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放射光は、赤外線、可視光線、紫外線からさらに波長の短いX線まで広い範囲を含み、分光器を使えばどの波長の光でも選別して利用できる。このことは従来の光源が元素に特有の波長に限られていたのと大きく違う点である。
1.シンクロトロン放射の発生
速度が光速度にきわめて近い高エネルギーの荷電粒子(電子または
陽電子)が、その進行方向を磁場などによって変えられた際に発生する電磁波(強い光)をシンクロトロン放射光という。シンクロトロン型の加速器(
放射線発生装置)で発生させるのでこの名前がついた。この加速器は、
図1に示すように、円型の閉軌道に予備加速した電子を打ち込み、高周波電場で加速したり、長時間一定のエネルギーで回したりする装置で、前者をシンクロトロン、後者は蓄積リング(ストーレジ・リング)と呼ばれている。すなわち、シンクロトロンや蓄積リングは、
図2に示すように、打ち込んだ電子を軌道に沿って配置した電磁石の磁場(偏向磁石)によるローレンツ力により円形軌道上に閉じ込めて周回させている。また、電子をその閉軌道近傍に束縛する収束作用をもつ磁場(4極磁石)および電子を加速するための高周波加速空洞を備えている。したがって、加速器は、偏向磁石を置くべき偏向部と、加速運転に必要な各種装置(4極磁石、高周波加速空洞)を置くための直線部より構成されている。円軌道からの放射光は、電子が加速器の偏向部の磁場により曲げられるとき(電子が速度と直交する加速度のもとで運動するとき)に放出される。
電子は決められた軌道を一周して、高周波加速空洞の電場からいつもエネルギーを受け取るような位相で電極間を通過する。加速された電子の速度は、ほとんど増えないが、質量は重くなる。シンクロトロンの場合は、質量の増加に従って磁場の強さを増して軌道を一定に保つ。一方、蓄積リングの場合は、磁場は一定にしておき、電子が軌道を一周する間に発光して失ったエネルギー分だけ高周波の電力を補給する。したがって、シンクロトロンでは発光する電子のエネルギーが時々刻々に変化するが、蓄積リングでは一定である。
発生する放射光の出力は、加速粒子エネルギーの4乗に比例するから、質量の4乗に反比例する。したがって、シンクロトロン放射光は荷電粒子を加速して得ることができるが、電子の発光が圧倒的に強いことから、荷電粒子として電子や陽電子が利用されている。 シンクロトロンの放射光は、運転の各サイクルでの光強度の再現性に問題があるうえ、加速中のビームエネルギーが変化するために放射スペクトルが時間的に変動するという光源としての欠点がある。一方、蓄積リングは、高エネルギー電子ビームを長時間一定エネルギーで貯蔵する装置であるから、長いビーム寿命(1〜100時間)に対応する安定した放射が得られるので、シンクロトロン放射の光源専用器として活躍している。
シンクロトロン放射光のスペクトルは、
図3に示すように、その波長領域は、電子のエネルギーが十分高ければ、赤外から硬X線に至るまでの幅広い連続分布を示している。特に、シンクロトロン放射光は、真空紫外から硬X線の間での高品質な人工光源である。
さらに、より短波長、より強力な光を発生させる特別の装置が開発されている。円軌道面内では、
図4(a)に示すように発散的であり、高輝度特性の観点から不十分である。しかし、周期磁場中に電子を入射すると、
図4(b)に示すような電子は蛇行運動を行い、その結果、前方の狭い空間領域に放射が集中され、極めて輝度の高い光源を実現することができる。このことを利用して、周期磁場をもつ挿入型光源と呼ばれる装置(ウィグラーとアンジュレーター)が、
図2に示す加速器の基本構成の直線部に挿入されている。ウィグラーは主として高エネルギー側で発生する放射光を増加させ、アンジュレータは放射光の輝度を増大させる。
蓄積リング内の電子の運動は、
図5に示すように、中心軌道を基準として、それから僅かながら外れた振動的な軌道に沿ってリング内を周回している。この振動はベータトロン振動と呼ばれる。ベータトロン振動は、シンクロトロン放射による光子放出によって
励起されるが、一方、振動を減衰させる効果(主として高周波加速による)も存在するから、振動は有限の量となる。平衡状態となっているビーム内の電子について、ベータートロン振動のエネルギーの平均値をエミッタンスと呼ぶ。光源専用の蓄積リングは、低エミッタンスである。
