<本文>
1.核変換処理の意義と原理
使用済み燃料の
再処理に伴って発生する高レベル放射性廃棄物には、
TRU(超ウラン元素)のうち、アルファ線を放出し、放射性毒性が強く寿命の長いマイナーアクチノイド(MA;ネプツニウム、アメリシウム、キュリウム等)や
ガンマ線を放出する長寿命の
核分裂生成物(テクネチウム99、
ヨウ素129)、発熱の大きい核分裂生成物(ストロンチウム90、セシウム137)が含まれている。これらの核種をなんらかの方法を用いて、非放射性の核種あるいはより寿命の短い核種に変換することができれば、深地層に最終処分する高レベル廃棄物の量を減らすことができ、
地層処分が必要とする超長期の隔離期間を著しく短縮することが可能になる(
図1)。これら長寿命で有害な放射性核種を非放射性核種あるいは短寿命核種に変換することを核変換処理という。核変換処理に原子炉を用いる方法と加速器を用いる方法が研究対象となっている。
加速器による核変換処理では、加速器によって高エネルギーまで加速した粒子やその2次粒子による反応を利用する。加速する粒子や利用する反応によってさまざまな方法が 考えられるが、高エネルギー陽子による核破砕反応を利用する方法が最も有力である。核破砕反応では、入射陽子1個当り数個の鉛やタングステンなどの重い標的核が破壊され、数10個の中性子が放出される。エネルギーバランスを改善し、効率的な核変換処理を行うために、核破砕反応だけでなく、それによって発生する多数の中性子による
核分裂反応や捕獲反応も利用される。典型的な
加速器核変換処理システムは大強度陽子加速器、核破砕ターゲットと
未臨界炉心(あるいはブランケット)から構成されている(
図2)。
加速器核変換処理システムは、未臨界の炉心を用いるため臨界にかかわる安全上の制約が少なくなり、設計の自由度が大きくなるなどの特徴がある。また、
制御棒を必要とせず、ビーム電流の調整・遮断によって容易に出力の制御・停止ができる。
陽子加速器による核変換処理のほかに、電子加速器を用いる核変換処理も提案されている(
図3)。この方式の欠点はエネルギーバランスが悪いことである。高エネルギー電子ビームの制動輻射で発生するガンマ線を利用した核分裂生成物(ストロンチウム90およびセシウム137)を(γ,n)反応で核変換する方法の研究開発が核燃料サイクル機構(現日本原子力研究開発機構)によって進められていたが、現在中止されている。
2.核変換処理の研究開発
核変換処理の研究開発の歴史は古く、1960年代に遡ることができる。欧米諸国では、1970年代初めから10数年間にわたって精力的な研究開発が進められた。これらの成果をもとに,1980年代初めに分離・核変換処理技術のコスト/ベネフィット評価が行われたが、その後の研究活動は消極的なものとなり、ほとんどの研究開発は中止された。
一方、わが国では日本原子力産業会議(現日本原子力産業協会)が「放射能クローズドシステムの構想」を1973年に提出し、長寿命核種の分離と核変換処理の研究開発の重要性を指摘した。この提言を 受けて、わが国の原子力研究開発機関において基礎研究として、分離・核変換処理の研究が進められてきた。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)では、1979年頃から高エネルギー陽子による核破砕反応を利用した加速器核変換処理システム概念の検討を行ってきた。1987年に、「原子力開発利用長期計画」に沿ってとりまとめられた「群分離・消滅処理研究開発長期計画」が原子力委員会で了承されて、新たにオメガ(OMEGA)計画(Options Making Extra Gains from Actinides and Fission Products)として分離・核変換処理の研究が推進されることとなった。この計画では、分離・核変換処理技術は高レベル放射性廃棄物の最終処分の負担の低減化、資源の有効利用のみならず、現在の再処理プロセスや高レベル廃棄物の処理・貯蔵・処分システムを高度化し、積極的な安全性の向上に資するものと位置付けられており、また原子力技術開発に関連する創造的・革新的要素を含んでいることから、他分野への波及効果も期待されている。
