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<概要>
 原子力の平和利用の推進には、核不拡散、特にその手段である保障措置核物質防護が国際的に極めて重要な課題である。わが国の原子力活動は、核燃料サイクル事業の本格化時代を迎えようとしており、一方、核物質取扱量や輸送機会の増加が予想され、核物質を盗取等の行為から防護し公共の安全を確保する措置がますます重要となっている。核物質防護の国際的動向では、1977年にIAEAが「核物質防護」を勧告した。次いで1978年には、核拡散防止の一環として核物質等の輸入国に一定の防護措置を含めた「ロンドンガイドライン」がIAEAを通じて公表された。また、1979年のIAEA本会議で「核物質の防護に関する条約案」が採択され、1987年2月に発効した。わが国は、1988年5月同条約の加盟に必要な国内法の整備を終え、同年11月24番目の締約国となった。2005年5月現在の締約国は111か国と1機関(ユーラトム)である。2001年9月の米国のテロ事件等を踏まえ、IAEAガイドラインへの対応等、国内における核物質防護対策の規制強化の法改正が2005年5月に行われた。
<更新年月>
2006年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.国際的核物質防護制度の歴史的発展
 核物質防護(Physical Protection of Nuclear Material and Facilities)とは、IAEAが1977年6月に公表した「核物質防護に関する勧告」(INFCIRC/225 Rev.1)によれば、「核物質の盗取又は不法移転及び個人又は集団による原子力施設の妨害行為に対する防護」とされている。
 1969年に米国は連邦規制10 CFR Part 73(Code of Federal Regulation Title 10 Part 73「Physical Protection of Plant and Materials」)を制定し、核物質の防護について最初に法規制化を図った。
 1972年3月IAEAは、核物質防護に関する専門家会議を開催し、国際的に初めて「核物質防護に関する勧告」を作成各国に配布した。引き続き1975年9月には、「核物質の防護」(INFCIRC/225)を公刊した。1974年5月に、インドで核実験が行われたことから原子力資機材の輸出規制を始めとする核不拡散対策強化の必要性が国際的に強く認識されるに至った。また、1975年4月、核不拡散対策の一環として核兵器の不拡散に関する条約(NPT:Treaty on The Non-Proliferation of Nuclear Weapons)を補完するため、ロンドンで、アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、西ドイツ、日本、カナダの原子力先進7か国(その後ベルギー等が参加し15か国となる。)の専門家による協議が開始され、1978年1月(1)核物質を核爆発に使用しない約束のとりつけ、(2)IAEA保障措置の適用、(3)輸出する核物質に適切な核物質防護措置が輸入国で取られること等を主な内容とするロンドンガイドラインが公表された。核物質防護に関するガイドライン改訂の歩みを表3に示す。
 IAEAは、1977年6月核物質の防護(INFCIRC/225)の改訂版(INFCIRC/225 Rev.1)1989年12月には改訂2版(INFCIRC/225 Rev.2)、1993年9月には改訂3版(INFCIRC/225 Rev.3)、1999年6月には改訂4版(INFCIRC/225 Rev.4)を、それぞれ公表した。さらに、IAEAは、「核物質の防護に関する条約案」の検討のため政府間会議を開催し、1979年10月第4回IAEA総会で条約案が採択され、1980年3月署名のため公開された。この条約は、スイスが第21番目に加入したことにより1987年2月発効した。2005年5月現在の締約国は、わが国を含む111か国・1機関(EURATOM:ユーラトム、欧州原子力共同体)となっている。2005年7月「核物質の防護に関する条約の改正案の検討及び採択のための会議」において、核テロ対策強化に向けた同条約の改正がコンセンサスにより採択された。
 1970年からの10年間に、国際的な核物質防護に関する枠組みと内容がほぼでき上がった。すなわち、核物質防護に関する勧告(INFCIRC/225 Rev.1)によって、核物質の防護を必要とする施設および輸送中の核物質防護の要件が示され、原子力資機材輸出の条件となるロンドンガイドラインが取り決められた。さらに、アメリカは、自国の核不拡散法(1978年3月制定)で原子力資機材を輸出する場合は、輸入国が適切な核物質防護の手段を採ることを輸出条件の一つとした。1980年から引き続く10年間は、核物質防護の枠組みが徐々に実施に移されてきた時代ということができる。
