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<概要>
 我が国の原子力安全委員会は、1986年4月26日に発生したチェルノブイル原子力発電所4号炉の事故について、特別委員会を設置し、調査・検討を行い、報告書としてまとめた。
 報告書の中では、ソ連の報告として、この炉の安全設計上の欠陥及び運転操作上のミスが重なった反応度事故としている。また、国際機関の対応および我が国が行った検討結果について記述されている。
 その結果、我が国で現行の安全規制やその慣行を早急に改める必要は無く、防災対策についても現在のやり方を変更する必要はないが、安全性の研究、シビアアクシデントの研究等を一層進めて運転管理等に反映してゆくと共に防災対策の内容の充実を図ってゆくことが重要との結論に達した。ここでは同報告書の概要を示す。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 原子力安全委員会は、昭和61(1986)年4月26日に発生したソ連原子力発電所事故を極めて重大なものと受け止め、幅広く調査・検討を行い、我が国の安全確保対策に反映させるべき事項等を見出すため「ソ連原子力発電所事故調査特別委員会」を設置した。同委員会は、同年5月からワ−キンググル−プを設置して詳細にわたる調査検討を行わせるとともに、本委員会を9回開催して検討を行い、62年5月28日報告書を原子力安全委員会に提出した。以下に同報告書の概要を示す。
1.第I部 事故の状況
 (1) 4月26日午前1時23分、外部電源喪失によりタービンへの蒸気供給が停止された場合、惰性で回っているタービン発電機からの電力で非常用炉心冷却系設備のポンプ等をどの程度動かすことができるかを確認する試験の最中において、原子炉出力が急激に増大し、これを抑えることができず、燃料チャンネル及び原子炉上部の構造物が破壊され、燃料及び黒鉛の一部が飛散し、原子炉建屋も破壊され大量の放射性物質が環境へ放出された。原子炉はこの間に停止し、炉心下方にあるコンクリート部の溶融貫通には至らなかった。
   事故によって31名が死亡し、又、30km圏内の住民13.5万人が避難した。特定の地域の住民の外部被ばく線量は0.3〜0.4mSvに達したとみられるが、大多数は、0.25mSv以下の外部被ばく線量であり、急性障害はみられなかった。ソ連は、避難住民の外部被ばくの集団線量を約0.6万人・Svと評価してしており、ガンによる死亡率の増加は約1.6%以下であるとしている。
   安全設計上の問題点として、チェルノブイル4号炉の炉心特性は、ボイド係数が大きな正の値であるため、低出力運転時には反応度出力係数が正の値となっていて、このため、低出力運転時には炉心固有の自己制御性が期待できないものであった。また原子炉建屋の格納性が脆弱であったので、放出放射能の低減ができ難い構造であった。
   運転操作に係わる問題として、この試験前の準備操作において、運転操作の不具合により特に低出力での運転が余儀なくされ、キセノン毒作用及び冷却材流量の過大による炉心ボイド率の減少に伴う反応度の減少によって、制御棒が炉心から大きく引き抜かれた状態になっていた。
   また、炉停止余裕が規定値を下回っているのに運転を継続したこと、試験計画より低出力で運転したこと、原子炉スクラム信号をバイパスしたことなどの運転規則違反が加わり、さらに、原子炉を緊急停止するための制御棒の挿入速度が遅い(完全挿入まで約18秒を要す)設計となっていたため、手動スクラムによっても出力の上昇を抑えることができず、試験開始数十秒後には急激な出力上昇を引き起こしたものである。
   事故後の措置としてヘリコプターから炉心へ鉛、粘土等を大量に投下するなどしたことにより、5月6日までには炉心の温度上昇は止まった。放射性物質の放出もほぼ収まった。破損した建屋、原子炉等をコンクリートで密閉した。
 (2) 原子力発電所事故としては、放射線障害による多数の死亡者が初めて出た事故でありまた、事故に伴い多量の放射性物質が環境に放出され、ソ連国内および隣接国のみならず北半球規模で放射性物質が拡散した。
 (3) 今回の事故は、チェルノブイル原子炉の反応度フィ−ドバック特性に対する制御系や安全系とくに緊急停止系の設計の脆弱性といった、設計における多重防護思想の適用における脆弱性を背景として、運転員の多数かつ重大な規則違反により、設計者が予想しなかった危険な状態に原子炉を導いた結果生じたものである。

