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<概要>
 新型転換炉「ふげん」では、原子炉冷却系を構成するSUS304ステンレス鋼配管等の応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking )の発生を防止するために、SCC感受性の低いSUS316L 材への材料取替、溶接熱影響部に対しては高周波加熱による残留応力改善、および水素注入による原子炉冷却水の水質改善法を組み合わせたSCC対策を実施してきた。
水素注入法は「ふげん」での実施が国内で最初のものとなるので、SCC防止効果、水素注入時のプラントの安全性、ジルコニウム合金等の材料健全性等について調査と研究を行った。水素注入法を含むこれらの対策の実施により、SCCの発生を効果的に防止することができ、「ふげん」の安定な運転に寄与することが出来た。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 「ふげん」の入口管、上昇管をはじめとする原子炉冷却系は、国内の沸騰水型軽水炉(BWR)と同じく、主にSUS304ステンレス鋼材で構成されている。「ふげん」の原子炉本体の製作が開始された昭和47年当時から、当時のSCC対策に関する情報をもとに、入口管や上昇管材料には炭素含有量を少なく指定した材料を用い、また、溶接熱影響部の鋭敏化を防ぐための溶接時の熱入力の管理を行い、一部鋭敏化した部品には固溶態化熱処理を行い、工程的に間に合う一部配管にはSUS316L に材質を変更する等のSCC対策を行ってきたが、昭和55年11月の計画停止時に、冷却材が滞留する余熱除去系の配管溶接部の一部にSCCが発見された。
 SCCは、SUS304ステンレス鋼材(炭素を比較的多く含む)等が溶接時の熱影響により高い残留応力を持つ部分で、かつそこが鋭敏化(SCCに対する感受性が高くなること)して、おまけに酸化性の水環境中に曝された時に発生する。SCCはこのように材料因子、応力因子、環境因子の3因子が重畳したときに発生する。これらの内、1因子でも改善すればSCCの発生を抑制できる( 図1 )。
 「ふげん」では、材料取替えが可能な配管・機器については、SCCが発生しやすい小口径配管から順に、定検時および計画停止時に計画的に、SCC感受性が極めて低い SUS316L材への材料取替えを行った。また材料取替えが不適当な部分には、高周波加熱による残留応力改善(IHSI:Induction Heat Stress Improvement )を適用してきた。これらのSCC対策を施した平成 3年12月現在の原子炉冷却系の材料構成の概略を 図2 に示す。
 管群構造となっている入口管・上昇管については、配管周辺部が極めて狭隘で材料取替もIHSIも共に適用することが困難であるため、水素注入による原子炉冷却水の水質改善法を採用して、環境因子の改善によりSCCの発生を防止している。
1.水素注入法の開発
 水素注入法は、原子炉給水中に水素を注入すると、これが原子炉内に持ち込まれて、原子炉内における水の放射線分解反応を抑制して分解生成物である酸素の発生量を減少させるので、炉水中の溶存酸素濃度が低下してSCCの発生しにくい炉水環境が形成される効果を利用するものである。
 原子炉冷却材中に水素を添加して放射線分解反応を抑制する方法は、加圧水型軽水炉PWR)では1960年代から採用されているが、沸騰水型軽水炉(BWR)では水素の消費量が極めて多くなったり、主蒸気への16N等の放射性物質の移行挙動が大きく変動する恐れがあったため、1978年にスウェーデンのオスカーシャム2号機(Oskarshamn-2)でSCC対策として試験されるまで、実機に適用されたことはなかった。
 「ふげん」でSCCが発見された当時には、水素注入法は世界的にも未だ試験段階にあった。これを「ふげん」に適用するために、水素注入環境下における圧力管材・燃料被覆管材等の材料健全性評価、水素注入による炉水中溶存酸素濃度低減効果および水素注入にともなう主蒸気管線量当量上昇効果の計算機による予測解析を行う他、スウェーデンへの現地調査を行い、事前評価を綿密に行った。この後、昭和59年7月から「ふげん」における短期水素注入試験を実施し、この結果に基づき、昭和60年12月から現在まで連続水素注入を行っている。また、実機の水素注入と並行して炉外における各種の材料試験を実施してきた( 表1 )。
