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<概要>
 昭和63年4月21日、原子力安全委員会決定の「発電用加圧水型原子炉の炉心熱設計評価指針」では、発電用加圧水型原子炉PWR)の限界熱流束に係る炉心熱設計の妥当性を評価する際の基本的方針を述べている。この指針において判断基準を「最小DNBRは通常運転時及び運転時の異常な過渡変化時にあっては許容限界値以上でなければならない。」と定めており、また、評価にあたっての要求事項等が示されている。この昭和63年に制定された指針は、当時の最新の知見に基づいて作成されたものであり、その基本的考え方は今日も妥当性を失っていないと判断される。しかしながら、昭和63年の指針制定以降PWRの炉心熱設計においては、海外における熱設計手法の改良に関する知見も踏まえ、炉心の熱的余裕を更に厳密に評価することが解析技術の進歩により可能となった。このような状況に鑑み、指針を改訂することとしたものである(昭和63年4月21日原子力安全委員会決定、一部改訂平成12年8月28日)。

(注)東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)に伴う福島第一原発事故を契機に原子力安全規制の体制が抜本的に改革され、新たな規制行政組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。本データに記載されている炉心熱設計評価指針については、原子力規制委員会によって見直しが行われる可能性がある。なお、原子力安全委員会は上記の規制組織改革に伴って廃止された。
<更新年月>
2001年03月   

<本文>
 「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成2年8月30日原子力安全委員会決定)(以下「安全設計審査指針」という。)では、加圧水型原子炉(PWR)の炉心は、それに関連する原子炉冷却系、原子炉停止系、計測制御系及び安全保護系の機能とあいまって、通常運転時及び運転時の異常な過渡変化時において、燃料の許容設計限界を超えることのない設計であることが規定されている。PWRの安全審査では、炉心熱設計の評価において燃料の許容設計限界を判断する基準の一つとして、限界熱流束DNB熱流束)と実際の熱流束との比(DNBR)の炉心内の最小値として定義される最小限界熱流束比(最小DNBR)が用いられている。
 国内でPWRが導入された当初における炉心熱設計では、DNB熱流束の計算には、単管によるDNB試験データを基に作成された「W-3相関式」を基本とし、支持格子の効果等を組み合せたものが用いられており、最小DNBRの評価では、入力パラメータ(原子炉出力、原子炉圧力、冷却材流量、冷却材温度等)は、最小DNBRが厳しくなるように選定され評価されてきた(以下「当初の熱設計手法」という。)。
 以上のように最小DNBRの評価は、安全設計審査指針で要求している燃料の許容設計限界を判断するものとして安全審査で行われているが、安全設計審査指針には最小DNBRの評価の具体的な手法、判断基準等については特に明記されていなかつた。このため、昭和63年(1988年)4月21日に「発電用加圧水型原子炉の炉心熱設計評価指針」が制定され、それ以降、最小DNBRの評価に関しDNB相関式(MIRC-1及びNFI-1)及び統計的熱設計手法(以下合わせて「従来の熱設計手法」という。)が、PWRの炉心熱設計の安全審査において燃料の許容設計限界を判断する基準として主に用いられてきた。これらのDNB相関式MIRC-1及びNFI-1)は、当初のDNB相関式(W-3)の予測精度を向上させ、また統計的熱設計手法は、当初の熱設計手法より入力パラメータの不確定性を詳細に取扱うことにより、炉心の熱的余裕をより厳密に評価するものである。この昭和63年4月21日に制定された指針は、当時の最新の知見に基づいて作成されたものであり、その基本的考え方は今日も妥当性を失っていないと判断される。
 しかしながら、昭和63年の指針制定以降、PWRの炉心熱設計においては、海外における熱設計手法の改良に関する知見も踏まえ、炉心の熱的余裕を更に厳密に評価することが解析技術の進歩により可能となった。このような状況に鑑み、上記指針を改訂することとしたものである。本改訂(以下「本指針」という)では、従来の熱設計手法では別々に取扱っているDNB相関式の不確定性を表す確率分布と入力パラメータの不確定性に基づく最小DNBRの確率分布を、一括して統計的に取扱って最小DNBRの許容限界値を定める新しい熱設計手法(以下「改良統計的熱設計手法」という。)を妥当なものとして追加した。なお、改良統計的熱設計手法の導入によっても当初の熱設計手法及び従来の熱設計手法が否定されるものではないので、指針としては、当初の熱設計手法及び従来の熱設計手法をも包含する形でとりまとめた(昭和63年(1988年)4月21日原子力安全委員会決定、一部改訂平成12年(2000年)8月28日)。
