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<概要>
 宇宙船搭乗員の被ばく線量率は地上の公衆や職業人に比べると一般に大きい。宇宙放射線はその起源によって銀河宇宙線、太陽粒子線、捕捉粒子線の三種類に分類される。いずれも高エネルギーであり、多くの粒子種で構成される。ほとんどは荷電粒子であるため、太陽からでるプラズマに含まれる磁場や地球磁場の影響を受ける。
 生体に及ぼす影響の観点では、宇宙放射線は密度の低い粒子線であるため、標的となった細胞等とその周辺では影響が異なる。細胞レベルを考える場合はLET(linear energy transfer;粒子の飛跡に沿って与えるエネルギー密度)を、個体レベルを考える場合は線量を、指標とすることが多い。宇宙放射線の構成成分のうち重粒子は、数は少ないがLETが大きく、生体影響の約半分を与えると推定されている。重粒子の中では鉄が重要である。
<更新年月>
2002年03月   

<本文>
1.はじめに
 宇宙船搭乗員が受ける線量は、同じ時間内に地上における通常の生活や職業を通じて受ける線量より一般に大きい。宇宙放射線は自然放射線であるため、従来は法規制の対象とは考えられなかった。その放射線防護については色々な考え方があり、まだ国際的にも合意が得られていない。国家放射線審議会(NRC)は、宇宙飛行士の従事期間を通常の放射線作業従事者のように50年間の作業を想定せず、10年間としてガイドラインを作成した。それらを背景に、国際放射線防護委員会(ICRP)は、特に、宇宙飛行士については別に扱う趣旨の記述をしている。また、宇宙飛行士の防護基準について、米国では米国放射線防護測定審議会(NCRP)と米国航空宇宙局(NASA(現宇宙航空研究開発機構))が、国内では宇宙開発事業団(NASDA)の有人サポート委員会が中心となって、放射線防護に関する指針について検討している。
 宇宙放射線のエネルギーは極めて広い範囲に分布しており、最大エネルギーは人工的な粒子加速器で可能な値を何桁も上回る。また、宇宙線は多くの粒子種の集合体であり、中性子のような二次粒子やパイ粒子が崩壊してできる子孫まで含めると生体影響のあり方も放射線の種類毎に異なる。一般に放射線の生体影響は、入射した放射線が生体内にもたらす電離作用によって生じる。分子レベルのように微視的に見れば入射粒子の飛跡に沿って生じるイオンの密度、あるいは飛跡に沿って与えたエネルギー密度(LET)によって、生体影響の程度が評価される。一方、臓器のような巨視的な領域に対する影響を見る場合は、線量によって生体影響が評価される。通常、DNAや染色体の切断・修復等の生物影響を考える際は、LETを用い、ヒト個体に対する被ばく管理の際は、線量を用いて記述することが多い。
2.宇宙放射線の特徴
 宇宙放射線と呼ばれるものは、銀河から飛来する銀河宇宙線、太陽から飛来する太陽粒子線、地球の磁力線に捕捉された捕捉粒子線(捕捉放射線帯、ヴァンアレン帯)、の三種類がある( 図1 )。ほとんどが粒子線であり、かつ高エネルギーである。銀河宇宙線は超新星で生成されたものと考えられており、その90%以上は陽子、数%がアルファ粒子、約1%が重粒子である。そのエネルギー分布のピークは約600MeVである。太陽粒子線でもやはり陽子が卓越するが、太陽活動によって組成は変化する。通常は太陽粒子線の最大エネルギーは約100MeVである。ただし、突発的に起きる大きなフレア(SPE:solar proton event)の際の最大エネルギーは数GeVに達し、しかも桁違いに大きな粒子群がやって来る。個々のフレアがいつ起こるかの正確な予測はまだできないが、長期的に平均した変動としては、顕著な11年周期が存在する(次の太陽活動極大期は2001年頃である)。太陽活動が盛んであれば個々の大フレアの発生確率は高いが( 図2 )、全体としてはその時期の宇宙船軌道における銀河宇宙線線量は逆に低下する。それは活発な太陽から吹き出す磁場を含むプラズマが銀河宇宙線の低エネルギー成分の飛来を阻むためである。捕捉粒子線は地球磁力線に巻き付いた荷電粒子が、地球磁場の存在下で加速されてできたものであるが、地表から3,000kmを中心とする内帯と、19,000kmを中心とする外帯に大別されるが、全体として見れば地球に近い領域で陽子が多く、遠い領域で電子が多い( 図3 )。そのエネルギーは陽子で最大500MeV程度、電子は最大数MeV程度である。 図4 に色々な宇宙放射線のエネルギー分布を示す。
 以上は、宇宙空間における宇宙放射線の姿である。これらが大気圏や宇宙船に侵入すると、大気や壁材との相互作用を通じて多量の二次粒子群が発生する( 図5 )。その中には、原子核を破壊して飛び出した陽子、中性子、パイ粒子、原子核の破片(フラグメント)等があり、さらに、パイ粒子が崩壊してできるミュー粒子や、電子、光子等も含まれる。中でも中性子は宇宙空間にはほとんど存在せず、二次粒子として発生するものである。これらをまとめて二次宇宙線と呼ぶ。
