<本文>
1.応力腐食割れの現象
応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)は、引張応力が作用する状態で腐食性の環境に金属材料が曝される時に生じる割れ現象である。応力腐食割れは、純金属ではほとんど起こらないが、ミクロな局部電池の生じやすい2成分以上の系、すなわち合金で起こる。応力腐食割れは、
図1に示すように、材料・環境・応力の三要素が特定の条件を満たす場合に限って発生する。すなわち、応力腐食割れが起こるのは、材料と環境の特定の組み合わせの下で、ある水準以上の引張応力が存在する場合に限られる。
軽水炉における応力腐食割れは、燃料被覆管のジルカロイ、圧力容器内壁面のステンレス鋼溶接オーバーレイ、ステンレス鋼配管、蒸気発生器や管台等のニッケル基合金、炉内機器のステンレス鋼等に生じうる。応力腐食割れを生じさせる腐食環境は、燃料被覆管のジルカロイに対してはIやCs等の核分裂生成ガスであるが、ステンレス鋼とニッケル基合金に対しては原子炉冷却材の高温高圧水である。
なお、ジルカロイの応力腐食割れは「軽水炉(PWR、BWR)燃料の損傷」のテーマで、またPWRの蒸気発生器伝熱管(ニッケル基合金)の応力腐食割れは「蒸気発生器伝熱管損傷」のテーマで扱っているので、ここでは圧力容器(炉容器)や配管を主に扱う。(ATOMICAタイトル構成番号:<02-07-02-14>、<02-07-02-16>、<02-07-02-17>参照)
原子炉機器の応力腐食割れは、実用化の初期のBWRの圧力容器や配管に幾つか見られた。これに対する対策がとられ、それ以後は激減している。但し、
表1に示すように、1989年度〜1999年度に報告された原子炉プラント中での応力腐食割れは10例を超えている。
原子炉での腐食環境とは、冷却水の酸化雰囲気と
水質管理が悪い場合の冷却水中のハロゲンイオンに要約される。但し、ハロゲンは現在の水質管理下では十分に低く抑えられているので、考慮しなくてもよい。冷却水の水質はBWRとPWRでは異なり、一次冷却水中の溶存酸素はBWRでは200ppb程度であるのに対し、PWRでは5ppb以下である。そのため、BWRの方が応力腐食割れを起こしやすく、最近の約10年間の損傷発生例(
表1)からも分かるように、BWRでは配管損傷が数例見られるのに対し、PWRの3例の損傷のうち2例は圧力容器外の制御装置駆動部や二次系給水伝熱管であり、一次系冷却水中ではインコネル(ニッケル基合金)製の
燃料集合体リーフスプリングのみである。
なお、最近では、炉内機器のステンレス鋼において、照射の影響が加わることによって生じると考えられる照射誘起応力腐食割れ(IASCC:Irradiation Assisted Stress Corrosion Cracking)の発生の可能性が指摘され、研究対象となっている。
2.応力腐食割れの対策
「応力腐食割れ」を防止するには、
図1に示した材料・環境・応力の三要素のうち、いずれかが応力腐食割れ発生の条件を満たさないようにすればよい。材料については応力腐食割れ感受性の低い材料を用いる、環境については水質の調整管理を十分に行う、応力については応力腐食割れ発生限界以下になるように設計するといった措置を講じている。例えば、BWRのステンレス鋼配管では以下のような対策が施されている。
1)炭素含有量を減らし(応力腐食割れ感受性が低くなる)、これによる強度低下を補うために窒素を加えたステンレス鋼管を採用するとともに、耐食性の低下を防ぐため溶接時の投入熱量をできるだけ少なくする。
2)溶接による
残留応力を内表面で圧縮応力とするため、溶接時に配管の内側を水で冷やしたり、溶接後に継手の内面を水冷、その外側を
高周波加熱するなどの手段を採用する。
3)配管内の水の停滞部分(停滞すると水質が悪くなる)をできる限り少なくする設計を採用するほか、継手溶接部の数を減らした構造とする。
4)最近では、高温高圧水中に水素を添加し、溶存酸素濃度を下げることを試みている(従来はPWRでのみ行われていた)。
3.応力腐食割れの発生例
3.1 BWRの圧力容器、配管、炉内機器
1974年9月に米国のドレスデン原子力発電所2号炉(BWR、電気出力850MW)で、ステンレス鋼配管の一部(再循環系バイパス配管の溶接部)に応力腐食に基づく割れが発見されたが、これが実用の軽水炉で確認された応力腐食割れの最初の例である(
図2参照)。再循環系バイパス配管における応力腐食割れはその後も起っており、わが国においても、浜岡原子力発電所1号機をはじめ複数の炉で同様の割れが発見されている(
図3参照)。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)動力試験炉(JPDR)の圧力容器上蓋(SUS304相当のステンレス鋼)の溶接肉盛りで発見されたき裂も応力腐食割れと考えられている。応力腐食割れをひき起こした原因は、溶接等の入熱による炭化物生成に伴って、クロム欠乏領域が生成し、応力腐食割れ感受性が高くなったと推定された。
わが国では、上述の応力腐食割れ対策が施された結果、圧力容器や主要配管でこれに基づくトラブルの発生はほとんど見られなくなっている。
最近の例では、いずれも圧力バウンダリではない部分で次のようなものがある。1994年6月に福島第1発電所2号機のシュラウド中間部リングの内表面溶接近傍部に割れが見つかった(
図4参照)、1997年に敦賀発電所1号機および福島第2発電所2号機の制御棒翼(ブレード)上部に割れが見つかった。このうち、制御棒翼の割れは、照射の影響が関与した照射誘起応力腐食割れであると報告されている。
3.2 PWRの炉内機器
PWRにおいては一次冷却水中の溶存酸素濃度が低いので、BWRで見られるような配管の応力腐食割れは生じていない。しかし、制御棒案内管支持ピン等のニッケル基合金部品に応力腐食割れが発生する可能性がある。わが国では1979年9月、美浜原子力発電所3号機で初めて発見された。その後、化学組成や熱処理法の改良で材料の応力腐食割れ感受性を低くしたり、設計上の工夫で部品表面の引張応力を低減するといった対策が講じられた結果、破損の発生頻度は減っているが、
表1に見られるように、最近でも燃料集合体のリーフスプリングのひび割れが起こっている。
最近の例では、フランスのフェッセンハイム1号機、2号機、ブゲイ3号機、4号機、5号機、ベルギーのティハンゲ1号機、米国のポイント・ビーチ2号機等においてステンレス鋼製のボルトに割れが見つかった。これらの割れは、照射の影響が関与した照射誘起応力腐食割れであると考えられている。
4.改正技術基準への反映と事例規格
過去の応力腐食割れの事故トラブル(
表2および
表3)を反映し、性能規定化した改正技術基準(省令第62号、2006年1月施行)の第9条第1号に「イ)クラス1機器又はクラス1支持構造物が、その使用される圧力、温度、水質、
放射線、荷重等の条件に対して適切な機械的強度および化学的成分(使用中の応力等に対する適切な耐食性を含む。)を有すること」と追加された。技術基準の解釈別記−3の要求事項に対応して、材料別に区分(オーステナイト系ステンレス鋼、高ニッケル合金、炭素鋼および低合金鋼)して考慮事項を規定した事例規格が機械学会で作成された(
図5および
表4)。事例規格は、技術評価を受けて規制に活用されている。考慮すべき事項の例は、1)オーステナイト系ステンレス鋼:耐粒界型応力腐食割れの強い材料、溶接金属に含まれるデルタフェライト量、溶接や施工方法、2)高ニッケル合金:耐応力腐食割れの強い材料、部位ごとの製造時の施工法となっている。
(前回更新:2000年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
軽水炉蒸気発生器伝熱管の損傷 (02-07-02-14)
<参考文献>
(1)原子力安全委員会(編):原子力安全白書 昭和59年版(1984)
(2)石森(編):原子炉工学講座4 燃料・材料、培風館(1981)
(3)長谷川、三島(監修):原子炉材料ハンドブック、日刊工業新聞社(1977)
(4)原子力発電技術機構安全情報研究センター:わが国の原子力発電所におけるトラブルについて(平成元年〜平成9年度)
(5)原子力安全研究協会:軽水炉燃料のふるまい(1998)
(6)(株)総合技術センター(編):プラント損傷事例と経年劣化・寿命予測法(1984年1月)、p.187、p.189
(7)火力原子力発電技術協会(編集発行):発電プラントの腐食とその防止(1997年8月)
(8)日本原子力発電(株):敦賀発電所1号機 動作不良制御棒22−23の点検に伴う原子炉手動停止について(平成9年度)、H09-法-09.1、原子力発電技術機構
(9)東京電力(株):福島第二原子力発電所1号機 制御棒の動作不良に伴う原子炉手動停止について(平成9年度)、H09-法-11.1、原子力発電技術機構
(10)通商産業省資源エネルギー庁公益事業部原子力発電安全管理課(編):平成11年度原子力発電所運転管理年報、(社)火力原子力発電技術協会(1999年10月)、p.208-209、p.235-236
(11)原子力安全・保安院 独立行政法人原子力安全基盤機構:日本機械学会「発電用原子力設備規格 設計・建設規格」(2001年版及び2005年版)事例規格「過圧防護に関する規定(NC-CC-001)」及び事例規格「応力腐食割れ発生の抑制に対する考慮(NC-CC-002)」に関する技術評価書(平成18年8月)