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<概要>
 21世紀に入り、わが国の核燃料サイクルに関する研究開発は新たな段階を迎えている。即ち、本格的大型再処理工場の運転開始を目前にして一連の体制が整い、これと並行して、これまでに多くの実績を重ねてきた軽水炉については、その実績にも依拠して、プルサーマルや高燃焼度化への対応が進められている。その一方、将来的な利用の期待される高速増殖炉については、国内外の情勢を反映して、その安全性や経済性に関して格段の対策が必要とされており、例えば燃料の形態についても従来からの混合酸化物燃料ばかりではなく、金属燃料窒化物燃料などの新しい燃料を含めて、様々な視点からの検討が行われている。
 ここでは、核燃料サイクルに関する研究のうち、特に物質科学研究について解説する。即ち、燃料に関する研究開発の現状と課題として、照射後試験、新型燃料、アクチニドの基礎物性について述べる。また、燃料被覆管の現状と課題として、耐食性向上、照射挙動、燃料被覆管の課題について述べる。
<更新年月>
2005年12月   

<本文>
1.燃料に関する研究開発の現状と課題
 燃料関係の研究開発について、ここでは特に物質科学研究の課題に関わる項目として、照射後試験、新型燃料、アクチノイドの基礎物性を述べる。
(1)照射後試験
 国内における軽水炉燃料の照射後試験については20年以上の実績があり、原子力機構(日本原子力研究開発機構)、NFD(日本核燃料開発(株))、NDC(ニュークリア・デベロップメント(株))を中心に数多くの燃料の試験が実施されている。これらの試験結果は大部分が公開され軽水炉燃料の照射特性データとして蓄積されている。最近では新たな事象に対する設備の追加・更新も進んでおり、例えばリム組織(注1)から放出されるFP(Fission Products)ガスの特性を把握するため、試料を高圧下で加熱し放出されるガス成分を分析する装置の導入およびその試験結果の報告等がなされている。今後も例えば高燃焼度化に伴う諸物性の変化に対応した機器の充実、試験の実施が望まれるところである。
(注1;燃焼が進んだ二酸化ウランペレット周辺部の表面近傍に現れる組織で、二酸化ウラン結晶粒径の微細化と粗大化したFPガスの気泡が観測される。高燃焼度燃料の健全性評価の観点から注目されている。)
(2)新型燃料
 上述の軽水炉燃料と同様に、混合酸化物燃料(MOX燃料)や金属燃料などの高速炉燃料についても、その照射後試験が着実に進められている。それとともに、新たな傾向として、余剰プルトニウムマイナーアクチノイド(MA:Minor Actinide)の燃焼を促進するための新型燃料の研究も開始されている。その一つである岩石型燃料は、親物質を含まないイナートマトリックスペレット中で余剰PuやMAを燃焼させるものであり、通常の燃料体系でも効率的な燃焼が可能な方式とされている(「岩石型プルトニウム燃料」参照)。照射後FPがフルオライト(安定化ジルコニア)とスピネル(アルミナ等)(注2)の両組織を持つペレット中に閉じ込められるので、そのまま処分することも可能とされ、その性能に期待が寄せられている。新型燃料としては、この他、水素化物燃料なども提案されており、これらの燃料については、JMTR(Japan Materials Testing Reactor)等の試験炉での照射が実施され、基本的な照射特性が把握されつつある。ただし取得されたデータは未だ少なく、実用化に向かっては、さらなる照射試験を含めてより一層の研究の推進が望まれるところである。
(注2;フルオライト、スピネル、何れも結晶構造の一種)
(3)アクチノイドの基礎物性
