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1.放射線抵抗性細菌の分離と種類
微生物の放射線耐性を比較すると、一般に細菌の方がカビよりも放射線に強く、また細菌よりも酵母の方が放射線耐性である。細菌の中でも大腸菌のような
グラム陰性菌に比べて、枯草菌のような
グラム陽性菌の方が放射線に強い。また、細菌胞子はその栄養細胞よりも耐性が大きい。この胞子と比べても著しく放射線に強い細菌が自然界から分離されており、放射線抵抗性細菌と言われている。これまで放射線抵抗性細菌として報告されている代表的なものを
表1にまとめ、その生存曲線を
図1に示す。
図1には放射線に対する強さを通常の細菌と比較するために、通常の細菌の中では比較的放射線に強く、医療用具の放射線滅菌の生物学的指標菌として使われているバシルス プーミルス(Bacillus pumilus)E601の胞子と、大腸菌の放射線耐性変異株であるエシェリチァ コリ (Escherichia coli)B/rの生存曲線を示してある。
図1に示すように、放射線抵抗性細菌の中には、数kGy以上の
線量でも生存率が減少しないために耐性であるものと、生存曲線の傾きが緩やかであるために高線量まで生き残るものと、2つのタイプがある。
1956年に米国オレゴン州で始めて放射線抵抗性細菌として分離されたのがディノコッカス ラジオデュランス(Deinococcus radiodurans)R1である。この細菌は20kGy以上γ線で照射した牛肉の缶詰から赤色色素を有する球菌として発見された。また、病院での空気中の汚染菌として、D.radiodurans Sarkが分離された。その後、照射したタラの切り身からディノコッカス ラジオプグナンス(Deinococcus radiopugnans)が、また照射したインド近海産のイワシからディノコッカス ラジオフィルス(Deinococcus radiophilus)、更に、上野動物園のラマの糞からディノコッカス プロテオリティカス(Deinococcus proteolyticus)が分離されている。これらの細菌は球菌であることから、分離された初期にはミクロコッカス(Micrococcus)属として分類されていたが、典型的なMicrococcusとは次のような点で異なる。(1)放射線に対して極めて耐性である。(2)グラム陽性菌には珍しく細胞壁の外側にカロチノイド、蛋白質、多糖などを含んだ脂質層がある。(3)細胞壁ジアミノ酸は通常のリジンではなくオルニチンであり、細胞膜脂質成分の中では、C15、C16:1、C17などが多い。(4)リゾチームなどの酵素で溶解しにくい。(5)典型的なMicrococcusであるミクロコッカス ルテウス(M.luteus)やミクロコッカス ソドネンシス(M.sodonensis)のDNAはD.radioduransに
形質転換しない。このような理由から、Micrococcus 属と区別するために、Deinococcus(Strange berryの意味)という名前で真正細菌の1属とすることが提案されている。
放射線抵抗性細菌の中ではDeinococcusに属するものが圧倒的に多いが、それ以外の細菌も幾つか分離されている。照射した古米から分離されたシュードモナス ラジオラ(Pseudomonas radiora)は、細菌胞子と同じくらいの耐性を持っており、スペイン産米、タイ産米、デンマーク米や下水汚泥などにも存在して、その分布は広い。また、象の糞や鯉の体表から分離され、新種として同定されたグラム陰性の赤色桿菌であるディノバクターグランディス(Deinobacter grandis)も1990年代に発見されている。現在知られている放射線抵抗性細菌の中で、最も放射線に強い細菌はアルスロバクター ラジオトレランス(Arthrobacter radiotolerans)P1である。この細菌は、三朝温泉のヘドロや苔から分離されたもので、その生存曲線の肩が6kGyもあり、曲線の傾きはD.radioduransより8倍以上大きい。
2.放射線抵抗性細菌の生態
D.radioduransが照射した牛肉の缶詰から分離されたことから、初期には放射線を照射したことによって耐性が誘発されたのではないかと考えられた。しかし、その後の生態学的調査によって、食肉工場近くの小川や芝草などからも分離されることから、自然界に広く分布していることが分った。日本ではきのこ栽培用のオガクズ培地からも検出されている。また、D.proteolyticusについては下水汚泥中からも多数分離されている。更に、家庭用及び公共用タオルや普通の下着からもDeinococcusに属すると思われる放射線耐性の赤色球菌が分離されたという報告がある。A.radiotoleransが
バックグラウンドの高い地域から分離されたことを除けば、大部分の放射線抵抗性細菌が普通の環境から分離されており、環境適応性によって耐性を獲得したとは考えにくい。このように放射線抵抗性細菌は自然界に広く分布しているが、生態系の中で優勢になることはほとんどないと考えられる。なぜなら大部分の抵抗性細菌は、放射線照射で他の一般細菌を死滅させた後でないと検出できないほど自然環境下では数が少ないからである。
3.放射線耐性の獲得
放射線抵抗性細菌のように元来放射線に強い細菌とは別に、放射線に弱い細菌が繰り返し照射されることによって、耐性を獲得する可能性については、これまで幾つかの研究例があり、耐性になるという報告とならないという報告がある。
表2には、耐性が獲得された2つの例を示す。
ソルモネラ タイフィムリウム(Salmonella typhimurium)LT2では、14回の反復照射を1シリーズとして、6シリーズ84回の反復照射を行うことによって、
D10値で23倍、LD90値では42倍も耐性となった。また、Bacillus pumilus E601の栄養細胞では、23回の反復照射によってD10値が4.5倍、LD90値が4.2倍増大した。両細菌ともそれ以上の反復照射を行っても耐性の増大は見られず、限界であると考えられるが、その耐性は
表1に示した放射線抵抗性細菌のD10値と比較しても大きなものではない。また、反復照射によって耐性になった細胞では、胞子形成能を失ったり、
アミノ酸に対する栄養要求性が厳しくなっており、自然界では生存しにくい。このように反復照射による耐性獲得は実験室内では起こるが、自然環境下では容易に起こるとは考えにくい。茨城県大宮町にある
ガンマフィールドで行った調査では、放射線耐性の細菌は見出されていないし、γ線照射室内の塵埃を調査した例でも耐性菌は分離されていない。
放射線抵抗性細菌の耐性の原因は、これまでD.radioduransを中心に研究され、DNAの2本鎖切断を含む全ての損傷を効率的かつ正確に修復できる能力を持っていることによることが分っている。一般の生物はこの能力がないか、非常に小さいために放射線に弱い。どのようにして放射線抵抗性細菌が、生物進化の過程でこのDNA修復能を獲得したかを解明することは重要であるが、現在明らかになっていない。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線の種類と生物学的効果 (09-02-02-15)
放射線の細胞分裂に及ぼす影響 (09-02-02-16)
<参考文献>
(1)渡辺 宏:放射線抵抗性細菌とその修復機構、バイオサイエンスとインダストリー、Vol.47、p.24-29 (1989)
(2)渡辺 宏:放射線による細胞損傷と修復機構、放射線化学、Vol.54、p.2−9(1992)
(3)B.W.Brooks and R.G.E.Murray:Nomenclature for ”Micrococcus radiodurans”and Other Radiation−Resistant Cocci:Deinococcaceae fam.nov.and Deinococcus gen.nov.,Including Five Species,Int.J.Syst. Bacteriol.,Vol.31,p.353-360(1981)
(4)北山 滋:ギネスブックにも載った細菌−放射線抵抗性細菌における放射線耐性機構−、放射線と産業、No.85、p.9-13(2000年)