<本文>
1.はじめに
高速実験炉「常陽」は、我が国最初のプルトニウム燃料を用いた、ナトリウム冷却、ループ型高速増殖炉である。「常陽」の開発の目的は以下の2点である。
(1) 高速増殖炉プラントの設計、建設、運転により、高速増殖炉に関する技術的知識、経験や運転管理技術の蓄積を図る。
(2) 燃料や材料の照射施設として利用する。
そして「常陽」における技術経験や研究開発は、高速増殖炉の基盤技術の高度化を通じて
原型炉「もんじゅ」の開発に反映するとともに、高速増殖炉の実用化に重要な役割を果たしている。
「常陽」の計画は昭和30年代末から始められた日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の予備設計が出発点である。昭和43年(1968年)6月に動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)がその業務を引き継ぎ、現在に到っている。「常陽」のマイルストーンを
表1に示した。
「常陽」は昭和52年(1977年)4月に初臨界に到達して以来順調に運転が続けられている。昭和59年(1984年)には「常陽」の
使用済燃料から回収されたプルトニウムで再び新しい燃料を製造して炉に装荷し、高速増殖炉を中心とした核燃料サイクルの輪を閉じることに成功した。
2.プラントの概要
「常陽」の主要特性を
表2に示す。「常陽」の炉心部は、当初プルトニウム−ウラン混合酸化物の炉心燃料と、それをとり囲む劣化ウラン酸化物のブランケット燃料およびステンレス鋼製の
反射体で構成されるMK-I炉心(増殖炉心)であった。この炉心において、熱出力50MWおよび75MWでの運転により、炉心性能、冷却性能や運転、保守など高速増殖炉に関する技術経験を得てその目的を達成した。引き続いて、炉心はブランケット燃料をステンレス鋼製の反射体で置き換えた熱出力100MWのMK-II炉心(照射用炉心)に変えられ、昭和58年8月から順調に運転が続けられ、燃料、材料の照射施設として利用されてきた。さらに、平成15年(2003年)7月には高速中性子束をMK-II炉心の約1.3倍に増加させる等の高性能化を図ったMK-III炉心での初臨界を達成し、平成16年(2004年)5月より、MK-III炉心での本格運転を開始した。
原子炉容器は内径約3.6m、高さ約10m、板厚約25mmのステンレス鋼製の円筒容器で、二重壁構造になっており、万一内壁からナトリウムが漏れても外壁で保持できる。炉容器の
遮へいを兼ねた上蓋である回転プラグは、大小2個あり、小回転プラグの中心は大回転プラグの中心より50cm偏心させてあり、これら2つの回転プラグの回転角度の組合せで、小回転プラグ上の
燃料交換機を炉心の任意の位置に位置決めすることができる。原子炉容器の外周には黒鉛遮へい体があり、その周囲を安全容器で囲っている。安全容器は、万一炉容器が破損したときでも、炉心部がナトリウム液面上に露出しないように、漏洩したナトリウムを保持する。炉心燃料集合体は、正六角形のラッパ管内にMK-I炉心では91本、MK-IIおよびIII炉心では127本の
燃料ピンをワイヤスペーサで間隔を保って納めたものである。
図1に原子炉冷却系統図を示す。原子炉冷却系は、2系統の1次、2次主冷却系および補助冷却系を有している。MK-III炉心における1次主冷却系のナトリウム
冷却材の全流量は2,700t/h(1,350t/h/ループ)、2次主冷却系は2,400t/h(1,200t/h/ループ)である。1次冷却材ナトリウムの原子炉入口温度は一定で350℃であり、熱出力140MWtでの原子炉出口温度は500℃である。炉心部で発生した熱は、1次主冷却材により原子炉容器外に運び出され、中間熱交換器を介して2次主冷却材に伝達され、最終的には空気冷却器を介して大気中に放熱される。約2.6MWの除熱能力をもつ補助冷却系は、原子炉停止後の崩壊熱を除去して炉心を冷却する。なお、「常陽」は1次冷却材の
自然循環によっても崩壊熱を除去することができる。
使用済燃料は、
原子炉格納容器の内と外との間で燃料を受け渡すトランスァー・ロータを経由して、燃料交換機、
燃料出入機およびキャスクカーにより、新燃料と交換され、
使用済燃料貯蔵プールに貯蔵される。
格納容器は高さ約54m(地上約30m)、内径約28mの鋼製の気密容器である。格納容器内の雰囲気は、運転床より上は空気、床下はナトリウム火災対策上窒素が充填されている。
3.運転・保守の経験