以下に指針の全文と解説の要約を示す。
1.目的
 本指針は、発電用加圧水型原子炉(PWR)の限界熱流束に係る炉心熱設計の妥当性を評価することを目的としたものである。
2.本指針の位置付けと適用範囲
 本指針は、安全設計審査指針及び「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」に定めるところにより、発電用加圧水型原子炉の通常運転時及び運転時の異常な過渡変化時における最小限界熱流束比の評価の妥当性を判断するためのものである。なお、限界熱流束に係る炉心熱設計の評価が本指針に適合しない場合があっても、妥当な理由によるものであることが明らかにされればこれを排除するものではない。また、本指針は設計の改良、経験の蓄積など新たな知見が得られた場合には、必要に応じて適宜見直しがなされるべきものである。
3.用語の定義
 本指針において、次の各号に掲げる用語の定義はそれぞれ当該各号に定めるところによる。
(1)限界熱流束
 燃料被覆管から原子炉冷却材への熱伝達が低下し、被覆管温度が急上昇しはじめる熱流束をいう。ここでは、DNB(Departure from Nucleate Boiling)熱流束ともいう。
(解説)燃料被覆管から1次冷却材への熱伝達機構が核沸騰領域にある場合、被覆管温度は十分に低いが、限界熱流束に達すると被覆管温度が急上昇しはじめる。ここでは、被覆管温度が急上昇しはじめる熱流束を限界熱流束と定義している。
(2)限界熱流束比
 限界熱流束と実際の熱流束の比をいう。ここでは、DNBR(DNB Ratio)ともいう。また、炉心内で最も熱的に厳しい燃料棒のDNBR、すなわち、炉心内の各燃料棒のDNBRの値のうち、その最小値を最小限界熱流束比(以下「最小DNBR」という。)という。
(解説)最小DNBRは炉心内で最も熱的に厳しい燃料棒のDNBRであるが、最小DNBRの許容限界値及びそれと照合すべき最小DNBRの評価値は、使用する熱設計手法によって異なったものになる。
(3)DNB相関式
 限界熱流束を求める相関式をいう。
(解説)PWRの炉心熱設計で使用しているDNB相関式はすべて実験式である。
4.判断基準
 最小DNBRは通常運転時及び運転時の異常な過渡変化時にあっては、許容限界値以上でなければならない。
(解説)燃料の許容設計限界(原子炉の設計と関連して、燃料の損傷が安全上許容される程度であり、かつ、継続して原子炉の運転をすることができる限界)を判断するめやすの一つとして最小DNBRが用いられ、最小DNBRが許容限界値以上であることにより燃料の許容設計限界を超えないことが判断される。この最小DNBRの許容限界値は、「炉心内で最も熱的に厳しい燃料棒において、95%信頼度で95%確率でDNBを起こさない値(95×95基準)」に基づいて定められる。95×95基準における信頼度とは、有限個のデータの統計量から母集団の統計量を推定する際の概念であり、「95%信頼度で95%確率(95×95)」とは、母集団の確率分布の95%確率の上限値あるいは下限値を95%の確率で推定することをいう。この95×95基準により、高い信頼性をもってDNBの発生によるPWR炉心全体の燃料の損傷を十分に低く抑制することができる。
5.評価に当たっての要求事項
 評価に当たって必要とされる事項を以下に示すが、各要求及び指定事項からはずれたものを用いて評価を行う場合には、適切な方法によって、その妥当性を示す必要がある。
5.1 評価に使用するDNB相関式
 評価に使用するDNB相関式は以下の項目を満足するものでなければならない。
(1)燃料集合体の主要寸法(水力等価直径及び発熱長)を包含する試験に基づいて作成されたものであること。
(解説)試験部形状でDNB熱流束に影響する主要寸法としては、水力等価直径と発熱長であることが知られている。したがって、試験部形状のうち少なくとも水力等価直径と発熱長については実機燃料集合体の寸法を包含している必要がある。
(2)燃料集合体内に非発熱棒がある場合の効果及び軸方向発熱分布が非一様である場合の効果が考慮されていること。
(解説)PWR燃料集合体形状に関連する因子として、水路内の非発熱壁の存在、支持格子及び軸方向出力分布がDNB熱流束に影響することが知られている。特に、水路内の非発熱壁の存在及び非一様の軸方向出力分布はDNB熱流束を低下させることがあるため、DNB相関式にはこれらの効果が考慮されている必要がある。