 MAの燃焼を目指した新型燃料などの開発に当っては、その前提としてこれらアクチノイドの基礎物性を明らかにすることが基本的に重要であり、代表的な化合物(金属間化合物、ハロゲン化物、カルコゲナイト(周期律表上の酸素族との化合物、酸化物硫化物等)、窒化物、ペロブスカイト系混合酸化物(結晶構造の一種、アクチノイドやFPの混合酸化物の一形態))については、これまでにも、その化合物の合成法、同定法、熱物性等が報告されている。しかしながら、アクチノイドとしてはウランが中心であり、ネプツニウム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)、バークリウム(Bk)、カリホルニウム(Cf)等のMAについての報告は十分ではない。これは、MAに限れば少量しか取り扱うことが出来ない施設が多く、比較的多く取り扱うことの可能な施設は日本原子力研究開発機構(旧原研、核燃料サイクル開発機構)などの一部に限定されているためである。実際には、これらの施設においても許認可や計量管理は容易ではなく、またMAそのものの入手も容易ではない。これらのこともMAに関するデータが不足している原因と考えられる。燃料開発における基礎物性研究の重要性を考えれば、これらの研究が置かれた環境を改善し、その推進を図ることが極めて重要である。実際、燃料分野においては取得データが少ないという点は致命的であり、基礎的なデータベースの充実が大きな課題となっている。
2.燃料被覆管の現状と課題
 燃料被覆管の研究開発について、ここでは特に物質科学研究の課題に関わる項目として、耐食性向上、照射挙動、燃料被覆管の課題を述べる。
(1)耐食性向上
 BWR(Boiling Water Reactor)ではノジュラー腐食(注3)を抑制するため、ジルカロイ−2(Zry−2)の成分規格範囲内で合金成分のSnの含有量を減少させる低Sn化、FeとNiの含有量を増加させる高(Fe,Ni)化などの化学成分の最適化および製造条件の最適化(素管段階あるいは圧延段階での熱処理による析出物サイズの適正化)が行われ、Zry−2のノジマラー腐食に対する耐食性は著しく向上した。現在、さらなる高燃焼度化を目指してZrの合金組成を見直し、Zry改良型合金やNb,Moを添加した新元素添加型合金の照射試験が行われ、超高燃焼度燃料被覆管の検討が進められている。
 PWR(Pressurized water reactor)の場合は均一な酸化膜(一様腐食)が形成されるが、合金成分のSnをジルカロイ−4(Zry−4)の成分規格範囲内で減少させると腐食抑制に大きい効果があることから、現在のPWRでは低Sn被覆管が用いられている。高燃焼度時の耐食性をさらに改善するため、ZrにNb,Sn,Fe等を添加した新合金(ZIRLO(ウェスティングハウス)、MDA(三菱重工業)、NDA(原子燃料工業・住友金属)等)が開発され、その改良効果が一連の照射後試験により確認されている。これをうけて、2004年から集合体最高燃焼度55GWd/tのPWRステップII燃料の被覆管として、これら3つの新合金が実用化された。
(注3;BWRにおける燃料被覆管表面の酸化では、PWRと同様の一様腐食の量は少ないがノジュラー腐食と呼ばれるレンズ状または球状の不均一腐食が起こり、全体の腐食量はノジュラー腐食に支配される。)
(2)照射挙動
 BWR燃料被覆管(ステップIII)の一様腐食挙動が実用上問題となることはないと考えられる。一方、被覆管中の水素濃度は3サイクルから5サイクルにかけて増加が認められている。この水素濃度増加に対応して被覆管中における水素化物の析出も増加し、5サイクルではZry−2とZrライナー(注4)との境界に水素化物の析出が観測されている(図1参照)。また、出力急昇試験において、水素化物の析出が一要因と推察される破損形態が燃焼度約56GWd/tを超える燃料(セグメント)で観察され、さらに、被覆管内圧破裂試験(試験温度300℃)でも水素濃度の高い一部試料で伸びの低下が観察されている。これらのことから、高燃焼度での機械的特性評価に当っては材料の照射硬化(原子炉内における照射の影響で材料に格子欠陥が生じて延性が低下する現象)、水素含有量に加えて水素化物の析出挙動も重要になると考えられる。
 PWR燃料被覆管については、低Sn(Zry−4)被覆管、耐食性改良被覆管のいずれにおいても一様な酸化膜が形成されること、MDA管およびZIRLO管では低Sn(Zry−4)管に比べて酸化膜厚さが約30%低減されることが確認されている。一方、PWR燃料被覆管の水素化物はいずれの被覆管でも周方向に配向し、照射後試験で縞状の析出物が観測されており、また、水素化物が外周部で集積する状況が観察されている(図2参照)。耐食性改良被覆管の水素吸収量に関しては、低減効果が認められている。