1990年から、わが国の提案によってOECD/NEAのもとで分離・核変換処理に関する国際情報交換計画が開始された。これを契機として、分離・核変換処理に対する世界各国の関心が高まり、
IAEAおよび
EC(欧州共同体)のもとにおいても国際協力が開始された。最近の大電流加速器技術の著しい進展をもとに、米国、韓国、ロシアなどにおいても加速器による核変換処理の研究開発が活発になってきている。
3.陽子加速器による核変換処理
日本原子力研究所は、使用済み燃料からウラン、プルトニウムを回収する商用発電炉サイクルとは独立したサイクルとして、高レベル廃棄物の分離変換を行う階層型燃料サイクル概念を提案している(
図4)。 長寿命放射性核種であるマイナーアクチノイドを燃料とする未臨界炉を陽子加速器で駆動する加速器駆動核変換システム(ADS:Accelerator Driven System)の研究開発を進めている。加速器からの陽子ビームにより核破砕中性子を発生させ、この中性子を利用して核分裂反応によりマイナーアクチノイドを短寿命・安定核種に核変換する。この方式では、加速器を停止すると核反応は直ちに停止するため、原子炉が暴走するような
臨界事故は非常に起こりにくくなる。また、さまざまな組成の燃料を燃やすこともできる(
図1)。
熱出力800MWの加速器駆動システム1基で軽水炉約10基分のマイナーアクチノイドを年間あたり処理できる。このシステムでは、陽子ビームのターゲットと未臨界炉心の
冷却材には溶融金属の鉛・ビスマス(Pb−Bi)が考えられている。加速器の性能としては、陽子エネルギー1〜1.5GeV、ビームの出力が20〜30MWの大強度を必要とする。このシステム開発のために、大強度の陽子加速器技術開発及び核変換実験施設計画を大強度陽子加速器施設開発計画(
J-PARC)のもとに進めている(
図5)。
また、燃料加工の必要性がなく、連続的に反応生成物を除去する方式の流体(溶融塩や溶融金属)ターゲット/燃料を用いた核変換処理システム概念の検討も行われているが、材料、分離方式等の開発課題が多い(
図6)。
4.世界の研究開発の動向
4.1 ヨーロッパにおける動向
ヨーロッパ内のADS開発のための協力の場として、ルビア教授(伊、ENEA理事長)を議長とする技術ワーキンググループ(TWG)がある。ベルギー、スペイン、イタリア、フランス、フィンランド、ドイツ、スウェーデン、などが参加して、ADSの技術課題への取り組みにおける協力及び10年以内を目処にADS実験炉
XADS(100MWt)の着手を目指し、2001年3月には、ロードマップが作成されている。ECの資金サポートの
ADOPTプロジェクトの下に、実験炉の予備設計、核データ測定・評価、未臨界炉物理実験、湿式・乾式分離技術、核変換燃料技術、鉛・ビスマス技術、陽子ビームターゲット材料照射実験(
MEGAPIE)などの基礎的研究開発が行われている。また、トリガ炉と陽子加速器を組み合わせて動特性実験検証を行う
TRADE計画を進めている。どの国も陽子ビームターゲット材料は鉛ビスマスであるが、未臨界炉心の冷却材はベルギー、イタリアなどは鉛ビスマス、フランスはヘリウムガスである。
フランスでは、核変換処理はガス冷却高速炉サイクルを第一候補として、ADSは新型軽水炉(EPR)との組み合わせとして検討を進めている。ADSの研究開発には、電力庁(EDF)、原子力庁(CEA)及び国立科学研究センター(CNRS)が協力して当たっている。高速炉臨界実験装置MASURCAを利用して、
MUSE計画未臨界炉炉物理実験を各国の参加の下に進めている。
ベルギーでは、SCK・CENが中心となって開発を進めている多目的ADSの
MYRRHAがある。MYRRHAは世界で最も設計の進んでいる実験炉級ADS(40MW)である。システムは、陽子ビーム窓なしの鉛・ビスマス核破砕ターゲット(
図7)、2領域未臨界炉心から構成され、2008年までに建設の予定であり、長寿命核種変換の研究、材料照射、RI製造、高速炉や軽水炉燃料照射研究に用いる計画である。
