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<概要>
 スペクトロメトリ放射線α線、β線、γ線中性子)のエネルギースペクトル(又は波高分布スペクトル)を測定し、放射性物質核種放射能を求めることである。スペクトロメータはこのための測定装置で、放射線検出器、増幅器、波高分析器などで構成される。放射線と物質との相互作用の様子はそれらの種類やエネルギーにより異なるので、測定目的に適した放射線検出器を選択し、適切なデータ処理法を用いることが重要である。
<更新年月>
2001年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 放射性核種はその壊変に伴って、固有のエネルギーを持つα線、β線、γ線などの放射線を放出する。スペクトロメトリとは、この放射線の線束とエネルギーを測定し、核種を同定するとともにその存在量を決定する(定量)ことを言う。スペクトロメトリに用いる測定装置をスペクトロメータと言う。代表的なスペクトロメータの構成例を 図1 に示す。
 放射線の性質は線種により異なるので、測定には目的に応じた検出器を選択する。放射線は検出器内で種々の物質との相互作用により電離を行い、持っているエネルギーの一部、または全部を失う。電離により生じたイオンは電気信号に変換され、増幅器で波形整形されるとともに比例増幅される。多重波高分析器は電気信号パルスの高さ(0〜10V)を数百から4096または8192のチャンネルに弁別し、ディジタル化するA−D変換器(ADC)と、各チャンネル毎の頻度を記録するメモリー部からなる装置である。この頻度分布(通常「波高分布」と言う)をパーソナルコンピュータなどで解析し、放射性物質の核種を同定、定量する。 図2図3 および 図4 ではスペクトルは横軸にエネルギー情報を持つチャンネル番号、縦軸に頻度(計数値)を示す。
(1) α線スペクトロメトリ
 α線は電離能力が高く、物質中をほぼ直進し、物質透過力が小さい。放射性核種から放出されるα線エネルギーは3MeV〜8MeV程度で、単色である。α線スペクトロメトリでは、検出器の系外でα線エネルギーの一部を損失すると、スペクトルが低エネルギー側に歪み、同定、定量の障害になるので、
 a.試料中でのα線の自己吸収を小さくするために、試料中の不純物を除き、比放射能を高めた極めて薄い試料を作る。
 b.線源−検出器間の空気層による吸収をなくすために、真空容器内で測定する。
 c.検出器の窓を極力薄くするか、なくす。
などの注意が必要である。
 検出器にはグリッド付電離箱、表面障壁型又はイオン注入型のシリコン(Si)半導体が用いられる。グリッド付電離箱は大型(5cm以上)の試料に適し、電離箱内に試料を置くので上記b.の空気層による吸収がない。半導体検出器は分解能が良く(半値幅:20keV以下)、操作性に優れる。ステンレス板上に電着した241Amのα線をイオン注入型Si半導体検出器で測定した波高分布例を図2に示す。
(2) β線スペクトロメトリ
 β線は連続スペクトルで、内部転換電子は線スペクトルである。代表的な放射性核種から放出されるβ線の最大エネルギー範囲は10keVから5MeVである。β線や内部転換電子は物質中で散乱を受けやすい。従って、β線スペクトロメトリを行うには、測定試料は薄く(数μg/cm2)、試料支持膜も原子番号が小さい物質で薄く(数10μg/cm2)し、検出器と検出器周辺材料も小さい原子番号の物質が望ましい。検出器には有機シンチレータ(液体、プラスチック、アントラセン)、リチウムドリフト型シリコン(Si(Li))半導体検出器などが広く用いられている。プラスチックシンチレータは加工が容易で、測定するエネルギーに応じた任意の寸法のものが作れ、信号の応答性も良いなどの理由から重用されている。Si(Li)検出器は小型の試料(数cm以下)の測定に限られる。より正確なβ線スペクトルの測定には、散乱成分の少ないβ線を検出器に入射させるホローカウンタを使う。
 3H、14Cなどの低エネルギーのβ線を放出する核種の測定には、液体シンチレーションカウンタが用いられる。試料をシンチレータ溶液に混和させるので自己吸収、散乱がない、検出効率が高く、検出限界が低いなどの利点がある。
 連続スペクトルであるβ線放出核種を同定するには最大エネルギーを測定するが、β線スペクトルの最大エネルギー部の成分は少ないので、計数値の標準偏差が大きくなりエネルギー端の決定がやや不正確になる。このためチャンネル番号又はパルス波高を対数化して最大エネルギーを決定する方法が採られる。また、多数のβ線放出核種を含む試料のそれぞれの同定、定量は困難である。137Csのβ線と内部転換電子のスペクトルをSi(Li)検出器で測定した例を図3に示す。
