<本文>
1.J−PARC計画とは(
図1参照)
J−PARCは、直線状の
リニアックおよびリング状の3GeVと50GeVの二つの
シンクロトロンから構成される大規模な陽子加速器と、それぞれの加速器から取り出された大量の陽子ビームを利用する実験研究施設群を有する世界でもユニークな多目的大型加速器研究施設である。これらの実験施設は、生命科学及び物質科学を研究するための世界最高性能の中性子、ミュオン実験施設と、自然界、物質や宇宙の根元を解明するための世界最高性能の原子核・ニュートリノ実験施設および次世代原子力の技術開発行う核変換実験施設から構成される。
本計画は、2001年度に計画予算が認可されて着手し、2008年度までに加速器と核変換実験施設を除く実験施設群が完成する予定で、現在建設工事が進められている。J−PARCの建設計画は2期に分かれており、3つの加速器、物質・生命科学実験施設、ニュートリノ施設を含む原子核・素粒子実験施設を第I期計画とし、核変換実験施設は第II期とされている。但し、第II期施設の建設予算はまだ認可されていない。
2.大強度陽子加速器施設の構成(
図2参照)
J−PARC計画の陽子加速器は400MeVのリニアック、3GeVシンクロトロン、50GeVシンクロトロンの基本加速器群から構成され、わが国独自の先端的な加速器システムの設計となっている。長さ約300mの繰り返し50Hzでパルス運転する400MeVリニアックからの陽子ビームは、25Hzずつ、平均電流で333μAの陽子ビームに2分されて、片方を3GeV シンクロトロンに入射し、残りをさらに第II期計画で予定されている超伝導リニアックで600MeVまで加速した後、核変換実験施設に導くことができる設計となっている。
リニアックは、RFQ(4重極リニアック)、DTL(ドリフトチューブリニアック)、S−DTL(分離型DTL)、ACS(環状結合リニアック)という構成になっており、全長約330mである。このリニアックからの陽子ビームを90度曲げ、3GeV シンクロトロンあるいは核変換実験施設へと輸送する。
3GeVシンクロトロンでは、陽子ビームは周回して戻ってきたビーム塊(バンチ)に入射されて蓄積される。そこで、十分な量になったところで、100kVの加速空洞を繰り返し通過して加速され、400MeVから3GeVまでのエネルギーになった後に出射される。加速する電流は333μAであり、ビーム出力1MW(2008年度の供用開始ではリニアック出力エネルギーは200MeVで0.6MWであり2010年までに400MeVで1MW達成の予定)は世界最高強度のシンクロトロンとなる。3GeV シンクロトロンから取り出される陽子ビームの95%が物質・生命科学実験施設に導入され、残り5%(3秒に一回)が周長約1600m の50GeVシンクロトロンに入射される。従って、15μAの加速電流、即ち750kWのビーム出力が50GeVシンクロトロンでは得られる。50GeVまで加速された陽子ビームは、原子核素粒子実験施設及びニュートリノ実験施設で実験に利用される。
3.J−PARCの特徴(
図3参照)
J−PARC施設の特徴は、陽子加速器における加速電流と加速エネルギーの積であるビームパワーが、世界のこれまでの加速器に比べて1桁大きい1MWを目標としていることである。大強度の陽子ビームが生み出す2次粒子はこの加速器のパワーに比例するので、本施設は世界最大級の2次粒子ビーム生成施設となる。J−PARCでは、中性子源で3GeVで1MW、ニュートリノや
K中間子では50GeVで0.75MWというビーム出力を目指している。国外では、米国が同規模の計画をSNS計画として、やはり、1GeVで1.4MWの大強度陽子加速器施設をテネシー州オークリッジ国立研究所に建設中であるが、これは中性子利用研究を目指す単目的の加速器中性子源施設である。従って、多目的の加速器施設としては、J−PARCは世界唯一最大の施設であり、その利用者層も基礎科学から応用科学さらには産業界と、利用分野は非常に幅が広い。施設の利用形態も、ニュートリノ等の大研究グループで長期滞在型から、物質科学等の小グループで短期滞在型まで、多種多様であり、世界的にもユニークな施設計画である。
4.J−PARC計画のスケジュール
2001年に計画に着手して以来、現在、建設はスケジュール(
図4参照)通り順調に完成に近づいてきており、加速器の据付も進んでいる。2006年後半にはリニアックのビーム試験を開始し、順次3GeV 及び50GeVシンクロトロンのビーム試験を進める予定である。その後、2008年には中性子ビームの供用、2009年にはニュートリノビームの供用を開始する計画である。
5.利用研究計画
J−PARCで行う研究は、大きく3つに分けられる。基礎科学を目指す原子核素粒子研究、基礎から産業応用までの物質・生命科学研究、そして工学的研究の核変換技術開発である。このため、原子核素粒子実験施設(ハドロン実験施設、ニュートリノ実験施設)、物質・生命科学実験施設(ミュオン実験施設、中性子実験施設)及び核変換実験施設(核変換物理施設、ADSターゲット試験施設)が計画されている。原子核素粒子実験施設では、K中間子やニュートリノビーム等を用いて、クォークの集合体であるハドロンの質量を生み出すメカニズムの解明及びニュートリノの質量や振動の解明、等を目指している。物質・生命科学実験施設では、中性子及びミュオンを利用して物質やタンパク質の構造と機能に関する研究が行われる。また、核変換実験施設では、
原子力発電所からの高レベル廃棄物中に含まれる長寿命放射性
核種の核変換処理技術の基礎的な開発研究を行うことを計画している(
表1参照)。
(1)物質・生命科学実験施設(
図5参照)
物質・生命科学実験施設(MLF:Material & Life Science Experimental Facility)は、パルス中性子とミュオンを利用する床面積130mx70m、最大高さ約30mの巨大な実験施設であり、J−PARC計画の中心的な施設として位置付けられる。MLF建家は、陽子ビーム入射系、ミュオン科学実験装置、1MWパルス中性子源及び、中性子ビームライン実験装置群の各装置を設置する4つの領域から構成される。1MWの物質・生命科学実験施設中性子源(JSNS)で得られる中性子は、米国SNS計画の1.4MW中性子強度の設計値を凌駕し、パルス中性子源として世界最高の強度となる。
今日、放射光の出現により、物質や材料の構造及び機能の解明にめざましい発展が見られるが、
X線や放射光では軽元素、特に、水素原子あるいは水分子の観測が困難である。そこで軽元素の観測が得意な中性子散乱の手法がその威力を発揮する。これら軽元素は、水素燃料電池等の
機能材料やタンパク質の主要構成元素であり、これらの物質においては、水素に係る現象の解明に本質的な役割を果たすことが期待されている。一方、ミュオンを物質内プローブとする研究では、物性研究、触媒核融合、さらに基礎物理への利用に広がりを見せている。MLFでは、これらの研究を強力に推進するために出力1MWのパルス核破砕中性子源と最大10kWのミュオン生成ターゲットを備え、世界最高強度の中性子及びミュオンを生成し、良質で特徴のあるパルス中性子及びミュオンビームを提供する。
(2)原子核素粒子実験施設(
図6、
図7参照)
原子核素粒子実験施設 (NP:Nuclear and Particle Experimental Facility)はハドロン実験施設とニュートリノ実験施設からなる。両施設には50GeVシンクロトロンからのビームが導かれ、交互に利用される。
ハドロン実験施設では、K中間子、反陽子などの二次粒子が利用される。ハドロンとはクォークが3個集まってできている陽子や中性子などの粒子を言い、陽子と中性子から構成される原子核はクォークの集合でもある。K中間子などを原子核に入射すると、原子核の密度が大きく変化するとともに重さも変わり、そのことからクォーク間に働く力と重さの関係を探る研究などが計画されている。
一方、ニュートリノ実験施設では、陽子ビームから生成するパイオンがミュオンに崩壊する際に放出されるニュートリノを岐阜県神岡町にあるニュートリノ検出器(スーパーカミオカンデ)で検出する。この実験により、3種類あるニュートリノのどのニュートリノに変化したかを調べ、新しい素粒子理論の基礎となるパラメータを決定する研究を行なう。
(3)核変換実験施設(
図8参照)
核変換実験施設(TEF: Transmutation Experimental Facility)では、原子力発電所で生じる使用済
核燃料を
再処理した際に排出される高レベル放射性廃棄物(HLW)は、一定期間の冷却後、
ガラス固化されて地層処分される。長寿命放射性廃棄物の分離変換技術は、HLWにあって再処理後100年以降の潜在的な放射性毒性を支配するマイナーアクチニド(MA)や長寿命
核分裂生成物(LLFP)を分離し、
核分裂反応や中性子捕獲反応等により安定又は短寿命の核種に変換し、管理の負担軽減化を図ることを目指す。
核変換のための専用システムとして、1GeV程度の陽子加速器を使った核破砕中性子源により体系内の核分裂の
連鎖反応を維持する「加速器駆動未臨界システム(ADS)」の基礎研究を行うために「核変換実験施設」の建設を第II期計画に提案している。核変換実験施設は、10W程度の陽子ビームと核燃料を用い、通常の炉物理実験に必要十分な熱出力である500Wを最高出力とした「核変換物理実験施設」と、200kW陽子ビームと鉛・ビスマス核破砕ターゲットを組み合わせて材料照射研究とターゲット技術開発を行う「ADSターゲット試験施設」の2施設から構成される。ここでの研究として、両施設を用いて、ADSの制御特性や材料健全性試験などを行うことが計画されている。
6.所在地と運営機関
所在地は、茨城県那珂郡東海村の日本原子力研究開発機構の原子力科学研究所敷地内である。J−PARCの運営は独立行政法人・日本原子力研究開発機構と大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構が共同してあたることになっており、その組織として両機関の下にJ−PARCセンターが平成18年2月に設置された。
<図/表>
<関連タイトル>
消滅処理 (05-01-04-02)
加速器によるTRU核変換処理 (07-02-01-03)
オメガ計画 (07-02-01-07)
中性子回折・散乱の原理と応用 (08-04-01-05)
大強度中性子ビームの利用 (08-04-01-40)
<参考文献>
(1)J−PARCホームページ、
http://j-parc.jp/index.html
(2)鬼柳善明、永宮正治、大山幸夫、他:”大強度陽子加速器施設(J−PARC)で期待される原子力科学”、日本原子力学会誌、Vol.46、No.3、p.173 (2004)
(3)大山幸夫、池田裕二郎:”大強度陽子加速器計画における中性子源施設”、放射線と産業、No.107、p.45 (2005)
(4)永宮正治、他:”特集:量子ビームが開く世界”、月刊エネルギー、2006年1月号(日本工業新聞社)