3.宇宙飛行士の被ばくの仕方
 宇宙飛行士が受ける被ばく線量は、宇宙船の軌道によって大きく異なる。それは宇宙空間にある宇宙放射線のほとんどが電荷を帯びていることと、地球磁場が存在するためである。エネルギーが比較的低い荷電粒子は磁場によって運動を規制されるため、地球近傍は銀河宇宙線や太陽粒子線の侵入からある程度護られた領域となっている(地球磁気圏)。したがって、磁気圏深部の地球近傍を飛行する場合は銀河宇宙線よりも捕捉粒子線の被ばくが重大である。
 一方、地球磁場には歪みがあってブラジル南部から南大西洋にかけての磁場は、正常地域より約30%も弱い(南大西洋異常と呼ばれる)。そのため、その上空の捕捉粒子線帯は高度400km程度の低空まで侵入しているが、多くの有人宇宙船は高度300〜500kmを飛行するので、地磁気異常地域上空を通過する際に大きな線量率を受ける。ミール宇宙ステーション軌道の測定によれば、線量の約半分はこの地域上空通過時に受けるという。一方、南北磁極近傍の磁力線はほぼ鉛直で、宇宙空間に対して開いており、また、荷電粒子は磁力線に沿った方向に動き易いので、ここには銀河宇宙線が侵入し易い。したがって宇宙船が極域を通過する際の線量率は大きい。逆に赤道域では磁力線はほぼ水平で、さらに、荷電粒子は磁力線を横断しにくいため、宇宙線は赤道域に侵入しにくい。結果的に地磁気的に高緯度であるほど宇宙線線量率は大きくなる。したがって、宇宙船の周回軌道が赤道に対して何度傾いているかによって、被ばく線量は異なる。南北方向のみを周回する極軌道衛星は常に銀河宇宙線を浴びるため線量が大きく、逆に赤道に対する軌道傾斜角が小さい衛星は磁力線に護られて線量が小さい。ただし、赤道上を飛ぶ静止衛星は軌道高度が高く、捕捉粒子線帯の中を周回するためかえって線量が大きい(図3)。磁気圏を飛び出して月や惑星に飛行する場合も月面等でも磁場の保護がない点も注意を要する。
 また、宇宙飛行士が船外活動する場合は、宇宙空間にもともとある宇宙放射線(一次宇宙線)のみに被ばくするが、船内では一次宇宙線に加え、壁材から発生した二次宇宙線を合わせて被ばくする。
4.宇宙放射線の線量計測
 正確に宇宙放射線の量を計測するには、宇宙放射線のエネルギー等の特性をよく反映した機器を用いる必要があるが、市販の多くの計測器は、X線や、RIから出るガンマ線などの光子を用いて校正されており、真の値を推定するには粒子加速器ビームによる校正が必要である。しかも宇宙線とは陽子、中性子、重粒子、パイ粒子、ミュー粒子、電子など様々な粒子種の総称であるため、粒子毎に校正するのが理想だが、それに近い実験のできる施設は世界的に限られる。
5.宇宙放射線による生体影響
 宇宙放射線は粒子線であり、高エネルギーだがその密度は低い。エネルギーが極めて高い粒子は標的を通り抜けるだけで、生体影響は問題にならない。むしろ標的たる生体の中でエネルギーを失って停止する程度の低エネルギー粒子が大きな影響を残す。それは粒子の標的内で失うエネルギーが停止直前に最大になるからである。そのエネルギー損失の特性は標的、線量、入射粒子の種類によって微妙に異なる。X線やガンマ線のように標的を包み込む放射線との大きな違いは、宇宙放射線のような粒子線は、衝突した細胞は大きな損傷を受けても、その隣の細胞は無傷のままで済むという点である。また、宇宙放射線の密度が低いため特定細胞しか衝突されないので、もし、大きなLETの粒子が衝突した細胞が死ねば、生体全体としては何もなかったように見える。逆に、修復できないような大きな損傷を受けたまま生き残ると、増殖によって生体全体に悪影響をもたらす可能性がある。生体影響のLETに対する依存性を 図6 に示す。
 宇宙飛行士が経験した症状として今まで報告されたのは、吐き気、宿酔(二日酔)等である。また、目をつぶっても閃光を感じたという報告がある。吐き気や宿酔の全てが放射線によるとは限らないが、閃光は重粒子が網膜細胞を破壊したためだろうと言われている。宇宙放射線に含まれる粒子のうち、重粒子(ヘリウムより重い原子)の占める割合は全体の約1%に過ぎない。しかし、その生体影響は大きく、粒子密度まで考慮しても生体影響は陽子に匹敵すると推定されている。それは細胞レベルの生体影響の大きさが入射粒子のエネルギー損失に依存し、それは入射粒子の電荷の二乗に比例するためである。そのため陽子(電荷が1)による損傷は修復される余地があるが、重粒子(電荷が2以上)の場合は修復不能なほど破壊的に損傷する可能性があるためである。重粒子の中では比較的量の多い鉄が重要である。宇宙船内に二次的に生まれる中性子の影響については未知の点が多い。銀河宇宙線に占める各重粒子成分の相対量を 図7 に示す。
6.宇宙放射線と他の要因の相乗効果
