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<概要>
 光子線(X線、γ線)照射は、がんの放射線治療の主流であり、放射線の透過力を利用し体内のがんや腫瘍を照射し、光子線の間接作用で生じるラジカル(OH)がん細胞を壊死させる。さらに、がん細胞は正常細胞より放射線照射に弱く回復力に劣ることを利用し、分割照射でがんを根治できる。光子線治療には線源を体外に設置する外部放射線療法と体内に置く内部放射線治療法がある。外部療法には、ライナックのX線と比較的強力な密封小線源が利用される。照射の際に、正常細胞の被ばくを低減しつつがん細胞に放射線を集中するため、三次元原体放射線療法(3D−CRT)、強度変調放射線療法(IMRT)、画像誘導放射線療法(IGRT)、定位放射線療法(STI)、サイバーナイフ、ガンマナイフ等の技術が開発されてきた。また、光子線照射におけるがん細胞の高い酸素増感比(OER)を利用し、がん細胞の放射線増感剤と正常細胞の放射線防護剤の開発が進められている。
<更新年月>
2015年11月   

<本文>
1.がんの放射線治療法の特徴
1.1 放射線治療の概観
 1981年以降、がんは日本人の死因の第1位であり、確率上3人に1人はがんにより死亡するため、がん治療は健康管理の重要な課題である。欧米では、多くの長所を有するという理由から60%以上の人が放射線治療を選択する。日本では30%であるが、生活と価値観の変化に伴い今後の増加が見込まれる。
 がんの放射線治療は、1895年のレントゲンによるX線の発見に始まる。翌年には、X線は乳がん治療(独)や舌がんと胃がん治療(仏)に用いられた。日本では、1901年にがんのX線治療の研究が始まり、1960年頃から九州大学でベータトロンのX線を利用する治療法が研究された。1973年、英国のハウンズフィールドによるX線CTの開発により、がん治療に大きな進歩があった。
 放射線治療の長所は、がんを根治できる、患者の体力消耗は小さい、治療時間は短い、身体の形態・機能変化が小さく生活の質的変化は小さいなどである。半面、日本で放射線治療を選択する割合が欧米に比べて低いのは、放射線に対する忌避観念が強いことも一因である。
 がんの放射線治療法は、図1のように大別できる。光子線の利用は治療の主流であり、保険収載されている。治療法は、放射線源を体外に設置する外部放射線療法と体内に入れる内部放射線療法に大別できる。ここでは、外部放射線療法のうち、ライナック(線形加速器Linac、リニアックLiniacとも言う)のX線治療と密封小線源のガンマ線治療を中心に述べる。合わせて、ライナックの電子線治療にもふれる。
1.2 光子線等による放射線治療の原理
(1)放射線の透過力で身体内のがん細胞を照射−放射線と透過力の利用−
 図2は、身体の照射面からの深さと、身体内での放射線の相対吸収線量の関係を示す。光子線(X線、γ線)や電子線は、身体表面近くで吸収される(ビルドアップ)。身体深部の光子線治療には、高い印加電圧のX線が必要であり、放射線の進行方向にある正常組織の被ばく低減の工夫が必要である。身体表面近くで吸収される(放射線エネルギーを与える)電子線は、表面近くのがん治療に適する。
 図3は様々な外部照射法を示す。正常組織の被ばく低減、がんの場所と大きさ、照射線量の集中と平均化等のため多門照射が一般的である。近年は、X線CT等による計測とコンピュータの画像技術を利用し照射角度や放射線ビーム(門)、照射線量と照射回数等を含めた照射計画を立てる計算システムが利用されている。
(2)光子線・電子線の直接作用と間接作用−放射線照射でがん細胞は壊死−
 図4は、光子線(X線、γ線)と電子線がDNAに与える直接作用と間接作用を示す。直接作用では入射した光子線等は衝突した原子を電離し、生成した高エネルギーの電離電子がDNAを損壊しがん細胞は壊死する。間接作用では電離された電子が生体内の水を電離して有害なラジカル(OH)を生じ、このラジカルがDNAを損壊しがん細胞は壊死する。間接作用の割合は直接作用の約3倍である。
(3)がん細胞は放射線に弱く回復力は小さい−分割照射でがんを根治−
 図5は、照射線量と、がん細胞と正常細胞の壊死率の関連を模式的に示す。がん細胞の放射線抵抗力は低いので、照射線量に対し曲線[1]の様な照射効果がある。一方、正常細胞は比較的高い放射線抵抗力があるので曲線[2]のようになる。曲線[1]と[2]から、照射の利害曲線[3]が得られ、治療に適切な照射線量が判る。そして、正常細胞はがん細胞より高い回復力がある。それを考慮した時間間隔で照射を繰り返す分割照射によりがんを根治できる。
(4)光子線・電子線の低い生物学的効果比(RBE)と高い酸素増感比(OER)
 放射線の身体への影響を示すRBEは、光子線・電子線は低い。しかし、低いRBEは、光子線治療の膨大なデータの利用と照射技術の開発・進歩で補われている。光子線は細胞中の酸素圧が照射効果に与える影響を示す酸素増感比(OER)が高いので、患者の状態変化によってがんの照射線量(吸収線量)に比較的誤差が生じ易い。しかし、患者を平静に保つことで大きな問題とはならない。また、分割照射の間には、がんが縮小して酸素が供給され、がん細胞の再酸素化が起き、大きな酸素増感比(OER)の光子線等ではがん細胞の死滅割合が高くなる。 
2.光子線・電子線の照射技術
 日本放射線腫瘍学会の調査では、2010年の全国の放射線療法施設の数は705である。治療に利用する光子線(X線、γ線)と電子線はライナックから得る。比較的高いエネルギーのγ線を放出する放射性同位体(RI、放射性同位元素)も用いられている。
2.1 ライナックの利用
(1)医療用ライナック
 図6は医療用ライナックの例を示す。X線ヘッド部は、0.3〜2.5mの加速管を備えている。加速管は、多数の導体筒が直列に並び隣り合った導体筒がプラス・マイナス異符号に帯電するように高周波電圧を印加して電子を加速する。4〜25MeVに加速された電子は、銅などの標的金属と衝突しX線を発生する。X線と電子線の両方を発生する工夫もある。
 一門照射では、がん近傍の正常細胞の被ばくを低減するため照射線量は制限され、効果的な治療が困難であった。この問題解決のため、ライナックの照射方向の可変技術(約200度)や、多門照射技術が採用され、また近年のコンピュータ技術が放射線治療に利用されている。
2.2 ライナック利用の照射技術
 放射線照射の的をがん細胞に絞り、正常細胞の損傷を抑制する技術開発が続けられている。主な技術を以下に述べる。最近は、臓器の移動対策の技術開発が目覚ましい。
(1)三次元原体放射線療法(3D−CRT:Three−dimensional Conformal Radiotherapy)
 コンピュータを用いて腫瘍の三次元画像を作成し、がんに正確に放射線を照射して正常細胞が受ける放射線量を少なくする放射線治療法。今日の放射線治療法の基本技術である。
 1960年代に開発が開始され、1990年代半ば以降に世界に普及した。今日では、様々な大きさと広がりのあるがんを、X線CT、PET、MRI等のデータを合わせて画像処理してがんの詳細な形状を再現し、多分割コリメータ等を利用してがんに合わせて放射線を照射できる。
(2)強度変調放射線療法(IMRT:Intensity Modulated Radiation Therapy)
 図7はIMRTの概要を示す。三次元原体放射線療法の進化技術であり、放射線束を小さな線束に分割し、それぞれの強度を調整してがん近傍の正常細胞の放射線量の低減を図る。不均一な強度の照射ビームを多方向から照射し最適な線量分布を得る。今日では標準的治療法である。
(3)画像誘導放射線療法(IGRT:Image−Guided RadioTherapy)
 二方向以上の透視装置、画像照合可能なCT装置及び画像照合可能な超音波診断装置を備える。照射の直前や照射中に、すでに取得された画像情報を利用して、骨やマーカー等の位置からがんの放射線照射状況を確認できるし、また、照射位置のずれを修正できる。肺がんや肝臓がん等の移動性のある臓器の治療に効果が大きい。
(4)定位放射線療法(STI:StereoTactic Irradiation)
 がん周辺の正常組織の被ばく低減を目的に、小さい範囲に大量の放射線を短時間に集中して照射する技術。正確な位置精度が要求され、近年の治療技術とコンピュータを利用した画像診断技術の進歩により可能になった(図8)。1980年代後半には、病変の境界が比較的わかり易くて動きがない脳腫瘍が対象であった。その後血管奇形や聴神経鞘腫などの良性腫瘍も対象となり、1990年代頃から体幹部の早期肺がんなどにも利用されるようになった。
 サイバーナイフ(Cyber Knife)は、米国で開発された定位放射線治療装置である(図9)。小型加速器を搭載し、コンピュータ技術、ロボット技術、画像認識技術等を利用している。ロボットアームにより、ライナック部の動きの自由度を高め100カ所以上の停止位置から照射できる。それぞれの照射位置で位置認識システムを用いて正確に腫瘍を照射する。
(5)密封小線源の利用、ガンマナイフ
