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1.高速増殖炉プラントの主な特徴とナトリウム漏えいの主要因
高速増殖炉(以下「高速炉」という)では軽水炉プラントに比べ設計上も性能上も幾つかの特徴を有する。高速炉では、減速材は不要であり、高い出力密度の炉心をもち(軽水炉の数倍以上)、また中性子束は軽水炉より約1桁高く、炉心温度(原子炉冷却材温度)は約500℃と高温であり(軽水炉では約300℃)、炉心の入口・出口温度差も約150℃前後と大きい(軽水炉では約60〜70℃)。
高速炉では、高温の炉心から効率よく除熱し、かつ高速中性子を減速させない原子炉冷却材として、高い熱伝導率の液体金属ナトリウム(Na)(熱伝導率は軽水の約200倍)、またはナトリウムとカリウムの合金(NaK)が使用されている。このNaの特性から、原子炉冷却系が常圧程度となっているので(軽水炉では、PWRで約160気圧、BWRで約70気圧)、原子炉容器、原子炉冷却材配管等の厚さは薄肉となっている(原子炉容器の厚さは高速炉で約2.5cm、軽水炉PWRで約25cm)。
このように高速炉にとって熱特性上有利なNaであるが、化学的に活性度が高く、とくに水、空気、コンクリートと反応するので漏えい防止対策と燃焼防止対策が重要なこと、水との反応では水素を発生するので火災防止対策も重要なこと、および融点が98℃と高いのでNa系統には予熱保持装置(約150〜250℃)が必要なことの欠点がある。
また、Naは、比熱が小さく高温(約500℃)で用いられるので、原子炉の起動、停止、異常時の
スクラム などに伴って原子炉容器、配管等に
熱応力 を与える。この熱応力が繰返されれば、容器や配管内面に亀裂が生じる可能性があり、またNaの漏えいが起ると、場合によっては火災に発展する可能性がある。
2.海外の高速炉で起こった主なナトリウム漏えい事故
海外諸国ではわが国に先行して早くから高速炉の建設運転の経験がある。たとえば、旧ソ連ではBR−5(実験炉)、BOR−60(実験炉)、BN−350(原型炉)およびBN−600(原型炉)、英国ではDFR(実験炉)およびPFR(原型炉)、ドイツではKNK−2(実験炉)、米国ではEBR−2(実験炉)およびFFTF(実験炉)、フランスではラプソディ(実験炉)、フェニックス(原型炉)および
スーパーフェニックス (
実証炉 )、ならびにインドではFBTR(実験炉)の建設・運転の経験がある。
高速炉で特徴的な事故が幾つか発生している。炉心・燃料関係の事故、機器からのNa漏えい、
蒸気発生器 からの水漏えい、ポンプ等の動的機器のトラブルなどが報告されている。ここでは、高速炉の主要な開発国、旧ソ連、英国、米国、およびフランスの高速増殖炉で発生した主なNa漏えい事故について記述する。
表1 に海外諸国の高速炉における主なNa漏えい事故についてまとめた結果を示す。
(1)旧ソ連における実験炉BR−5からのナトリウム漏えい
図1 にBR−5の原子炉冷却系統図を示す。
一次冷却材 はNa、2次冷却材はNa・Kの合金(NaK)である。一次冷却系ポンプは機械式で、当初から軸受け部等のトラブルが多かった。1960年に一次冷却系ポンプのフランジの結合部のパッキンからNaが漏えいした。一次冷却材の循環・停止等に起因する温度変動が原因と推定され、パッキン部と軸受け部の改修がなされた。
1960年1月に空気冷却器の伝熱管と管板との結合部が破損しNaKが漏えいした。伝熱管表面の腐食損傷はわずかと判断されそのまま監視しつつ運転された。
なお、BR−5(熱出力5MW)は1972年に
ウラン・プルトニウム混合酸化物 に変更し改修され、BR−10(熱出力10MW)となった。
(2)英国における実験炉DFRからのナトリウム漏えい
図2 にDFRの原子炉冷却系統図を示す。1次冷却系は24ループで構成され、冷却材は1次冷却材・2次冷却材ともNaKである。
図3 に示すように、蒸気発生器伝熱管はモジュール型である。1963年に蒸気発生器伝熱管に腐食が発見されたが、原因は公表されていない。1966年には蒸気発生器伝熱管モジュールのひとつで漏えいした冷却材NaKが隣接モジュールのNaKヘッダーの上に沈着し腐食させた。原因は製造時の異物混入と思われる。この事故のあと感度のよい漏えい検出計を採用することとした。
1967年5月には、全出力運転中1ループの原子炉配管入り口ノズル付近に発生したクラック(
図4 および
図5 参照)から約100〜200リットル/日のNaKの漏えいがあった。主配管と枝管との間のT字型溶接部不良に起因する疲労による損傷である。改修後運転を再開したが、1977年3月に閉鎖され廃炉措置が進められている。
(3)米国における実験炉EBR−2からのナトリウム漏えい
1964年4月に2次冷却系電磁ポンプからNaの漏えいがあった。漏えいの原因は電磁ポンプのダクトの破損によるものであり、この電磁ポンプのダクト入口付近の圧力脈動の周波数とダクト部の固有振動数が近かったため、ダクト壁が共振し疲労破壊を起こしたものと推定された。別の電磁ポンプに代替された。
(4)フランスにおける実験炉ラプソディからのナトリウム漏えい
1966年10月に2次冷却系にNaを再注入しようとし2次冷却系全体を予熱したところ、2箇所の予熱制御の不備から熱膨張の逃げ場がなくなり、Na注入用配管(ドレンタンクから中間熱交換器へ通じる)が破裂し、これに気付かずNa注入を続けたため、二重配管環状部および中間熱交換器がNaで浸された。予熱時に低温部ができないよう監視するため熱電対温度計の数を増やす等の対策がとられた。また1978年10月に1次冷却系二重配管環状部にNa漏えいがあった。漏えい箇所は原子炉容器壁と考えられているが、特定されていない。1982年10月、フランス原子力庁は、原型炉フェニックスが完成近かったこともあって、総合判断の結果ラプソディの閉鎖を決定し廃炉措置の研究に利用することとなった。
(5)フランスにおける原型炉フェニックスからのナトリウム漏えい
フェニックスは、電気出力25MWのタンク型炉でマルクールに建設され、1973年8月に
臨界 となり1974年には全出力運転に達している。
1976年7月と10月に、6基ある中間熱交換器のうち2基から、同じ原因でNaの漏えいがあった。
図6 に中間熱交換器からのNa漏えい箇所および
図7 に「もんじゅ」での反映事項を示す。7月の時は、中間熱交換器の2次系Na入口の二重壁の下降管部で破損が生じ、二重管の隙間にNaが漏れ頂部より溢れた。10月の時は、2次系Naの出口部の上部プレートにおける亀裂によってNaが漏えいした。この漏えいは、下降管と中間熱交換器胴との間に予想を上回る熱膨張差が発生し亀裂を生じたと推定された。溶接部の形状を変更しプレートの肉厚を減らして、熱膨張差がつかないように改修した。修理は1978年4月に完了し定格運転に復帰した。1996年以来停止中であったが、1998年1月5日運転再開が決定され、2009年まで長寿命核種の分離・消滅の研究に利用されることになっている。なお、2006年1月シラク大統領の演説において、2020年に運開予定の第4世代原子炉(候補としてガス冷却高速炉とナトリウム冷却高速炉)の原型炉の概念設計にCEA(フランス原子力庁)がただちにとりかかることを決定した。環境負荷低減およびエネルギー回収の観点から全アクチニドを回収し、高速炉の燃料として利用するGAM(Global Actinide Management)計画を推進している。
(6)フランスにおける実証炉スーパーフェニックスからのナトリウム漏えい
スーパーフェニックスはクレイマルビルに建設された電気出力1240MWのタンク型炉で、世界最大の規模を誇っている。1985年9月に臨界となり1986年1月に送電を開始した。
1987年3月に炉外燃料貯蔵槽(容量700トン、直径約9.5m、高さ13m、材質;モリブデン鋼)からNaが漏えいした。
図8 に炉外燃料貯蔵槽からのNa漏えい箇所および
図9 に「もんじゅ」での反映事項を示す。漏えい量は、当初500リットル/日で総量20m3と推定された。この貯蔵槽は二重容器であり、漏えいしたNaはすべて外側容器との間隙に溜まった。図に示すように、貯蔵槽は新燃料と使用済み燃料の一時貯蔵場所になっており、使用済み燃料の崩壊熱を除去するために、貯蔵槽内はNaで満たされ、かつ冷却用アルゴンガス配管が内面に沿って冷却システム支持ラックの孔を上下に螺旋状に通っている。Naが漏れた箇所はこの支持ラックを取り付ける貯蔵槽容器内面の支持プレート溶接部であった。フランス電力庁は、金属分析をした結果、ラック支持プレートと貯蔵槽との溶接部の
脆化 と金属の
水素脆化 によって亀裂に発展したと推定した。1998年2月2日政府によりスーパーフェニックスの閉鎖決定が発表された。
(7)旧ソ連における原型炉BN−350およびBN−600からのナトリウム漏えい
BN−350は、電力生産と海水脱塩の二つの目的を有する電気出力125MWのループ型炉でカザフスタンのアクタウ市に建設され、1972年11月に初臨界、1973年7月に出力運転を開始した。
全運転期間(1972−1995.12)中に、各種の系統が破損してNaが漏えいあるいは火災に至った事故は15件ある(
表2 参照)。主な原因は、設計ミスまたは設計の欠陥、組立上の欠陥、個人の操作ミスあるいは据付け時の誤作業などであり、主な事故をつぎに挙げる。
1971.12:タンクに接続する配管からのNa漏えい
1972.1:電磁ポンプの溶接プラグの破損によるNa漏えい
1975・1976:2次補助冷却系で電磁ポンプからのNa漏えい(2件)
1977.1:2次系コールドトラップへ接続する配管のバルブ・ベローズ破損によるNa漏えい
1989.1:蒸発器伝熱管からの水リークによるNa漏えい
このうち、1989年1月18日に起きた事故について以下に述べる。
蒸気発生器No.5(Nadyozhnost−2)で、蒸発器の伝熱管からの水リークによってNa−水反応が起こり、反応で生じた噴射流が側の蒸発器外壁を直撃したため、8×100mmの大きさの楕円状の貫通孔ができ、約1m3のNaが蒸発器から漏えいした(
