<大項目> 原子力発電
<中項目> 原子力発電所の事故・故障
<小項目> わが国の原子力発電所の事故・故障・トラブル
<タイトル>
軽水炉における照射誘起応力腐食割れ(IASCC) (02-07-02-21)

<概要>
 照射誘起応力腐食割れ(IASCC:Irradiation Assisted Stress Corrosion Cracking)は、中性子照射の影響(照射損傷)が炉内構造材料であるステンレス鋼に蓄積することに起因して発生する応力腐食割れSCC)現象である。IASCCの特徴は、粒界型の割れとなること、照射量が約1dpaを超えると発生するようになること、溶接熱鋭敏化を必要とせず溶体化材にも発生すること等である。その発生メカニズムは未解明であるが、SCCの3つの要因である材料・応力・環境へ照射の影響が複合的に作用して発生する。重要な照射影響は、照射誘起偏析による粒界近傍の局所的な組成変化、照射による硬化、局所的な変形モード、選択的内部酸化の加速、照射クリープであると考えられている。IASCCは、BWRの制御棒部材やPWR炉内構造物のボルトに発生事例があり、いずれの炉型の照射・環境条件でも発生することが知られている。ステンレス鋼のIASCC感受性は、中性子照射量(運転期間)とともに高くなるため、軽水炉の高経年化に伴う炉内構造物・機器の重要な検討課題とされている。
<更新年月>
2011年12月   

<本文>
1.照射誘起応力腐食割れ(IASCC)とは
 SCCは「材料、環境、応力」の3つの要因が特定の条件を満たすときに発生・進展する(ATOMICAデータ「応力腐食割れの発生・進展機構と研究動向<02-07-02-22>」参照)。炉内で使用される構造物・機器の場合、図1に示すようにこれらSCCの3要因のいずれに対しても炉内の強い放射線が影響を与える。ここで扱う照射誘起応力腐食割れ(IASCC)は、オーステナイト系ステンレス鋼の化学組成やミクロ組織及び機械的性質が中性子照射の影響により変化することに起因して発生するSCCである。IASCCは、図2に示すように多くの要因が影響する複雑な現象であり、その研究には中性子照射により放射化した材料を遠隔操作により取り扱い得る施設(照射後試験施設、ホットラボ)が必要となる。このためIASCCの機構(メカニズム)については未解明であるが、SCCの主要因に対する照射影響としては以下が考えられ、これらの照射影響の複合的作用によりIASCCが発生・進展すると考えられている。
(1)材料要因への照射影響:合金が中性子照射を受けると、原子が格子位置からはじき出されて格子欠陥(格子間原子と原子空孔)が形成される(はじき出し損傷)。同時に、中性子と合金構成原子の核反応によってH、Heなどの異種原子が材料中に生成する(核変換損傷)。はじき出し損傷による初期欠陥の形成は、中性子照射後の極めて短時間に生じる現象であり、その後時間とともに格子欠陥の移動、消滅、集合が起こり、さらに合金のミクロ組織の変化、強度と硬さの上昇(照射硬化)及び局所的な合金化学組成の変化(照射誘起偏析(*1))が起こる。図7は、中性子照射したステンレス鋼に見られるCr、Ni、Siの粒界偏析プロファイルを、熱鋭敏化によるCr炭化物の析出による粒界偏析プロファイルと比較した概念図である。両者の違いは、熱鋭敏化の場合には主にCr欠乏が生じるのに対し、照射誘起偏析の場合にはCr欠乏以外にも他元素の富化(Ni、Siなど)または欠乏(Moなど)も生じることである。また、照射誘起偏析では、偏析の幅が熱鋭敏化よりもかなり狭く、粒界近傍の10nm程度に過ぎない。
(2)応力要因への照射影響:照射により形成された格子欠陥の移動により材料内部の格子の歪が再配分されるため、応力が付加された状態では材料の歪が増加し(照射クリープ)、歪が一定の状態で使用されている場合には応力が低下する(照射応力緩和(*2))。応力の緩和はIASCCを抑制する方向に働くが、き裂の先端部分で生じる照射クリープによる歪はIASCC進展を加速する可能性も考えられる。
