<本文>
1.応力腐食割れとは
応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)は、腐食性の環境におかれた金属材料に引張応力が作用して生ずる割れ現象であり、
図1に示すように、材料、応力、環境の3要因が重畳した場合に発生する。この現象は、軽水炉プラントの計画外停止に至る損傷の原因のひとつとなっており、近年では、非常に耐SCC性が高いとされてきた低炭素ステンレス鋼での損傷が報告されている。ここでは、軽水炉の一次冷却系のステンレス鋼やニッケル基合金のSCCの機構と研究動向を扱う。なお、
中性子照射が関与する
照射誘起応力腐食割れ(
IASCC)についてはその項目(ATOMICAデータ「軽水炉における照射誘起応力腐食割れ <02-07-02-21>」)を参照されたい。
2.応力腐食割れの基本
金属材料の水溶液中腐食は、アノード反応と呼ばれる金属溶解反応(M → M
n++ne
−)とカソード反応(水素発生反応:2H
++2e
− → H
2、酸素消費反応:2H
++1/2 O
2+2e
− → H
2O)が同時に進行して生ずる。一方、金属イオンや金属と水との反応で生成する緻密な酸化膜(不働態皮膜)で金属表面が覆われる場合は腐食反応が進行しなくなり、不働態状態と呼ばれる。Fe−Cr−Ni系のステンレス鋼やニッケル基合金においては、軽水炉の冷却水中でCrが安定な不働態皮膜を形成するので、腐食がほとんど起こらない不働態状態で使用されている。SCCは、このような不働態皮膜ができるような状態で、以下のように引張応力の作用や材料・環境の組合せにより、この不働態皮膜の保護性が局所的に失われることにより生ずる。
(1)材料要因:保護性の低い不安定な酸化皮膜ができるような組成や組織、結晶粒界などへの特定元素の偏析、すべり変形をおこしやすい、あるいは、水素を吸収しやすいような組成や組織
(2)応力要因:不働態皮膜を継続的に破壊するような引張の応力や歪。腐食速度や水素の拡散よりも遅くゆっくりした変形の進行
(3)環境要因:保護性の低い不安定な不働態皮膜ができるような環境、不働態皮膜を破壊するような化学種(Cl、Fなど)の存在や化学種の濃縮がおこるような隙間環境
SCCは割れの進展経路から、
図2に示すように、結晶粒界を進展する粒界型応力腐食割れ(IGSCC:Intergranular SCC)と結晶粒内部を進展する粒内型応力腐食割れ(TGSCC:Transgranular SCC)に分けられる。
図3に応力腐食割れにおける電気化学的反応過程を示す。SCCは支配的要因から、溶解や酸化が支配するような場合(活性経路型)と水素による脆化が支配する場合(水素脆性型)に大きく分類される。活性経路型は、材料内の特定の場所が溶解あるいは酸化して起こるタイプであり、引張応力によるすべりとすべった部位の溶解・酸化が繰り返されて割れにいたるもので、すべり酸化あるいはすべり溶解型と呼ばれる。溶存酸素濃度が高い等の高腐食電位の場合におこりやすいとされる。水素脆性型では、腐食によって生じた水素が材料に吸収されて局所的に集積し、粒界や特定結晶面の結合力を弱めたり、水素化合物などを形成することにより割れが生ずる。水素発生型のカソード反応が支配するような環境でおこりやすいとされる。
3.軽水炉構造材における応力腐食割れ
軽水炉の一次冷却系のステンレス鋼やニッケル基合金(*1)で発生したSCCは、材料・環境の組合せと割れ形態などからいくつかに分けられ、その要因と考えられる機構は以下のとおりである。
(1)鋭敏化した高炭素ステンレス鋼等のIGSCC
1970年代後半にSUS304等の
BWR再循環配管溶接熱影響部等で発生したIGSCCが代表的な例である。溶接熱影響による材料の鋭敏化、高溶存酸素濃度の水環境、溶接
残留応力の3要因が合わさり発生している。高炭素ステンレス鋼の溶接熱影響部のIGSCCは、溶融線に沿った溶接熱影響部の鋭敏化した領域に、発生・進展する。鋭敏化とは、材料がSCCに対して感受性をもつ(鋭敏になる)状態になることを指し、溶接時の熱により600〜800℃に加熱徐冷されて結晶粒界にCr炭化物が生成し、