(注4;BWRでは、応力腐食割れ(SCC)に対する耐性を高めるため、ジルカロイ被覆管内面に純ジルコニウム層を設けた(Zrライナー)被覆管を使用している。)
(3)燃料被覆管の課題
 BWR燃料の高燃焼度域で燃料被覆管の腐食がやや増加し、水素含有量も増加する傾向は注目される点である。即ち、一様腐食が加速する時期と水素濃度の増加する時期が比較的近いことから、水素吸収機構の解明には一様腐食加速の機構解明と一体化した研究が必要であると考えられる。それと同時に、酸化膜厚さ程度の微小領域の水素濃度分析技術の開発が必要と考えられる。
 一様腐食速度が加速する様な高い中性子照射量の領域における被覆管母材および酸化膜の諸特性についてはデータが乏しい。酸化膜中の合金元素挙動についていくつか報告されているものの、系統的に評価するには至っていない。今後腐食機構を解明するためには、低燃焼度から高燃焼度までの酸化膜の特性を詳細に調べると共に、腐食速度や水素含有量の増加開始時期や増加速度等の細かい挙動に及ぼす材料特性の差(製造時析出物粒径分布等)、使用環境の違い(熱流束、応力、歪等)、水質の違い等についても、評価を進めていくことが必要と考えられる。
<図/表>
図1 被覆管水素化物析出状況(BWR)
図1  被覆管水素化物析出状況(BWR)
図2 被覆管水素化物析出状況(PWR)
図2  被覆管水素化物析出状況(PWR)

<関連タイトル>
軽水炉燃料の炉内挙動(通常時) (03-06-01-06)
BWRにおける高燃焼度燃料 (04-06-03-06)
岩石型プルトニウム燃料の研究 (04-09-02-10)
燃料ペレットの照射挙動に関する研究 (06-01-01-01)

<参考文献>
(1)森山裕丈、山名元、小林眞一、藤堅正、桜井博司、宇埜正美:核燃料サイクルに関する物質科学研究の現状と課題、日本原子力学会誌、Vol.45(10)、p.610−616(2003)
(2)樫部信司 他:日本原子力学会「2002年秋の大会」予稿集、E12(2002)
(3)蔵本賢一 他:日本原子力学会「2003年春の年会」要旨集、B17(2003)
(4)中園祥央 他:日本原子力学会「2003年春の年会」要旨集、B15(2003)
(5)平成13年度「アクチノイド元素の化学と工学」専門研究委員会報告、京都大学原子炉実験所(2002)
(6)H. Hayashi et.al.,:”Irradiation Characteristics of BWR Step II Lead Use Assemblies”,Int. Topical Mtg. on LWR Fuel Performance,Portland,Oregon(1997)
(7)平成13年度「高燃焼度等燃料安全試験に関する報告書(BWR高燃焼度燃料 総合評価編)」、(財)原子力発電技術機構(2002)
(8)Y.Etoh,et. al.,:”Development of New ZirconiumAlloys for a BWR”,ASTM STP 1295,p.825−849(1996)
(9)S. Ishimoto,et. al.,:”Development of New ZirconiumAl1oys for Ultra・High Burnup Fuels”,Int. Topical Mtg. on LWR Fuel Performance,Park City,Utah(2001)
(10)平成13年度「高燃焼度等燃料安全試験に関する報告書(PWR高燃焼度燃料 総合評価編)」、(財)原子力発電技術機構(2002)
(11)H. Sakurai,et al.,:”Irradiation Characteristics of High Burnup BWR Fuels”,Int. Topical Mtg. on LWR Fuel Performance,Park City,Utah(2001)
(12)何川修一 他:日本原子力学会「1996年秋の大会」予稿集、E13(1996)
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