(3)環境要因への照射影響:BWRとPWRの炉内環境を表1に対比する。BWRでは通常水質(NWC:Normal Water Chemistry)で溶存酸素が存在する酸化性雰囲気であるが、PWRでは水素添加により還元性雰囲気となっている。ただし、BWRにおいても水素注入水質(HWC:Hydrogen Water Chemistry)の場合には、炉底部などの溶存酸素濃度はPWR並みに低められる。炉内では中性子とガンマ線による水の放射線分解(ラジオリシス)が起こり、各種の短寿命のラジカルの他、過酸化水素のように酸化性の強い化学種が生成し、SCCを加速する。また構造的な隙間の内部やSCCのき裂の内部では、放射線の影響が大きく現れる。
2.軽水炉におけるIASCCの事例
 IASCCの研究は、各国において1980年代中頃から本格的に行われるようになったが、遡れば1960年代の軽水炉実用化初期にステンレス鋼製の燃料被覆管が用いられていた時期に経験された被覆管外面の割れ等がIASCCであったとされている。 表2 には、炉内で発生した構造物・機器の破損事例が示されている。1970年代以降には、BWRの中性子源ホルダーや中性子計装管にIASCCと見なされる損傷が発見された。その後、1989年にフランスの原子炉で初めて発見されたPWRバッフルフォーマボルトの割れの原因がIASCCとされ、IASCCはBWRとPWRに共通する現象と認識されるようになった。国内ではBWR制御棒ブレード( 図3 )やハンドル部( 図4 )の割れ損傷の原因がIASCCであるとされている。2001年以降、国内のBWR炉心シュラウドのステンレス鋼で多数発生が報告されたSCCは、発生部位の大部分で照射量が後述のIASCC発生のしきい照射量より低く、同様の割れが照射影響のない再循環系配管溶接部でも発見されたため、それらはIGSCCに分類されている。一方、2006年に報告されたBWRハフニウム板型制御棒のシース材(SUS316L)の割れ損傷の原因はIASCCとされ、応力要因はハフニウム板の照射成長であり、環境要因としてシースとハフニウム板の間のすき間内での冷却水の沸騰による不純物の濃縮と放射線分解がIASCCを加速した可能性が指摘された。ステンレス鋼のIASCC感受性は、中性子照射量(運転期間)とともに高くなるため、軽水炉の高経年化に伴う炉内構造物・機器の重要な検討課題とされている。
3.IASCCに関する知見の状況
(1)IASCCの発生について
 IASCCは、熱鋭敏化によるステンレス鋼の粒界応力腐食割れ(IGSCC)とは異なり、ある程度以上の中性子照射を受けると溶体化(固溶化)状態でもSCCが発生する。IASCC破面の例として、溶体化316型ステンレス鋼を原子炉で中性子照射した後に、高温水中で低歪み速度引張(SSRT:Slow Strain Rate Tensile)試験(図5)し発生させたIASCCによる粒界破面の写真を図6に示す。304及び316型ステンレス鋼のIASCC感受性については、軽水炉の廃却材や試験研究炉での照射材などを用いてSSRT試験により多くの知見が得られている。図9にはBWRとPWRの炉内水環境を模擬した試験条件でのIASCC感受性(SSRT試験破面での粒界割れの面積率)と中性子照射量の関係を示す。IASCCには発生のしきい照射量があり、BWR相当の高温水環境では304型では5×1024n/m2(E>1MeV)程度からIASCCが発生し、316型ではやや高く1×1026n/m2(E>1MeV)程度になるとIASCC感受性を示すことが知られている。また、PWR相当の環境(溶存酸素濃度5ppb以下)では、3×1025n/m2(E>0.1MeV)程度以上からIASCCが発生する。
 応力依存性に関する知見は多くはないが、照射後の高温水中単軸定荷重試験によって、IASCC発生のしきい応力が付加応力と降伏応力の比で約0.4であることが報告されている。ただし、照射硬化により材料の降伏応力は上昇するため、応力値としてはIGSCCの発生しきい応力に比べ2倍程度(約350MPa)となる。
 水質依存性に関しては、高温水中の溶存酸素濃度を低下させるとIASCC感受性は低下し、それに伴いIASCC発生のしきい照射量は上昇することが分かっている。しかし、高照射量の材料の場合には、溶存酸素濃度が数ppbと低い水中へ水素を添加するとIASCC感受性が上昇することも知られている。
(2)IASCCの進展について