図4に示すように、その周辺にCr濃度の低い領域(Cr欠乏層)ができることが原因とされる。ステンレス鋼の耐食性はCrの不働態皮膜により保たれているが、Cr欠乏層では安定な皮膜を作るのに必要とされるCr濃度(約12%)以下となっている。このため、引張残留応力と高い溶存酸素濃度が作用すると、Crの欠乏した結晶粒界で選択的にすべり溶解・酸化が起こり、割れが発生・進展すると考えられている。このようなIGSCCの機構は、BWRシュラウドサポートやスタブチューブ溶接部でみられた182溶接金属などNi基材料のIGSCCにもあてはまると考えられている。ステンレス鋼の鋭敏化は材料の炭素量が高いほど起こりやすいので、材料面からの対策として炭素量を0.020%以下として溶接熱影響部の鋭敏化を防止する低炭素ステンレス鋼(316L及び316(LC))が採用された。また、取替えの困難な部位については、環境面の対策として冷却水中の溶存酸素濃度を低減する水素注入(HWC:Hydrogen Water Chemistry)、応力面の対策としてピーニング(投射材を表面に高速で衝突させる)による表面圧縮応力の付与が行われている。
(2)非鋭敏化低炭素ステンレス鋼のSCC
低炭素ステンレス鋼のSCCは1994年頃から海外で報告され始め、日本では2001年以降に炉心シュラウドや再循環系配管の溶接部近傍で報告されている。国内BWRでの実際の割れ部の調査から、表層部に機械加工等による硬化層(
ビッカース硬さ300Hv以上)があり、その部分をTGSCCが進展しており、硬化層より下の母相からはIGSCCとして進展していること、溶接金属内に進展している場合のあることがわかっている。また、鋭敏化材のような粒界Cr欠乏などはみられないことが確認されている。応力要因としては溶接と加工による引張残留応力、環境要因としては溶存酸素や過酸化水素の存在する水環境が、作用していると評価されている。
図5に鋭敏化ステンレス鋼(従来材)と比較した要因を示す。強い冷間加工を受けたステンレス鋼のTGSCCやIGSCCの発生は実験室の加速試験(1%歪を付与する隙間付曲げ試験)で報告されており、また、低炭素ステンレス鋼を破壊力学的CT(compact tension)試験片でき裂進展試験をすると、鋭敏化304ステンレス鋼よりは進展速度が低いものの、IGSCCで進展することが報告されている。冷間加工材でTGSCCが発生する機構や、非鋭敏化ステンレス鋼のIGSCC進展の機構は、鋭敏化ステンレス鋼のIGSCCの機構とは異なっていると考えられるが、定説はなく現在研究が進められている。また、2008年に国内のBWRハフニウム板型制御棒の低炭素ステンレス鋼製の部品に割れの発生が報告されたが、この現象は非常に多量の中性子を受ける部位特有の照射誘起応力腐食割れ(IASCC)であると認識されている。
低炭素ステンレス鋼のIGSCC対策としては、1)加工や溶接で生じた引張の残留応力をピーニングにより圧縮応力に変える、2)配管の場合は
高周波加熱により内面に圧縮を付与するなど応力面からの対策と、水素注入などの環境面の対策がとられている。
(3)PWSCC
PWSCC(Primary Water SCC)はPWR一次系炉水中のSCCのことで、1975年以降蒸気発生器伝熱管や原子炉容器上蓋貫通部等に使用されているニッケル基合金の600合金等に見られている。割れ形態はIGSCCである。PWR一次系炉水は水素(炉水中25〜35cc STP/kgH
2O標準温度圧力)を添加し溶存酸素濃度を5ppb以下に抑えており、放射線分解による酸化性物質の生成も抑制されている。したがって、BWRのような溶存酸素の存在する水質でのIGSCCとは機構が異なっていると考えられている。PWSCCの機構については諸説があり、活性経路型SCC、あるいは水素脆性型SCCとする考えの他に、酸素等の粒界拡散による粒界の内部酸化を主因とする説や、水素により加速されたクリープ破壊を主因とする説が提案されている。PWSCCは、高溶存酸素濃度環境での鋭敏化ステンレス鋼のIGSCCとは異なり、結晶粒界に炭化物が析出すると抑制される傾向がある。600合金では、約700℃で熱処理し粒界にCr炭化物を析出させたTT600合金が改良材として開発されている。さらに、Cr量を約30%まで高めた690合金でも結晶粒界に炭化物を析出させ、対策材として広く使用されている。また、材料取替えが行われていない部位の600合金では、残留応力改善策として原子炉容器下部貫通部の600合金へのピーニング処理が行われている。