2.第II部 我が国の現状
 我が国の安全確保対策の現状について、チェルノブイル事故と直接関連のある事項を中心に原子炉施設関連および環境・防災関連の検討項目を摘出しこれらの項目について調査・検討・評価を行った。
 (1) 原子炉施設関連事項については、設計上の安全対策として反応度投入事象想定事故の考え方、原子炉格納容器の機能、事故時に環境に放出される放射性物質(ソ−スタ−ム)の取扱い方、我が国原子力発電所の安全対策の設計基準事象を超えた事故(シビア・アクシデント)に対する強固さ、複数立地の安全性の考え方、火災防護の考え方、人的因子とマン・マシン・インタ−フェイスの現状等について、また運転管理対策として運転管理全般、運転員の教育訓練と資格制度、特殊試験、安全系のバイパス操作時の安全性について調査・検討を行った。その結果、原子炉施設については適切な設計要上の対策がなされており、また運転管理体制や教育訓練も適切であり、チェルノブイル事故と同様な事態になることは極めて考え難いとの結論に達した。
   なお、TMI事故以降進められてきた安全性向上対策を踏まえ、我が国の原子力発電所の安全性の一層の向上に資するため、シビア・アクシデントや人的因子に係わる研究の一層の推進等を図る必要がある。
 (2) 我が国の原子力発電所においては、(1) で述べたように、今回の事故と同様な事態になることは極めて考え難いことであり、我が国の原子力発電所の特徴等を考慮して定めた現行の防災対策と防災対策を重点的に充実すべき範囲については基本的に変更する必要はないと考える。
   しかしながら、チェルノブイル事故は大規模な防災対策の発動を必要とした世界最初の事故であったことから、実際にとられた対策の事例を参考として検討を行った。その結果、緊急時の判断と初期活動、通信・連絡、緊急時環境放射線モニタリング、防護対策、緊急時医療、国の支援体制、防災関係者の教育訓練、周辺住民に対する知識の普及、啓蒙及び緊急時における情報伝達の内容をさらに充実し、より実効性のある対策とすることが肝要であるとの結論に達した。

3.第III 部 結論−安全性の一層の向上をめざして−
  我が国の安全確保の現状を調査した結果、我が国の原子力発電所の安全性がその設計、建設、運転等の各段階における真摯な努力により現状においても十分に確保されていることから、今回の事故に関連して、現行の安全規制やその慣行を早急に改める必要のあるものは見出されず、また防災対策についても、我が国の原子力発電所の特徴等を考慮して定めた原子力防災体制及び諸対策を変更すべき必要性は見出されない、との結論を得た。
  我が国はこれまで、昭和54(1979)年に起こったTMI事故を踏まえ、その反映事項を基に既に我が国の原子炉施設の安全性の向上対策を講じてきた。今回の調査検討の結果は、今日までのこれらの努力には基本的に間違いはないということを示している。このことは我が国の原子力の研究開発利用が、着実にその成果をあげ、世界的にも高い水準に到達しているという事実にも現れている。
  しかしながら、従来から認識し実行しているものの、改めて心に銘ずべき事項がこの調査検討の結果からいくつか摘出される。今回得られた以下の事項については、その重要性を再認識することにより、今後の我が国における安全性の一層の向上に資していくことが重要であると考える。
 (1) 原子力発電所の個々の設計の改良に応じた適切な安全評価とそのための研究の実施
 (2) 万一設計範囲を超えた事態になっても適切な対応が可能なような知識の把握と整備、及び運転管理面への適宜な反映
 (3) 良好な実績をあげている運転管理の現状に驕り慢心することのない一層の努力
 (4) 人的因子、マン・マシン・インタ−フェイスの研究の拡充
 (5) シビア・アクシデントの研究の一層の推進
 (6) 防災対策の内容のより実効性のあるものへの充実と、国際協力の充実
 (7) 安全性の一層の向上のための国際協力の推進
<関連タイトル>
チェルノブイル原子力発電所の事故についての原子力安全委員会委員長談話 (10-03-02-05)
ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の設置について (10-03-02-06)
チェルノブイル原子力発電所の事故に関する国会決議 (10-03-02-08)

<参考文献>
原子力安全委員会 ソ連原子力発電所事故調査特別委員会:「ソ連原子力発電所事故調査報告書」、昭和62年5月28日
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