3.1 炉心管理
燃料交換および運転計画を策定するにあたり、炉心が核的・熱的制限条件を満たすことを確認するため、炉心管理コードシステムを開発し、運用している。本システムは、各運転サイクルの炉心構成や運転履歴を模擬して核熱流力カップリング計算を行う総合炉心特性評価システムである。本システムの評価精度は、性能試験および運転サイクル毎に実施する運転特性試験の測定データ、並びに照射後試験データにより検証され、適切な炉心管理を行う技術を確立した。また、運転特性試験の測定データおよび解析結果については、広く高速炉の解析技術開発に資するため、データベースとしてまとめ、サイクル機構(現日本原子力研究開発機構)から公開するのみならず、IAEAを介しても公開されている。
3.2 運転経験
MK-II炉心の1運転サイクルは当初45日間であったが、昭和63年3月からは燃料の仕様の見直しにより70日間となり、年4サイクルの運転を実施してきた。MK-III炉心では燃料交換期間の短縮等により、60日運転を年5サイクル実施することを可能とし、稼働率を増大させた。燃料交換期間の短縮にあたっては、燃料取扱設備全般の集中制御による遠隔自動化を図るため、機器の更新、電動化、制御計算機の導入を平成7年度(1995年)から段階的に実施し、「燃料取扱中央操作室」からの遠隔運転を可能とした。
初臨界以来、平成17年(2005年)1月までの積算運転時間は約6万5千時間、累積熱出力は約55.7億kWhに達しており、炉内に装荷中のものを含めて569体の燃料集合体等が照射されている。
図2に「常陽」の運転履歴を示す。
「常陽」主要機器である1次、2次ナトリウム主循環ポンプは、各系統へのナトリウムを初充填する運転を開始して以来、運転性能の基本的データを蓄積し、高速増殖炉の実用化に必要な技術の開発と実証に多くの成果を挙げている。
3.3 保守経験
原子炉設備および冷却設備の構造材料に使用しているステンレス鋼やフェライト系合金鋼はナトリウム中ではほとんど腐食せず、また、ナトリウム中には主循環ポンプを含め、稼動部が摺動し、磨耗する部分がない。このため、ナトリウム機器は電気や機械部分を除き原則としてメンテナンスフリーである。カバーガス中に設置されている回転プラグや燃料交換機などの燃料取扱い系の機器は、ナトリウムベーパの可動部への付着や複雑な構造のため、運転手法の改善やナトリウム付着低減のための改造工事を行った。
原子炉および冷却設備のナトリウム機器については、電動機や電気部品の点検、および機器の外観目視検査を行っており、これまで「常陽」ではナトリウム機器に関する重大な故障は発生していない。
供用期間中の健全性については、ナトリウムに接する機器の構造材料はナトリウム冷却系に装荷したサーベイランス材により、また、中性子照射効果については原子炉容器内に装荷したサーベイランス試験片により確認している。
3.4 MK-III計画における冷却系の改造経験
MK-III炉心では、原子炉出力が従来の100MWから140MWに増大することから、冷却系の除熱能力を高めるための改造工事を実施した。冷却系の改造は、1)既存プラントにおける限られたスペースでの大型ナトリウム機器の交換、2)原子炉内に燃料を装荷したままであり、崩壊熱除去の観点から冷却材であるナトリウムが充填された状態での作業、3)主中間熱交換器(以下、主IHX)の交換では放射性腐食生成物(以下、CP)である
60Co、
54Mnが内面に多量に付着した高放射線環境での放射性ナトリウムの取扱作業、という世界でもほとんど経験のない我が国初めてのものであった。よって、改造着手前には、モックアップモデルを製作し、改造で最も重要となるナトリウム配管の切断、ナトリウム除去および溶接作業に関する方法の検討、作業員に対するトレーニング等を実施し、約11ヶ月という長期間の改造作業を安全かつ予定通り終了させることができた。
図3にMK-IIIにおける冷却系の改造範囲を示す。
(a) プラント改造設計
改造設計では、改造範囲と規模を可能な限り小さくするため、プラントヒートバランス、主要機器の改造方策、建物側の制約等の様々な視点に留意した。冷却材の温度および流量については、構造健全性に大きな影響を与える高温側の原子炉出口ナトリウム温度はそのままとして、原子炉入口ナトリウム温度をMK-IIより20℃低下させ、原子炉出入口ナトリウム温度差をMK-II炉心の130℃から150℃、1次冷却材流量をMK-II炉心の122%(1,335t/h)とした。また、2次系については、主IHX2次側出入口ナトリウム温度差を130℃から170℃、2次冷却材流量を107%(1,186t/h)とした。
