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<概要>
 PWRの蒸気発生器内に組込まれた多数の伝熱管について、1970年代に「減肉」が発見されて以来、「デンティング」、「ピッティング」や「応力腐食割れ」の現象が報告されてきた。いずれの現象についても伝熱管材料と水質に関連して対策が検討され、最近では損傷の発生割合が減少してきている。これまでに損傷が発見された伝熱管にはスリーブ補修や施栓などの対策が施されるが、これまでに11基のプラントでは蒸気発生器の取替えが行われた。
 2006年1月改正の技術基準(省令第62号)に流体振動等による損傷防止として美浜2号機の損傷事例が反映され、具体的な仕様規定は機械学会の「蒸気発生器伝熱管U字管部流力弾性振動防止指針」を技術評価の上、設計・建設規格2005の参照規格としている。
<更新年月>
2006年12月   

<本文>
1.蒸気発生器伝熱管損傷の状況
 PWR(加圧水型発電炉)における蒸気発生器(SG:Steam Generator)の機能は、原子炉で発生し一次冷却材で運ばれてきた熱を二次冷却材に伝えて蒸気を発生することと、一次冷却材の高圧に耐えてこれを閉じこめている原子炉冷却材圧力バウンダリの一部を形成することである。図1に蒸気発生器の構造を示す。基本構造は、逆U字型の伝熱管を有する熱交換器で、管内を一次冷却材が、管外を二次冷却材が流れる構造であり、高速で流れる冷却材によって生じる振動を抑えるために、管板、管支持板および振れ止め金具によって伝熱管を支えている。
 伝熱管が破損すると高圧の一次系から二次系に冷却材が漏れ出し、この量が多いと事故の拡大を防止するために原子炉緊急炉心冷却系(ECCS)が作動する事態も起きる。実用化初期のPWRでは、伝熱管の材料と冷却材の水質に起因する腐食現象により、一次系から二次系への漏れに至らないか、漏れても極めてわずかの漏洩率である微小な損傷の発生が見られた。このような損傷が発達して伝熱管の大きな破損に至らないように、PWRの定期検査においてはSGの伝熱管全数について全長にわたるECT(過電流探傷検査)を実施して、この微小な損傷を確実に検出するようにしている。損傷が発生した伝熱管に対しては、主として金属製スリーブで内張り補修(スリーブ補修)が行われるが、スリーブ補修が困難な場合には「施栓」(プラッギング)などの措置を講じる。
 これまで発見された伝熱管腐食損傷と損傷部位を図2に示す。また図3に世界の蒸気発生器伝熱管の損傷原因別割合の変遷を示す。1970年代前半におけるPWR運転開始当初は、減肉現象がほとんどを占めていた。同年代後半になるとデンティング現象や、伝熱管二次側において応力腐食割れが見られるようになった。1980年代になると、伝熱管一次側における応力腐食割れやピッティング(孔食)現象が報告されるようになったが、後述する各種対策により、伝熱管にピンホールが貫通するようなトラブルは激減した。また、その後の新設プラントでは設計段階、製造段階で、初期のプラントでの運転経験や海外での運転経験を参考にして種々の改善を加えてきており、伝熱管の損傷は少なくなっている。
 わが国では、1970年(昭和45年)に営業運転を開始した美浜−1から、1997年に営業運転を開始した玄海−4まで、23基のPWRが稼動している(表1参照)。これまでには、1991年に美浜−2で経験したような、伝熱管に亀裂が発生して破断しECCSの作動に至った損傷事例も報告されている。表2−1表2−2に1989年〜2001年の伝熱管損傷の報告例を記す。また、1994年末までの、わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷等と補修状況を表3に示す。
 90年代前半までは、振止め金具部を除けば、損傷が発見された伝熱管は何れもTT処理(*1)を施さないインコネル600(MA600)であったが、最近では、TT600およびTT690に変更した伝熱管でも、僅かではあるが、損傷例が報告されている。
2.伝熱管の腐食損傷の原因(発生例)と対策(図2参照)
2.1 減肉
