「常陽」では各種の試験を実施し、多くの成果を挙げている。以下では、その主な成果について説明する。
1.炉心・燃料に関する研究開発
1.1 炉心特性
MK-I、MK-IIおよびMK-IIIの各炉心における性能試験において、
核特性、
炉心動特性、伝熱流動特性、運転特性等、炉心性能に関連する約30項目の試験を実施した。これらの試験結果は、「常陽」の炉心設計の妥当性を示すとともに、炉心設計に用いられる計算コードの開発、炉心特性を解明する解析コードの検証や精度の向上に役立てられている。
図2にMK-III炉心で実施した性能試験項目を示す。
1.2 炉心燃料の開発
MK-I炉心では34体、MK-II炉心では30体の炉心
燃料集合体の
照射後試験を実施し、集合体の
燃料ピンの外径変化、燃料ペレットからの核分裂生成物(FP)ガス放出率等がいずれも設計値より十分低い値であることを確認した。これらの結果は、燃料の設計、製造技術、品質管理が妥当であることを実証しており、後で述べる各種の照射試験結果とあわせて「もんじゅ」の燃料集合体の製造にも反映されている。
1.3
制御棒の開発
制御棒の寿命は、吸収材であるB4Cペレットのリロケーションおよび
スエリングに起因する吸収材−被覆管の機械的相互作用(ACMI)によって約40×10
26cap/m
3に制限されている。「常陽」では制御棒の長寿命化を図るため、シュラウド管を装着したNaボンド型制御棒の開発を進めてきた。本構造におけるACMIおよび吸収材−被覆管の化学的相互作用(ACCI)等の挙動評価の結果、約104×10
26cap/m
3までの高燃焼度化が可能であることを確認し、平成16年(2004年)のMK-III炉心第1サイクルより、「常陽」における本制御棒の使用を開始した。
2.プラントシステムに関する研究開発
2.1 プラント特性
MK-III性能試験では、冷却系が十分な除熱性能を有することを確認する定常伝熱特性試験、手動
スクラムや外部電源喪失時の冷却材流量や温度の変化を確認する試験、制御棒をステップ状に引抜き・挿入した際のプラントの応答を確認する試験等を行い、プラント各部を安定に制御できることを確認するとともに、プラント動特性解析コード“Mimir-N2”により、プラント各部の温度挙動を精度良く評価できることを確認した。
2.2
自然循環冷却による崩壊熱除去の確認
高速増殖炉プラントの固有の安全性を実証し、安全解析手法を確立することを目的として、MK-I、II炉心において自然循環試験を実施した。試験は、高出力運転状態から原子炉を緊急停止(スクラム)したときに、ポンプなどの動的機器を同時に停止し、
一次冷却材の自然循環で崩壊熱が除去される状況を、炉心中心の燃料体出口のナトリウム温度、原子炉出口ナトリウム温度、一次系冷却材の流量などの時間変化を測定することによって確認した。また、ループ型の自然循環解析コードの整備および検証が行われ、「もんじゅ」の安全解析に役立てられている。
2.3 構造材料のサーベイランス
原子炉の安全性を確保するため、炉内構造物、安全容器、
一次冷却系と二次冷却系の機器、配管材料の中性子照射およびナトリウム浸漬に対する健全性を確認するサーベイランス試験を計画的に実施している。実際の位置より加速照射環境で照射されたサーベイランス試験片の測定結果から、寿命末期に相当する中性子を照射した材料の強度が、設計の許容値を十分満足していることを確認している。
2.4 放射性腐食生成物(CP)の挙動解明と低減化
燃料や一次冷却系の機器、配管などに付着、沈着したり、燃料や機器の洗浄廃液中に存在する
コバルト60 やマンガン54を主とするCPの発生・移行挙動の解明、発生の抑制およびCPの
除染・除去に関する一連の研究開発を実施し、CPの挙動解析コードの開発、材料の低コバルト化やCPトラップによる抑制、フィルターによるCPの除去などの技術を開発している。
3.計測に関する研究開発
3.1
燃料破損検出装置(FFD)および破損燃料位置検出設備(FFDL)の試験
「常陽」にはカバーガス法と
遅発中性子法の2種類の方法によるFFDが採用されている。これらのFFD設備の感度校正およびFPの炉内挙動解析を目的として、ウラン−ニッケル合金をFPのソースとして用いた感度校正試験をMK-II炉心において実施した。
また、炉内のどの燃料集合体が破損したかを同定する破損燃料位置検出設備(FFDL)では、燃料集合体の頂部からナトリウムを採取し、FPの有無を調べる方法が用いられている。「常陽」では、燃料ピンにスリットを設けることにより
燃料破損を模擬した実証試験をMK-IIとMK-III炉心において実施し、本装置が十分な感度を有することを確認した。
3.2 レーザを用いた破損燃料同定技術の開発