 IASCCの進展挙動を調べることは、炉内の厚肉構造物の健全性評価のため必要である。(独)原子力安全基盤機構(JNES)の実施したIASCC研究事業では、主に材料試験炉(JMTR)で照射したステンレス鋼試験片のBWR炉内模擬高温水中でのIASCC進展速度データが取得され、それに基づきBWR炉内構造物IASCC評価ガイド(案)が作成された(2009年)。同ガイドでは、高経年化炉のIASCC健全性評価をさらに合理的に行うため、き裂進展データの低応力条件への拡張、試験炉照射材データの実機への適用性の評価及びIASCCの機構に関する検討が必要とされた。
4.IASCCの機構について
 IASCCには多くの影響因子があり、IASCCの機構に関する定説はまだない。粒界型SCCへの照射影響は、G.S. Wasによれば以下の5つの機構に分類でき、IASCC機構に関してはこれらの複合的影響を検討する必要がある。
(1)照射誘起偏析:この現象により粒界ではCrが欠乏し、粒界の耐食性が局所的に劣化する。ただし、IASCC感受性と照射によるCr欠乏量の相関性のみではIASCC機構を十分に説明できない。また、粒界でのSiの濃縮も粒界型SCCを加速する要因となり得る。
(2)照射硬化:冷間加工によるステンレス鋼の硬化がSCCを加速することは良く知られており、照射硬化とIASCCき裂進展速度の間にも正の相関がある。しかし、照射硬化のみによりIASCC現象を説明することはできない。
(3)変形モード:照射材の変形は、転位チャネルによる局所的な歪集中による局所変形(不均一変形)により特徴付けられる。この局所的変形が粒界に集中すると大きな局所歪みが発生し、粒界すべり及び材料表面では酸化膜の破壊が生じて粒界型SCCを加速すると考えられる。
(4)選択的内部酸化:透過電子顕微鏡(TEM)観察により、SCCき裂先端部の合金内への粒界にそった酸素の拡散が観察されている。酸素の粒界での高速拡散及び照射による拡散の加速は、IASCCの加速要因である可能性が考えられる。
(5)照射クリープ:上記の4つの影響と異なり照射クリープは残留応力を緩和させIASCCの発生・進展を抑制する要因である。しかし、き裂先端部で起こるクリープ現象がIASCCに影響を与えているという説もある。
5.IASCCに関わる技術動向
 IASCC対策技術に関しては、材料、水質、応力の改善による対策が考えられる。材料については、P量を低減したSUS316L系材料、高Crオーステナイト系ステンレス等が耐IASCC性を高めた合金として提案されている。水質については、水素注入によってある程度までの照射量ではIASCC感受性を低減できると考えられるが、照射量が高い場合にはその効果が薄れる可能性もあり、溶存水素濃度との関係についてはさらに検討を要する。応力の改善法としては、IGSCC対策と同じく材料表面に圧縮残留応力を付加するピーニング技術の適用が有効である可能性もある。ただし、いずれの対策も高照射量になると効果が低下する可能性が高いため、それらの対策が有効な範囲を明確にしておく必要がある。
 実機のIASCCは炉内照射下で起こる現象である。照射下では、照射後試験では再現の困難な現象、例えば照射誘起応力緩和や高温水の放射線分解が起こる。また、応力負荷された条件で材料が照射を受けると、無負荷の場合とは異なるミクロ組織の発達が起こることも知られている。このため、ノルウェーのハルデン炉(HBWR)や材料試験炉(JMTR)では照射下IASCC試験が実施された。(図8)また、炉内水環境及び照射下材料変形のシミュレーションへの計算科学手法の適用も進められている。

[用語解説]
(*1)照射誘起偏析
 中性子照射やイオン照射により合金中に形成される点欠陥すなわち原子空孔及び格子間原子は、大部分は移動して相互に再結合するか、または合金表面や結晶粒界などへ移動して消滅する。このとき、点欠陥の移動に伴い合金元素の移動も生じるため、合金の化学組成が局所的に変化する。この照射誘起偏析の生じる原理としては、原子空孔との位置交換によりCr、Fe、Niなどが移動する逆カーケンドール効果、及び原子の大きさが比較的小さいNi、Si、Pなどが格子間原子と一緒に移動する機構が考えられている。
