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1950年代にソ連中型機械工業省が設立され、政府機関は幾多の変遷を経て現在の原子力国家会社「ロスアトム」となった。またソ連電力電化省も幾多の変遷を経てアトムエネルゴプロムとなり原子力国家会社ロスアトムの傘下となった。ロシアの原子力政策を解説するために、これらがどのように変遷したかを以下に整理する。
1. ロシアの原子力に関する政府機関の変遷
1.1 政府機関の省庁変遷の概要
1950年代にソ連中型機械工業省が設立され、1989年にソ連原子エネルギー・原子力省に改組された。1991年11月のソ連崩壊後、1992年1月にロシア連邦原子力省(MINATOM)に改組、2004年3月に連邦原子力庁(ROSATOM:ロスアトム)に改組、2007年12月に原子力国家会社「ROSATOM:ロスアトム」に改組され現在に至っている。これらの経緯を
表1にまとめた。
1.2 原子力国家会社「ROSATOM(ロスアトム)」の概要
2007年12月3日に、プーチン大統領は「ROSATOM原子力国家会社設置法」に署名し、社長に連邦原子力庁(公式名称は同じ「ロスアトム」)長官セルゲイ・キリエンコが横滑り就任した。この会社は民生と軍事の両方を含んだ原子力分野のすべての活動を統括する国家会社で、「アトムエネルゴプロム:AEP」のほかに、核兵器部門、研究機関、原子力安全・放射線防護機関を包含しており、非常に大きい組織である。この会社を作るというアイデアは2007年5月のプーチン大統領の国会教書にある。ロスアトムを作る目的はロシア原子力界の一体性を確保し、現在、国が行っている管理業務を兼務することである。AEP社の株式は100%「ロスアトム」社が保有するので、研究、核兵器業界と核−放射線安全管理を含め、一体性がより明確になる。これは事実上連邦原子力庁の会社化である。「ロスアトム」は、連邦原子力庁の公式略称で、この名前を引き継ぐことが新会社の実態を良く表している。原子力国家会社「ロスアトム」社が設立されれば、連邦政府内に原子力専門の組織は無くなるが、「連邦環境・技術および原子力監視部」で行われている原子力の
安全規制がどうなるのかは不明である。一般に国家会社は、設置法に特に規定がない限り、連邦政府に対し責任を負わないので、それだけ活動の自由度が増すことになる。2008年3月20日、プーチン大統領は原子力庁を廃止し、その機能を新しい国家会社「ロスアトム」に移転する命令に署名した。ロスアトムを頂点とする新しい原子力体制を
図1に示した。
2.ロシアの
原子力発電所を運営する企業の変遷
ソ連時代の電気事業は、国有、国営の発送電配電一貫の事業体制で、ソ連電力電化省を頂点に、中間管理組織と、現業組織の地区電力管理局が運営していた。ソ連崩壊後の1992年9月、大統領令により、ロシア連邦の原子力発電所を運営するため国有コンツェルン「
ロスエネルゴアトム」が設立された。ただし、レニングラード原子力発電所だけは独立した国有企業であった。(注:レニングラード原子力発電所は2002年にロスエネルゴアトムの傘下に入った。)2007年7月、民生用原子力業界全体を傘下に収める国家持株会社「アトムエネルゴプロム:AEP社」が設立された。なお傘下の企業は55社である。これはプーチン大統領が直接指示してできた構想であった。すなわち、ウラン採掘から原子力発電所の建設や運転にいたるロシアのすべての民生用原子力業界を統合した
垂直統合型持株会社で、AEP社の完成は2009年の予定である。アトムエネルゴプロムの会長にはキリエンコ長官が就任した。またアトムエネルゴプロムは、2008年3月、原子力国家会社「ロスアトム」の傘下となる。これらの経緯を
表2にまとめた。
3.ロシアのエネルギー事情と原子力政策(参考文献1)
ロシア経済はエネルギー資源によって支えられている。ロシアの天然ガスは埋蔵量、生産量ともに世界一である。石油埋蔵量は世界第8位であるが、生産量は第2位で、石炭も採れる。エネルギー資源に恵まれているが化石燃料は100年単位で消費されるので、余裕のあるうちに1000年単位で使える原子力の準備を始めたいという意見が、ロシアの原子力業界にある。ロシアの原子力政策は、2000年5月にロシア政府が承認した「21世紀前半のロシアの原子力開発戦略」(開発戦略という)に基づいて策定された2003年「エネルギー戦略」に示されている。2006年5月10日、プーチン大統領は上下両院総会で年次教書演説を行った。その中で原子力開発と原子力産業について言及した。共産主義体制の終了後の混乱の中で、工業機器設備は老朽化し、エネルギー利用効率は低下している。それ以上にベテランの人材が散逸し、原子力産業全体が疲弊化していることが、2007年11月にモスクワで開催された第1回「ロシア原子力発電プラント建設国際会議」で浮き彫りにされた。大統領は、「2020年までのロシアエネルギー戦略」を遂行中である。