図6に日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と理化学研究所(現独立行政法人理化学研究所)が共同して建設した大型放射光施設(SPring-8)の概念図、
図7に施設の航空写真を示す。SPring-8は、電子エネルギー8GeVの硬X線領域の高輝度放射光施設である。その主要部は、低エミッタンスの蓄積リング、電子および陽電子を8GeVに加速して蓄積リングに入射するための入射部である1GeVの電子線形加速器、電子を8GeVまで加速するシンクロトロンから構成されている。
2.シンクロトロン放射光の特徴
シンクロトロン放射光は次の特徴を有している。
(1)指向性がよいので輝度が高く(明るく)、利用できる(検出系に取り込める)光量が大きく、極微量の物質の観測、解析が可能となる。
(2)連続スペクトル(白色性)であるから、モノクロメーターにより必要な単色光を取り出すことができ、物質の原子・分子レベルの解析が期待できる。
(3)光源加速器として蓄積リングを使用した場合、安定した強度の放射が得られる。また、スペクトル、角度分布、偏り、輝度は、古典電磁気学により理論的に計算可能であるから放射の標準となる。
(4)偏向特性(直線偏光、楕円偏向、円偏向状態)を有し、物質の電子構造の解析に利用できる。
(5)パルス光が得られ、化学反応の中間体や過渡現象の研究に利用できる。パルス幅および繰り返し周波数は加速器の運転状況に依存する。
3.放射光施設
放射光は、1960年代半ばから利用が始まり、日本では、1974年に東京大学物性研究所で世界最初のシンクロトロン放射光源専用の300MeV蓄積リングの完成以来、その専用光源としての有用性が認識され、世界中で素粒子物理学研究用のリングが転用されたり、多くの光源専用の蓄積リングの建設がなされた(第一世代放射光、10
10輝度)。やがて、高輝度のシンクロトロン放射を得ることのできる低エミッタンスをもち、挿入型光源のための長い直線部をもった蓄積リングの建設が進められてきた。その後、1980年代初頭に電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)にTERAS(0.6GeV)、高エネルギー加速器研究機構にPhoton Factory(2.5GeV)が完成した(第二世代放射光、10
16〜17輝度)。分子科学研究所にも分子科学研究専用のリングUVSOR(0.8GeV)が完成、1990年代に入り、世界的に放射光の流れは高輝度光源の方向に進み、科学技術庁(現文部科学省)が100億円以上の建設費を投入して、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)と理化学研究所が共同で兵庫県播磨科学公園都市に建設した世界最大規模で世界最高性能である第三世代(10
20〜21輝度)の放射光施設SPring-8(8GeV)が1997年に完成した。
放射光発生用加速器にはシンクロトロンと蓄積リングを兼用したものと蓄積リング専用のものがある。前者は比較的小型(加速エネルギー1GeV以下)の装置に、後者は大型(加速エネルギー1GeV以上)の装置に多い。
2007年10月現在、国内には高輝度光科学研究センター(JASRI,Japan Synchrotron Radiation Research Institute)のSPring-8のほか広島、つくば、岡崎、西播磨、鳥栖、草津、柏に9施設、海外では、アジア9か国に20施設、ヨーロッパ9か国に19施設、北アメリカ2か国に10施設、それに南アメリカとオーストラリアに各1施設、合計22か国(
図8)に51の施設がある。
表1に国内の放射光施設、
表2には世界の主なシンクロトロン放射光施設(電子エネルギー1GeV以上)の性能を示す。
4.シンクロトロン放射光の利用
放射光を物質に当てると、光と物質の相互作用により散乱、回折、吸収、
蛍光などの現象が起きる。これらの現象を測定することで、物質の構造や物性を解析することができる。したがって、物質を対象とするすべての研究分野に利用される。物理、化学、生物といった基礎科学から金属やセラミックス等の材料分野や、機械、電子、バイオ技術、医療などの広い範囲における分野での応用が考えられる。
シンクロトロン放射光の優れた特徴を活かして、結晶の回折、弾性散乱、非弾性散乱、分光法、イメージング、など多くの分野の研究に利用されている。