4.2 米国の動向
米国では、持続性、経済性、安全性、環境負荷低減性、核不拡散性を追求した第4世代原子炉の研究が各国を巻き込んで進められており、ADSは、先進的燃料サイクルイニシアチブ(AFCI:Advanced Fuel Cycle Initiative)プログラムの中でロスアラモス国立研究所(LANL)を中心に検討されている。
マイナーアクチノイド燃料の開発、
LANSCEの陽子加速器を用いた材料開発、加速器駆動試験施設(ADTF)の設計などを行っている。
4.3 その他
アジアでは、韓国が韓国原子力研究所(KAERI)を中心に、ADSシステム開発を目的としたHYPER(Hybrid Power Extraction Reactor)計画を推進している。PuとMAを燃やすことを目指しており、大型ADS炉の概念検討と乾式燃料サイクル技術が研究されている。ロシアでは、クルチャトフ研究所を中心に溶融塩を用いて熱系−高速系を結合した「カスケード型」ADSの概念検討を進めている。実効増倍係数を高く設定できるため、加速器出力を低く抑えることができる。IAEA、OECD/NEA、EC等の国際機関においてもADS関連の活動が活発に行われており、OECD/NEAでは、ADSとFBRによる群分離−核変換の比較研究がなされ、コスト評価も含めて報告書にまとめられている。
5.まとめ
陽子加速器の進歩によりMW級の大強度核破砕中性子源が実用化の段階に入ってきている。さらに、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核種の核変換技術としては、ADSに関する研究開発が、世界的に活発に行われるようになってきている。
ADS技術の研究開発は、ターゲット材としてPb−Biが、未臨界システムの冷却材としてもPb−Biが有望視されているが、ガスについてもフランスで研究されている。また、技術の実証のためには、未臨界炉炉物理実験による核データとコードの精度検証及びADSシステム特有の技術課題であるビーム窓の材料開発・設計、ターゲット特性実験及び運転制御システムの炉工学技術の開発を行うことが必要である。
今後の開発の展開としては、最も要求度が高く、比較的取扱い易いヨウ素−129の核変換の実証、そしてMA及び長寿命核分裂生成核種を核変換処理して、長期的放射性毒性の低減による地層処分の軽減化と合理化を明確化することであろう。
<図/表>
<関連タイトル>
原子炉によるTRU核変換処理 (07-02-01-02)
高レベル放射性廃棄物等安全研究年次計画(平成3年度〜平成7年度) (10-03-01-03)
<参考文献>
(1)大井川 宏之:加速器駆動核変換に向かう実験、日本物理学会誌、Vol.56、No.10、p.749(2001).
(2)向山 武彦:長半減期放射性廃棄物の消滅処理,エネルギーレビュー,14(2),8(1994)
(3)遠山 伸一、谷 賢:大電流電子線形加速器の開発,動燃技報,No.88(1993)
(4)小無 健司:核分裂生成物の消滅処理,日本原子力学会誌,33(11),1030(1991)
(5)若林 利男:高速炉および加速器による核変換研究の現状,動燃技報,No.82(1992)
(6)高野 秀機:高レベル廃棄物処分としての加速器駆動核変換技術の現状と展望、RIST NEWS No.35(2003)、長寿命放射性核種の核変換技術、電気評論、5,p.46(2001)及び加速器駆動炉核変換における核データ、連載講座 第3回 核データの測定と応用、日本原子力学会誌、Vol.43、No.7、p.659(2001).
(7)原子力委員会(編):21世紀の扉を拓く原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画、大蔵省印刷局(1994年8月)
(8)Accelerator−driven Systems(ADS) and Fast Reactors(FR) in Advanced Nuclear Fuel Cycles− A Comparative Study− OECD/NEA report(2002).