ステンレス鋼については、一次冷却系構造材の中ではバッフルフォーマボルト(*2)のIASCCによる損傷が国外で多数報告されている。この部位を除けば、ステンレス鋼のSCC事例はほとんど報告されていないが、2003年に国内の蒸気発生器管台の低炭素ステンレス鋼セーフエンド部で粒界型SCCとみられる微小な割れが発見され、原因は冷間加工による加工硬化と考えられている。
(4)塩素等が関与するSCC
塩素は不働態皮膜を破壊する作用をもつので、濃度が高いと孔食と呼ばれるピットを形成し、その下からSCCを発生したり、希薄な場合でもSCCを加速する。BWR、PWRとも一次冷却水の塩素濃度は極めて低く(約10ppb以下)管理されているので、一次系では塩素起因のSCCはほとんど起こらないが、水の滞留部や海塩粒子などが入り込む場所では引張応力があるとSCCが発生する場合がある。このSCCは主としてTGSCCとなるが、条件によってはIGSCCになる場合もあり、また、比較的低い応力でも発生する。
4.SCCに関わる研究動向
低炭素ステンレス鋼でのSCC発生を契機として、SCCの機構についてより深い理解が重要となっており、以下のような研究が多く行われている。
(1)低炭素ステンレス鋼のSCCが強加工部に見られたことから、SCCの発生・進展に対する加工の影響が精力的に研究されている。き裂の発生や進展速度は、材料の耐力が高いほど発生が早く、進展速度が大きいことがわかっている。この原因として材料が応力や歪を受けた時のすべりの局在化が関係していると考えられている。また、材料の組成によるすべりの様式の違いと、材料のTGSCCやIGSCCの感受性への影響が調べられている。
(2)SCC機構の解明には、き裂の内部でおこっている腐食過程の解明が重要である。電子顕微鏡によるき裂先端組織の直接観察が行われるようになっており、
図6に示すように、き裂先端の組織においてCr及び酸素濃度の高いことから、き裂に先行して粒界の酸化やCrの移動等が起こっていることが確認されつつある。また、歪の有無による不働態皮膜の電気抵抗の違いなど、機構解明に重要な基本的な物性に関する情報が得られつつある。
(3)原子炉内のSCCでは、水の流れや放射線強度により変化する局所的な水質を把握することが必要である。BWRでは放射線分解(ラジオリシス)による過酸化水素等の濃度がSCCに悪影響をもつため、
図7のようなモデルによる解析が進んでいる。また、き裂内部の水質はバルク水と異なっており、
炉内構造物が位置するような高い放射線場では、放射線分解によりき裂内部の過酸化水素濃度が高まることがわかってきている。
(4)機器の維持管理には、精度よいSCCき裂進展速度予測法が求められるため、低炭素ステンレス鋼、溶接金属等の評価線図作成のためのデータベースの蓄積が進められている。また、腐食の確率的性質に基づくデータ統計解析手法も確立されている。これらの経験的予測とともに、機構論的な進展予測式の検討が進められており、すべり溶解・酸化などの反応速度モデルとき裂先端歪速度の破壊力学モデルを組合せたモデルの精緻化が進められている。
(5)計算機シミュレーションによるSCC研究も進められている。例えば、第一原理計算により粒界における溶質元素の偏析と脆化及び強化機構が検討され、偏析による粒界凝集エネルギーの変化により粒界脆化機構を説明できることが示された。また、
図8に示すように、SCCの特徴の一つである分岐を伴う複雑なき裂形状に関して、有限要素モデルを用いた3次元粒界き裂形状解析により分岐を伴うき裂の発生・進展を再現できることが示されている。