 わが国は、現在アメリカ(米)、カナダ(加)、オーストラリア(豪)、中国(中)、イギリス(英)、フランス(仏)の6か国とそれぞれ二国間の原子力協力協定を締結している。これらの協定でも、1986年に締結された日中の協定以外の他の5か国との協定では、核物質の防護の規定を含まなかったが、前述のような核物質防護を巡る国際環境の変化により、1980年9月の新日加、1982年8月の新日豪、1988年7月の新日米、1990年7月の新日仏、1998年10月の新日英との改定原子力協力協定では、何れも核物質の防護に関する規定が設けられている。
2.わが国における核物質防護体制の整備の概要
 わが国は、核物質の防護に関する国際動向に対処するため、1976年4月原子力委員会に、「核物質防護専門部会」を設置した。同部会は、使用中、貯蔵中および輸送中の核物質防護の要件について、1977年9月に第1次報告書を、1980年6月に最終報告書を取りまとめた。原子力委員会は、わが国の核物質防護の現状は、INFCIRC/225 Rev.1に示されている防護の要件を概ね満足できると結論し、1981年3月「わが国における核物質防護体制の整備について」を決定した。原子力行政各機関は、これにより原子力施設等の核物質の防護措置が講じられてきた。
 また、通商産業省(現経済産業省)資源エネルギー庁は、1978年11月公衆に放射線障害を与える恐れのある妨害行為および核燃料の盗取に対する対策を講ずるため「原子力発電所防護指針等調査委員会」を設置し、原子力発電所防護指針を決定した。
 1987年12月原子力委員会は、わが国の核物質の防護体制の整備について、次のように決定した。
(1)核物質防護条約に加入すること。
(2)同条約加入のために必要な法令整備を実施すること。
(3)1981年3月同委員会が核物質防護措置の指針として決定した核物質防護専門部会報告書に示された「事業者等の措置すべき核物質防護の要件」に基づく措置の実施が法令上明確に位置づけられたものとすること。
(4)核物質防護措置を円滑に実施するために必要な体制整備を図ること。
 2001年9月の米国のテロ事件等を踏まえ、2004年12月には「原子力施設における核物質防護対策の強化について」、2005年1月には「試験研究用原子炉施設等の安全規制のあり方について」が関係機関で取りまとめられた。また、2004年12月には「有事における原子力施設防護対策懇談会報告書」が取りまとめられ、有事等における対策等が示された。
3.核物質の防護に関する条約への加盟に必要な法令の整備について
 政府は、前述の原子力委員会の決定を受け1988年3月第112回国会に核物質の防護に関する条約への加入に必要な法令を整備するため、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の一部を改正する法律案」を提案した。慎重審査の結果、同法案は、同年5月に可決公布された。原子炉等規制法一部改正法の要旨は、次のとおりである。
(1)原子力施設における核物質の防護に関する規定の整備
 原子力事業者が、核物質の防護のための区域の設定等の必要な措置を講ずる際の基準の明確化を図るとともに、各事業者は、核物質防護規定を定め核物質の取扱いを開始する前に、認可を受けなければならないこと。さらに、各事業者に対し、核物質に関する業務を統一的に管理する者として核物質防護管理者の選任を義務づけること。
(2)輸送時における核物質の防護に関する規定の整備
 核物質の輸送を行う者に対し、核物質の防護措置の義務づけを明確化するとともに、原子力事業者に対しては、輸送の全行程における核物質の防護に関する責任体制の明確化を行い、内閣総理大臣の確認を受けなければならないものとする等所要の規定の整備を行う。
(3)罰則の整備
 核物質の防護に関する条約が処罰を求めている核物質を用いた犯罪に関し、所要の罰則を整備する。
 2001年の米国同時多発テロにより、核物質防護をめぐる状況が劇的に変化し、わが国においても原子力施設における核物質防護対策を強化し、国際的に遜色のないレベルまで引き上げることが必要と判断して、IAEAガイドラインが求める核物質防護強化策(INFCIRC/225 REV.4,1999年6月)を受けて原子炉等規正法を2005年5月に改正した(表4参照)。設計基礎脅威(DBT)の策定や核物質防護検査制度の導入、秘密保持制度の創設等の規制強化が行われた。2005年7月、核テロ対策強化のため、核物質防護条約の改正がIAEAで採択され、その締結に向けて必要な検討が進められている。
4.核物質の防護に関する条約について