(3)燃料集合体支持格子の効果を考慮して評価する際には、燃料集合体の支持格子(形状及び支持格子間隔)を模擬した試験や解析に基づき、その妥当性が示されていること。
(解説)支持格子は、水路内の乱流強度を増大させるため、一般的にDNB熱流束を増大させることが知られている。したがって、最小DNBRの評価においては、実機の支持格子の形状及び支持格子間隔を模擬した試験や解析により、評価の妥当性を示さなければならない。ただし、支持格子の効果を考慮しない場合はこの限りではない。
(4)DNB相関式のデータベースとなっている試験の冷却材条件は、実機の炉心冷却材条件(クォリティ、質量速度、圧力)を包含していること。
(解説)DNB熱流束は、試験部形状の関数であるとともに冷却材条件(クォリティ、質量速度、圧力)の関数である。したがって、実機の最小DNBRの評価を行う際に使用するDNB相関式のデータベースは実機の炉心冷却材条件を包含していなければならない。
5.2 評価に使用する解析コード
 評価に使用するサブチャンネル解析コードについては、試験データとの比較等によりその妥当性が示されていなければならない。
(解説)DNB熱流束は炉心冷却材条件の関数として与えられるため、最小DNBRの評価に際しては、まず炉心冷却材条件を求めなければならない。一般に炉心内の3次元的な流体挙動を求めるコードはサブチャンネル解析コードと呼ばれており、多数のコードが開発されている。最小DNBRの評価ではDNB相関式とサブチャンネル解析コードが対となって使用されるため、サブチャンネル解析コードとしては、コード自体の妥当性と、コードとDNB相関式との組合せの妥当性の双方を示す必要がある。
5.3 評価に使用する主要パラメータの入力値
 評価に使用する主要な設計パラメータの解析コードへの入力値(以下「入力パラメータ」という。)は、評価の結果が厳しくなるように選定しなければならない。ただし、評価目的の範囲内で合理的なものを用いてもよい。
(解説)統計的熱設計手法及び改良統計的熱設計手法においては、熱設計評価のための入力パラメータのすべてが統計的に取扱われるわけではないので、統計的に取扱わない入力パラメータについては固定値として扱い、その入力値は当初の熱設計手法と同様に評価結果が厳しくなるように選定しなければならない。表1に統計的取扱いを行う入力パラメータを示す。
5.4 統計的熱設計手法
 最小DNBRの評価を統計的熱設計手法を用いて行う場合には、以下の項目を満足しなければならない。
(1) 統計的に取扱う入力パラメータの不確定性を表す確率分布の設定が妥当に行われていること。
(2) 入力パラメータの不確定性に基づく最小DNBRの確率分布の評価が妥当に行われていること。
(解説)統計的熱設計手法の適用に際しては、入力パラメータの取扱方法及び最小DNBRの確率分布の求め方について検討する必要がある。また、統計的熱設計手法の適用範囲についても検討する必要がある。
5.5 改良統計的熱設計手法
 評価を改良統計的熱設計手法を用いて行う場合には、以下の項目を満足しなければならない。
(1)DNB相関式の不確定性を表す確率分布の設定が妥当に行われていること。
(2)統計的に取扱う入力パラメータの不確定性を表す確率分布の設定が妥当に行われていること。
(3) NB相関式の不確定性を表す確率分布と入力パラメータの不確定性に基づく最小DNBRの確率分布を一括して統計的に取扱った確率分布の評価結果に基づき、最小DNBRの許容限界値の設定が妥当に行われていること。
(解説)改良統計的熱設計手法の適用に際しては、DNB相関式の不確定性を表す確率分布の取扱方法、入力パラメータの取扱方法及びDNB相関式の不確定性を表す確率分布と入力パラメータの不確定性に基づく最小DNBRの確率分布を一括して統計的に取扱う方法について検討する必要がある。また、改良統計的熱設計手法の適用範囲についても検討する必要がある。
<図/表>
表1 統計的取扱いを行う入力パラメータ
表1  統計的取扱いを行う入力パラメータ

<関連タイトル>
加圧水型原子炉(PWR) (02-01-01-02)
PWRの炉心設計 (02-04-02-01)
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針 (11-03-01-05)
発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針 (11-03-01-10)

<参考文献>
(1)内閣総理大臣官房原子力安全室(監修):改訂10版 原子力安全委員会安全審査指針集、大成出版社(2000年11月)
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