 伝熱管の減肉は、二次系水の水処理薬品としてリン酸ソーダが使用されたSGのみに発見された。各種の調査や再現実験によって、減肉の主な原因はリン酸ソーダが伝熱管と支持板の間隙部に局所的に濃縮固着されることによる伝熱管の腐食であることが判明した。伝熱管の減肉に対しては次のような対策が採用され、問題は解決された。
 ・二次系の水処理を、リン酸ソーダに代わってヒドラジンを用いる全揮発性薬品水処理(AVT:All Volatile Treatment)に変更する。
 ・水処理方法の変更に伴い、残留リン酸ソーダを除去するためSGを温水で洗浄する。
2.2 応力腐食割れ
 伝熱管の製作時あるいはSGの組立て時に残留した応力に、腐食性の水環境が重畳して応力腐食割れが生じるものと判断された。この応力腐食割れは二次系側だけでなく一次系側でも発生する。二次系側では伝熱管、管板、管支持板の間隙部で発生しており、リン酸塩またはスラッジに起因するアルカリが間隙で濃縮されて起こると考えられている。このような場所の伝熱管ではピッティング現象も発生する。
 伝熱管の応力腐食割れに対しては、管板部に接する伝熱管部分の拡管を、予め水圧で拡げてからローラ拡管する方法に変更して、残留応力の低減化を図っている。
 また、応力腐食割れに感受性のより低い材料の開発も進められ、新設プラントに採用されている。ニッケル基合金(インコネル600)に熱処理を施したTT600合金が改良材として多用されたが、クロム量を増やして応力腐食割れ特性を改善したTT690合金が使用されつつある。また、ドイツのプラントではインコロイ800が用いられ良好な使用実績をあげている。
2.3 デンティング(denting)
 デンティングは、炭素鋼製の管支持板の腐食により、伝熱管と管支持板の間にマグネタイト等の腐食生成物がつまり、管のくびれや管支持板の損傷が発生する現象である。新設プラントでは、高温水中での腐食速度が小さいSUS405が近年用いられるようになった。
3.蒸気発生器(SG)の取替え
 スリーブ補修や施栓を必要とする伝熱管の比率が高まり、それらの作業に長期間を要する場合にはSGそのものの更新が実施される。SGをより信頼性の高い最新型のものに取替えることにより、プラント全体の安全性・信頼性が一層向上することになる。わが国のPWRにおいても、TT処理が施されていないSGの一括交換が行われた。対象となった炉は関西電力の美浜1−3号機、高浜1、2号機、大飯1、2号機、九州電力の玄海1号機、四国電力の伊方1号機の合計9プラントであり、1998年1月21日〜5月10日に行われた伊方1号機の取替えでこの計画は終了した。さらに予防保全の観点から、2001年に玄海2号機および伊方2号機の蒸気発生器の取替えが行われた。蒸気発生器交換を行った11プラントは、伝熱管の口径・配列・ピッチおよび振れ止め金具の本数(3本組)が同一であり、熱流動条件もほぼ同一である
4.伝熱管破断の事例
 伝熱管が破断し、一次系から二次系への大量の漏れに至った事例のうち、近年発生した例をつぎに述べる。これらの事例では、ECCSが作動したほど大量の漏れを経験した例もあるが、サイト外での公衆被曝は許容値以下であった。
4.1 GINNA-1(米国)の事例
 1982年1月25日に、SGから約2900リットル/分の漏れが発生し、ECCSが自動起動して原子炉は安全に停止した。
 伝熱管破損の原因は、補修時にSG内に置き忘れた異物による磨耗減肉で施栓済の伝熱管が破断し、これが振動して周辺の健全な伝熱管と衝突し、そのうちの1本に長さ150mmに及ぶ磨耗を生じ破裂したためと報告されている。
4.2 NORTH ANNA-1(米国)の事例
 1987年7月15日に、SGから約2410リットル/分の漏れが発生し、ECCSが自動起動して原子炉は安全に停止した。
 伝熱管破損の原因は、振れ止め金具に保持されていない伝熱管のU字部が二次系冷却材の流れによって振動し、かつ、この管と支持板の隙間でデンティングが発生していたため管と支持板の間で滑りによる振動エネルギーの減衰ができず、管壁に振動による曲げモーメントに起因する高い応力が繰り返し加わったために高サイクル疲労により破断に至ったものと報告されている。