(3) γ線スペクトロメトリ
 γ線スペクトロメトリは、多くの放射性核種がγ線を放出すること、γ線の透過力が高く自己吸収が少ない、試料の化学分析などの前処理を必要としない、エネルギー分解能が良い検出器を用いれば核種の同定が容易などの利点から、応用面も広い。
 γ線は単色スペクトルで、放射性核種が放出する主なγ線のエネルギー範囲は5keVから4MeV程度である。γ線は物質中で光電効果、コンプトン散乱、電子対生成の3作用によりエネルギーを失う。γ線スペクトルはこの3作用の結果が加算されたもので、同定、定量にはγ線の全エネルギー損失により生じる全吸収ピーク(光電ピークとも言う)に着目する。光電効果は原子番号の5乗に比例するので、検出器としては原子番号が高いものが適しており、沃化ナトリウム(NaI)か、沃化セシウム(CsI)のシンチレーション検出器、ゲルマニウム(Ge)半導体検出器などが用いられる。
 NaI(Tl)検出器は直径、厚みが数cmから数10cmのものがあり、高感度である。分解能(半値幅)は662keVに対し、通常60keV以下である。Ge検出器は感度の点でやや劣るが、分解能が非常に優れ、1.33MeVに対する半値幅が通常2keV以下である。50keV以下のX線領域の高分解能測定には、リチウムドリフト型シリコン(Si(Li))半導体検出器が用いられる。通常測定は試料を検出器の軸上に置いて行うが、検出効率を高める目的で試料を囲むように加工された検出器内の穴に挿入するウエル(井戸)型検出器もある。
 図4に示すように、γ線スペクトルはコンプトン散乱によるなだらかな平坦部、γ線エネルギーの全吸収による鋭いピークの他、γ線エネルギーや検出器の構造などに起因する消滅γ線のピーク、エスケープピーク、サムピーク、後方散乱ピークなどが生じる。全吸収ピークの頂点はγ線エネルギーに対応し、全吸収ピークの面積は放射能量に比例する。それぞれの換算定数はエネルギー校正定数、検出効率校正定数と呼ばれ、一般的に前者は波高分析器のチャンネル番号に対する2次式で、後者はγ線エネルギーに対する高次方程式で与えられる。両定数は標準線源を用いてあらかじめ決定する。
 環境放射能管理試料のような低レベル放射能の試料をβ線又はγ線スペクトロメトリするには、自然放射線や周辺の放射性物質による影響を小さくする遮蔽体が必要である。遮蔽体の材質は鉛や鉄などが適し、厚さは鉛で10cm程度を必要とする。
 γ線スペクトロメータの身近な応用例には環境試料モニタや輸入食品モニタがある。
(4) 中性子スペクトロメトリ
 中性子は電荷を有せず、直接電離能力がない。中性子のスペクトロメトリは物質中での陽子との衝突、核反応により二次的に生じる荷電粒子のエネルギーを測定する。
 中性子と物質との反応は、弾性散乱、非弾性散乱、中性子捕獲、核変換があり、反応の確率は中性子のエネルギー、物質の種類により大きく変化する。
 良く利用されている中性子線源からの中性子スペクトルを 図5 に示す。
 中性子の測定は中性子と相互作用を生じやすい物質と、二次的な荷電粒子を測定する検出器とを組み合わせて行う。スペクトロメータ用検出器としては、核変換作用を利用したヘリウム3中性子計数管Li-6サンドイッチ計数管、高速中性子との反跳現象を利用した反跳陽子比例計数管がある。
<図/表>
図1 放射線スペクトロメータの構成例
図1  放射線スペクトロメータの構成例
図2 イオン注入型シリコン半導体検出器による
図2  イオン注入型シリコン半導体検出器による
図3 リチウムドリフト型シリコン半導体検出器による
図3  リチウムドリフト型シリコン半導体検出器による
図4 純ゲルマニウム半導体検出器によるγ線スペクトル
図4  純ゲルマニウム半導体検出器によるγ線スペクトル
図5 (α,n)反応および自発核分裂による中性子スペクトル
図5  (α,n)反応および自発核分裂による中性子スペクトル

<関連タイトル>
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<参考文献>
(1) 野口正安:”γ線スペクトロメトリー”日刊工業新聞社、(1980)
(2) 河田 燕:”放射線計測技術”東京大学出版会、(1978)
(3) 日本アイソトープ協会(編):中性子による計測と利用、中性子源、p26(1999)
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