図10 参照)。Na火災により蒸気発生器ハウジングから煙が出始め、煙感知器がこれを検出し、遠隔操作で窒素ガスが放出され、消火した。
なお、20余年間の運転中に起ったNa漏えい事故で、材料の金属学的構造の変化(時効、疲労、照射誘起脆化)が原因で漏えいしたケースは一つもなかった。
BN−600は、商用発電を行いながら原子炉試験と開発機器の実証を目的としてベロヤルスク原子力発電所の3号機として1966年に着工された。電気出力600MWのタンク型炉で1980年2月に臨界となり、1980年4月営業運転を開始した。BN−600の運転実績を
図11 に示す。
1995年11月までに27回のNaの漏えいが発生した(
表3 参照)。1次冷却系Naの漏えい5回、2次冷却系Naの漏えい17回、蒸気発生器関連2回、Na受入れシステムの漏えい3回で、このうちNa火災を伴ったもの14回、運転および補修時の操作ミスによるもの5回であった。
1993年7月10日に、国際原子力事象評価尺度(INES)によるレベル1のNa漏えい事故が1次ナトリウムの純化系(48mm配管)で発生した。このとき若干の放射性物質が大気中に放出したが、敷地境界でのバックグランドに対して0.001だけ増加したに過ぎなかった。
3.ナトリウムの漏えい防止設計
高速炉では、圧力が低いので軽水炉で使用されている非常用炉心冷却システムECCS設備はなく、その替わりに原子炉冷却材の温度変化に伴う
熱過渡応力 ないしは熱衝撃による炉容器と配管の亀裂損傷の防止に重点を置いた設計がなされている。すなわち、炉容器の外に安全容器を付け二重容器にし、炉容器内面には
サーマルライナー を設けて熱応力の緩和を図っている。二重容器にすることで、たとえ炉容器からNaが漏れても液面が確保され、
自然循環 による崩壊熱除去するという
安全設計 である。
ラプソディ炉は1次系配管も二重管にしている。1次系および2次系配管からのNa漏えいに対しては微少漏えいを検出できる漏えい検出器が配管に沿って多数設置されており、異常を検知すれば原子炉を直ちに停止する仕組みになっている。
最近では、高速炉のNa漏えい防止対策としてLBB(Leak Before Break:破断前漏えい)という安全設計思想がある。高速炉は低圧系なので配管の破断前に微少なNa漏えいが検出でき、そこで炉を停止するという設計思想である。
以上、ナトリウムの漏えい事故に関して記述したが、蒸気発生器伝熱管等からの水リークによりNa−水反応事象が多く発生していることが報告されているが、大きな事故に至っていないのでここでは割愛した(海外諸国の高速炉における事故・故障・トラブル(ナトリウム漏えいを除く)<03−01−03−10>参照)。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
表1 海外諸国の高速炉における主なナトリウム漏えい事故
表2 BN−350におけるナトリウム漏えい回数
表3 BN−600におけるナトリウム漏えい経験
図1 旧ソ連の実験炉BR−5の原子炉冷却系統図
図2 英国の実験炉DFRの原子炉冷却系統図
図3 英国の実験炉DFRの蒸気発生器伝熱管の構造
図4 英国の実験炉DFR1次冷却系のNaK漏えい箇所
図5 英国の実験炉DFR1次冷却系のNaK漏えい箇所の詳細図
図6 フランスの原型炉フェニックスの中間熱交換器のナトリウム漏えい箇所
図7 フェニックスの中間熱交換器からのナトリウム漏えいの「もんじゅ」での反映事項
図8 フランスの実証炉スーパーフェニックスの炉外燃料貯蔵槽のナトリウム漏えい箇所
図9 スーパーフェニックスの炉外燃料貯蔵槽からのナトリウム漏えいの「もんじゅ」での反映事項
図10 BN−350蒸気発生器および伝熱管の水漏えい箇所
図11 BN—600の運転実績
<関連タイトル>
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
ナトリウムの安全性(蒸気発生器および2次系ナトリウム) (03-01-03-05)
高速増殖炉「もんじゅ」2次冷却系からのナトリウム漏洩事故 (03-01-03-09)
海外諸国の高速炉における事故・故障・トラブル(ナトリウム漏えいを除く) (03-01-03-10)
アメリカの高速増殖炉研究開発 (03-01-05-04)
ナトリウム燃焼挙動に関する研究 (06-01-02-06)
<参考文献>
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(10)G.V.Kiselev、神山弘章(訳):旧ソ連及びロシアにおける高速発電炉の事故と対策、日本原子力情報センター(1996年10月)
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(14)J.G.Yevick,et al.:Fast Reactor Technology Plant Design,P132,MIT Pless(1985)
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