高速炉の燃料が破損した場合に、破損した燃料集合体の同定の迅速化・高精度化を目指して、レーザ共鳴イオン化質量分析法(RIMS)を用いた超高感度な極微量希ガス分析システムを開発している。これは、レーザにより測定対象の元素のみを共鳴励起し、イオン化して質量分析する技術で、バックグラウンドのイオンを劇的に低減させることができ、質量分析の検出感度を飛躍的に向上させることができる。高速増殖炉の破損燃料検出において使用されるキセノン、クリプトンを用いたTagガスでは、燃料破損時に炉内に放出されるキセノン、クリプトンの識別ガスの同位体比を分析し、破損した燃料集合体を同定するが、本システムを用いることにより、従来必要であったカバーガスの濃縮を経ずに直接同位体比を分析でき、設備を簡素化し、所要時間を大幅に短縮できる。また、識別ガスを用いた照射試験や希ガス核種の中性子断面積評価等、様々な分野への本システムの応用も計画している。
3.3 光ファイバを用いた高速炉プラントの構造健全性監視技術の開発
光ファイバの光伝送特性が温度、歪みおよび振動により変化することを利用してセンサとして活用することにより、1本の光ファイバにより多数の計測点の測定や、連続したデータの取得、信号ケーブルの削減が可能となる。「常陽」では、高温・高放射線環境下において安定かつ長期的な使用に耐える高性能光ファイバを開発し、高速炉プラントの構造健全性監視に適用するための技術開発を進めており、これまで、1次系配管にセンサを敷設して配管の温度分布や振動測定を行っている。
4.運転・保守支援技術の開発
4.1 運転支援システムの開発
迅速な出力上昇と降下、出力運転中の中性子照射量や照射温度の平坦化および正確かつ安全な過渡照射試験を実施するため、現在、手動で行っている制御棒操作を自動化するシステムの検討を行っている。また、照射試験用集合体の装荷に伴い複雑化する燃料交換の計画立案と自動化された燃料取扱設備を相互に連携させて工程を管理する「燃料交換計画管理システム」、計算機を用いて運転管理業務を確実かつ効率的に行うための「運転管理システム(JOYPET)」等を開発した。
4.2 プラント機器異常監視システムの開発
プラント機器の異常の兆候を早期に発見し、タイムリーな保全活動を図る観点から、重要な回転機器の振動を遠隔で自動的に連続監視する
MEDUSAと間欠監視するCo-MEDUSAを開発した。MEDUSAは1・2次主循環ポンプ、主送風機を始めとした重要な機器や原子炉運転中に立ち入ることができない場所に設置された機器を対象とし、Co-MEDUSAは月例点検等において簡便に測定することができる補機設備を対象として運用している。
5.照射試験
5.1 照射技術の開発
照射炉心であるMK-II炉心では、「もんじゅ」燃料の性能確認や、より高性能な燃料・材料の開発に資するための照射試験を行ってきた。また、多様な照射試験のニーズに対応した照射装置の開発を進めている。
5.2 照射試験の実績
(a)燃料照射試験
「もんじゅ」燃料の照射試験では、集合体平均の燃焼度約100,000MWd/t、フランスと共同で実施した照射試験では140,000MWd/tの高燃焼度を達成し、ペレットの組織変化や被覆管との相互作用等に関する照射データを得ている。また、出力上昇時の溶融限界線出力密度の確認のため、燃料ペレットの中心近傍を意図的に溶融させる試験を2回実施し、ほぼ計画通りの燃料溶融を生じさせることに成功した。これらの高燃焼度の照射試験および燃料を溶融させる試験を所期の目的通り遂行できたことは、炉心管理技術およびプラント計測技術のみならず、燃料設計技術についても高い信頼性を有していることを示すものである。
さらに、今後、照射試験が計画されている金属燃料やマイナーアクチニド添加燃料等の基本的な物性値や照射挙動が必ずしも良く知られていない燃料の照射試験を安全かつ迅速に実施するため、フィルターまたは密封機能を有するキャプセル型の照射装置を開発した。キャプセルは、試験用の
燃料要素の健全性が損なわれた場合に生じる応力に耐えうる強度および破損した被覆管から放出される燃料粒子を捕捉または閉じ込める機能を有している。キャプセル型照射装置の導入により、燃料照射試験の範囲を大幅に拡大することが可能となった。
表2に燃料照射試験用の集合体の仕様、
図3にキャプセル型照射装置の構造を示す。
(b)材料照射試験
これまでに、計68体の材料照射用反射体を用いて中性子照射量および照射温度をパラメータとした炉心材料・構造材料・制御棒材料の照射データを蓄積している。また、温度制御型の材料照射装置を開発し、高速炉用被覆材料の照射下内圧クリープ破断試験を高い温度精度(±4℃)で実施することに成功した。