 この条約は、前文、本文23箇条、本文並びに条約と一体を成す附属書I(表1参照)およびこの付属書Iの標題で引用する附属書II(表2参照)から構成され、大別して次の2つを要旨としている。
(1)締約国に対し、平和目的に使用される国際輸送中の核物質が不法な取得や使用から核物質を防護するため、ロンドンガイドラインに規定された防護措置を義務づけ核物質を不法な取得および使用から守ることを目的としている。また、この条約は、防護の水準等の一部の条項を除き、国内で使用、貯蔵又は輸送される核物質にも適用される。
(2)締約国は、核物質の窃取その他の不法な取得、使用、核物質を用いた脅迫および強要等の一定の行為を未遂および加担行為とともに犯罪として、その重大性を考慮した適当な刑罰を科するとともに、裁判権の設定および容疑者の引渡し又は当局への付託を義務づけている。この刑事処罰については、国際テロリズムに関連する「航空機の不法な奪取の防止に関する条約」と同様の性格を持っている。
(3)この条約の発効には、21か国の受託、承諾又は批准が必要である。
 なお、条約発行後5年毎に見直すという規定に従って、1992年9月に再検討会議が開催され、条約が適切であることが確認された。
 核物質防護のIAEAガイドラインは、1993年6月廃棄物中の核物質の防護措置に関する改訂、1999年6月設計基礎脅威(DBT)の策定・明確化、核物質防護秘密の管理の強化、国による事業者の防護措置の定期検査を求める核物質防護強化に関する改訂がなされた(表3参照)。2005年7月の条約改正により、条約に基づく防護の義務の対象が、平和的目的に使用される核物質の国内における使用、貯蔵および輸送並びに原子力施設に拡大され、また、核物質および原子力施設に対する妨害破壊行為も犯罪化されることとなる。
<図/表>
表1 附属書I、核物質の国際輸送において適用される防護の水準
表1  附属書I、核物質の国際輸送において適用される防護の水準
表2 附属書II、核物質の区分表
表2  附属書II、核物質の区分表
表3 核物質防護ガイドライン改訂の歩み
表3  核物質防護ガイドライン改訂の歩み
表4 核物質防護規制の強化(原子炉等規制法の改正)
表4  核物質防護規制の強化(原子炉等規制法の改正)

<関連タイトル>
防護すべき核物質と対象となる施設 (13-05-03-02)
核物質防護のための設備と管理 (13-05-03-03)
不法行為発生時の措置 (13-05-03-04)
罰則と適用 (13-05-03-05)

<参考文献>
(1)科学技術庁原子力安全局(監修):核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和32年法律第166号)、原子力規制関係法令集、2000年版、大成出版社(2000年6月)、p.27-161
(2)科学技術庁原子力安全局(監修):核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令(昭和32年政令第324号)、原子力規制関係法令集、2000年版、大成出版社(2000年6月)、p.162-204
(4)科学技術庁原子力安全局(監修):試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関する規則(昭和32年総理府令第83号)、原子力規制関係法令集、2000年版、大成出版社(2000年6月)、原子力規制関係法令集、2000年版、大成出版社(2000年6月)、p.205-250
(4)核物質防護体制の整備に向けて−「核物質の防護に関する条約」への加入と「原子炉等規制法の一部改正」−(科学技術庁 原子力安全局資料)
(5)核物質の防護に関する条約への加入について(昭和63年11月、科学技術庁資料)
(6)核物質管理センター:核物質防護シリーズ1、核物質防護を概観して、核物質管理センターニュース、Vol.18、No.4(1989年4月)
(7)核物質管理センター:核物質防護シリーズ2、従来の核物質防護に関する動き、核物質管理センターニュース、Vol.18、No.5(1989年5月)
(8)核物質管理センター:核物質防護シリーズ3、従来の核物質防護に関する動き、核物質管理センターニュース、Vol.18、No.6(1989年6月)
(9)外務省原子力課(監修):原子力国際条約集、(社)日本原子力産業会議(1993年6月)
(10)(財)核物質管理センター:やさしい核物質管理読本、原子力の平和利用のために 2001年版(2001年9月)、p.42-59
(11)文部科学省:原子力・放射線の安全確保ホームページ、原子炉等規制法の改正について
(12)外務省:「核物質防護条約」改正の採択について(平成17年7月)
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