2.短期水素注入試験
 予備調査、事前評価の結果、「ふげん」の水素注入は給水系から行うのが最も効果的で、 10Nm3/h程度の水素注入量で再循環系での溶存酸素濃度を 80ppbから 20ppbに低減できる見通しが得られ、昭和59年7月から昭和60年7月にかけて短期水素注入試験を実施した。 図3 に示すように水素注入は、給水ポンプ上流側より給水系に注入し、水素は蒸気ドラムに流入した後、原子炉冷却材とともに炉心部を通り、炉心部での水の放射線分解反応を抑制したのち、主蒸気中へ放出される。排出された水素は非凝縮性ガスとして復水器からエゼクタで廃ガス系へ導かれ、再結合器蒸留側から注入される酸素と再結合される。
 この試験で、水素注入流量および原子炉出力を変動させ、水素注入による炉水中溶存酸素濃度の低減効果を確認した。また、低歪速度引張試験(SSRT)を行いSCCの発生を防止するのに充分な炉水中溶存酸素濃度を定めた。これと並行して水素注入による水質変動の確認および水素注入環境下におけるSUS304材の腐食電位の測定を行った。
 これにより、入口管部の溶存酸素濃度を示す下部ヘッダ(ウォータードラム)水中の溶存酸素濃度は、水素注入をしない状態では約80ppb であるが、給水中に水素を1.5ppm程度注入することによって20ppb 以下まで低減することが確認できた。SSRT試験の結果、溶存酸素濃度30ppb 以下で鋭敏化SUS304材のSCC破面率は通常のSSRTによる測定下限値とされている1%以下まで低下し、更に10ppb 以下では全くSCCの発生は認められなくなることを確認した。
3.連続水素注入
 短期水素注入試験の結果、水素注入を行ってもプラント運転上支障がないことが確認されたため、昭和60年12月から連続水素注入を開始した。注入する水素と酸素は、短期水素注入試験期間中は、大型ボンベから供給して用いたが、昭和60年12月以降は、研究段階にあった水電解法による水素・酸素発生装置を実用化して用いた。
 昭和60年12月以降の連続水素注入試験期間中に長期材料健全性確認試験を行い、また、原子炉冷却材水質の長期的な変動等の調査を行っているが、水素注入による大きな変動は認められていない。
4.材料健全性確認試験
 長期間の水素注入環境下における圧力管材・燃料被覆管材等の材料健全性評価を行うため、インプラント材料試験と炉外材料試験を行った。
 炉水の水質測定器、SUS304材の腐食電位測定を行うためのオートクレーブおよび六連式低歪率引張機構を備えたSSRT用オートクレーブを設置したインプラント試験装置に、原子炉再循環系の下部ヘッダBより炉水を通水し、17,000時間に及ぶ材料試験を行い、水素注入がSUS304ステンレス鋼材のSCC感受性を低減させること、他の原子炉構成材料に悪影響を及ぼさないことを確認した。また、炉外材料試験では20,000時間以上の試験で、水素注入条件下で圧力管材および燃料被覆管材への水素吸収量が、設計値より充分低いことを確認した( 図4 )。
<図/表>
表1 水素注入法の開発経緯
表1  水素注入法の開発経緯
図1 応力腐食割れ(SCC)発生要因
図1  応力腐食割れ(SCC)発生要因
図2 応力腐食割れ対策を終了した「ふげん」原子炉冷却系の材料構成(平成3年12月現在)
図2  応力腐食割れ対策を終了した「ふげん」原子炉冷却系の材料構成(平成3年12月現在)
図3 「ふげん」水素注入時の概略系統図
図3  「ふげん」水素注入時の概略系統図
図4 「ふげん」圧力管材料への水素吸収量の測定結果
図4  「ふげん」圧力管材料への水素吸収量の測定結果

<関連タイトル>
新型転換炉の原子炉本体 (03-02-02-05)
新型転換炉の冷却システム (03-02-02-07)
新型転換炉の供用期間中検査技術開発 (03-02-04-04)
原型炉「ふげん」 (03-04-02-09)
新型転換炉の安全研究の概要 (06-01-03-01)

<参考文献>
(1)動燃技報 : No.69 1989. 3. 「ふげん」特集 動力炉・核燃料開発事業団
(2)新型転換炉原型炉「ふげん」技術成果の概要 : 1991.8. 動力炉・核燃料開発事業団
(3)新型転換炉技術成果報告会 予稿集 平成 3.12.18 動力炉・核燃料開発事業団
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