高輝度・高強度X線源を用いた研究の特徴は、極めて微小・微量な試料(μm,mg程度)による短時間測定が可能となることであり、試料の作成、安定性、取り扱いなどの観点からも重要となる。
原子力分野における高輝度・高強度X線源の利用は、物性物理分野の研究を中性子利用の相補的に発展させ得るのみならず、原子分子物理、材料、化学、
放射線生物など幅広い分野で、これまでと質的に異なった研究を可能にするものと考えられ、次の研究がある。
(1)磁気散乱、核励起など物性物理の研究
(2)原子力用材料関連の研究
(3)超微量化学分析、化学反応など化学分野の研究
(4)核融合プラズマ診断に関する原子分子物理
(5)
超ウラン元素およびその化合物の物性研究
(6)放射性廃棄物処理処分のための群分離
(7)生物の放射線照射効果
5.放射光施設の放射線防護上の放射線
放射線源としては、加速器本体で発生する放射線と、放射光を利用するためにビームを引き出すラインを沿って放出される散乱γ線(
ガンマ線)がある。
前者はビーム軌道からそれた高エネルギーの電子と加速器を構成する物質との相互作用により発生するγ線および中性子などである。電子の加速エネルギーが数GeVを超えると、
ミュー粒子が重要となる。また、γ線のエネルギーが約10MeVを超えると、(γ,n)反応や核破砕(スポレーション)反応で生成する加速器構成材の
放射化物も放射線源となる。
後者のビーム・ラインの放射線源は、回折格子等で散乱されるγ線であるが、電子の加速エネルギーが1GeV以下の放射光施設では、γ線のエネルギーが低く放射線被ばくとしては無視できる。しかし、電子の加速エネルギーが1GeV以上の放射光施設で、ウィグラーのような挿入光源を設置したビーム・ラインでは、X線のエネルギーが高くなるため、散乱γ線が無視できなくなる。
6.放射光施設の遮へい
加速器本体から発生する放射線を放射性障害防止法等に定める線量以下とするためには、1〜4m厚さのコンクリート遮へい体を必要とする。勿論、この遮へい体の厚さは、加速器の出力、電子ビームの損失割合、加速器の種類によって異なる。ビーム・ラインの遮へいは、電子の加速エネルギーが3GeV程度で光源にウィグラーを使用した場合、2〜3mm厚さの鉛で遮へいできる。しかし、電子の加速エネルギーが8GeV程度で光源としてウィグラーを使用した場合では、発生するγ線のエネルギーが高くなるため、約20mm厚さの鉛遮へい体を必要とする。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
放射線の分類とその成因 (08-01-01-02)
放射線の遮へい (08-01-02-06)
エックス線発生装置の原理 (08-01-03-01)
加速器(高エネルギー放射線発生装置) (08-01-03-02)
SPring-8計画 (08-04-01-06)
X線と放射能の発見 (16-02-01-01)
<参考文献>
(1)日本物理学会(編):シンクロトロン放射、培風館(1986年12月)
(2)加藤和明ほか:高エネルギー加速器の放射線安全の考え方、原子力工業、33(1987)(11)
(3)西川哲治ほか:加速器の開発とその利用、日本原子力学会誌、31(9)(1989)
(4)加藤和明ほか:放射線の防護、日本原子力学会、32(1989)(1)
(5)山崎鉄夫ほか:高輝度放射光の発生と利用、日本原子力学会誌、36(7)(1994)
(6)日本保健物理学会加速器放射線防護研究専門委員会(編):加速器放射線防護の現状、日本保健物理学会(1990年4月)
(7)近藤健次郎:高エネルギー加速器周辺の放射線管理、保健物理、19(1)、(1984)
(8)(財)高輝度光科学研究センター SPring-8:
http://www.spring8.or.jp/ja/、SPring-8の特徴、
http://www.spring8.or.jp/ja/users/new_user/sr/pdf/spectra.pdf、SPring-8 年報 2002年度、
http://www.spring8.or.jp/pdf/ja/ann_rep/02/pics-1.pdf
(9)日本放射光学会:
http://www.jssrr.jp
(10)岩田正義、木原元央:リニアコライダー、素粒子の謎に挑む最強加速器、(株)技術経済研究所(2005)
(11)上坪宏道、太田俊明:シンクロトロン放射光、岩波書店 物理の世界6、岩波書店(2005)
(12)lightsources.org:
(13)DARESBURY LABORATOTY: