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<概要>
 発電用原子力設備の維持は、電気事業法第39条(事業用電気工作物の維持)と第54条(定期検査)に基づいて行われている。39条では、省令62号(発電用原子力設備の技術基準)と告示501号(発電用原子力設備の構造等の技術基準)等に適合するよう設備を維持することを規定している。しかし、39条の維持基準は、設計・建設の技術基準(第47条)としても準用され、実際に39条で引用している告示501号は、ほとんど設計・建設に係わる事項を規定している。そのため、わが国の維持基準体系では、設備は設計時の性能を維持することが原則的に求められてきた。この背景から、経年変化を考慮し、破壊力学の知見を反映した維持基準の必要性が1980年代から認識されてきた。
 1990年代になって、規制基準の性能規定化が規制当局によって推進される状況となり、日本機械学会において維持規格2000年版が発行された。その後、東電問題を契機に電気事業法が2002年に改正され、2003年から機械学会維持規格の適用が認められることになった。2006年1月1日に、性能規定化された省令62号が施行され、告示501号を性能規定化して同省令に取り込み同告示は廃止された。現在、技術基準解釈として引用された学協会規格が活用されている。
<更新年月>
2006年12月   

<本文>
1.維持基準に関する問題の経緯
 維持基準とは、原子力設備の運転開始以降にその維持のために適用する技術基準を指している。構造機器に関しては、運転開始以降、機器の経年変化を管理しながら健全性の確保を図るため、建設を目的とした設計・建設基準と区別されるのが近年の維持基準(*1)の考え方になっている。また、欠陥検査法、欠陥評価法、補修・取替え法を備えることが構造機器の維持基準の要件である。
 わが国では、発電用原子力設備の運転開始後の維持・管理は、電気事業法による規制と事業者の自主検査・予防保全の両面から行われている。電気事業法では、原子力設備の維持に関して主に第39条(事業用電気工作物の維持)と第54条(定期検査)に規定している。第39条では、設備は、経済産業省令で定める「技術基準」に適合するように維持することを規定しており、これがわが国における維持基準の基本となっている。第39条で引用している主な「技術基準」には下記のものがある。
・省令62号:発電用原子力設備の技術基準
・告示501号:発電用原子力設備の構造等の技術基準
 さらに、技術基準を補完する民間規格としてJEAC(日本電気協会電気技術規程)、JEAG(日本電気協会電気技術指針)、JIS(日本工業規格)等が参照され、その適用が認められている。第54条で規定する定期検査は、第39条で定める設備の維持基準への適合性を確認するため行われるものである。
 39条で定めている設備の維持基準は、従来、設計・建設段階の工事計画認可等の技術基準(第47条)および維持段階の定期検査の技術基準(第54条)としても適用されてきた。また、この技術基準は、ほとんど設計・建設段階の工事計画認可等に係わる事項を規定した内容であり、そのため、従来の維持基準体系では、設備は設計時の性能を維持することが原則的に要求されてきた。以上に述べた設計・建設と維持に係わる従来の規制体系を図1に示す。
 一方、米国では、運転開始以降の機器の経年変化に対応するための維持基準が必要であるとの認識から、設計基準と維持基準を分離した基準の検討が1960年代から進められ、1971年に供用期間中検査基準を規定した米国機械学会(ASME)のBoiler and Pressure Vessel Code Section XIの初版が発行された(文献1)。さらに、1974年版では、要求される安全余裕を満足する場合に、欠陥を許容するという破壊力学手法(*2)に基づく欠陥の進展・健全性評価法(欠陥評価法(*3))が導入された。1974年版は、当時進歩が著しい破壊力学手法を技術基準に取込んだ先進的なものであった。米国機械学会規格は、3年毎に改訂され最新知見の取込みが容易な規制体系となっており、その後の改訂により内容が充実・強化され、今日に至っている。
 わが国でも、Sec.XIと同様の経年変化を考慮した維持基準策定の必要性が、1970年代後半から認識されてきたところである。Sec.XI−1971(初版)発行後、これを参考に日本電気協会電気技術規程JEAC4205−1974(初版)が制定され、JEAC4205は定期検査の一環として行われる供用期間中検査に適用されてきた(文献2)。また、JEAC4205は数回改訂され、適用機器の拡大等内容の拡充が行われている。しかし、破壊力学評価に基づく欠陥評価法の考え方については導入が見送られてきた。
 一方、1990年代になって、国の規制緩和や民間活力の利用、軽水炉の高経年化の動向に合わせて、国の規制基準には性能要求のみを記載し、詳細手法は民間の技術規格を適用する、いわゆる技術基準の「性能規定化」が規制当局によって推進される状況となり、民間規格策定のニーズが高まった(文献3)。特に、破壊力学に基づく欠陥評価法を導入した維持基準のニーズが高く、1990年代には(財)発電技術検査協会等によって維持基準原案の検討が進められた。
 さらに、民間の技術規格は、透明性、中立性、公共性の確保が重要であるとの観点から、日本機械学会において発電用設備規格の策定活動が1997年から開始された。
 維持規格および設計・建設規格は、ニーズが高いことから、規格委員会発足後すぐに策定に着手され、それぞれ2000年5月、2001年8月に初版が発行された(文献4、5)。
 一方、2002年8月に東京電力(株)の原子力発電所シュラウド等の自主点検作業記録に係る不正の調査報告書(文献6)が原子力安全・保安院から公表され、検査記録の不正問題だけでなく国の技術基準の立後れにまで問題が波及した。この問題を契機に、2002年12月に電気事業法が改正された。2003年10月から新電気事業法が施行され、機械学会維持規格が国の技術基準として適用されることになった。。(注:原子力安全・保安院は2012年9月18日に廃止され、原子力規制委員会の事務局として2012年9月19日に発足した原子力規制庁がその役割を継承している。)
2.改正制度およびその内容
 2002年12月の電気事業法改正では、第55条(定期安全管理検査)が改正され「定期事業者検査制度」が新たに導入され、従来、国の定期検査の枠組みで行われてきた供用期間中検査は、定期事業者検査の中で行われ、機器等にひび割れがあった場合には健全性評価を行い、その結果の記録、保存、報告が義務付けられることになった。この制度を具体化するための措置として、2003年9月に省令62号が一部改正され、使用中の原子炉施設の機器にひび割れが発見された場合でも健全性が維持できる場合は、ひび割れを残したまま運転できるという基準が適用されることになった。なお、供用期間中検査方法や検査で発見された欠陥に対する欠陥評価法には、日本機械学会の維持規格の適用が認められている。
 以上に述べた破壊力学に基づく欠陥評価を適用した維持基準は、前述のように、米国では1974年から導入されてきたが、ほぼ30年遅れでわが国でも適用可能となった。
 さらに、2004年以降も、性能規定化に向けた規制制度の改正が進められ(図3および図4)、2006年1月1日に省令62号が改正され、告示501号を性能規定化して同省令に取り込み、同告示は廃止された。現在、技術基準解釈として日本機械学会の設計・建設規格2005年版、維持規格2002年版および2003年版が引用され活用されている(表1)。
3.日本機械学会の維持規格の内容
 原子力機器の維持基準として具備すべき要件は以下の通りである。
(1)供用中に機器に発生する割れ等の試験・検査手法(欠陥検査基準)
(2)検査により発見された欠陥の健全性評価手法(欠陥評価基準)
(3)許容欠陥を超える欠陥を有する機器の補修・取替え法(補修・取替え法)
 日本機械学会維持規格2000年版:評価編(2003年6月技術評価済)では、原子力設備における第1種機器について、供用期間中に発見された欠陥に対する評価基準が規定されている。この規格では、発見された欠陥を破壊力学評価可能な形状にモデル化し、まず、プラントの供用期間中を通して健全性に影響しない微小欠陥かどうかの判定を行う。次に、微小欠陥以上の欠陥の場合は、一定期間中のき裂成長を予測し、一定期間後のき裂に対して破壊までに十分な余裕があるがあるかどうかの確認を行う。一定期間後にも十分な安全余裕があれば運転継続を認めることとしている。安全余裕が規定値を下回る場合は補修又は交換を行うことが要求される。維持規格2000年版:評価編では、欠陥評価法および補修・取替え法について規定しておらず、他の民間規格等を準用することとしている。