 200以上のコバルト60密封小線源から、脳腫瘍に細いガンマ線ビームを集中照射して治療する(図10)。当初は脳腫瘍の治療に用いられ、開頭手術なしに腫瘍をスライスする様に細かく照射できるのでこの名称がある。密封小線源は腫瘍周辺に分散して設置されており、放射線が透過する頭皮、骨、脳、血管、神経等の正常組織の被ばくは小さい。脳腫瘍のほか脳動静脈奇形等の血管障害の治療にも利用されている。
(6)電子線照射
 体表面に近いがんの治療には、ライナックの比較的エネルギーの低いX線や放射性同位体のガンマ線とならんで、ライナックの電子線が用いられる。電子線は1門照射で治療するが、エネルギーを変えることができるので比較的大きながんの治療にも用いられる。
3.光子線照射の放射線増感剤と放射線防護剤
(1)放射線増感剤
 がん細胞の酸素増感比OERを増して治療効果を高める薬剤。光子線照射によりがん細胞で起きるDNAの損壊は細胞内の酸素圧に伴い大きくなるのを利用する。製品にはブロクスウリジン等があるが副作用もあり未だ研究開発中である。
(2)放射線防護剤
 正常細胞の酸素増感比OERを選択的に低下して治療効果を高める薬剤。放射線の間接作用によって生ずるラジカルの消去、水素付加、酸素圧の低下などにより正常細胞を防護する。研究・開発が進められているが、実用化には至ってない。
<図/表>

<関連タイトル>
重粒子線照射によるがんの治療 (08-02-02-01)
放射線によるがんの治療(手法と対象) (08-02-02-02)
RI小線源によるがん治療 (08-02-02-04)
高エネルギー加速器の医学での利用(陽子線によるがん治療) (08-02-02-06)
放射線によるがん治療の現況 (08-02-02-19)
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)
治療用医療放射線と人体影響 (09-03-04-02)
放射線防護薬剤 (09-03-05-03)

<参考文献>
(1)早川和重:「がん放射線治療の基礎知識」、2010年度前期日本消化器外科学会教育集会、http://www.jsgs.or.jp/cgi-html/edudb/pdf/20100041.pdf
(2)唐澤久美子:がんの放射線治療と医学物理が果たす役割、(2010)、http://k2.sci.u-toyama.ac.jp/career/event/080314/karasawa.pdf
(3)(公財)がん研究振興財団:「知っておきたい放射線治療」、http://www.fpcr.or.jp/pdf/p21/radiotherapy.pdf
(4)東京大学医学部付属病院、放射線科、放射線治療部門:強度変調放射線治療とは、IMRT、http://www.u-tokyo-rad.jp/equipment/imrt.html
(5)がん情報サービス:「放射線医療総論」、http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/radiotherapy/radiotherapy.html
(6)がん情報サービス:「定位放射線照射」、http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/radiotherapy/stereotactic_radiation.html
(7)がん情報サービス:「がんの放射線治療患者さんの意志決定に役立つ情報」、http://ganjoho.jp/data/public/dia_tre/treatment/radiotherapy/odjrh3000000vqld-att/ASTRO_final_j.pdf
(8)東北がんネットワーク、放射線治療専門委員会:特殊放射線治療、http://touhoku-gannet.jp/introduction/index.html
(9)国立がん研究センター、中央病院:「サイバーナイフ」、http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/clinic/radiation_oncology_p01.html
(10)大阪大学大学院医学系研究科、放射線治療学講座:「サイバーナイフ」
(11)日本ガンマナイフ研究会:「ガンマナイフ治療」、http://www.gamma-knife.jp/gammaknife/gammaknife.html
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