図4に温度制御型材料照射装置の構造およびキャプセルの温度特性を示す。これらの材料強度に関する多くのデータは、設計許容限界を与える材料強度基準の策定に役立てられている。
(c)核融合炉用材料など新素材の照射試験
照射炉としての「常陽」の有効利用の一環として、高速中性子照射を必要とする核融合炉用材料に関する基礎試料の照射試験を大学からの受託照射として実施している。
6.MK-III炉心
「常陽」の照射性能を向上するためのMK-III計画を進め、平成15年(2003年)7月2日にMK-III炉心としての初臨界を達成した。MK-III炉心では、炉心の2領域化、制御棒配置の変更を行うことにより、炉心燃料領域の高速中性子束(>0.1MeV)をMK-II炉心の1.3倍、照射可能なスペースを約2倍以上にするとともに、熱出力はMK-II炉心の100MWから140MWに増加した。(
表3、
図5、
図6)。MK-III炉心燃料集合体の最大燃焼度は90,000MWd/t、最大線出力密度は420W/cm、最大高速中性子束は4.0×10
15n/cm
2・sとなり、「高中性子束化と照射場の拡大」が図られている。
6.1 MK-III炉心での照射試験
平成16年(2004年)5月より、MK-III炉心での本格運転を開始した。同年11月までに実施したMK-III炉心第1、2サイクル運転では、原子炉停止機構の多様化と受動安全機能の導入を目的とする自己作動型炉停止機構(SASS)の炉内試験を実施するとともに、MK-III炉心における中性子束分布を正確に把握し、照射条件評価精度の向上に資するための試験を実施した。また、第2サイクル終了後に、燃料破損発生時の手順の最適化を図ることを目的に、燃料破損模擬試験を実施した。
表4に、今後の燃料・材料に関する照射試験の概要とSASSの炉内試験結果について述べる。
図7に自己作動型炉停止機構(SASS)の概要を示す。
7.高速中性子照射場としての「常陽」の利用
国際的に、米国のEBR-II、FFTFや仏国のSuper PHENIXが運転を停止し、また、仏国のPHENIXが運転停止時期を明示するなど、高速中性子照射炉の減少が顕著であり、「常陽」の照射能力が世界的にも重要性を増している。また、国内的には、サイクル機構と日本原子力研究所が日本原子力研究開発機構に統合され、国内で唯一の原子力研究の機関として整備される。
このような国内外の情勢から、原子力分野にとどまらず、基礎、基盤的な科学技術等の幅広い分野での「常陽」の利活用に関するニーズに応えるため、高速中性子ビーム孔の設置や、中速スペクトル照射環境の整備、水炉並みの照射温度の実現等に関して検討を進めている。
<図/表>
<関連タイトル>
日本における高速増殖炉開発の経緯 (03-01-06-01)
高速実験炉「常陽」と運転・保守経験 (03-01-06-02)
高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の開発(その1) (03-01-06-04)
<参考文献>
(1)動力炉・核燃料開発事業団:動燃二十年史、1988年10月、p.127-212
(2)動力炉・核燃料開発事業団:動燃技報、No.61(1987年)、p.3-62
(3)動力炉・核燃料開発事業団:動燃技報、No.73(1990年)、p.6-111
(4)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉研究開発の現状 平成7年
(5)柴原 格:高速増殖炉工学基礎講座 燃料工学(その2)原子力工業、Vol.35、No.7(1989)、p.72-80
(6)基礎高速炉工学編集委員会(編):基礎高速炉工学、日刊工業新聞社(1993年10月)
(7)大洗工学センター実験炉部技術課・照射課:「常陽」の高度化と利用計画、動燃技報 No.104(特集「常陽」20周年)、83-91(1997.12)
(8)日本原子力産業会議:原子力年鑑 1999/2000年版、160-161(1999年10月)
(9)山下 芳興:高速実験炉「常陽」とその使命、エネルギーレビュー、p.4-7(1999年10月)
(10)鈴木惣十他:初臨界から26年−「常陽」の歩んだ道、原子力eye、p.58−65(2003年8月)
(11)三次岳志他:「常陽」の輝かしい成果−「常陽」から「もんじゅ」へ、原子力eye、p.66-73(2003年9月)
(12)鈴木惣十他:【座談会】高速炉の新時代に向けて、原子力eye、p.50-55(2004年2月)
(13)核燃料サイクル開発機構:サイクル機構技報、No.21(特集 高速実験炉「常陽」の高度化計画(MK-III計画)と今後の展望)、(2003年12月)