(逆カーケンドール効果とは、空孔の粒界への移動によって、粒界近傍の合金中の任意の原子が逆に空孔サイトに移動し、粒界近傍にその原子の欠乏または他の原子の富化が生じることをいう。)
(*2)照射応力緩和
 応力緩和とは、一定歪みで拘束された材料中の応力が時間に伴い低下する現象であり、一定応力を付加された材料が時間に伴い変形するクリープ現象と同じく、材料中の点欠陥または転位の移動に起因する。中性子照射やイオン照射によるはじき出し損傷により形成される多量の点欠陥は、照射下では活発に移動、消滅、集合を繰り返すため、材料中の応力が照射により緩和される結果となり、これを照射応力緩和と呼ぶ。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
表1 BWR及びPWRの炉内材料の使用条件・環境
表2 炉内で発生した構造物・機器の破損事例
図1 SCCの材料・環境・応力の3要因に対する放射線の影響
図2 炉内材料の応力腐食割れに関わる照射効果
図3 BWR制御棒ブレードに発生したIASCC
図4 BWR制御棒ハンドル部に発生したIASCC
図5 照射後試験施設(ホットラボ)とSSRT試験装置
図6 IASCCによる材料破面(粒界割れ)の例
図7 応力腐食割れ発生の原因となる粒界近傍の合金組成変化
図8 原研材料試験炉(JMTR)に設置されたIASCC試験用高温高圧水ループ
図9 IASCC感受性の照射量依存性

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
軽水炉における応力腐食割れ (02-07-02-15)
応力腐食割れの発生・成長機構と研究動向 (02-07-02-22)
原子炉・核融合炉材料の照射損傷 (03-06-01-05)
原子炉材料の基礎(1) (03-06-01-09)
BWRの水質管理 (02-02-03-02)
PWRの水質管理 (02-02-03-05)
原子力発電施設の高経年化対策と関連研究 (06-01-01-12)

<参考文献>
(1)S.M. Brummer et al.: Radiation-induced material changes and susceptibility to intergranular failure of light-water-reactor core internals, J. Nuclear Materials Vol.274 p.299-314 (1999)
(2)腐食防食協会:特集 最近の原子力プラント構造材料の信頼性向上技術、材料と環境、腐食防食協会、Vol.48, No.12, p.746-771 (1999)
(3)米澤 利夫ほか:PWR炉内構造バッフルフォーマボルト材の粒界割れ機構に対する考察、日本原子力学会誌 Vol.42, No.3, p.212-217(2000)
(4)塚田 隆:照射誘起応力腐食割れ(IASCC)と研究の動向、材料と環境、腐食防食協会、Vol.52 No.2(2003), p.66-72
(5)長谷川 雅幸他:特集 より高い信頼性を求めた原子炉材料の最近の研究動向、金属、アグネ技術センター、Vol.73, No.8, p.721-759(2003)
(6)G.S. Was : Fundamentals of Radiation Materials Science, Springer (2005)
(7)(独)原子力安全基盤機構:「高経年化対応技術戦略マップ2009」 p.63-115(2009)
(8)福谷 耕司、西岡 弘雅、藤井 克彦:「ステンレス鋼の軽水炉照射挙動」、(株)原子力安全システム研究所、INSS MONOGRAPHS No.4(2009)
(9)(独)原子力安全基盤機構:平成20年度照射誘起応力腐食割れ(IASCC)評価技術に関する報告書、添付資料:BWR型原子力発電所炉内構造物IASCC評価ガイド(案)(2009)
(10)(独)原子力安全基盤機構:高経年化技術評価審査マニュアル、照射誘起型応力腐食割れ(IASCC)JNES-SS-0809-01(2009)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