<本文>
1.X線診断におけるX線の基本的性質
X線は、空気のように軽い物質中ではほとんど吸収されることはないが、水や筋肉にはある程度吸収され、骨にはかなり吸収され、金属のように重い物質中をほとんど透過しない性質をもっている。したがって、これらの物質が入り組んだ物体(被写体)を通り抜けてきたX線をフィルムで検出すれば、その物体の「透視画像」が投影される。たとえば、肺のように空気を多く含んだ部位は多くのX線を受けてより黒く写り、骨などX線を透しにくい部位は白く写る。
一方、同じ物質でも厚ければより多くのX線を吸収するので、フィルム上の透視画像のみから情報を正確につかむのは難しいが、被写体を人体に限定した場合は、解剖学的知見その他を補助情報として、X線診断による病気の診断が可能となる。透視画像を得る媒体としては写真フィルム(X線フィルム)が一般的であるが、電気的にテレビ画像に変換してリアルタイムに観察する方法、直接ディジタル画像として記録する方法、イメージングプレートを利用する方法などもある。
2.単純X線撮影(単純撮影)
「単純撮影」によって得られる像は、文字どおり、人体(被写体)の2次元化した透視画像である。最も代表的なのは胸部の像であり、ここにはX線を透しやすい(黒く写る)肺と、それをバックにした心臓およびその周囲の太い血管などの臓器や肋骨などの骨格が投影される(
図1 参照)。正常体であれば、本来空気を十分に含み黒く一様に写るべき肺の中に、
肺がんや肺結核の塊(腫瘤)があれば、その部分は白い影となってフィルム上に写り異常陰影として検出される。
その他の部位でも、単純撮影はX線診断の基本である。頭部・頚部では口腔・咽頭・喉頭・副鼻腔などの空洞臓器の状況(
図2参照)、腹部では消化管(胃や腸)内のガスの状況や肝臓・腎臓などの大きな臓器のおおまかな位置や形態がそれぞれ対象となる。また、四肢を含めたほとんどの部位で、骨折や脱臼(関節における複数の骨の位置関係の異常)がほぼ確実に診断できる(
図3参照)。さらに、加齢に伴う骨塩量(骨の中のカルシウムを含んだミネラルの部分の量)の診断にもX線が多く利用されている。
最近では、輝尽性螢光体の特性を活かしたX線センサーなど特殊な検出器を用いて、画像をディジタルデータとして取得し、いろいろな計算処理を行なうことにより、より詳細な診断が可能な撮影法が普及している。
3.X線造影撮影(造影検査)
単純撮影ではほとんどまったく情報が得られない部位でも、X線を透しにくい、あるいは透しやすい物質を併用(普通は中空の部分に注入)して人工的に影(コントラスト)をつくることによって、診断に有用な透視画像が得られることもある。このような診断技法を「造影検査」といい、影をつくるための物質を「
造影剤」という。
代表的なのは、一般に「バリウムを飲む」といわれている上部消化管(胃・十二指腸)の造影検査である(
図4参照)。胃や十二指腸は、周囲の臓器とX線透過性がほとんど違わないため単純撮影では捉えきれず、内部にガスなどがある場合に限ってその位置が検出される(
図4中のA参照)。しかし、X線を透しにくいバリウム(正確には硫酸バリウムの粉末を水に溶いて懸濁させた造影剤)を飲むことによって、胃や十二指腸の内部をこれで充満させると、これらの臓器の内腔の形が目に見えるようになる。
図4中のBに示したように、胃の壁が内側から削れてくる「
潰瘍」の部分には造影剤が深く入り込み、胃の内腔に突出した「ポリープ」や「がん」の部分には造影剤による影ができないので、それぞれの診断が可能となる。また、少量のバリウム造影剤(X線を透しにくい造影剤)を胃の内壁に塗りたくるようにいきわたらせ、内腔にガス(X線を透しやすい造影剤)を充満させて、胃の内壁面(粘膜面)の微細な構造を観察する「2重造影法」(日本で開発された手法)も一般的に行われている(
図5参照)。
造影検査は、上部消化管に限らず、他の多くの中空臓器の診断にも利用されている。肛門から逆行性にバリウム造影剤を注入して行なう「注腸造影」、血管内にX線を透しにくい液体造影剤(ヨウ素造影剤)を注入して、血管の走行の様子をとらえる「
血管造影」(アンジオグラフィ;
図6参照)、腎臓を通って尿として排泄される造影剤を静脈注射することにより、上部尿路(腎盂や尿管)の診断を行なう「静脈性腎盂尿管造影」(IVPまたはIP)などがしばしば行なわれている。(注:腎盂(じんう)とは腎臓と尿管の接続部で、漏斗状に広がっている部分をいう。)最近では、造影画像をディジタル化してコンピュータにより画像処理を行なうことによって、より詳細な診断を可能とする技術(ディジタル・ラジオグラフィ)も発達してきた。
4.X線断層撮影
単純撮影も造影検査も基本はX線による2次元映像であり、撮影体の厚さ方向の構造は重なって投影されてしまう。この制限を克服し、人体のある断面の構造のみを投影するために開発されたのが断層撮影法である。
「断層撮影」法(
トモグラフィ)の原理説明図を
図7に示す。X線発生部(X線管)と受光部(フィルム)を相互に反対方向に同期的に動かし、X線を曝射しながら撮影することによって、被写体の目的断面のみがフィルム上に鮮明に投影され、その上下の断面像はぼかされるという原理である。
X線管とフィルムの周期運動としては直線軌道が一般的であるが、円軌道、渦巻軌道などの多軌道のものもある。この撮影法は「多軌道断層法」と呼ばれ、不必要な部位の画像が多方向にぼかされるため、対象部位に関してより鮮明な像が得られる。
断層撮影は、実際の診療の場では、空洞が複雑に入り組んだ頭部の骨構造、肺内の腫瘤病変の(厚さ方向の)位置や辺縁の状況、椎体(背骨)その他の骨の表面の状況などに関するくわしい診断のために利用されている。
断層撮影法は、基本的には目的面の情報のみを抽出するというよりも、その他の面の情報をぼかすことにより消し去るという方法であり、信号対雑音比(S/N比)が悪いので、周辺組織と濃度差の少ない対象物や細かい線状の陰影などの画像鮮明度はよくない。また、撮影時間も長い。このため、通常の断層撮影は、この断層撮影の発展型であるX線CT(コンピュータ断層撮影)やX線CTの改良型である「らせんCT」(ヘリカルXT)の普及に伴い、その座を明け渡しつつある。また、画像処理技術により、骨成分を消去した軟部画像や軟部成分を消去した骨部画像を生成することが可能となり、通常のX線画像とは異なる診断画像情報を得ることができる。
5.X線診断の副作用
X線診断に伴って起こり得る副作用として考慮すべきは、X線の被ばくによるものと、造影検査の際に併用される造影剤によるものとがある。
(1)X線被ばくに起因する副作用
X線被ばくに起因する副作用については、障害発生の線量効果関係からみて、
しきい値があるとされている
確定的影響とそれがないとされている
確率的影響に分けて考える必要がある。
確定的影響については、
放射線感受性がもっとも高いとされている子宮内被ばくで、奇形(7週以内)は、しきい値0.1グレイ、知恵遅れ(8〜15週)は0.1〜0.2グレイとされている。一方、X線検査時の
被ばく線量は、たとえばよく問題となる胸部間接撮影の場合に、最も多量の放射線を浴びる背中の皮膚で大体0.34〜0.74ミリグレイ(ミリが付いていることに注意)である。胃検診の場合で、常に必ずX線を浴びている胃の部分で、透視の分が1分あたり0.6〜0.7ミリグレイ程度、撮影の分が一枚あたり0.01〜0.07ミリグレイ程度である。こうした事実が明確になったためか、
国際放射線防護委員会もかつて強く主張していた「10 day rule」(妊娠可能な年齢の女性に対する腹部X線検査は受胎のおそれのない月経開始後10日以内に行なう)を、最近では言わなくなった。とはいえX線検査にも種々あり、たとえば、心筋梗塞の治療に使われる冠状動脈拡張術(PTCA;Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty)等では、透視が何十分にも及ぶことがあるので、注意は必要である。
確率的影響については、被ばく線量を
実効線量に換算して考える必要がある。実効線量でみると、胸部間接は0.05ミリシーベルト、胃集検は0.6ミリシーベルトという調査値がでている。これはもちろん、
疫学調査や動物実験で発がんの増加が証明されている線量より何桁も低いし、我が国における一年あたりの
自然放射線の変動幅と同じレベルのものである。
(2)造影剤の副作用
ヨウ素造影剤を用いる血管造影などの検査では、造影剤によるアレルギー反応に基づく重篤なショックをおこす例が、数万分の1の確率ではあるが、報告されている。この危険を最小限に抑えるために、事前に十分な問診をおこない、検査にあたってはショックのおこる可能性を前提にして十分な対応を整えておくことはもちろん、場合によっては、検査精度その他を犠牲にしても、他の検査診断法で代用することも考えねばならない。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
X線CT(X線コンピュータ断層撮影) (08-02-01-02)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
放射線の生殖腺への影響 (09-02-04-03)
医療被ばく(患者の診断・治療時)の評価 (09-04-04-09)
<参考文献>
(1)多田 信平(編著):X線解剖図鑑第3版、マグロス出版(1985)
(2)多田 信平、川上 憲司(編著):卒前教育のための放射線診断学、金原出版(1982)
(3)市川 平三郎、吉田 祐司:胃X線診断の考え方と進め方、医学書院(1986)
(4)田坂 浩ほか(編):放射線医学大系第26第28巻(骨・関節診断)、中山書店(1984)
(5)新版看護学全書、メジカルフレンド社
(6)Lippincott:Radiobiology for the Radiologists
(7)有水 昇、高島 力(編):標準放射線医学第4版、医学書院(1994年4月)
(8)丸山 隆司、岩井 一男、神津 省吾:胸部集団検診における臓器・組織線量と実効線量、厚生省がん研究助成金による各種がん検診の共通問題に関する研究、平成6年度研究報告(1995)、p.80
(9)丸山 隆司、岩井 一男:胃がん集団検診における臓器・組織線量と実効線量、厚生省がん研究助成金による各種がん検診の共通問題に関する研究、平成5年度研究報告(1994)、p.80
(10)河野 通雄・木村 修治(編):放射線診断学、金芳堂(1996.4)
(11)電子科学研究所(編):X線ハンドブック、電子科学研究所(1997)