2006年1月に行われた恒例の大統領年頭記者会見で、プーチン大統領は、原子力発電推進を表明し、目標として「2030年に原子力発電割合を25%に引き上げる」と述べた。2006年時点で、ロシアの原子力発電所の
稼動率も75%近くまで上がっていたので、これが大統領への評価と期待となったと推測される。これを受けて、2006年7月15日に連邦目標計画「2007〜2010年および2015年までを展望したロシアの原子力産業の発展」(2015年目標計画という)が承認された。フラトコフ首相は、経済開発省と財務省に対応金額を連邦予算に含めるよう指示した。
4.ロシア連邦特別プログラムの目的と計画(参考文献2)
4.1 目的
このプログラムは以下の目的で2006年10月に発表された。1)原子力業界の発展を促進し、ロシア連邦の地勢学的国益とエネルギー安全保証を確保する。2)新しい標準化炉を少なくとも毎年200万kW運開する。3)ロシアの原子燃料製品とそのサービスを世界市場で販売し、外国で原子力発電所を建設・運転する。
4.2 プログラムの終了時点で期待される成果
2015年までに新たに10基の原子力発電所を運開し、以下の目標達成を掲げている。1)原子力発電所の全出力を3,300万kWに増加する。2)原子力発電比率を総発電設備比率の18.6%に増加する。3)kWh当たりの運転費を2006年の80%に削減する。4)kW当たりの建設費を2007年の90%に削減する。
5.ロシア連邦政府決定「2020年までの電源立地総合計画」(参考文献3)
5.1 ロシア原子力発電所出力開発シナリオ
2004年、省庁再編に伴い、原子力省から原子力庁となった。これは一見、省から庁への格下げであったが、軍事と民間のすべての原子力業界の「一体性」は確保された。
2005年11月、キリエンコ元首相が原子力庁長官に就任し、2006年1月に行われた大統領年頭記者会見で、プーチン大統領は原子力発電推進を表明し、目標として「2030年に原子力の割合を25%に引き上げる」と述べ、米独並みの世界水準の稼動率90%を目指して着々と手を打ち、新規立地も強力に推進し、2015年から年間300万kW以上の新規開発を計画している。この時点でロシアの原子力発電所の運転実績も好調で、稼動率も75%近くまで上がっていた。これが大統領の評価と期待につながったと考えられる。ロシアにおける原子力発電所の稼動率の実績(1992〜2007年)と2015年までの予測を
図2に示した。
また、ロシアの原子力発電所の運転中における異常事象発生件数を
図3に示した。これから判るように1990年代、特に初期には異常事象の発生件数は多かったが着実に減少し、2004年以降には安全上の重要な事象(安全運転条件逸脱など)は発生していない。
5.2 ロシアの発電機器の老朽化進む
2006年末現在、集中化している電力供給区域の設置発電出力は2億1,080万kW、うち火力が1億4,240万kW(68%)、水力(揚水を含む)が4,490万kW(21%)、原子力が2,350万kW(11%)である。老朽化施設の合計出力は8,210万kW(39%)、その中で火力は5,740万kW(設置出力の40%)、水力は2,470万kW(設置出力の50%超)である。1990年から2007年までに2,460万kWが新規運開し、そのほとんどが火力であった。2020年までに稼働中の火力発電所の57%は寿命を終える。この時期までに、現在の設置出力のうち5,170万kWが退役する。そのうち火力は4,770万kW、原子力は400万kWである。
送電網の主要施設の老朽化率は平均40.5%で、特に変電所機器の老朽化率は63.4%で、ここでも老朽化が進んでいる。
図4に、現在運転中の
原子炉の運転期間が30年の場合の設備容量合計を青線で、原子力発電所の運転期間を15年延長して45年とした場合の設備容量合計を黒線で示した。
5.3 電力需要の実績と予測