4.3 McGUIRE-1(米国)の事例
 この炉では、下記の2回の破損例が報告されている。
(1)1989年3月7日に、SGから約1900リットル/分の漏れが発生したが、原子炉は安全に自動停止した。
 SGから抜き取った伝熱管破損部の試験結果から、破損原因は応力腐食割れと考えられている。管の縦方向に走る破損部は、長さ約95mm、幅約9.5mmであった。伝熱管の材質はインコネル600であったが、外表面に破損部の下部約50mmから上部500mmまでに深さ約0.025mm、幅1mmの溝が走っており、この溝の長さ方向に沿ってひび割れが見られた。溝近傍に金属組織の乱れがあることから、管の熱処理後に溝が形成したと考えられた。また、X線による残留応力の測定では、耐力より若干低い局所的な応力の存在が示された。このような結果から、この管のみに発生した応力腐食割れによる破損と結論されている。
(2)1992年1月16日出力運転中に1次系から2次系への漏洩率が250ガロン/日を越えたため原子炉を停止した。伝熱管の試験で応力腐食割れによる軸方向の亀裂が発見された。破損伝熱管の前回ECT時に欠陥信号があったのを見落としていたのが原因である。
4.4 Arkansas Nuclear One-2(米国)の事例
 1992年3月9日出力運転中に1次系から2次系への漏洩率が360ガロン/日を越えたため原子炉を停止した。伝熱管の試験で粒界応力腐食割れにより伝熱管肉厚の約90%に及ぶ周方向亀裂が発見された。破損伝熱管の前回ECT時に欠陥信号があったのを見落としていたのが原因である。
4.5 Palo Verde-2(米国)の事例
 1993年3月14日98.8%出力運転中、蒸気発生器No.2で伝熱管が破損し、加圧器水位および圧力が下がったため、原子炉を手動で停止した。充填ポンプを追加運転したが加圧器水位が低下し、ECCSが作動した。1次系から2次系への漏洩率は最大909リットル/分と推定された。
4.6 美浜−2(日本)の事例
 1991年2月9日に、定格出力運転中SGから約2600リットル/分の漏れが発生し、ECCSが自動起動して原子炉は安全に停止した。
 SGの詳細調査により、伝熱管を支える振れ止め金具が設計通りに取り付けられていなかったため、管の外部を流れる二次冷却材の流速により大きな振動が発生し、管支持板部で伝熱管に繰り返し応力が作用して疲労による亀裂が発生し破断に至ったものと推定されている。
4.7 大飯−2(日本)の事例
 1995年5月12日、主蒸気管モニタの警報が発信し、蒸気発生器伝熱管からの漏洩と判断し、原子炉を手動停止した。抜管して調査した結果、蒸気発生器伝熱管Uベント曲げ部周方向に割れが発生しており、伝熱管材料および一次系水質環境を考慮すると、一次系から応力腐食割れが発生し、一次系から漏洩(水の滲み)に至ったと推定されている。
5.改定技術基準と蒸気発生器伝熱管U字管部流力弾性振動防止指針の策定
 美浜2号機の蒸気発生器伝熱管破断は、運転中に二相流状態で管群内を循環している2次側冷却水による流力弾性振動に起因する高サイクル疲労によることが確認された。これを受けて、1992年に構造等の技術基準(告示501号)が改正され、外面に流体による励振力を受けるU字管群曲げ部に対する規定として、有効流速を限界流速で除した流力弾性振動発生判別値が1を下回ることが要求された。(図4参照)
 1993年から1999年にかけて国内運転プラントの蒸気発生器と同一最大曲げ半径U字管を有する実機大試験モデルによる実機並みの熱流動条件下での実証試験(5列の二次元管群試験)が実施された。この試験を受けて、日本機械学会では、流力弾性振動発生判別値の算定に当たって必要となる運転中の減衰比等、また、設計上の安定比評価のための係数(SR×1.4が1を下回ることを要求)の具体的数値を規定する「蒸気発生器伝熱管U字管部流力弾性振動防止指針」を策定した。本指針は技術評価の上、設計・建設規格2005の参照規格として引用されている。
[用語解説]
(*1) TT処理:Thermal Treatment であるが邦訳ではTTの後に「処理」を付ける。