 その後、2002年に維持規格2002年版:検査編(2003年9月技術評価済)(文献7)が発行され、内容が大幅に拡充された。2002年版:検査編では、欠陥検査法の導入および対象機器の範囲拡大を図る改訂が行われ、対象機器が、クラス1機器(第1種機器)、クラス2機器(第3種機器)、クラス3機器(第4種機器)、鋼製格納容器(第2種容器)、支持構造物、炉内構造物に拡大されている。さらに、現在2004年版(検査編・評価編の事例規格・改定および補修編)発行に向けた段階的な技術評価が進められ、国の技術基準との整合性を図るための改訂や補修・取替え法の導入が予定されており、今後、2004年版が国の技術基準として承認されると考えられる。
 維持規格における原子力機器の欠陥検査、欠陥評価、補修・取替えの流れを図2に示す。
[用語解説]
(*1)国が策定する省令、告示などの規制基準は基準、民間のものは規定、規格と呼ぶ。
(*2)破壊力学評価法:疲労き裂や応力腐食割れにおけるき裂安定成長、延性破壊並びに脆性破壊は破壊力学に基づき評価される。破壊力学は、き裂を有する構造物におけるき裂の成長や破壊現象をマクロ的に評価する方法論として近年急速に進展した分野である。
(*3)欠陥評価法:機器の供用期間中に超音波探傷等の検査により欠陥が発見された場合、その欠陥が機器の健全性に影響するかどうかを評価することにより、継続使用可能、補修、交換等の判断をすることが必要になる。発見された欠陥に対するこのような評価法を欠陥評価法と言う。
(前回更新:2003年11月)
<図/表>
表1 規制基準として活用する学協会規格−材料構造分野
表1  規制基準として活用する学協会規格−材料構造分野
図1 わが国における原子力設備の維持、設計・建設に係る技術基準体系
図1  わが国における原子力設備の維持、設計・建設に係る技術基準体系
図2 維持規格における欠陥検査、欠陥評価、補修・取替えの流れ(クラス1機器の場合)
図2  維持規格における欠陥検査、欠陥評価、補修・取替えの流れ(クラス1機器の場合)
図3 技術基準の性能規定化と学協会規格の活用
図3  技術基準の性能規定化と学協会規格の活用
図4 性能規定化された技術基準に対応した審査・検査の考え方
図4  性能規定化された技術基準に対応した審査・検査の考え方

<関連タイトル>
発電設備技術検査協会 (13-02-01-22)

<参考文献>
(1)ASME Boiler and Pressure Vessel Code Sec.XI:Rules for In-Service Inspection of Nuclear Reactor Coolant Systems,ASME(1971)
(2)JEAC−4295:原子炉冷却材圧力バアウンダリの供用期間中検査、日本電気協会(1974)
(3)総合エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会:報告書・原子力発電施設の技術基準の性能規定化と民間規格の活用に向けて(2002年7月)
(4)(社)日本機械学会:発電用原子力設備規格 維持規格(2000年)
(5)(社)日本機械学会:発電用原子力設備規格 設計・建設規格(2001年)
(6)原子力発電所における事業者の自主点検作業記録に係る不正等に関する調査について、原子力安全・保安院(2002年8月29日)
(7)(社)日本機械学会:発電用原子力設備規格 維持規格(2002年)
(8)総合資源エネルギー調査会:配付資料5-1-1「原子力発電施設の技術基準の性能規定化と体系的整備について−中間とりまとめ(案)−」、原子力安全・保安部会 原子炉安全小委員会 性能規定化検討会(2004年12月16日)
(9)総合資源エネルギー調査会:配付資料6-4「性能規定化を受けた原子力安全規制の制度整備」、原子力安全・保安院(2005年12月15日)
(10)総合資源エネルギー調査会:配付資料6-3「学協会規格の活用による仕様規格の明確化」、原子力安全・保安院(2005年12月15日)
(11)原子炉安全研究ワークショップ講演集、JAERI-Conf2003-014(2003年9月)
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