ロシアの電力需要は1990年から1998年までに25%下がったが、1998年に底を打ち増加に転じた。2006年に9,800億kWhに達し、2010年の標準予測で1,197億kWh(ソ連崩壊時と同程度)である。「総合計画」策定に当たっては、2015年に1兆4,260億kWhまで増加する「標準予測」と、1兆6,000億kWhまで増加する「最大予測」が採用された。
図5にロシアの電力需要の実績と予測を示した。
5.4 ロシアの原子力発電所の発電電力量
ソ連崩壊(1991年)後の1992年から2008年までの発電実績(kWh)と2015年までの予測を
図6に示した。同図の点線で示す5基の原子炉が2015年までに運開予定である。
5.5 「電源立地総合計画」による立地予定の原子力発電所
図7に2008年2月に政府決定された「ロシアの2020年までの電源立地総合計画(General Scheme)」による原子力発電所の立地順位を示した。標準シナリオとして2014年までに毎年2基、2015年以降は毎年3基の運開を目指しており、太線の下の合計設置出力3,210万kWの30基を超える新規原子力発電所の運開が目標である。拡張シナリオとして合計設置出力690万kWが設定されている。
2006年にプーチン大統領(当時)が設定した課題である「2030年に原子力発電割合25%」を実現するため、例えば、まず2012年から毎年200万kW、その後運開ペースを上げ、2014年から毎年300万kW、さらに2020年から毎年400万kWを運開させる必要があるから、この計画は決して過大ではない。しかし、ロシアの原子力業界では、達成を危ぶむ声もある。クルスク5号機はRBMK−1000であるが、建設開始は1985年4月で
チェルノブイリ事故(1986年4月)以前に
着工しており、何度も建設を延期されたが、ロシア中央部の電力不足対策のため、ロシア政府は「総合計画」に入れたようである。2015年以降の新規立地原子力発電所を、
表3に示した。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
ロシアの原子力発電開発 (14-06-01-02)
ロシアの原子力開発体制 (14-06-01-03)
ロシアの原子力安全規制体制 (14-06-01-04)
ロシアの核燃料サイクル (14-06-01-05)
ロシアの電気事業および原子力産業 (14-06-01-06)
<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業2008年第1編(2008年10月)ロシア、p.404?409、片貝哲男
(2)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2006年12月号、p.59「原子力業界−ロシア連邦特別プログラム:ロシア政府が正式決定、業界トップも人事一新」西条泰博
(3)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2007年8月号、p.84?89「ロスエネルゴアトムによる2010?20年の原子力開発長期計画」藤井晴雄
(4)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2007年10月号、p.85?87「アトムエネルゴプロム設立中」西条泰博
(5)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2007年11月号、p.44?47「アトムエネルゴプロム社作り」西条泰博
(6)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2007年12月号、p.120?122「ロシアは民主−軍事含めすべての原子力業界を統括する国家会社を設置」西条泰博
(7)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2008年5月号、p.106?109「地震など「外部事象」に対するロシア原発の安全性確保」西条泰博
(8)(株) 日本工業新聞新社:月刊エネルギー2008年10月号、p.49?54「ロシア原発、稼動率増と新規立地を強力に推進」西条泰博
(9)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2008年11月号、p.41「民生原子力企業の「アトムエネルゴプロム」社への組み込み準備進む」西条泰博
(10)(株)日本工業新聞新社:月刊エネルギー2009年2月号、p49?51「世界経済危機は当面原子力業界に及ばず」西条泰博