主IHXは、伝熱性能の確保と圧力損失の低減化を図ることを主眼として設計した。主要構造材料には、高温におけるクリープ破断およびクリープ疲労特性を向上させた高速炉構造用316ステンレス鋼(316FR)を先駆的に採用した。
主冷却器(以下、DHX)の伝熱管は、建物寸法制限内で可能な限り伝熱面積を大きくとるため、旧DHXのU型からシグマ型(高さ方向に伝熱管配列を増加)に変更し、伝熱面積をMK-Iの約2倍とした。主送風機は、シグマ型伝熱管への変更に伴う空気側圧力損失の増加、伝熱性能上の必要風量の確保に対応するため、電動機を400kWから710kW、定格回転数を585rpmから735rpmに上昇させた。
(b) プラント改造作業
冷却材であるナトリウムは化学的な活性が強く、空気中の酸素、湿分と反応するとともに、ナトリウムに溶解した酸素は構造材を腐食させるため、改造工事期間中における冷却系統内への酸素混入は厳しく管理する必要があった。
また、改造工事期間中、炉内には燃料が装荷されており、炉内のナトリウムを液体状態で保持し、崩壊熱を除去する必要があった。一方、原子炉容器と主IHXとの間には仕切弁がないため、冷却系の改造は、原子炉容器以外からはナトリウムを抜き取り、原子炉容器のみナトリウムが充填されたプラント状態で、冷却系統内への酸素混入の防止、ナトリウム自由液面のカバーガス圧力制御を行いながら作業を進めた。特に、ナトリウム配管の切断、溶接作業等においては、作業箇所をシールバッグ等で覆い、その内部をArガスで置換する対策を行い、最終的には、系統内へ混入した酸素量を予測量に対して1次系で約1/10、2次系で約1/65に抑制することができた。
放射線管理では、配管切断・溶接作業等に関する要素モデルとモックアップモデルにより、作業時間を最短にする作業要領の選定および作業員の習熟度の向上を図るとともに、仮設遮蔽体の設置による表面線量率の低減を図った。この結果、作業員の実績総被ばく線量を計画値の1/2以下に抑えることができた。
これらの改造作業で用いた管理手法は、「常陽」での運転・保守への活用は勿論のこと、今後のナトリウム冷却高速炉の改造や設計にも有効に活用できるものである。
3.5 運転訓練
「常陽」では、運転開始当初は、高速炉の運転経験の豊富な英国の高速増殖実験炉ドンレイ炉に、その後は米国の高速増殖実験炉EBR-IIに運転員を派遣し、運転技術を習得した。昭和58年(1983年)には、中央制御室の主要制御盤とその信号挙動を忠実に模擬したフルスコープの
運転訓練シミュレータを導入し、原子炉の起動や停止等の通常操作はもとより、外部電源喪失や実際にはめったに発生しない機器故障等の対応訓練を実際と変わらぬ臨場感の下で実施できるようにした。また、シミュレータは「常陽」の特殊試験運転の事前評価にも用いられており、MOX燃料の溶融限界線出力評価のための過渡試験では、シミュレータを用いた操作訓練を行い、通常運転時の約3倍の出力上昇速度での原子炉運転を計画通り安全に実施した。
<図/表>
<関連タイトル>
高速増殖炉のプラント構成 (03-01-02-02)
日本における高速増殖炉開発の経緯 (03-01-06-01)
高速実験炉「常陽」における研究開発 (03-01-06-03)
動燃/サイクル機構における高速増殖炉研究開発 (03-01-06-06)
<参考文献>
(1)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉の開発,1979年
(2)動力炉・核燃料開発事業団:動燃技報, No.61 1987
(3)動力炉・核燃料開発事業団:動燃技報, No.73 1990
(4)動力炉・核燃料開発事業団:動燃十年史,昭和53年12月
(5)動力炉・核燃料開発事業団:高速増殖炉研究開発の現状 平成7年
(6)照沼誠一,他:高速増殖炉工学基礎講座 運転・保守(その1)原子力工業, Vol.37, No.8 (1991)
(7)照沼誠一,他:高速増殖炉工学基礎講座 運転・保守(その2)原子力工業, Vol.37, No.9 (1991)
(8)基礎高速炉工学編集委員会(編):基礎高速炉工学, 日刊工業新聞社 1993年10月
(9)核燃料サイクル開発機構:サイクル機構技報、No.21(特集 高速実験炉「常陽」の高度化計画(MK-III計画)と今後の展望) 2003年12月