 700℃近辺で約10時間加熱し、合金中に含まれている炭素を炭化物として析出させ、且つ、炭化物の近傍にクロム(Cr)が少なくなる領域が生じないようにする熱処理である。炭化物はCrを取り込みやすいので、炭化物生成によりCr欠乏領域ができることがあり、Cr欠乏領域ができると応力腐食割れ感受性が高くなる。TT処理は、使用中に炭化物とCr欠乏領域ができる恐れのある含有炭素を、予め無害な炭化物に変えておく熱処理である。
(前回更新:2004年7月)
<図/表>
表1 わが国のPWR発電所の蒸気発生器(新設時)の仕様
表1  わが国のPWR発電所の蒸気発生器(新設時)の仕様
表2−1 わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷(1/2)
表2−1  わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷(1/2)
表2−2 わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷(2/2)
表2−2  わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷(2/2)
表3 わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷等と補修状況
表3  わが国のPWRにおける蒸気発生器伝熱管の損傷等と補修状況
図1 蒸気発生器の構造
図1  蒸気発生器の構造
図2 蒸気発生器の伝熱管腐食損傷と損傷部位
図2  蒸気発生器の伝熱管腐食損傷と損傷部位
図3 世界における蒸気発生器伝熱管の損傷原因別割合の変遷
図3  世界における蒸気発生器伝熱管の損傷原因別割合の変遷
図4 蒸気発生器伝熱管U字管部の流力弾性振動発生限界評価手順
図4  蒸気発生器伝熱管U字管部の流力弾性振動発生限界評価手順

<関連タイトル>
美浜発電所2号機蒸気発生器伝熱管損傷事象の概要 (02-07-02-04)
軽水炉における応力腐食割れ (02-07-02-15)
PWRの蒸気発生器 (02-08-01-03)

<参考文献>
(1)ステンレス協会(編):ステンレス鋼便覧−第3版−、日刊工業新聞社(1995年)、p.1320-1327
(2)百々 隆ほか:原子力発電所の蒸気発生器取替作業の全容、原子力工業、Vol.41 No.4,p.6-44(1995)
(3)山岡克彰ほか:火力原子力発電、vol.50,No.4,p59-67(1999)
(4)P E MacDonald et al.: Steam Generator Tube Failures,NUREG/CR-6365(1996)、p.85-103
(5)火力原子力発電技術協会(編):発電プラントの腐食とその防止、(1997年8月)
(6)原子力発電技術機構:わが国の原子力発電所におけるトラブルについて、(平成元年〜9年度)原子力発電技術機構
(7)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック 1997年版(1997年5月26日)、p.144-145
(8)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック 2001年版(2001年8月7日)、p.150-154
(9)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック 2002年版(2002年11月8日)、p.146-153
(10)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック 2003年版(2003年8月15日)、p.180-188
(11)原子力安全・保安院 独立行政法人原子力安全基盤機構:日本機械学会「発電用原子力設備規格 設計・建設規格」(2005年改訂版)並びに流力振動及び高サイクル熱疲労に関する評価指針の技術評価書(平成17年12月)
(12)原子力安全研究協会(編):軽水炉発電所のあらまし(1992年10月)
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