[用語解説]
(*1)ニッケル基合金
軽水炉一次系で使用されているニッケル基合金とその代表的組成は、600合金(8Fe-15Cr-75Ni)、690合金(9Fe-60Ni-30Cr)である。TT600合金は、600合金に700℃で約15時間の熱処理が施されている。溶接金属では、182溶接金属は600合金相当の組成であり、82溶接金属では前者のCr組成が約20%程度に高められている。
(*2)バッフルフォーマボルト
PWRの炉内構造物の炉心バッフルとフォーマ板をつなぐボルトで、WH型のPWRで使用されている。最も燃料に近い位置にあり多量の中性子を受ける。
(前回更新:2003年12月)
<図/表>
図1 材料・環境・応力の3要因によるSCC
図2 粒界型応力腐食割れ(IGSCC)と粒内型応力腐食割れ(TGSCC)
図3 応力腐食割れに関わる様々な過程
図4 高炭素ステンレス鋼の鋭敏化
図5 低炭素ステンレス鋼の応力腐食割れの要因
図6 電子顕微鏡によるき裂先端組織
図7 BWR炉内水質のラジオリシスモデル
図8 複雑な3次元き裂パターンの力学的モデルによる再現
<関連タイトル>
軽水炉における応力腐食割れ (02-07-02-15)
軽水炉における照射誘起応力腐食割れ(IASCC) (02-07-02-21)
原子炉材料の基礎(1) (03-06-01-09)
発電用原子炉材料および燃料 (02-08-01-05)
BWRの水質管理 (02-02-03-02)
PWRの水質管理 (02-02-03-05)
原子力発電施設の高経年化対策と関連研究 (06-01-01-12)
沸騰水型軽水炉(BWR)の炉心シュラウド交換 (02-02-03-12)
「ふげん」炉心冷却系材料の応力腐食割れとその対策 (06-01-03-04)
軽水炉蒸気発生器伝熱管の損傷 (02-07-02-14)
<参考文献>
(1)R.W.Staehle:Fundamental Aspects of Stress Corrosion Cracking,eds. R.W.Staehle et al., NACE, p.7(1969)
(2)大谷 南海男:金属の塑性と腐食反応、産業図書(1979年)
(3)腐食防食協会(編):装置材料の寿命予測入門、丸善(1984年)
(4)小若 正倫:新版 金属の腐食損傷と防食技術、アグネ承風社(1995年)
(5)T.Shoji et al., Proc. of 7th International Symposium on Environmental Degradation on Materials in Nuclear Power Systems Water Reactors, NACE, p.881(1995)
(6)腐食防食協会:特集 最近の原子力プラント構造材料の信頼性向上技術、材料と環境、腐食防食協会、Vol.48, No.12, p.746-771(1999)
(7)腐食防食協会(編):腐食・防食ハンドブック、丸善(2000年)
(8)日本原子力学会(編):原子炉水化学ハンドブック、コロナ社(2000年)
(9)藤井 克彦ほか:第48回材料と環境討論会 A307、腐食防食協会(2002)
(10)長谷川 雅幸他:特集 より高い信頼性を求めた原子炉材料の最近の研究動向、金属、アグネ技術センター、Vol.73, No.8, p.721-759(2003)
(11)総合資源エネルギー調査会 原子力・保安部会:審議会・研究会、原子力発電設備の健全性等に関する小委員会(第7回) 配布資料(7-3)、原子力発電設備の健全性評価について−中間とりまとめ−(2003)
(12)原子力安全・保安院、(独)原子力安全基盤機構:応力腐食割れ(SCC)に関する現在までの知見の総括、平成18年7月6日(2006)
(13)(独)原子力安全基盤機構:高経年化対応技術戦略マップ2009、p.63-115(2009)
(14)福谷 耕司:材料が支える原子力システム、第1回 軽水炉用ステンレス鋼、日本原子力学会誌、Vol.53, No.8, p.577-581(2011)