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<概要>
 核物質の防護に関する条約は、核物質の不法な使用、散布等により、人を殺傷したり、財産に損害を与えたり、又はそのおそれがある行為や核物質の窃取(刑法の窃盗罪)、強取(刑法の強盗罪)等の行為、脅迫、暴行等の手段で核物質を要求する行為の未遂、加担を含め重大な犯罪行為とし、締約国が国内法により適当な処罰を行うことを求めている。わが国は、原子炉等規制法を改正し、特定核燃料物質をみだりに取り扱い、人の生命、身体又は財産に危険を与える行為を危険罪として10年以下の懲役(未遂も罰する。)に、特定核燃料物質を用い人の生命、身体、財産に対する脅迫、又は特定核燃料物質の窃取、強取を告知し特定の行為を要求した場合は、脅迫罪又は要求罪として、いづれも3年以下の懲役とするとともに、この危険罪等の罪は、刑法が条約による国外犯処罰を定めた「刑法第4条ノ2の例に従う。」との規定を新設し罰則と処罰の法体系を整備した。
<更新年月>
2006年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.核物質の防護に関する条約が締約国の国内法による処罰を求めている犯罪
 核物質の防護に関する条約(以下「条約」という。)は、第7条に締約国が国内法により、図1に示した行為を犯罪とし、適当な刑罰を科すことを求めている。
 ここで図1を概説すると、締約国は、次のような行為を犯罪として処罰しなければならないとしている。
(A)法律上の正当な権限がないのに核物質を受け取ること、所持すること、特定の目的に使用すること、他の者に移転すること、形状の変更や処分(廃棄)をすること、又は、核物質を撒き散らすことによって人の生命や身体に重大な放射線障害を発生させたり、又は、財産を汚染させること。並びに人や財産に、このような障害等を起こすおそれのある行為をすること。
(B)核物質を密かに窃み取ること、及び暴行や強迫により核物質を奪うこと。
(C)核物質を横領したり、詐術を用いて入手すること。
(D)脅迫、暴行等の手段を用いて核物質を要求する行為。
(E)(A)の行為をするとの脅迫。
(F)(B)を行うとの脅迫であって、義務のない行為をすること、又は、正当な権利を行使しないよう、人、法人(原子力事業者)、国際機関又は、国に強要すること。
(G)(A)から(C)までの行為の未遂。
(H)(A)から(G)までの行為への加担。
2.条約の加盟に必要な罰則の整備
(1)原子炉等規制法の改正
 1988年5月に改正された原子炉等規制法は、現行刑法で処罰できない犯罪の処罰について、図2に示したように定めている。
 ここで図2を概説すると次のようになる。
(A)第76条の2 条約1(a)の処罰すべき犯罪行為に対応する罰則規定である。10年以下の懲役は、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(昭和32年法律第167号)第51条第1項に、「放射性同位元素を装備している機器若しくは放射線発生装置をみだりに操作し、・・・中略・・・人の生命又は身体に危険を生ぜしめた者は、10年以下の懲役に処する。」と規定されており、10年以下の懲役は、整合が図られている。未遂も罰せられる。なお、危険を生じさせたにとどまらず、人を死亡させた場合は、刑法の殺人罪が適用される。
(B)第76条の3 条約1(e)の処罰すべき犯罪行為に対応する罰則規定である。なお、刑法第222条の脅迫罪は、対象に「人を脅迫」と特定しているが、本条の脅迫は、当事者の原子力事業者のほか第三者(自然人、国)も含まれる。
(C)第76条の4 わが国以外の締約国の国民が外国において、条約第7条に定める犯罪を犯し、わが国に逃亡してきた場合も刑法の条約による国外犯として処罰することを定めている。
(2)原子炉等規制法改正の経緯
 わが国の刑事法制は、刑法(明治40年法律第40号)のほか、爆発物取締罰則(明治17年太政官布告第32号)、暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)、人質による強要行為等の処罰に関する法律(昭和53年法律第48号)や民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(1974年7月条約第5号)の国内法である、航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(昭和49年法律第87号)等条約の実施のための特別刑事法等で構成されている。
 条約への加盟に必要な国内法制の検討は、1985年頃から行われてきたが、核物質を手段とし、又は核物質への加害を前提とする新しい犯罪であるため現行刑法で総てをカバーすることが困難であり、また、刑法第2条の「国外犯処罰」は、刑法第2編の罰の適用を限定しているため、条約が求めている殺人罪、傷害罪、暴行罪、脅迫罪、強要罪、窃盗罪、強盗罪、横領罪、詐欺罪及び損壊罪等は、包含されていない。そのため、航空機の強取等の処罰に関する法律等の例やアメリカの「核物質防護条約履行法(1982年)」のような特別刑事法の検討も行われたが、原子炉等規制法が、第1条の目的の後段に、「条約その他の国際約束を実施するために」と明記されており、同法が国際条約履行法的性格も有していることから同法の改正で対処することとなった。
 昭和62年(1987年)の刑法改正で、第4条ノ2に「条約による国外犯処罰」の規定が新設され、「何人を問わず日本国外において刑法第2編に定める罪であって条約により、日本国外において犯したときであっても罰する」ことが明定され、条約の求める国外犯でわが国に所在する者の処罰が可能となった。これにより、原子炉等規制法の罰則の整備が一挙に進められた。
(3)原子炉等規制法の罰則と刑法の適用
 原子炉等規制法の改正により、第76条の2に危険罪、第76条の3に脅迫罪及び要求罪が設けられた。このほか第76条の4に刑法第2条ノ4の[条約による国外犯]の適用に関する規定が置かれた。
<図/表>
図1 条約が締約国に国内法による処罰を求めている犯罪
図1  条約が締約国に国内法による処罰を求めている犯罪
図2 原子炉等規制法の改正により整備された核物質に関する犯罪の処罰規定
図2  原子炉等規制法の改正により整備された核物質に関する犯罪の処罰規定

<関連タイトル>
核物質防護とは(世界と日本の現状) (13-05-03-01)
防護すべき核物質と対象となる施設 (13-05-03-02)
核物質防護のための設備と管理 (13-05-03-03)
不法行為発生時の措置 (13-05-03-04)

<参考文献>
(1)核物質の防護に関する条約
(2)核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和32年法律第166号)
(3)刑法(明治40年法律第40号)
(4)罰金等等の臨時措置法(昭和23年法律第251号)
(5)放射性同位元素等による放射線傷害の防止に関する法律(昭和32年法律第167号)
(6)爆発物取締罰則(大正17年太政官布告第32号)
(7)暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)
(8)人質による強要行為等の処罰に関する法律(昭和53年法律第48号)
(9)日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約(1980年条約第3号)
(10)逃亡犯罪人引渡法(昭和28年法律第68号)
(11)国際捜査共助法(昭和55年法律第69号)
(12)核物質管理センターニュース、1989.6、Vol.18、No.6、核物質防護シリーズ3従来の核物質防護に関する動き
(13)核物質管理センターニュース、1989.8、Vol.18、No.8、核物質防護シリーズ5我が国における核物質防護に関する条約の加入とそれに伴う原子炉等規制法の一部改正
(14)核物質管理センターニュース、1990.5、Vol.19、No.5、より完全な核物質防護を目指して−日本の核物質防護−
(15)核物質管理センターニュース、1990.6、Vol.19、No.6、より完全な核物質防護を目指して−日本の核物質防護(続)−
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