 宇宙船搭乗員の放射線防護のためには、放射線以外の宇宙特有の要因も考えなければならない。その一つは微小重力である。生物は地球重力の存在を前提にして進化してきた。個体レベルで見た場合、例えば、骨の強度や血流を支配する機能がそうである。重力が微弱なら骨は弱くて済み、また、頭部に血液を送り込む心臓ポンプも弱くて済む。すなわち、生理代謝が地表と異なるため、放射線影響もまた異なる可能性がある。細胞レベルで見た場合は、放射線損傷を修復させる機能が微小重力下では異なっている可能性が指摘されている。これらはまだ研究段階だが、細胞レベルと個体レベルの両方で研究されている。
7.宇宙船搭乗員の放射線防護策
 地上では遮へい、時間、距離を管理することで放射線防護が図られるが、宇宙で作業可能なことは限られる。ロケットの搭載能力によって遮へいの厚さは制限される上、高エネルギーの宇宙放射線の侵入を完全に止めることは不可能である。むしろ、遮へい材との相互作用で生まれる二次粒子が新たな被ばく源になり得る。また、船外活動のための宇宙服は真空からの保護が主目的とし、遮へい材としては効かない。実際的な防護策としては搭乗時間の管理と、軌道の適切な選択が考えられている。また、太陽活動に大きな注意が払われている。太陽は突発的にフレアを起こし、最大数GeVものエネルギーの粒子線を放射するが、これは時として銀河宇宙線よりも大きな線量率をもたらす。そのようなフレアの継続時間は数日以内、ピークは10時間程度であるが、その予測システム構築を目指すプロジェクトが進行中である。実際にフレア予報が出た場合は、有効遮へい物の多い空間への搭乗員の移動、軌道高度の変更、飛行計画の修正等が考えられている。フレアが急性被ばくに当たると仮定した場合の、潜在的症状を 図8 に示す。但し、今まで重大な被ばくがあったという報告はない。
8.国際宇宙放射線医学研究センター
 宇宙に長期間滞在する際のリスク評価と人体防護の確立を目的として、放射線医学総合研究所(放医研)の中に、1999年4月国際宇宙放射線医学研究センター(International Space Radiation Laboratory)が開設された。重粒子生体影響の研究には加速器が必要だが、宇宙放射線ほどの高いエネルギーの出る重粒子加速器は、放医研のHIMACと米国ブルックへブン国立研究所のAGSぐらいしかない。前者は核子当たり100〜800MeV、後者は600〜1000MeVを出力できる。両者とも銀河宇宙線のピークエネルギー約600MeVをカバーするが、イオン種では、前者は水素からキセノンまで、後者は鉄のみ可能であり、HIMACは世界で最も優れた宇宙放射線影響シミュレータと言える。宇宙放射線を正確に模擬するのは難しいが、HIMAC生物実験照射室の主ビーム軸から外れた位置に細胞培養器を設置して宇宙並に線量率を下げ、さまざまな粒子構成の2次線をヒト由来細胞に浴びさせる実験が始まっている。
<図/表>
図1 宇宙放射線環境の構造
図1  宇宙放射線環境の構造
図2 太陽黒点数とフレア発生の経年変化
図2  太陽黒点数とフレア発生の経年変化
図3 捕捉粒子線帯の構造
図3  捕捉粒子線帯の構造
図4 宇宙放射線のエネルギースペクトル
図4  宇宙放射線のエネルギースペクトル
図5 二次宇宙線の発生
図5  二次宇宙線の発生
図6 生体影響のLET依存性
図6  生体影響のLET依存性
図7 銀河宇宙線に占める各粒子種の割合
図7  銀河宇宙線に占める各粒子種の割合
図8 急性被ばくで生じる生体影響
図8  急性被ばくで生じる生体影響

<関連タイトル>
放射線の分類とその成因 (08-01-01-02)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
放射線の遮へい (08-01-02-06)
電離放射線 (08-01-01-01)

<参考文献>
(1) 国際放射線防護委員会:国際放射線防護委員会の1990年勧告(日本アイソトープ協会翻訳)、日本アイソトープ協会(1991)、p.40-60
(2) 藤高 和信:宇宙環境の放射線、日本原子力学会誌、35、20-24(1993)
(3) 藤高 和信:宇宙放射線の生物影響研究、Isotope News、524、2-8(1998)
(4) 藤高 和信:宇宙放射線環境のゆくえ、放射線科学、40、123-131(1997)
(5) 国連科学委員会:放射線の線源と影響(放医研翻訳)、実業公報社(1995)、p.44-47
(6) 道家 忠義:宇宙放射線(西村純編)、共立出版(1986)、p.27-57
(7) 藤高 和信:宇宙船搭乗員の放射線防護、放射線と産業、63、11-14(1994)
(8) 藤高 和信:国際宇宙放射線医学研究センターの活動、放射線科学、42、279-281(1999)
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